幸せの貯金 1
事件の黒幕であった千石が逮捕され、失踪事件自体が解決して初めての登校日となった月曜日、明人はいつもの時間に家を出る。一昨日ようやく退院したが、折れた肋骨と腹部の怪我、それに肩の怪我ももちろん完治はしていない。少なくとも一ヶ月はまともな運動ができないことにため息がでるが、京也からの提案で夏休みから技の練習を行うことになっていた。京也が千石に見せた『幻龍脚』に関してはほとんど同じようなことができているだけに見通しは明るい。とにかく医者の許可が出た時点でランニング等のいつもの練習は行う予定を立てていた。握力ぐらいはとボールを握っていた明人だったが、心配性の紗奈にそれも取り上げられ、今では部屋でこそこそと出来る範囲で鍛えている程度だ。そういう事情もあって少々運動不足も気になる明人が玄関を出る。そして片眉を動かすが表情はない。
「早いな」
「おっはよー!今日は頑張りましたぁ!」
門の向こうで敬礼をする苺に向かって歩く明人は無表情のままで苺の前に立った。そんな苺は明人の制服姿をまじまじと見つめている。さすがの明人も怪訝な表情をしてみせた。
「なんだ?」
「破れ、直ってる?」
その言葉に肩口を見た明人は苺の言葉の意味を理解して歩き出す。あわてて苺もその横に並んだ。
「学校が支給してくれた」
「自費じゃないんだ?」
「あれだけの事件だからな、向こうの責任もある」
その言葉に納得し、苺は満足そうに頷いた。そうしていつものように会話もなく駅に行くが、いつもと違って健司の姿はない。明後日に退院が決まっているが、今はまだ病院だ。折られた胸骨のせいで体に負担をかけられないのだ。それほどまでに千石が放ったあの技、『朧』の威力は凄まじいものだった。新城も回復に向かっているとはいえ、復帰は2学期からになるという。少し寂しい思いをしつつ電車に乗り、学校を目指す。いつものように窓の外を見ている明人の横でつり革に掴まってその横に立つ苺。健司がいないのがいつもと違うことだと思っていた苺だが、それだけではないことに気づく。近くにいる同じ高校の女子生徒が明人を見ながら何やらひそひそと話をしている。苺がそれを見ると一旦はそれが止むが、またすぐに再開されていく。事件のことがどう噂になっているかはわからないが、ある程度の情報は知れ渡っているのではないかと思う苺だった。明人はそんな女子生徒からの視線を受けても景色を見ることを止めず、表情も変わらない。視線など全く気にもしていないようだ。そんな明人を見習って同じように無視しようとした苺だが、どうにも気になってしまう。よく見れば男子生徒もまた自分たちを見ていた。気まずさから明人の真似をして外の景色を見続けるのも疲れてきた頃、ようやく電車は駅に到着した。階段を上がって改札を出れば、ここはいつも通りに春香が待っている。簡単に挨拶をして歩き出すと、春香も周囲の異変に気づいた。
「なんなの?」
「わかんないけど、多分、事件のせいかなぁ」
怪訝な顔をした春香にそう説明すると春香も納得したような顔をする。そんな周囲の視線を無視するように歩く明人を見習って2人もまた普段どおりの会話をしつつ校門をくぐった。昇降口へ向かっていると、駐輪場から姿を見せたのは京也と歩だ。
「おはよー」
「あ、おはようございます」
挨拶する歩のその笑顔の中に戸惑いが見られた。そんな歩に怪訝な顔をした春香が近づくと、隣にいた京也もまた困ったような笑顔で挨拶をしてきた。
「おはよう」
その京也の戸惑いの原因を見抜いたのか、明人は低い声で行くぞと言うとさっさと歩き出した。苺と春香が並んでそれに続き、歩と京也がその後ろから歩いていく。そうして昇降口に入る5人がそれぞれの下駄箱に向かえば、京也の周囲に女子が集まってきた。激しく動揺する京也が愛想笑いをしつつ靴を履き替えて周りを見れば、すっかり女子生徒たちに囲まれている。何が何だかわからないが、愛想笑いをそのままに彼女たちを押しのけようとすれば、黄色い声が飛び交う。
「あの!事件を解決したのって木戸君だよね?」
「犯人をやっつけたって本当ですか?」
「凄く強いとか?」
「千石先生が犯人で、それをやっつけたの?」
