寄せ集めの色 5
珍しい光景に明人は少し驚いた顔をしていた。いつもと変わらぬ時間に家を出た、それなのにいつもと違う光景がそこにあったからだ。門の向こうに見えるスカート姿の制服の少女、そこにいたのは苺だ。高校入学以来、いや、中学時代を振り返っても苺が先に明人を待っていたことなどない。だが、ついにその記録は破られた。鞄を持ち、微笑む苺に困った顔をしてみせた明人だが、それはすぐにいつもの無表情に戻った。
「おはよう~」
「ああ、おはよう」
何故、今日は先に待っていたかを聞かずに歩き出す明人に並ぶ苺。この辺りはいつもの光景だ。
「今朝はなんでか早くに目が覚めちゃって」
「そうか」
「驚いた顔してたね?」
「そりゃな」
「今日は雨が降るかもね」
「かもな」
いつもは会話などない。だが、今日は違った。いつもは明人が苺を待ち、健司が待つ駅へと向かう道中に会話はない。それなのに今日は苺がいろいろと話しかけ、明人は相槌を打つだけだが返事をする。何やらご機嫌な様子の苺に若干戸惑いつつも、明人はそれがどこか心地よかった。こうしてよくしゃべる苺を見るのはいつ以来だろうか。いや、自分が苺と距離を置くようになって何年になるのか。だが、それもこの先、長くはないだろうと明人がぼんやりと考えていると、いつもと違う2人の様子を見てニヤニヤしている健司が軽く手を挙げるのが目に入った。一瞬だけ片眉をピクリと持ち上げた明人だったが、それを健司は見逃さない。ますますニヤニヤしつつここでようやく自分に気づいた苺に声をかけた。
「おはよう苺ちゃん。今日はえらいご機嫌だな?」
ニヤニヤしたままだが、苺はそれを気にすることなく、まぁね、とだけ答えた。明人はいつもの無表情のようだが、どこか緊張のようなものが見え隠れしていた。どこかがいつもと違っている。
「そっか。ま、行こうか」
「うん。木戸君、彼女と一緒かなぁ?」
「ん?ああ・・・方向一緒だったな、確か」
「そうだよ。んん~、楽しみ!」
「どうするよ?バッチリ髪型とかキメてきたら」
「あはは!あるかもね。でも木戸君って髪型とかちゃんとしたら絶対イケメンだと思う」
「そうかぁ?」
いつもの朝の光景に人知れずホッとしつつ、明人は楽しそうな苺の横顔を見た。幼馴染の贔屓目でなくとも可愛い部類に入る。現に繁華街に繰り出せばナンパやスカウトをされることが多いのも知っている。童顔で中学生にも見られる苺だが、大きな胸がギャップとなっていることも男子からの人気の秘密になっているのだった。それにしても今日の苺は機嫌がいい。電車の中でも饒舌で健司と楽しげに会話を弾ませていた。学校の最寄り駅に着けば春香が待っているのもいつもの光景だ。春香もどこか機嫌のいい苺に気づいたのか、学校への道すがら健司とテレビの話題で話に花を咲かせる苺を見ながらそっと明人に質問を投げた。前を歩く苺と健司に聞こえないように。
「ねぇ、今日は苺どうしたの?えらい元気じゃん?」
「あぁ、朝もあいつの方が早かったしな」
「何かあったの?」
「さぁ」
「そう」
明人絡みで機嫌がいいのかと思ったがそうではないらしい。明人はいつもと変わらず、苺だけがハイテンションなのだ。2人が付き合うことにでもなったかと思った自分が可笑しくて、春香は小さく笑ってしまった。
「どうした?」
「いや、別に」
2人が付き合っていないことにホッとしたとは言えず、無愛想にそう返事をした春香は今のカップリングが理想だと思っていた。健司と苺、自分と明人。健司が苺に好意を寄せていることはなんとなしに気づいてはいる。苺は明人を好きで、自分もまた明人を好きでいる。現実はどこか1つがほころべばこの関係が終わりそうな危ういものでしかない。健司と苺が楽しく会話をするのを見ていた春香と明人との間に会話はない。それでも、2人だけの時間が持てているような感じがする今の時間が春香にとって幸せだった。だがそんな時間はすぐに終わり、校門が見えてきた。苺がきょろきょろとするのを見た春香も同じようにしてみせる。
「いないね、あいつ」
「うん・・・あ!」
姿の見えない京也に落胆していた苺が声を上げる。残った3人が苺の視線を追うと、既に昇降口に入りかけている京也と、その隣で楽しそうに話をしている歩の姿が確認できた。ニヤつきが止まらない健司、微笑む苺、良からぬこと考えている表情の春香、そして口元の緩む明人。
