繋がる未来 4
目が覚めた京也は布団の中で身震いしつつそのまま布団をかぶって電気ストーブのスイッチを入れる。昨夜の雪のせいか、今朝の冷えこみはここ最近では一番ではないかと思う。部屋が暖まるまでまだまだ時間が掛かることもあって、意を決して布団を剥ぐと用意していた部屋着にさっと着替える。時計を見れば午前8時だ。家の中で息が白いことに嫌になりつつ、電気ストーブの前に座った。ぼーっとしながら枕元にある箱を見て、その表情を緩めた。クリスマスイブである昨日はここで歩と一緒にチキンを食べてケーキも食べた。その後でプレゼントの交換を行った際に歩からもらったのがその箱の中身だった。コツコツと小遣いを節約して貯金したお金で買ってくれた腕時計がその中身だ。高いものではないが、歩からのプレゼントというだけで価値が高い。京也はその箱を手に取ると中から時計を取り出して腕に巻いた。ひんやりした金属の冷たさに悲鳴を上げそうになるが、心は温かくなる。そんな京也は歩にイルカの形をあしらった中に小さな宝石の入ったネックレスを贈っていた。それを取り付けながら学校では付けられないけれど、休みの日は必ず付けると喜んでいたことを思い出した。そしてキスを交わし、その後は愛を確かめ合ったのだった。夢のような時間を過ごし、京也はそれを思い出すだけで幸せな気持ちになっていた。そして今日もデートだ。背伸びをして立ち上がり、寒さからぶるっと震える。ふと机の上に置かれたスマホを見れば、メールの着信を告げるランプが灯っているではないか。歩を送って行き、ここに帰ってからマナーモードにしていたことで全く気づかなかった京也がそれを確認すれば、健司と春香、そして明人からのメールが届いていたのだった。まずは健司のメールを読み、口元に笑みが浮かんだ。春香と付き合うことになったと書かれた文章を見ておめでとうと返す。次に春香のメールを開けば、画像の添付が付いたものだ。内容は健司と付き合うことになったことや、歩とのことを質問するメールであり、苦笑しながらも添付ファイルを開けば半裸でぐったりと横たわる歩の姿を写したものだった。どうやら以前の女子会での写真らしい。ため息をつきながらもしっかりと保存をし、返事を打つ。そして最後の明人からのメールを開けば、実に明人らしい簡潔な文章がそこにあった。
『技の効果は絶大だった、感謝する。ありがとう』
その文章に口元に淡い微笑が浮かんだ。京也はよかったなと返事をし、そのまま歩にメールを送った。おはようの挨拶と、今日の予定の確認だ。映画を見ることにしているが、それ以外の予定は決めていない。たまには無計画にブラブラするのも悪くはないと思う京也は顔を洗いに洗面所へと向かったのだった。
*
年末はそれぞれのカップルがそれぞれに過ごしたこともあって、6人が揃うことは無かった。それでもメールや電話はしていたこともあって、3組のカップルが出来たことは全員の団結力をさらに深めることとなった。そうして大晦日の夜、この辺りで一番大きな神社へと向かった明人と苺は電車に乗っていた。初詣用に臨時の電車が徹夜で走るため、午後11時には家を出る。そうして30分ほど電車に乗って神社の近くに行けば、そこは既に凄まじい人で埋め尽くされていた。ひとまず正面を避けて左側にある参道に出る。はぐれないように腕を絡ませる苺を気遣いながら、明人は人ごみの奥に目をやった。賽銭箱は遥か向こうであり、たどり着くまでにどれだけ時間が掛かるか検討もつかない状態だ。
「近くの神社にすればよかったね?」
「今更言っても仕方が無い」
「だね」
腕にしがみつくようにする苺にそう言うと、明人は前を見た。付き合い始めてまだ一週間足らずだが、明人はいつもの明人だった。2人きりでいるときの表情の変化は多少増えたが、口数が少ないのも無表情なのもそのままだ。だが、これが明人なのだ。そうして日付が変わる。
「明けましておめでとう!」
「ああ、おめでとう」
ちょっとずつ動き出す人ごみの中で新年の挨拶を交わす。今年はああしたいこうしたいと言う苺に頷きつつ、受験も忘れるなと言う明人。同じ大学に行きたいが学力に差がありすぎる。それに明人が狙うのは地元の国立大学だ、レベルが違いすぎる。それでもその大学から一駅しか離れていない私大ならばどうにかこうにか入れそうな苺はなんとしてもそこを目指して勉強する気でいた。少しでも近くにいたいという想いの表れだった。