いきなり多数の質問を浴びせられてあたふたする京也がどうすればいいか困っていると、その人垣を掻き分けるようにして明人が姿を見せた。冷たい目で周囲を見れば、女子たちの声は一気に静かになった。
「こいつも被害者だ。事件を解決したのは警察で、木戸じゃない。行くぞ」
鋼鉄の声に鋭い目。さすがの女子生徒たちも明人が相手ではそれ以上何も言えずただ沈黙した。
「あー、そういうことなんで、ゴメンね」
愛想笑いをしつつ明人に続いて廊下に出れば、ニヤニヤした顔の春香に困ったような顔をした苺の姿が見える。そして冷たい視線を浴びせる歩の姿も。その視線を受けた京也の顔に焦りの色が見えた。
「では先輩、ここで」
「あ、そうだね、頑張って」
「先輩も、い・ろ・い・ろ大変でしょうが頑張って下さい」
いろいろを強調しつつ笑顔でそう言うが目は全く笑っていなかった。そのままやや大股で去っていく歩に顔を引きつらせた京也が立ち尽くして見送れば、春香は笑いを堪えるのに必死であり、苺もあーあというような顔を京也に向けていた。
「嫉妬されているってことは、愛情の裏返しだ」
明人の言葉にどこかホッとする京也だが、次の言葉を聞いてその場に崩れ落ちた。
「だが愛想をつかされたかもしれんがな、ご愁傷様」
*
教室に入れば、イメージの変わった京也を見た女子がこれまたひそひそと話をしている。何がどうなって噂が広まったかがわからないが、とにかく千石を倒したのが京也だという事実が知れ渡っているようだ。ため息をついて席についた京也が明人に助けを求める目をするが、明人は無表情のまま冷たい目をするだけだった。もうどうとでもなれと思う京也がさらに深いため息をついていると春香が近づいてきた。
「噂に関しては調べてあげるから」
「助かるよ」
「報酬ははずんでよね?」
「・・・ボランティアにはなりませんか?」
「無理」
そう言うといやらしい目をして微笑み、席に戻っていった。京也がうなだれるようにして席に突っ伏した矢先、教室中に響き渡る声がしたためにあわてて顔を上げた。
「京也さまぁ!」
そう言いながら満面の笑みで近づいてきたのは水星だ。頬をばら色に染め、自分に酔いしれたような笑顔をしつつ京也の前に立つとその両手を握り締めた。苺も春香も驚きを通り越して呆れた目をするしかない。明人は肘をついてあごを乗せ、無表情でそれを見ている。
「風見さんかぁ・・・・で、京也様って?えーと・・・何かなぁ?」
ただただ困惑する京也にうっとりとした顔をしてみせた水星はずいと顔を近づけるととろけそうな笑顔を振りました。
「聞きました、京也様が全てを解決してくれたこと・・・千石を倒し、この私を救い出してくれたことを」
何かが違っていると思いつつ愛想笑いを返す京也。
「あ、いや、俺じゃないんだけどねぇ・・・あはは」
「警察の方が言ってました!京也様がしたと・・・私は嬉しくて、もう、あちこちに言いふらしました!私の京也様が、私のために戦ってくれたということを」
その言葉に京也が、明人が、苺が、春香が心の中で叫んだ。『お前かー!』と。
「あ、いや・・・それは違うんだよ。別に君のためじゃなくって、たまたまこう、警察を呼んだのが俺であって、そのぉ~」
本当のことは言えないだけにしどろもどろになる京也が面白くて仕方がない春香はおろおろする苺をなだめつつ黙って様子を見ることにした。明人も口元を緩めてやりとりを見ている。
「さすが京也様、謙虚!ますます好きになりました」
「え?あ、そう、どうも・・・でも、俺、彼女がいるし・・・・・・・・・・」
「彼女ぉ?」
怪訝な顔をした水星に何かを言おうとした時だった。
「そうですっ!木戸先輩は私の彼氏ですっ!」
教室に響き渡るその言葉に京也は体をビクつかせて水星の後ろを見るように体を動かす。そこに立っていたのはさっき別れたはずの歩であり、腕組みをして仁王立ちをしていた。
「真打キター!」
思わず小声ながら叫んだ春香のニヤニヤが止まらない。ますますおろおろする苺をよそに、春香は修羅場に近づいた。苺は困った顔を明人に向けるが、明人は苦笑しつつも静観をしている。京也は何故ここに歩が現れたのか困惑しつつ、ここから逃げたい気持ちでいっぱいになっていた。既に廊下にもギャラリーが溢れている。水星はゆっくりと振り返ると冷たい目を歩に浴びせるが、歩はそれを炎の目で見返す。