「おーおー、こりゃ、なんとも」
「進展してるっぽいね」
「今日の部活、サボっちゃおうかなぁ」
「部活は行け」
さっさと昇降口に消えた京也を追うでもなく、4人はペースを崩さずに昇降口に向かうと靴を履き替えた。全員が無言で表情は緩んでいるという変な状態だったが、当人たちは気にしない。そのまま教室に向かうと各々が席にかばんを置き、ゆっくりとした歩調で席に着いている京也を取り囲むようにして立つのだった。
「お、おはよう・・・」
「おはよう。いい朝だな」
珍しく明人がそう言う。それだけでも異様なのだが、他の3人も黙ったままニヤニヤしている光景は異様というより異常だ。
「・・・・・・・・見たのな」
「見た見た!ラブラブじゃ~ん!」
自分の机の上に腰掛ける春香の言葉に京也は苦い顔をしつつも全員を見渡した。皆が同じようにニヤけた顔をしている。あの明人でさえも口元が緩んでいた。
「いや、そういうんじゃなくってさ、ほら、方向一緒だから、ね?」
「ほうほう。待ち合わせて来たわけか」
「そう、なるね」
「とりあえず携帯を出せ、話はそれからだな」
健司の尋問にためらいを見せつつ、4人の強い視線を浴びている京也はどうしようもなく携帯を差し出した。
「昼休みまで預かっておこう、ほれ明人、頼むわ」
「ちょっと待て、なぁんでだよ?」
「証拠を消したりしないようにだ」
健司から携帯を受け取った明人の言葉に京也はがっくりと肩を落とした。消すような変な内容は無いとはいえ、変にプライベートを覗かれるようでいい気はしない。
「明人君なら何もいじらないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないよ、志保美さぁん」
本気で泣きそうになりながらもそれ以上何も言えず、京也は歩と変なやりとりをしていないことに胸を撫で下ろしていた。この後、昼休みにそれは判明するのだが、どうせなら一緒に登校しようかと持ちかけた京也に賛同した歩によって今朝は待ち合わせをして登校したのだ。帰りも一緒に帰る約束をしており、健司や春香にいじられながらもニヤける京也の笑顔がどこか本気でないような雰囲気を明人は感じ取っていた。昨日のメッセージではお互いのことや学校でのことの話が主体で、週末のデートの話題など一切なし。次の目標を週末のデート内容に絞った4人によって今夜のメールの下書きなどを作らされた京也は嬉しいやら困ったやらの顔をしていたが、それもどこか本気でないような感じを明人は読み取っていた。以前から、今の京也がどこかふわふわした雲のようなものであって本質ではないような気がしている明人にとって、歩との絡みでその芯が見えてくるかもしれないという期待もしていた。結局、放課後まで歩からの接触や連絡もなく1日が終わろうとしていた。京也は昨日のやりとりで今日の部活が軽いミーティングだけであり、1時間か1時間半ほど待って欲しいという歩の言葉を受けて屋上へと向かうべく腰を上げた。今日はバイトもなく、万一、歩が遅くなっても待っていられることもあって、いつも通りに屋上にでも行こうと思ったからだ。そんな京也をニヤニヤして見ているのは健司と苺だ。春香は後ろ髪を引かれる思いで部活に行き、去り際に詳細を帰宅後にメールするよう苺に言いつけていた。明人はいつものようにぼーっと外の景色を見ている。
「おいおい、いきなり浮気か?」
「・・・時間までの暇つぶしだって」
「もしかして、毎日紀ちゃんと待ち合わせしてるの?」
「そういうわけじゃないんだけどさぁ」
「じゃぁここにいろ」
「でも暇だし」
「じゃぁさ、しりとりしようよ」
「それはない」
健司と京也に却下され、苺は唇を尖らせてすねた顔をしてみせる。結局その後、何だかんだでわいわい騒いでいるうちに1時間以上が過ぎていた。まだ歩からの連絡はないが、それなりにいい時間になったと判断した4人が待ち合わせの場所である昇降口に向かおうと廊下に出た瞬間、少し青い顔をした同級生の高橋ミドリが苺を見てあわてて駆け寄ってきた。
「苺!雅美、見なかった?」
