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三服目:美容促進にシチヘンゲ

「貴様もくる、だと?」

「はい、もちろん!」


 イミナは目を輝かせている。


「薬師の使命は病に侵された人間を救うこと、目の前で今まさに死の淵に向かわされようとしている人間を放っておくなんてできません!」


 ボルツを見つめて言い募る言葉はいかにもだが、表情は真剣というより嬉しそうだ。それがうさん臭さをかき立てる。

 どんなに手を尽くしてもわからなかった病の正体を暴いてくれたことに礼は言いたいが、イミナには怪しいところがありすぎた。


「ありがたいが、少女を連れての旅では面倒が多い。殿下の命がかかっている以上、一刻も早くその薬の素材をとりに行かねばならないのだ。旅には少人数の兵のみを連れていく」


 取りつく島もないというボルツの様子に、イミナはむっと顔をしかめた。


「いいでしょう。ではこれから、薬の材料と採集方法をお伝えします」

「わかった。メモの用意を頼む」


 ボルツの言葉に、近くにいた召し使いがあわてて紙をとってくる。

 準備を終えたのを確認して、イミナは語り始めた。




 まずはツキヨバナ。

 場所は北部の山脈の間にある泉で、満月の夜に花開きます。花が咲いている間だけ蜜を採取することができるので、それを絶対に人の手に触れないように気を付けながら、清らかな水晶の瓶で受け止めることが必要です。


 次にニクギダケ。

 これは動物に寄生する菌類で、採集するにはその動物を生きたまま捕らえ、根に傷をつけないように抉り出してください。根は複雑で繊細な構造をしているので、迂闊に傷をつけてしまえばそれでダメになってしまいます。


 そして最後に霊狐の血。

 昔は人とよい関係を築いていたらしい彼らですが、今は鉄と争いを嫌い姿を消してしまっています。彼らを探し出して血をわけてもらってください。




「ですが殿下に忠誠を誓っている近衛兵団の皆様であれば、きっとどれも簡単なんですよね。水晶の瓶をすでに持っている私とか、ニクギダケの根を抉り出す技術をもっている私とか、とある方法で霊狐の居場所を探すことのできる私なんて、必要ないんですよね……」


 そう言って寂しそうに笑うイミナ。演技臭さが漂っているところまで含めて計算ずくだろう。ボルツは「貴様……」と、地獄の釜が不完全燃焼しているような声を出してイミナをにらみつけた。

 しかしイミナはどこ吹く風で、「もしも必要とされれば、今すぐに家に戻って準備して、明日の朝には出発できるんだけどなー!」と聞こえよがしに呟いている。


「これは勝負ありですね、ボルツ。この少女を連れていくしかないでしょう」


 聞こえてきた声は、これまで静観を決め込んでいたアルトのものだ。彼女の視線に促されて、ボルツもやれやれと首を振った。


「ちなみにその材料のある場所はわかっているのか」

「はい、もちろん。ツキヨバナは北部のカグヤ山脈にある泉に、ニクギダケは南部のナロニア湿地に分布しています。霊狐だけは少し探す必要がありますが、旅の間にできるので問題ありません」


 ぬかりなく答えたイミナに向かって、ボルツは大きくため息をついた。


「よかろう、貴様の同行を許可する。殿下のために力を貸してくれ」


「はい、よろこんで!」


 イミナは町の酒場の娘のような気安い返事で、第二王子の命を救うための旅に出ることを決めたのだった。




 それから旅程を考えるのに必要な情報をボルツに求められ、その場でできる限りの情報を渡してから、イミナは下町に送ってもらった。家についたのはすっかり夜だった。

 出発はできる限り急ぐが、旅程がどうなるかその場ではわからなかったため、準備ができ次第イミナは城に戻るようにと言い含められた。そして店に帰ったイミナは、腕を組んで考える。