「ここは2年の教室よ?1年の小娘は自分の教室に帰りなさい」
しっしと追い払うような仕草をした水星にますます怒りの目を向けた歩が前に出た。
「私は木戸先輩に用があって来ました!」
「へぇ、そう。だったらさっさと用を済ませて帰りなさい」
「別の用が出来たので、帰りません!」
「へぇ、別のね」
「とにかく、私と木戸先輩は付き合っています!わけのわかんないことは言わないで欲しいです!」
激しく睨みあう2人を交互に見るしかない京也はため息をついた。春香はニヤニヤが止まらず、誰にも気づかれないようにしてスマホでその様子を録画する。
「あのね小娘・・・あんたみたいな小粒を京也様が好きになるわけないでしょう?まったく、世間知らずな」
「小粒ぅ?そっちは非常識なくせに!」
そう言うと歩はおもむろに京也の頭を抱きしめるようにしてみせた。教室と廊下にいた野次馬から一斉に冷やかしの声が上がるが、歩はまったく気にもしていない。京也は嬉しさよりも恥ずかしさで顔を赤くし、そんな様子を見ていた苺もまた顔を赤くしていた。春香は野次馬同様に冷やかしの声を上げ、明人は相変わらずの無表情で静観を決め込んでいる。水星は眉をピクつかせて勝ち誇るような顔をした歩を睨みつけた。
「先輩は私の彼氏!あなたは諦めてください!」
「彼にふさわしいのは、あんたじゃなくて私っ!」
「あのさ・・・・」
激しく言い合い、睨み合う2人に声をかけた京也はまだ歩に抱きしめられたままの頭を動かした。
「俺は一枝さんと付き合ってる、それは事実で、俺も彼女が好き。なので、悪いけど、ゴメン」
その言葉に野次馬からさらに大きな冷やかしの声が上がり、春香はニヤニヤが爆発しそうになる。苺は顔を赤くしながらも笑顔になり、明人もまた口元に微笑を浮かべていた。これだけの面前で堂々と交際宣言をした京也と歩に周囲は羨望の目を向ける。その大半はキューティ3の1人と付き合っている京也に向けての嫉妬のまなざしでもあったが。とにかく、水星は京也の言葉にショックを受けつつ、キッと歩を睨むようにして野次馬を掻き分けると教室を出て行った。ようやく京也を開放して腕組みをし、勝ち誇った顔をした歩は周囲の歓声に我に返ると耳まで真っ赤にしつつ俯いた。無我夢中だったとはいえ自分の言動が今になって恥ずかしくなったのだ。京也は頭を掻きつつ嵐がさったことにホッとし、そんな京也を見ていた明人の口元から笑みが消えた。
「あのさ・・・」
「先輩ももっとしゃきっと言ってくださいね・・・ホント、あの人に蹴りをいれたい気分!」
「おいおい・・・」
吐き捨てるように言った歩の言葉に苦笑するしかない京也。そんな京也が何故ここに歩が来たのかをたずねようとした矢先、チャイムが鳴り響いた。そのせいであわてた歩は昼休みに中庭でと告げると急いで教室を出て行った。野次馬も解散し、春香も録画を止める。京也は朝から何もしていないにも関わらず既に疲れは1日分以上溜まった気分だった。
*
「ボサメガネ、人気者みたいね」
休み時間になった途端にやってきた英理子の言葉に歩は深いため息をついた。そんな歩を見た英理子が苦笑する。今朝、京也の噂を振りまいているのが水星だとこの英理子に聞かされた歩が嫌な予感を覚えて教室に行けば、案の定、水星が京也に絡んでいたのだ。
「もうボサボサじゃないし・・・」
「じゃぁメガネ?とにかくあんたの彼氏が千石を倒したって、いいの?」
「いいも悪いも、事実だけどね」
肘をついてため息をつく歩に対してくすっと笑うと、英理子は歩に対して体を横に向けた。
「実際見てたのは私以外に戸口先輩と志保美先輩だけだし、所詮は噂だしね」
「でも堂々の交際宣言したんでしょ?あちこちの男子が沈んでたし」
そんなことなど知らない歩はため息をつくと机に突っ伏した。京也がはっきりと宣言してくれたことは嬉しく思う。だが、頭痛の種である水星があれで引き下がるとは到底思えない。
「みんな知らないからね・・・木戸先輩がどんな気持ちで戦ったかなんてさ」
伏せたままそう言う歩の言葉に首を傾げるが、何も言わずに歩を見る。事件の後、英理子は歩とこまめに連絡を取っていたこともあって事件に関する詳しい情報も得ていた。
「あんたはそれを知った。それを受け止めた。それでいいじゃん」
