幸せの貯金 4
「デートじゃないからな」
素っ気無くそう言いながら歩く健司に並ぶ京也は無表情で健司を見た。別にそういう目で2人を見ていない。2人で海に遊びにくるぐらい、友達なのだからありうることだと思っていたからだ。
「あいつさ、水泳の大会で予選落ちしたんだよ」
その話は聞いている。もうあと一歩というところで県大会出場を逃したことはいつものメンバー全員が知っていることだ。
「あの時、スタートさえしっかりしてれば絶対に出場できてた。だからさ、慰める意味で誘ったんだ。何も気にせずに泳ごうってな」
そう言いながら自動販売機の前に立った。京也は浜の方へと目を向ければ、遠目ながら春香と歩が楽しそうに話をしている様子が見えた。
「そうか、さすがにイケメンで優しい健司だよ」
皮肉ではなく本音だ。だが健司は肩をすくめると2本のジュースを買って浜の方に体を向けた。
「お前だけには言うけどさ・・・俺は苺ちゃんが好き、なはずだった」
それは京也も気づいている。健司が苺を好きなことは見ればわかる。
「告白して振られて、それでも好きだった」
その情報は初耳な京也が驚いた顔を健司に向ければ、健司は苦笑しつつ海を見たままだった。
「でも、今井のこと、気になってる・・・あいつは明人が好きなはずなのに、いつの間にか、告白もしていないのに諦めてたし」
「俺の目からすれば、今井さんは健司を好きだと思う」
その言葉を意外と冷静に受け止めた健司の顔がある。
「お前もそう思ってたか・・・薄々は気づいてたけどさ、まだ俺はどっちつかずなんだよ。まだ苺ちゃんに未練はあるし、今井も気になる・・・でも、急いで答えは出したくない、お前のように」
そう言って笑う健司だが、自分と健司とでは置かれている状況が違う。自分を嫌いで、自分の中に流れる血や染み付いた技を毛嫌いしていた。そのために返事を保留にし続けたのだ。だが、健司の場合は苺に未練を残しつつ春香に惹かれている。だからこそ急いで結論を出す必要はないと思う。
「それでいいんじゃない?今井さんもきっとまだふわふわしてるんだよ」
「そうかな?」
「そうだよ。本当の気持ちを見つけてからでも遅くはないと思うしね」
「さすがに恋愛の先輩は言うことが違うな」
そう言ってニヤつく健司に苦笑しつつ歩き出す。健司はその後に続きつつ今の言葉を噛み締めていた。そうして春香と歩の元に戻り、ジュースを渡す。春香は素直に受け取るとありがとうと微笑んだ。その笑顔に少し顔を赤くした健司がおうとだけ答える。そんな2人を見て微笑みあう京也と歩。その後は昼過ぎまで4人で遊び、昼ごはんとなる。2組とも食べ物は現地調達になっていたこともあって、男子2人が買いに行き、焼きそばやおにぎりを買って戻ってきた。そんな昼食を済ませた4人は今からは分かれて行動しようと決める。健司と春香が京也たちに気を使ったわけだが、京也にしても健司たちを2人きりにさせるのがいいと判断してその申し出を受けていた。そうして京也たちは白い砂浜の方へと向かい、健司たちは全く逆方向である岩の張り出した場所へと向かった。岩がかなりゴツゴツしていることもあって、サンダルを履いて怪我をしないように慎重に昇っていく。やがて岩も平らになり、波に削られて崖のようになったそこに春香は腰掛けた。健司は岩の間に顔を突っ込んでは何か生き物がいないか探している。いくつになっても男は子供だと思う春香はそんな健司をじっと見つめていた。イケメンで人当たりもよく、部員の中にも健司を好きだという子は多い。特に今回の失踪事件でいろいろ動いていたことが噂になっていることもあって、その人気はさらに伸びているのだ。鋼鉄の男、氷の心を持つ明人は人気はあれど女子はあまり近づけない。そのせいもあって春香は他の女子にすれば羨望と嫉妬の目で見られることも多かった。また、事件を解決した京也の評判もうなぎ昇りだが、水星とのやり取りの中で歩が堂々と交際宣言したこともあって多くの女子はため息をついた。キューティ3の1人が彼女となれば奪うことは難しいからだ。それもあって健司に人気が集中する現象が起きていた。
「カニがいるぞ、カニ!」