「木戸君は近くの大学にするのかな?」
「何故?」
「歩ちゃんと、高校に近いから」
「あいつがそんな理由で学校を選ぶとは思えん」
そう言われればそうだが、自分が歩ならそうして欲しいとも思う。そんな風なことを話していると、ようやく参拝の順番が回ってきた。既に年が明けて1時間が経過していた。正面参道、右側の参道、そして今いる左側の参道がここでぶつかりあい、ひしめきあう。2人は賽銭を投げると手を合わせた。明人も苺も願うことは同じ、2人がずっと一緒にいられるようにだ。ただ苺はその他にもダイエットの成功も含む。そんな2人が顔を上げて移動しようとすれば、目の前に知った顔を見つけて驚いた。正面の参道から来たらしい健司と春香だ。久々の顔合わせと偶然に双方が驚きつつ移動すれば、出口方面の参道でばったりと京也と歩のカップルに出くわした。新年早々偶然にもほどがあると6人は大笑いし、そのまま近くのファミレスに入るのだった。
「しっかし縁があるなぁ、俺たち」
軽食とドリンクバーを注文した健司がそう言い、みんなが頷いた。そうして全員がジュースを入れて新年の乾杯をする。フライドポテトやサラダをつまみ、ピザを食べる。久々の顔合わせに話しも弾み、それぞれの近況が報告された。まずはクリスマスイブの聖夜祭でカップルになった健司たちと明人たちが話題になる。お互いに好きだったこともあって、春香と健司はダンスをしたことも報告した。珍しく照れまくる春香に歩が逆襲とばかりに突っ込み、春香は睨みながらも幸せそうな顔をしていた。そんな中、京也は向かい側に座っていた明人と目が合った。
「お前のおかげで素直になれた、ありがとう」
その言葉に明人の横に座っていた苺が不思議そうな顔をしたが、告白の時の言葉を思い出して小さく微笑んだ。
「いや、別に背中を押そうとしたわけじゃないし、確認だっただけだよ」
その言葉に表情を緩めた明人ににんまりとした笑顔を返した。
「で、そう言うお前はちゃんと進展したんだろうなぁ?」
京也に向かってそう言う健司の言葉を聞いた京也が苦笑すれば、何故か春香と苺が顔を赤くしてそっぽを向いたために歩が怪訝な顔をした。
「まぁ、いろいろあったけど、その辺はボカすとします」
その言葉にはにかんだ笑みを見せる歩を見れば、おのずと答えは出ていた。
「まぁ、でも、初めてって大変だよなぁ・・・・あんなDVDなんぞクソの役にも立ちゃしねぇし」
「まったくだ」
健司の言葉に何故か賛同した明人は珍しくハッとした顔になってジュースを飲む。呆然とした健司が明人を見つめるが、横に座った真っ赤な顔をした春香の肘が健司のわき腹に炸裂した。健司は春香に苦笑いをしつつ、わき腹をさすりながらそっと春香の頬にキスをした。
「ってことは、みんなしちゃったんだ?」
赤い顔をしながら露骨なことを言う苺に全員が押し黙る。さらなる追撃を受けて悶絶する健司をよそに呆れた顔をした京也が冷たい目で全員を見渡す。さっと目線を外す面々を見て歩と2人で苦笑した。
「みなさん、いくらなんでも早すぎ・・・」
歩の言葉に苺も激しく赤面し、健司が愛想笑いをする。春香は耳まで赤くしながらそっぽを向き、無表情でジュースを飲む明人。
「タイミングがそうだっただけだ」
その明人の言葉に健司も大きく頷くが、京也は冷めた目を2人に向けた。
「よくもまぁ、あれだけ言っておいてさぁ・・・・なにが合体なんだか」
軽蔑の目を健司に向けると、何故か春香が俯いたために不思議そうな顔をする京也。だが歩は小さく微笑んで春香を見ていた。
「次の女子会が楽しみです、春香さん」
「あ、そう?」
「ええ、とっても」
薄い目をした歩に背筋が凍る。見事に立場が逆転した瞬間だった。そうしてわいわいと騒ぎ、話題はせっかく3組もカップルが誕生したので旅行にでも行きたいという話になった。具体的なことは何1つ決めずに想像ばかりが膨らんだ。そうこうしていると空も薄っすらと明らんでくる。ファミレスを出た6人はそれぞれに別れて解散となった。明人と苺は帰ることになり、健司と春香はもう少しブラブラする。京也と歩は神社の方に戻ることにした。こうして新たな年が幕を上げた。