 ――私の準備は問題ない。旅装はあるし、ツキヨバナの蜜を集めるために必要な水晶の瓶と、石でできた特製の短剣。あとは念のためいくつかの薬があればいい。

 ――だけど店を閉じっぱなしにするのは困る。私のかわいい薬草ちゃんたちの世話があるし、毎日お客さんもきてる。いきなり薬問屋が閉じてしまったら、きっと困るだろう。


 イミナの脳裏には、昼間来ていた病気の子どもを持つ女性の姿が浮かんでいた。

 自分の大切な誰かのために薬を求めてきた人が「閉店中」の札を見たら、どんな気持ちになるだろうか。それはとてもよくないことだ。


「よし!」


 腕組みを解いて気合を入れ、イミナは夜の下町へ出かけて行った。


 明かりをともすために使う油は、下町の貧乏な人々にとって贅沢品だ。だから光が灯っている建物は少ない。月明りに照らされる道を、イミナは走る。

 やがて暗闇に沈む下町の中で、そこだけぽっかり浮かび上がるように明るい場所が見えてきた。


 イミナが目指していたのは、下町で唯一の食事処だ。酒屋も兼業しており、下町で夜のいこいの場になっている。


「ごめんくださぁい、ジナさんはいますか?」


 飛び込んですぐに、イミナは大きな声をあげた。男たちの笑い声や料理の音で騒がしい店内だが、少女の高い声はよく響く。しかしそれでも探し人のところまでは届かなかったのか、別の男が「ジナさぁん! お客だよ!」と声をかけてくれた。


「はいはい、わかりましたよ。こらっ、酒をこぼすんじゃないよもったいない! まったくここの男どもときたら!」


 ぷりぷりしながら出てきたのは、恰幅のいい体にエプロンをつけ、髪の毛をひっつめにしたそこそこの年の女だった。

 エプトンは濡れ、汗をかいてひっつめもよれているが、全身から発散されている明るいオーラが彼女を内側から輝かせている。ジナを慕う男は多く、一部では「下町の太陽」と呼ばれているらしい。


「すみません、ちょっとお願いがあるんですが……今少し抜けられますか?」

「あー、ちょっと待ちな。今ある注文だけさばくから。アンタどうせ飯もまだなんだろう、出してやるからそこに座って待ってな。いつも世話になってるからお代はいらないよ」


 ジナは最後にパチリとウインクをして、あっという間に奥に戻っていく。

 彼女はこの憩いの場で、副料理長として腕を振るっているのだ。ちなみに料理長はダダンという名前の男で、ジナの旦那である。人付き合いが苦手だが腕は一流のダダンと、愛想がよくてなんでもそつなくこなすジナのコンビは、お似合い夫婦という言葉がピッタリだ。


 イミナは言われた通り、端っこのテーブルにちょこんと座り、ジナがくるのを待った。


 そのうち両手いっぱいに料理を抱えたジナが出てきて、それぞれのテーブルに配膳を始める。そして最後の一皿をイミナのところに届け、どっかと正面に座った。


「食うのとお願い、どっちが先だい?」


 ニヤッと笑うジナに、ジュルリと涎をたらしたイミナは、ぱっと顔を上げて「食事で」と断言した。


「あっはっは、じゃあさっさと食いな。食いながらでも落ち着いたら話しておくれよ」


 その言葉で、イミナは最初だけ行儀よく「いただきます」と手を合わせ、かき込むように遠慮なく、皿の上のものを頬張り始めた。考えてみれば、今日は朝食しか食べていなかったのだ。

 メニューは豚肉の香草焼きと、新鮮な野菜。なによりうれしいのは、白米がいっしょにたっぷり盛ってあることだ。下町で仕入れられる肉は端っこだったり固かったりするのだが、ダダンはそれを実にうまく料理してみせる。この香草焼きはイミナの舌をとらえて離さない絶品だった。


 最初こそ嬉しそうにそれを眺めていたジナだが、イミナが落ち着いたころを見計らって、「それで、お願いってのは?」と話を促した。


「はむ……あむ……ごくんっ! それはですね、私少々お出かけの用事ができてしまいまして――ジナさんがお忙しいのは重々承知なんですが、私がいない間、お店を朝から昼過ぎだけでいいので代わりに開けてほしいということなのです」

「なに言ってんだい、あたしは薬のことなんてこれっぽっちも知らないよ」


 ジナが驚いて言うと、イミナはぶんぶんと手を振った。


「そんな難しいことはないです。朝お店をあけて、中の植物たちにお水をあげて、お客さんがきたら症状を聞いて、私が残したメモで対応できそうならお薬を出すだけ。薬は作っておいておきますし、わかりやすいように効能なども書いておきます。話を聞いて、メモを見て、売れそうなら売る。ね、簡単でしょ? だからお願いします!」


 そう言って、イミナはパンッと目の前で手を合わせた。ちなみに皿はいつの間にか空っぽで、大げさなごちそうさまをしているようにも見える。

 ジナは少し悩んだ様子だったが、「わかったよ、薬問屋が空いてないと不安がる人も出るだろうしね」と、最後には了承した。


 その言葉にパァッと顔を明るくしかけたイミナに、「ただし」と言葉を続ける。


「ただってわけにはいかないねえ。あんたんとこの石鹸、いくらかよこしなよ」


 イミナの店は、植物を使って作ることができる石鹸も取り扱っていた。こちらは嗜好品なので、貧乏な下町ではあまり売れないが、一部の女性たちから「質がいい」「肌がつるつるになる」と評判なのである。