顔を上げてにんまり笑った健司に呆れつつそこに向かい、向かい側から顔を覗かせる。波に揺れるその奥に少し大きめのカニが動いているのが見えた。
「向こう側から降りて中に入れば捕まえられそうだな」
「危ないって」
「行けるって」
そう言って崖の部分に足を掛けて降りていく健司に、自分もまたそれに習って降りてみる。だが、押し寄せる波が意外と強く、しっかり掴まっていないと岩に押しつぶされそうになる感じがした。健司は身軽な動きでカニがいる隙間に入り込んだが、春香は四苦八苦だ。そうしているうちに波に押されて春香の身体が海に投げ出された。岩のそばで危ないためにすぐに健司も海に飛び込むともがく春香の身体を片手で支えつつ岩場に足を踏ん張る形でそこに当たらないようにしてもう片方の手で岩を掴む。ここは遠浅ではないが、首の辺りで波が揺れている程度だ。ホッと息をついて春香を見れば、春香もホッとした表情をしていた。そんな春香がふと変な感触に自分の身体を見た。健司もまた同じようにする。密着する体と体、それはいい。問題は健司が掴んでいる手だ。どういう理由でかはわからないが、水着の下から完全に右胸を掴んでいた。健司は自分の目を疑いつつ手を揉むように動かせば、全身の毛を逆立てた春香のビンタが炸裂し、さらに顔面にパンチが飛んだ。健司は春香から離れるようにして海面に沈むが、その顔はどこか幸せそうだった。
*
2時間ほどして戻ってきた京也と歩が見た光景は、気まずさを漂わせた空気を持った健司と春香が微妙な距離をおいて座っているものだった。何があったのかは聞く勇気はない2人が帰ろうかと言い、賛同した春香と歩は着替えの入ったかばんを持ってホテルの方に向かった。健司と京也はその場で着替える。人通りもないために腰にバスタオルを巻いて水着を脱ぎ、下着を履いてジーパンも履いた。そのまま無言で片づけをする。ホテルの更衣室に勝手に入った歩と春香はそのままそこにあるシャワーを利用した。ホテル内のプールを利用する客用の更衣室だが、堂々としていれば怪しまれない。幸いというか人はおらず、女同士なので気にせず全裸になってシャワーを浴びた。ショートカットということもあって先に髪も流した春香が髪に付いた海水を洗い流す歩にそっと近づくと、動きに合わせて揺れるその胸を鷲掴みにした。
「ひゃっ!」
「う~ん・・・・少しでいいからこれが欲しい」
「ちょっと春香さぁん!」
グニグニと揉んでいる春香の手を押しのけ、歩は睨む目を春香に向けた。春香はペロッと舌を出して謝ると、今の感触を確かめるべく両手を揉むように動かした。
「木戸に触られた胸とはいえ、いい感触でした」
「触られてませんし・・・」
事故で触られたことはあるものの、春香が言う意味での触れ合いはない。体を拭きながらそう言う歩の言葉に春香の目がキラリと光った。
「あれ、まだそういう関係じゃないんだ?」
付き合ってから2ヶ月も経てば、もう体の関係があると思っていた。歩は少々照れた顔をしつつ下着を身に付け、それを見た春香もすこしペースを上げて体を拭きはじめた。
「したいとは思うけど、なんか怖いし、まだ早いような気もするし・・・向こうも同じようだし、流れに任せようかなって思ってます」
「ま、あんたららしいかな?」
そう言って微笑む春香に苦笑する歩。春香は自分の胸を拭きつつ、さっき健司に胸を触られたことを思い出して1人赤面した。そういうこともあって少し遅くなった2人がホテルを出れば、入り口で京也と健司が待っていた。
「おっせーなぁ・・・うんこでもしてたか?」
「ホント、デリカシーないでしょ?」
健司の言葉に春香が疲れたようにそう言い、言われた歩も苦笑した。帰りは電車で帰ることにして駅まで15分の道のりを歩く。午後3時を回ったとはいえ、まだまだ日差しはきつい。日焼けした体の火照りもあって汗だくで駅に着けば、電車はタイミングよくすぐにやって来た。すぐに乗り込んで冷房の効いた空気に4人がとろけそうになる。向かい合わせの席で座れば、春香は健司に、歩は京也にもたれるようにして寝息を立てだした。
「京也、ほれ、歩ちゃんにキスしろ」
「やだよ」