雅美とは、池田雅美といい、この間のキューティ3の選挙でも話題になった美少女である。長身ながら細身の身体をしており、可愛いというよりは美人というべき顔立ちをしていた。人当たりもよく、男子からの人気もある子だ。
「んーんー、見てないよ。どうしたの?」
「どこ探してもいないの・・・スマホ鳴らしても出ないし、かばんはあるんだけど・・・」
雅美の席に掛けられたかばんを指差すその手も震えている。
「詳しく聞かせろ」
ずいと前に出るようにした明人の言葉にミドリは頷き、説明を始めた。放課後、一緒に帰ろうと支度をしていたミドリの元へやってきた雅美はトイレに行くといって教室を出た。その後すぐに戻って来た雅美は呼び出されたからちょっと行ってくるとの言葉を残して駆けて行ってしまったのだそうだ。すぐに戻るからとかばんも置き、10分ほど待ってて欲しいという言葉も添えて。しかし、何の連絡もないまま既に1時間が経過している。ミドリはいつまでたっても戻らない雅美を心配して校内を探すもどこにも姿はなく、携帯も全く繋がらないという。明人はミドリの携帯を借りて雅美に電話をするが、すぐに留守電に切り替わる。圏外なのか電源を切っているのか、そのどちらかだが、学校のすぐ裏手にある山にでも入っていかない限り電波が切れることはない。
「呼び出されたって、誰にとか言ってなかった?」
「言わなかった。けどすぐに戻るからって・・・どうしよう!」
明人は泣きそうなミドリを促して席に置いてある雅美のかばんを見るように指示した。これといって不審なものも見つからず、電話はやはり繋がらない。
「校内放送、お願いしてみる?先生に言おうよ」
とりあえず泣き出してしまったミドリに付き添う形で職員室に向かった一行は、階段を下りたところで偶然にも歩と出くわした。
「あ、先輩・・・どうかしたんですか?」
「あ、うん・・・ちょっとね。ゴメン、待ってて」
普通ではない雰囲気に歩は頷きながらも京也に付いていった。京也も何も言わず、みんなで職員室に入った。当然、先生たちはまだいて、異様な様子に気づいた2年生の英語を担当している結城由香里が声をかけ、ミドリが雅美のことを報告した。とりあえず数人の先生たちで雅美を探しつつ、校内放送も実施したが、やはり電話は繋がらない。
「いたずら、とは思えないな・・・」
いつの間にかそこにいた千石が腕組みをしながら何かを考えるようにしている。
「自分も探してきましょうか?」
そう言って千石の前に出てきたのは1年生の数学を担当する新城直哉だ。千石と同世代の30代半ばを越えた年齢だが、イケメンなために女子生徒からの人気は高かった。もちろん既婚者であり、結婚7年目にしてようやく授かった新しい命が今、愛妻のお腹の中で元気に育っている。真面目で先生のみならず生徒からの信頼も厚いこともあって、ミドリにお願いされた新城もまた職員室を出て行った。そんな新城を見送る京也と目が会った歩は少し戸惑った表情をしてみせる。まさか校内で行方不明事件が起こるなど想像もしていないことだけに不安なのだ。そんな歩の肩にぽんと手を乗せた京也はいつもにはない優しい表情を浮かべてみせた。その顔に少しだけ落ち着いた歩がそっと京也に寄り添うが、京也はそれを振り払うこともせずあわただしい様子を見せる職員室を見つめている。
「どう思う?」
自分に囁く健司に顔も視線も向けず、明人は静かに口を開いた。
「事件性が高い」
「だな」
健司も同意見だったようで、腕組みに力が入る。そんな健司の不安が苺にも伝わり、強張った表情が出てしまう。明人はそんな苺を見やりつつ、状況を頭の中で整理し始めた。すぐに戻ると言い残し、かばん鞄を置いて出て行った。呼び出されたということからして事件性が高いが、校内であることから相手が先生か生徒なのだろうが誰なのかは分かっていない。既に校内にいない様子で、携帯は電源が切れているというよりかは圏外だと思える。そしてここいらで圏外になるのは裏山のみだが、校舎裏は高い塀が囲ってあり、女子はおろか男子や大人ですらそれを越えられず、北の正門か正門から見て西に位置する西門からしか出られない。呼び出されて向かったのは科目棟の方だということから、裏山のある西に向かったと思われるが、そちらに外に通じる出入り口はない。つまりはまだ校内にいるのが濃厚だろう。もし外へ呼び出されたのならばかばんを持って出るだろうし、校内で待っていてくれとは言わないはずだ。そうこうしていると数人の先生が戻ってくるが、どこにも姿は確認できなかったようで職員室はさらに慌しくなっている。職員室に来てもう20分以上が経過しているが、手がかりはまったくない。新城も戻ってきたが、どこにもいないと報告した。