 抜け目がないのが下町の人間だ。

 そしてイミナは、そう来ると思ってましたといわんばかりに、かけていたカバンを開いた。


「洗顔薬が二個と洗髪薬が一個。この洗顔薬は全身に使えて、肌の質をよくしてくれます。ですので贅沢に使えるように二つです。さらにイミナ特製塗り薬もおつけします! 皮膚の代謝を促進するシチヘンゲをメインに、体を温めて血行をよくする薬草などを私独自の調合で塗り薬にしました。効き目は自分で実証済みなんですが、せっかくなので誰かに使ってほしいなと思っていたところなんですよ」

「へぇ。それで人と関わる機会が多くて、肌がきれいになったとあれば間違いなく声をかけられるであろうあたしに、お代としてプレゼントってわけかい? 商売上手だねえ、少女にしとくにゃもったいないよ」


 カッカッカと闊達に笑うジナさんは、下町の女将の貫禄を備えている。イミナの魂胆もお見通しというわけだ。


「引き受けたよ、下町で生きてくにゃ助け合いが大事だしね。ただしその説明の紙は、ちゃんと細かいのを準備しといておくれよ」

「それはもちろん! 間違った薬を出しちゃったら大変ですし。じゃあ明日の朝、早めにうちに来てください。説明だけして私は家を出るので」

「忙しいこったね。あんま無理するんじゃないよ」

「無理だなんて! むしろ私はこれから始まる冒険に胸躍らせている最中ですよ」


 そう言ってイミナはほんとうに幸せそうに笑う。


「そうかいそうかい」


 ジナはしょうがない子だねえと、手のかかる子供を見るかのような笑顔で、イミナの頭を撫でた。




 イミナは話がつくとすぐに食堂を辞して、店に戻った。

 カウンターの下から秤を出し。店の中をまわって薬草や素材を集めてくる。最初にイミナがいた鉢植えに侵食されている薄暗い部屋にも向かい、半分近く侵食している鉢植えからも葉っぱを集めていた。


「さてっと……こんなもんかな……」


 作業机の上には大量の薬の素材と、秤とすり鉢。ほかにも薬研やげんと呼ばれる、縦に溝の入った石製の器に、その上を転がせるように取っ手のある円盤がついた器具。それに薬を包むのであろう大量の紙。

 様々な薬草の匂いがあわさって、部屋には微妙な匂いが漂っていた。


 イミナは腕まくりをした。

 まずは全ての材料をすりつぶしていく。ものによっては形がある程度残ったままになるように手でちぎり、ハサミで切り、指先で砕く。そしてできたものを加工し、丸薬や塗り薬の形に整えていく。

 次にそれぞれの薬の名前と効能を書いた札を作り、小さな籠にはり付ける。中には札にあった薬を並べ、全部終わったところで、客の対応をするカウンターがある部屋の棚に並べていく。


 イミナはこれまで店にきた客の顔ぶれや、これまで彼らがかかった病気を考え、それに合わせて少し多めの量を作った。あるのは頭痛薬や胃薬、傷に塗る軟膏、湿布など、はけることの多い薬だ。


 すべて終わらせた時には、月が中天に上っていた。


「ふぅ、こんなもんかな。あとは旅の準備か」


 そう言うとイミナは、あの散らかった部屋の扉をあける。「どこやったっけなー」などと言いながら部屋を荒らしまわり、本の下に埋もれているカバンを発見した。木でできた丈夫そうなカバンだ。

 中身を確認すると、仕切られた内側に何種類かの薬が入っている。開いている場所には水晶でできた小瓶をおさめ、他にも何種類かの瓶や布、金具のようなものをしまっていった。


 作業が終わったらしくカバンを閉じると、今度はタンスを開いて中身を漁りだす。 大きめの外套を外に干し、こまごました着替えを大きなリュックにつめていく。


「あとは明日の朝でいいか、お風呂も明日にしようっと」


 窓際のベッドにゴロンと寝転ぶと、中空に浮かぶ月が窓の外からイミナを見下ろしていた。にやっと笑いかけているような半月にむかってイミナは拳を出す。


「作ったことのない薬と、その材料を探す大冒険――なにか手がかりが、見つかるといいな」


 イミナは眠りに落ちるまで、月明りを見上げていた。

気が向いたら更新するスタンスですが、できれば一日一話更新したい。

ただ明日から引っ越しで書けなくなります。次の更新が年内にできるかは未定ですが、年末にだせたらいいな!

読んでくださった方々には平に感謝を、ありがとうございます。

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