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五服目:寒い夜にはヒバの葉を

 王城を出て町中をくだり、南門を抜けて進むこと数刻。あたりは完全に草原になっていた。

 風にかき乱されるので、イミナは深緑色の髪の毛を後ろで束ねている。馬の揺れに合わせて、毛先が尻尾のように揺れる。

 バリーを先頭に、後ろをカルロとグルジアに任せ、ボルツとイミナは並んで間に挟まっていた。


 人が行き交うことで自然にできた道を、一行はゆっくりとたどってゆく。


「うーん、のどかですねぇ……こんなにゆっくりでいいんですか?」


 イミナは隣のボルツに尋ねた。


「ああ。あまり走らせると馬が疲れてしまうからな、いざという時に対応できなくなる」


 言いながらボルツは馬の首を叩く。それにこたえるように、馬はブルルッと鼻を鳴らした。


 一行の旅程はシンプルだ。まずは馬で三日ほどの距離の、カショ村まで向かう。そこで物資を補給したら、さらにその南のナロニア湿地までまっすぐ進む。

 湿地のほうは耕作に向かないため、近くに村がない。カショ村から湿地までは、五日ほどの距離だ。往復だけで十日かかる上に、ナロニア湿地でのニクギダケの捜索と採取を考えると、厳しい旅程だ。


 さらにナロニア湿地は、イルミナリア王国の各所を通る川が合流する場所でもある。そのため川に流された汚れが長い年月をかけて淀み、毒を持つ魔物の棲み処となってしまった場所だ。

 ニクギダケが寄生している相手によっては、厄介極まりない事態になるだろう。


「しかし、わざわざそんな危ない場所に分布しなくたっていいのに、ニクギダケも意地悪ですねえ」


 イミナは唇をとがらせて、植物に対して文句をつけた。


「生存のためにより強い生き物に寄生したほうがいいのはわかりますが、毒をもつ生物だと自分が毒におかされる危険があると思うんですよね。そもそもどうしてそんなところに根付いたんだろう、なにか理由があるのかな……」


 ぶつぶつと考え込み始めたイミナの横に、カルロが馬を並べる。


「まぁまぁ。そんなに考え込まなくても、ある場所がわかってるだけマシじゃない?」

「おい、カルロ。隊列を乱すな」

「いいじゃないッスか。この街道は特に危ないとこもないし、こーんなに見晴らしがいいんスから」


 ボルツの言葉を軽くいなしたカルロは、ただっぴろい草原に向けて腕を広げて見せる。

 確かに、あたりは見晴らしのいい大草原である。スネまで届くかどうかの長さの草が風に揺れ、緑色の海がうねっている。

 何が襲ってきたとしても、これだけ視界がよければ不意を打たれることはないだろう。


「イミナちゃんはどうして薬師をやってるの?」

「それしかできることがないからですかねえ」


 少し考えながらイミナは答える。


「私を育ててくれたおばあさんは薬師をしていて、それはもう深い知識と確かな技術を持っていたんです。ちょっと人格に難ありな人でしたが、とてもよくしてくれて、その知識と技を惜しむことなく私に教えてくれました」


 イミナの琥珀色の瞳が、昔を思い出すように遠くなる。


「だけど、ある日その人が亡くなってしまいました。仕事を探そうとしたんですが、私みたいな身寄りのない少女を雇ってくれるところなんて、よっぽど条件が悪いところしかありません。それはちょっとイヤだなあと」


 苦笑しながら口にされたイミナの言葉に、「そりゃやだよねえ」とカルロが相槌を打つ。


「そこで考えました。私にあるのは薬師の腕だけ、だったらそれを使って生きていこうと。薬草はあるところから集めてくればタダですし、そんじょそこらの医師や薬師には負けない技術が私にはあります。それに、薬は命に直結するものです。腕さえたしかなことが分かれば、命を助けられて文句を言う人なんてほとんどいません。地道に仕事をして信頼を勝ち取れば、なんとか生きていけるだろうと踏んだわけです」