*
新学期になり、各学年最後の学校生活がスタートする。クリスマスのことが噂となり、明人と苺、健司と春香が付き合い始めたことは既に学校中に広まっていた。明人と健司のファンや想いを抱いていた女子は嘆き、嫉妬しつつもいつも近い距離にした苺と春香なだけに納得せざるを得なかった。逆に苺のファンや想いを寄せていた男子にすれば相手がPGである明人なために勝ち目もなく、想いを断ち切るしかない状態だった。そんな2年生5人は今日もまた机を突き合わせて弁当を広げていた。カップルになったことでもっといちゃいちゃした感じになるかと思いきや、2組とも以前と変わらぬ様子を見せていた。ただ、健司と春香が時々バカップル振りを見せるぐらいか。春香が健司の膝の上に座ったり、無意識的に健司が春香の髪を撫でたりしていたからだ。それに引き換え、明人と苺の関係は全く変わったように見えない。相変わらずの鉄仮面な明人に変化がないからだ。それでも健司や春香、京也にしてみれば以前よりも随分と雰囲気が和らいだ感じになったと思っていた。その日の放課後、寒くなって屋上に行く機会も減っていた紀子と下校する苺がいた。春香は部活で京也はバイト、健司と明人は掃除当番だ。
「仲良くやってるの?」
「うん、そうだね」
紀子の質問ににこにこしながら答えることから、上手くいっていると思えた。
「デートとかしてるの?なんか戸口君がデートって、イメージ沸かないけど」
「うん、出かけたりしてるよ」
「そっか」
「うん」
随分遠回りをして付き始めた2人だけに心配はしていない。ただ羨ましいとは思った。自分が恋人を得るのはまだ2年半も先の話だからだ。それは言えず、紀子も微笑み返した。
「週末泊まりに行っていい?」
「いいよ。でもノロケ話は聞きたくないけど」
「そういうのは話さないよ」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
そう言って笑う紀子に一瞬すねたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「木戸君も充実してるみたいだしね。あんたも充実、青春ですなぁ」
「みたいだね。月末にはお泊り女子会あるし、いろいろ聞いちゃうつもり」
「いろいろって?」
「い、いろいろ・・・だよ・・・その、やらしい話も」
「一枝さんもかわいそうに」
少し頬を赤くしながらそう言う紀子は心底歩に同情をした。ただ、頻度的に圧倒的に自分たちの方が多いとは全く知らない苺である。駅で紀子と別れた苺はそのままCDショップに寄り道をした。そのせいもあって駅に着けば健司と一緒の明人に遭遇し、3人で帰るのだった。
*
バレンタインデーになると、明人も健司も例年であればかなりの数を貰うほどの人気者である。校内で3大イケメンであるために、それは当然のことだった。もっとも、富沢悠が死んだことによって現在は2大イケメンとなっているが。だが、今年のバレンタインデーはかなりの変化があった。去年の3分の1にも満たないほどに数が減っていたのだ。しかしこれは当然のことだ。2人とも彼女がいる身であれば、本命のチョコの数がぐんと減るのは当たり前なのだから。明人にすれば全部なくてもいいと思っていただけに、これよりも少ない数を予想していた。対する健司はどこか寂しそうにし、春香に睨まれていた。そんな春香はかばんの中に入れたチョコをいつ渡すかを悩んでいた。昼休みに堂々と渡したいが、2人きりにもなりたいという気持ちもある。苺はどうするのかと思えば、帰りに渡すということだった。家が隣同士なのでその機会はいつでもある。それが羨ましいと思いつつ京也をリサーチすれば、歩からは朝会った時に既に貰ったとのことだった。カップル暦が自分たちよりも長いせいか、落ち着いた感じがする。そう、春香は忘れていた。この2人のペースは実にゆっくりしたマイペースであることを。逆にそれが羨ましい。自分たちは2人きりの時は思いっきり甘い時間を過ごしていたが、人目がある場所ではどうにもぎこちがなかった。その原因は周囲を気にする自分にあると分かっているのだが、それでもどうにも恥ずかしいのだ。仕方がない春香は放課後にそっと渡すことに決める。幸い健司は掃除当番ではないので2人きりになれるチャンスはあるだろう。そんなことを考えていたせいか、今日の授業内容は全く頭に残らないものとなってしまった。そうして放課後、さらにチョコを貰ってへらへらする健司を睨みつけ、春香は強引に腕を引っ張って人のいない科目棟まで健司を連れてきた。