「いつもしてんだろ?」
「なら健司もしろよ」
「出来るかアホ」
小声でそう言いあう京也と健司は、そんな健司にもたれかかる春香の唇が小さく吊り上っているのに気づいていないのだった。
*
夜のバイトを昼に回し、今日の花火大会に備える京也。今日も部活はなく、昨日の疲れで10時頃まで寝ていた歩。今日も元気に部活に精を出す春香。それぞれが花火大会までの時間を過ごす中、明人と苺は松の木が多く並んだ海水浴場に来ていた。夏休みとあって人が多いが、今日は花火大会があるせいかまだ混雑はましだと思える。明人は膝上まである赤を基調とした水着を着用し、苺は黒と白が混ざったワンピースの水着を着ていた。それでも大きな胸が目立つためか、何人もの男性が通りすがりにそこを見る。恥ずかしい苺だが、隣に明人がいるだけで気が楽だった。2人は波打ち際まで行くと膝まで水に浸かる。少々冷たいがすぐに慣れそうだ。明人はぐるっと周囲を見渡すと、目の前ではしゃぐ苺を見た。プロポーションがいいとは言いがたいが、それでも胸が大きいこともあってスタイルはいい方だ。髪もお下げにしているせいか、童顔がより目立つ。幼い顔のわりに大きな胸というアンバランスさが周囲の男性の目を釘付けにするが、威嚇するような無表情の明人の目を見ればそれを逸らさざるをえなかった。明人は少し進んで体を海に沈め、浮くようにして苺を見た。泳ぎが苦手な苺は学校の水泳でも補習ギリギリの成績である。そんな苺に手を伸ばす明人を見た苺もそこに行き、明人の腕にしがみついた。胸が腕に密着するが、明人は表情を変えずにゆっくりと沖へと向かった。
「いい天気でよかった」
「そうだな」
そう言い、あまり人がいないところまで来る。毎日鍛えていることもあって体力には自信があるため、苺をフォローしながらでも十分に泳げる明人はそのまま足だけを動かして器用に浮いた。
「あっちは人が少ないね」
そう言って指を差す苺を見れば、確かに人が少ない場所がある。ちょうどコンクリートの舳先を境に、人の姿がまばらだった。明人は苺を引っ張って陸に上がるとそっちへ向かった。苺も明人の横に付いて歩く。
「木戸君との特訓は進んでるの?」
歩きながらそう言う苺に目だけを向けた明人は小さく頷いた。現状はまだ始まったばかりであり、『幻龍脚』のマスターをしているところだ。ほとんど出来てはいるが、京也に言わせれば後から蹴り上げた左足の威力が弱いために、今はバランスを保ちつつ威力を維持する練習をしているのだ。そうしていると人の少ない場所に来た。苺はリラックスした様子で波打ち際に走り、明人は歩いて近づく。肩とわき腹付近には健司と同じような怪我の痕がある。傷自体は完治しているのでなんら問題もないが、これが消えることはないと言う。
「よぉーし、ちょっと待ってて!」
そう言うと苺は荷物を置いている場所に駆けた。そのまま大き目のビーチボールを持ってくるとそれを膨らまし始めた。だが肺活量が弱いのかなかなか膨らまない。明人は無言でそれを取るとさっきまで苺が口をつけていた場所にためらいもなく口をつけた。勢い良く膨らんでいくボールを見ながらも赤面してしまう。かなり頑張って勢いよく膨らませようとしたこともあって唾液すら着いているだろう。間接キスには違いないが、明人はそんなことを気にもしていない。それが嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。そして寂しくもある。
「ほら」
そう言うと完全に膨らんだボールを渡され、苺はお礼を言って少し明人から離れた。そしてバレーボールのサーブのような形でボールを明人に飛ばした。
「落とした方が負けね」
突然そう言われた明人が懸命にボールを返す。
「負けた方は防波堤まで往復だ」
その言葉に悲鳴に近い声を上げた苺がボールを返す。その顔は笑顔だ。しばらくラリーが続く。楽しそうな苺とは違い、表情はない明人。端から見れば異様なことこの上ないカップルだ。白熱したラリーだったが、それは意外な形で終了した。
「おーおー、胸が揺れる揺れる!もっと動けー!」
「いいねぇ!」
「さわりてぇ!」