 黙ってイミナの話を聞いていたボルツは、彼女のことを信用ならないと思いつつも、その人生を想像せずにはいられなかった。

 親の話が出なかったのは、彼女が捨て子だからだろう。自分を育ててくれた人を失った悲しみと、先行きへの不安は、どれほどのものだっただろう。


 そんなことを考えていたせいか、ボルツは思わず同情の言葉を口にしてしまった。


「それは、大変だったな」


 無骨なボルツから飛び出した言葉を、イミナは意外に思った。

 そしてその言葉に込められた気遣いに気づき、ほがらかに笑った。


「そりゃもう! でもまあ、生きてるって感じがして悪くないですよ」


 イミナの笑顔につられたのか、ボルツは「そうか」と眩しそうに笑った。


「おお、団長が笑った……」


 カルロが驚いたように口にして、戦闘をゆくバリーが「え、ほんと?」と思わずといった様子で振り返る。

 後ろのグルジアは、相変わらず生真面目さを崩していないが、視線はボルツに固定されている。


「なんだお前ら、俺が笑っちゃ悪いのか」


 バツが悪そうな表情をしたボルツに、イミナがくつくつと笑う。

 陽の降り注ぐ草原を一行は和やかに進むのだった。




「今日はこのあたりで野営する」


 日が傾き初めたころ、ボルツが宣言した。

 その言葉に従い、適当なところでバリーが馬の脚を止める。


 馬から降りたカルロとグルジアが、道からそれた場所の草を踏み倒して場所を作る。バリーは一か所だけ草を抜いて地面を掘り、火をおこせる場所を作っているようだ。


「すみません、少し離れてもいいですか?」

「かまわんが、どうした」

「このあたりにどんな植物が生えているか見ておきたくて」


 馬の世話をしているボルツに声をかけ、イミナは騎士たちから離れる。

 一口に草原といっても、地面には何種類かの植物が根付いている。イミナはかがんでひとつひとつの植物を調べ、あたりが暗くなる前にいくつかの植物から葉をむしって戻った。


「おや、お帰り。収穫はあったかい?」


 笑いながら声をかけてきたのはバリーだ。

 料理は彼が担当するらしく、たき火の上に三本足のついた鉄製の鍋を二つ並べ、片方が少しへこんだ木べらで中をかき回している。鍋の中身は薄い色をしたスープで、野菜と削られた干し肉が中で煮えている。味付けは塩コショウだけのようだ。


「こちらが収穫です」


 イミナがむしった葉を見せると、「それは?」とバリーは素朴な顔を不思議そうにする。


「ヒバという名前の植物です。ほら、葉っぱの裏側が赤いでしょう? これは細かくちぎってスープに入れると、臭み消しと薬味のふたつの役割をこなしてくれるのです。というわけで入れてもいいですか?」

「聞いたことないなあ……片方だけならいいよ」

「ありがとうございます」


 くつくつと煮える鍋の片方に、イミナはヒバの葉を手でちぎりながら入れていく。ヒバのエキスがしみだしているのか、スープがうっすら赤く染まる。


「さじを借りてもいいですか?」

「はい、どうぞ」


 バリーに渡されたさじを使って鍋をかき回し、一口すくって味見をする。

 少し首を傾げたあと、イミナは自分が背負ってきたリュックから瓶を取り出した。瓶の中には白い小さな粒が入っている。


「今度はなにを出してきたのかな」

「イミナさん特製調味丸です」


 言いながらイミナは、粒を二つほど取り出し鍋の中にいれた。さじでかき混ぜて溶かし込む。

 イミナの鍋からは、だんだん香ばしい濃い匂いが漂い始めた。もう一度味見をした彼女は、納得いったのかうなずいた。


「これはなかなか。味見してみますか?」

「じゃあお言葉に甘えて」


 自分のスプーンを出してきたバリーは、ひとさじすくって口にする。


「うわ、なにこれ。おいしい!」


 目を丸くするバリーに、イミナは胸を張って見せた。


「そうでしょうとも。味気ない旅の料理だって、植物の知識とちょっとした調味料であっという間においしくなるのです!」


 馬から荷物を降ろしたりと作業をしていたボルツたちも、匂いにつられてやってきた。


「あ、団長! すごいんですよこれ、野営で食べるスープとは思えないです! 僕たちも植物の勉強をするべきでは」

「確かにうまそうな匂いだな」

「グルジア、椀を出してもらえますか?」

「ああ」


 すでに用意していたのか、グルジアが人数分の椀をバリーに渡す。バリーはまず、普段通りの色の薄いスープを全員の椀につぎわけた。

 鍋の大きさが三人分なので、それぞれの椀には半分ほどしか入っていない。


「あれ、そっちのうまそうなほうは?」

「先にこれを食べてください。あっちを食べちゃったら、これ食べる気しませんよ」


 カルロの言葉にバリーが苦笑する。

 その横で、ボルツが袋から取り出したパンを配る。


「柔らかいパンは今日だけだからな、しっかり味わって食えよ」

「ありがとうございます」


 イミナもパンを受け取り、食事の準備が整った。


 ボルツに合わせて全員が手を合わせ、食事を始める。一日動いた後なので、みんなあっという間に椀を空にする。イミナも負けじと椀を傾けるが、さすがに男たちにはかなわない。

 続いて、イミナ特製スープが全員につぎ分けられた。


「うっめぇ!」

「確かにこれは……」

「うまい」


 カルロが声を上げ、ボルツとグルジアがそれに続く。バリーはゆっくりと味わうようにスープをすすっていた。


「なにこれ、イミナちゃんなにしたの」


 興味津々で聞いてくるカルロに、イミナは「ヒバの葉とイミナ特製調味丸の効果です」と答える。


「調味丸って?」

「簡単に言えば、何種類かの調味料を薬みたいにまとめて、料理にいれるだけで使える形にしたものですね」

「そんな便利なもんがあるのか」

「私が勝手に作ってるだけです。ただ、調味丸だけでもおいしいですけどいつも同じ味だと飽きるので、なにかと一緒に味付けするのが大事です。今回はヒバの葉ですね、ちょっと辛くてあったまるでしょう?」


 その言葉に、黙ってスープを味わっていたバリーが「ほんとだねえ」とほうっと息を吐く。

 体が温まったのか、頬が赤く染まっている。


「ヒバは薬味として有能なだけじゃなく、体を温めてくれる植物でもあります。旅にはもってこいなのです」

「へぇ~」


 イミナの解説に、カルロが感心する。


「よければ明日の野営のときは、最初から料理手伝ってよ。使える植物のこととかも教えてほしいな」


 バリーに頼まれ、イミナは「いいですよ」と二つ返事で答えた。

 こうして初日の夜は、穏やかに過ぎてゆくのだった。

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