「なんなんだ?こんな場所で、俺を組織に売る気か?」
「うるさい、あんたみたいなのが売れるわけないし」
「売れたぜ?」
「はぁ?」
「お前に」
一瞬にして赤面した春香が睨むようにするが、健司は平然とした態度で笑っていた。こういうところが苦手であり、好きなところでもあった。春香は鼻でため息をつくとかばんの中から箱を取り出し、無造作にそれを差し出した。健司は満面の笑みでそれを受け取る。
「ああー、サンキュー!もらえないかと思ったぜ」
「んなわけないでしょ?」
「でも、裸にリボンで『私を食べて』でもよかったけどね」
真顔でそう言う健司のわき腹に見事な蹴りが炸裂した。京也からダメージを最大にできる蹴りの仕方を教わった結果だ。へたり込んで悶絶する健司を睨む春香は大きなため息をついた。
「彼女に対してもデリカシーは持ってほしいわね!」
「ったく、お前の蹴りは、明人や京也並みか?」
「今井春香流は遠山健司を倒すための技、他の人には使わない」
「・・・京也が聞いたら怒りそうだな、それ」
わき腹をさすりつつ立ち上がる健司はそう言うと、それでもチョコを見て微笑んだ。
「いっぱい貰ってたわね?」
「義理だけどな。それに欲しかったのはコレだけ!」
そう言って嬉しそうに受け取った箱を降ってみせた。そんな健司を見ればさすがの春香も嬉しさを隠せない。照れもあってそっぽを向けば、健司の手があごに置かれてやや強引に正面を向かされた上でキスをされた。こんな風にされるのはクリスマスイブ以来であり、学校でするのもまたあの日以来だった。誰かに見られたらと思い抵抗するが、舌の感触に力が抜ける。健司は脱力した春香から離れるとそっとその体を抱きしめた。
「ありがとうな」
「ううん」
「この続きは明日、でいいかな?」
「あ、うん」
「部活、頑張れよ!」
「うん」
「帰ったらメールくれ」
「うん」
健司は春香を解放すると再度触れ合うだけのキスをした。そうして手を振ると去っていった。春香は胸のドキドキをそのままにゆっくりした足取りで廊下を歩く。明日は土曜日で部活は午前中のみだ。続きという言葉を意識してしまい、どうにも動悸が止まらない。会うたびに体を重ねているわけではないが、それでも健司に抱かれると心までも満たされる気がしていた。
「ヤバイ・・・このままじゃ、あいつの尻に敷かれちゃう」
そう呟いた春香は両手で自分の頬を張り、走って屋内プールへと向かった。その顔にくっきり残った手形を見た部員たちに心配されたが、それが健司のDVを心配したものだとわかって大笑いをするのだった。
*
「木戸君!」
靴を履き替えようとしていた京也はその声に手を止めて声のした方へと顔を向けた。
「浅見さん、どうしたの?」
少し息を切らせた紀子の姿に首を傾げるが、紀子はかばんからチョコの入った箱を取り出すとそれを京也に差し出した。
「これ、よかったらどうぞ」
「俺に?いやぁ、嬉しいねぇ」
すっかり元のボサボサ頭にもどった髪を撫でるようにしつつそう言う京也はにこやかな笑みを浮かべた。この週末には歩の行っている美容院へと連れて行かれることになっていた。初の美容院デビューとなるが、これは京也から申し出たことだった。歩は京也の外見にはこだわっていない。髪型も、めがねも、服装も、それに関して意見することはまったくなかった。ただ京也としては歩が恥ずかしい思いをしないように気遣っている。そんなボサボサ頭を掻く京也に紀子は苦笑していた。
「彼女、気を悪くしないかなぁ?」
その言葉ににんまり笑った京也を見た紀子もまた小さく微笑んだ。
「大丈夫、そんな子じゃないよ」
「さすが木戸君のハートを射止めた子ね?」
「そういうわけじゃないんだろうけど」
「そっか」
そう言って笑い合い、そのまま2人は一緒に下校した。紀子が義理であっても人生で初めてチョコを渡したのが自分だけだと知らない京也、そしてそれを口にしない紀子。異性でありながら親友、そんな関係がそこにあった。