その下品な声援に苺がボールを落としたのだ。そうしてその野次を飛ばしたいかにもチャラそうな男3人を見つつ胸を隠すようにしてみせた。そんな苺を見てもニヤニヤした男たちの野次は止まらない。男たちは無表情で自分たちを見ている明人を無視していた。そんな明人は表情も変えずにボールを拾うと男と苺の間に割って入り、そのまま軽くボールを宙に投げた。男たちがその動きに明人を見た瞬間、明人の右足がボールを蹴りつける。それはそのまま左に飛ばされて海に向かうはずだった。だが、ボールは右側にいる男たちに向かって飛び、1人の男の体に当たって落ちた。
「え?」
「なんで?」
わけがわからない男たちが見たのは、左足で蹴りを放った形になった明人の姿だった。確かにさっき、右足でボールを蹴っていた。なのに、今上がっている足は左なのだ。
「それ以上言うなら、ボールじゃなく、頭を蹴ることになるが?」
足を下ろしながら無表情でそう言う明人の目がギラつく。さすがのチャラ男たちも只者じゃないその目に怯え、動揺を隠せずにいた。
「行こうぜ」
「わけわかんね」
「ウッザー」
負け惜しみとしか思えない言葉を残して去っていく。明人はゆっくりとボールに近づくとそれを拾い、苺の方を向いた。
「木戸直伝、木戸無双流『幻龍脚』・・・少しは様になってきただろう?」
そう言いながら近づく明人に対し、苺はあの日千石に見せた京也の蹴りを思い出していた。右足で蹴り出したボールが海へ飛ぶ前に左の足がボールを反対側に蹴る。そんな芸当ができる明人を凄いと思う。苺の目には今の蹴りは左右同時にしか見えなかった。
「でも、まだバランスが悪くてな」
ボールに注目していたために明人を見ていない苺が首を傾げた。左足で蹴った後、明人は少しよろけながら軸足である右足の位置を動かしていたのだ。それがなくなれば『幻龍脚』は完成となる。自分の目標に確実に近づく明人に微笑む苺。あの失踪事件が解決して以来、少し変化が見ている明人に苺は嬉しさを感じていた。表情も多少は豊かになっている。今の明人になら告白しても大丈夫だと思えるが、それでもどこか怖い。2度も振られることが怖かった。自分に歩の半分でも勇気があればと思うが、それがあっても告白はできないと自覚もしているのだった。
*
苺が用意したおにぎりを食べつつ、昼の休憩を取る。満足そうに食べる苺を見て少し表情を緩めた明人が海を見つめた。波の音に人のざわめき、ボートのエンジン音。暑い日ざしに焼ける肌。これが夏だと思う。
「昨日ニュースでやってたけど、1人保護されたね」
「ああ」
昨日の夜、失踪事件で海外に売られていた女子生徒1人がイランで保護されたとニュースになっていた。どうやら保護されたのは2番目にさらわれた3年生の牧田鈴奈ということらしい。どういう状態で保護されたのかも分からず、明人としては精神的に壊れているのではないかと考えていた。
「他の子も、見つかるといいね」
明人は返事をせず、海を見つめていた。おそらくその可能性は低いと思っているからだ。よしんば無事に保護されたとしても、心も身体も壊れている可能性が高い。さらわれそうになった苺ですらあの精神状態だったのだ。売られた先でどんなことをされているかは分からないが、正気を保っているとは考えにくい。事件は解決したが、本当の意味での解決はない、そう考えていた。やや重い雰囲気の中で昼ごはんを終え、2人は海岸沿いを歩いていく。人が少ない方へと歩きながら、付かず離れず並んで進む。触れそうで触れない手の距離が今の自分たちの距離だと思う。明人は自分に向き合い、そして苺とのことをしっかりと考えていた。そして至った答えが、今までと同じで左右同時の蹴りを習得して告白するというものだ。結局、自分はそれを目標に生きてきた。苺を守るために、理想を捻じ曲げて。だが、苺を守るという原点に立ち返り、そして自分の目標を再設定した。今度こそ、ずっと苺を守る。苺に対して素直な自分でいる、そのために。ただ自信が欲しかった。2度も助けられなかった自分に絶対的な自信が。それを京也に告げれば、笑って頷いてくれた。