「いろいろ聞いたけど、目撃者もない・・・外に出た可能性は、低いしなぁ」
「警察を呼びましょう」
千石の言葉に明人たちも新城を含めた先生たちも一斉にそっちを見た。学校側としては管理体制を問われかねないため、それは避けたかったが仕方がない。教頭も賛同し、校長に連絡を取って警察を呼ぶ運びとなった。ミドリは残るように言われ、明人たちは帰るように指示された。言葉もなく、かばんを取りに教室へと戻る。歩も無言のまま付いてくるが、少し顔色は青かった。
「おそらく、もう校内にはいないだろう」
教室に入った明人の言葉に全員が動きを止める。かばんを手にした明人はそのまま窓に近づいた。
「犯人の意図はわからんが、強姦ならいざ知らず、拉致ならその可能性は高い」
「どういうこった?」
「この学校は古い。何かしらの秘密の小部屋があっても不思議じゃないし、秘密の通路から裏山かどこかに繋がっている可能性もある」
「拉致って、目的は?」
「わからん」
「でもまぁ、確かにそうだよねぇ。大改造して近代校舎になったけど、歴史は古い。それにこの辺は戦時前後で鉱山もあったというし」
京也の言葉に明人は頷く。鉱山といっても少しの銅が出た程度で、規模はしれている。だが、掘られた通路のようなものが残っている可能性もなくはない。それが学校に通じているかもしれないという可能性すらある。
「けどさ、そういう小部屋やら、通路の話なんか聞かないぜ?あったらたまり場になってるし、噂にもなるさ」
健司の言うことに苺も頷いた。校内にそんなものがあるとは思えない。あれば噂に上がるし、誰かしらの出入りも噂になるだろう。
「でも、調べてみる価値はあるかもねぇ」
「このまま見つからない場合はな」
京也に賛同するその明人の言葉に苺の表情が凍りつく。そう仲がいいわけではないが、雅美はクラスメイトだ。その雅美が校内で姿を消したのだ、恐怖がこみ上げてくる。見つかって欲しいと願うばかりだった。
「とにかく帰ろう。明日進展があるかもしれないし」
京也の言葉に全員が頷いた。誰も何も話さずに昇降口へと向かう。やはり無言で靴を履き替えていると、濡れた髪もそのままに春香が小走りでやってきた。
「あれ?部活は?」
「今日は急に帰れって・・・何かあったの?」
「まぁ、な」
歯切れの悪い健司の言葉に春香が眉を寄せる。簡単に苺が事情を説明すると春香はあわてて靴を履いた。そのまま自転車組の京也と歩も一緒に校門を出た。
「あ・・・」
向こうから2台のパトカーがサイレンは鳴らさずに赤いランプを回転させながらやってくるのが目に入る。それだけで大きな事件だと改めて認識され、苺も歩も顔を青くした。まだほとんど何も知らない春香ですら薄ら寒さを感じるほどに。
「とりあえず、明日だな」
「そうだね。俺は一枝さんを送っていくよ」
「家まで送れよ?」
「わかってる」
珍しく慎重な明人の言葉に真剣な目で返しつつ、京也は歩を促して自転車にまたがった。
「皆さん、さようなら」
「うん、また今度ゆっくりいろいろ聞かせてもらうよ」
暗くなった場の空気を変えようと健司がそう言えば、苺と春香も少し微笑み、歩も照れた顔をしてみせた。みんなの張り詰めた空気をうまく緩めた健司に明人も自然と口元がほころんだ。こういう時の健司は最高に気が利くいい男だと春香も思っていた。
「じゃぁ」
京也が歩を先に行かせ、後を追う形で去っていく。そんな2人をしばらく見つめてから残った4人も駅へと歩き始めた。その後ろではパトカーが学校の駐車場へと入っていく。さっきまで晴れていた空に雲が広がっていくのが分かる。暗くなっていくその空は、太陽が沈んだせいだけでなく、また別の、何か得体の知れない不気味さを伴っているように感じる、そんな空だった。