だからといって中途半端なことはせず、きっちりと技を教えてくれる京也に感謝をしていた。自分には必要のない技であり、出来るなら消してしまいたいという思い。それを抱えつつ自分に協力してくれる京也を尊敬し、だからこそ必死でマスターしようとしているのだ。前だけを見つめて歩く明人をチラチラ見つつ、苺は少し微笑んだ。自分はこれからも変わらず明人を想い続ける。でも、いつか勇気を溜めて告白をしようとは思っていた。まだ自分に自信もなく、勇気もない。けれど、明人を想う気持ちは誰にも負けない自信だけはある。そう思っていると明人がふと足を止めた。沖を行く船に目をやっている。
「戻ろうか?」
「うん」
自分を見た明人の言葉にただそう言って頷く。その時、苺の指が明人の指に触れる。咄嗟に離そうとしたその指先を絡めたのは明人だった。人差し指が絡み、そこだけで繋がる。そのままの状態で元来た道を戻っていく2人。会話はないが、心を温かいものが埋めていくのは同じだ。今はまだお互いの一方通行の想いが指先を伝わって相手に届く、そんな気がした。
*
川向こうにある海との境界線に当たる場所、そこが花火の打ち上げ場所だった。道路は規制され、人の行き来も制限される。健司たちも一旦家に帰ったこともあって、花火大会へ行くことは話してあるものの別行動になっていた。京也と歩は一旦京也の家に荷物を置き、花火会場へと向かう。まだ2時間ほど前だというのに既に人で溢れていた。いい位置は既にかなりの人で埋め尽くされており、たどり着くことすらままならない混雑にあちこちで怒声が上がる。ガードマンや警察関係者がハンドマイクで客を誘導するが、毎年のことながら混雑が激しすぎて効果は薄かった。京也は困惑する歩の手を引いて人ごみを迂回するようなルートを取る。そうして人がほとんどいない場所に来た京也は少し大きめのビルの中に入っていった。何も言わない京也に困惑していたが、黙って付いていく。そうしてエレベーターに乗ると、京也は最上階を示す9階のボタンを押た。同時に鈍い音を立ててエレベーターが動き出す。
「あの・・・」
不安そうに自分を見る歩にいつものにんまりした笑顔を向ける。歩は京也を信じて言いかけた言葉を飲み込むとそのまま扉を見つめ続けた。やがてエレベーターが到着し、扉が開く。通路を照らす薄明るいだけの照明が不気味さを出し、歩は繋いでいた手に力を入れた。
「大丈夫」
そう言うと手を引いて歩き出す。歩は不安ながら京也の言葉を信じて正面にある扉の前で足を止めた。京也がポケットから鍵を取り出して挿し込み、それを回して鍵を開けると扉を開いた。そこは少し広めの空間にダンボールや机が置かれているのが分かる。そのまま窓際に進んで窓を開けると、そこからは川と海の境目すらはっきりと見える絶景ポイントになっていた。驚く歩を残し、京也はそこに椅子を運ぶ。
「ここはバイト先の社長が使ってる倉庫でね、今日のことを話したら使っていいよって言ってくれたんだ」
そう言って椅子に座る京也がにんまりと笑う。歩もまた微笑むが、ちょっと唇を尖らせて不満そうな表情もしてみせた。
「なら、最初から言ってくれればよかったのに・・・」
「ゴメン、驚かせたかったからねぇ」
「なんか、変なことでもされるのかと思いましたよ」
「え?」
「あ・・・」
思わず本音が出た歩が焦った顔を伏せれば、それを見た京也は苦笑しつつ外を見た。
「ここで変なことはしないけど、するならちゃんとした場所でするよ」
「・・・したい、ですか?」
思わず上目遣いでそう言う。すると京也は何かを考えるような仕草を取った。
「したいとは思うけど、まだ早いような気もするなぁ。ま、タイミング次第ってことで」
そう言って笑う。無理もしていなければかっこつけているような言い方でもなかった。そんな京也に微笑むとぎゅっと抱きつく歩。そんな歩の柔らかい体を抱きしめつつ、京也はそっと頭を撫でた。
「同じだ・・・私もそう思います」
「だねぇ」
そう言って見つめあい、笑いあう。そのままの流れでキスをするが、軽いものでしかない。ゆっくり進めばいい、そうお互いの気持ちが現れたキスに満足する2人だった。