その言葉に顔を上げた歩は唇を尖らせて不満そうな顔をしていた。変に誤解されて噂になっていることがどうにも許せない。そしてそんな曖昧な噂をばら撒いた水星が許せない、そういう表情だった。
「でも、あんたは自分の気持ちにまっすぐだった、だから、ボサメガネもあんたを好きになった。大丈夫だよ」
そう言って優しく微笑む英理子に歩も小さく笑った。
「ボサはいらいないけどね」
「あら失礼」
そう言って微笑みあう2人だった。
*
結局、健司が復帰した水曜日までは校内はまだ事件の余韻もあってか、どこか浮き足立った状態にあった。歩の危惧したとおり水星の京也のアプローチは止まず、京也は屋上にも行けずに放課後はすぐ下校するようになっていた。休み時間も逃げ回り、ようやくそれも落ち着きを見せ始めてはいた。ことあるごとに歩とぶつかり合ったせいもあってか、水星は徐々にだが京也に絡んでくる回数を減らしてきている。また、科目棟にある床収納下の階段も完全に埋められることになり、来週からその工事も始まることになっていた。今日は健司の復帰を祝って中庭でお弁当を広げる面々だったが、今日もまた京也の姿はそこになかった。
「なんだあいつ、せっかく俺が戻ったってのに」
「あんたは風見の攻撃見てないからね・・・木戸も大変だろうけど、歩ちゃんも大変だよ」
「そんなにか?」
「そんなにだよ!だってさ、風見さん、歩ちゃんの前でも木戸君に抱きついたりするし」
その言葉にそういう場面が目に浮かぶ健司は苦笑いしつつ弁当を口に運ぶ。病院食にはない味に心がホッとする気がした。そんな健司もまだ万全ではない。日常生活に少々の支障はあるが、無理をしなければ大丈夫と医者からは言われている。
「ワイドショー見てる限り、警察も情報を規制してるみたいだな」
病室ではテレビを見る以外にすることがなかった健司がそう言うと、明人は頷いた。まだ海外に売られた女子生徒は保護されておらず、連日その報道がされているのだ。犯人が教師であり、生徒を脅して誘拐を促していた、それが事件の真相とされていた。最後は校内からの情報を得た警察の内偵で逮捕したというのが世間での結末だ。京也が千石を倒したという情報はインターネットの掲示板などで広まっているが、半分以上がネタと化しており、注目する必要もない。それに、全てを見ていた人物は3人だけ、それも京也の友達だ。明人はもちろん、苺もトラウマになっていることもあって口を滑らすこともなく、歩が自慢げにそれを言いふらすような性格もしていない。
「せっかくだし、みんなでお祝いしたいね?」
苺の言葉に春香と健司が顔を見合わせる。明人は何も言わずに黙々と弁当を食べていた。
「祝いって俺の退院の?」
嬉しそうにそう言う健司を見る春香の胸がチクリと痛むが、それは顔に出さない。
「それも含めてみんな。明人君の怪我も、健司君の怪我も、春香のことも、事件のことも全部!」
そう嬉しそうに言う苺を見て苦笑しつつ、春香もそれは悪くない案だと思う。健司もにんまりし、明人は無表情ながらも頷いていた。あとは京也と歩に了解を得ればOKだ。苺は早速日程の調整に入り、春香がそれをフォローすることになった。そうしてその日の放課後、京也にそれを伝え、京也も了承する。その京也から歩に連絡するということで話はついた。あとは全員の都合がいい日を設定すればいいのだ。京也は苺からその話を聞くと、今日は逃げるように屋上へと急ぐ。昨日一昨日はバイトだったために早く帰ることで水星から逃れたが、今日はそれを逆手に取っての行動だった。久々に屋上へ行けば、いつもと同じで紀子がいた。紀子は京也に気づくと小さく微笑み、軽く手を挙げた。こうして面と向かって会うのは事件の後では初めてのことだった。病院では会うこともなく、学校が再開されてからも顔を合わすことはなかった。そのため、髪型が変わった京也を見るのが初めてなこともあって、紀子にしてみれば違和感を拭いきれない気持ちにあった。
「久しぶりだね?」
「そうだねぇ」
口調は変わらず京也だ。そんな京也に微笑を見せつつ、紀子は景色へと顔を向けた。
「そう言えば、お礼言ってなかったね」
「お礼って?」
「助けてもらったお礼」
その言葉に苦笑し、京也は手すりにもたれかかるようにして空を仰いだ。雲が流れていく様が綺麗だと思う。
「別にいいよ・・・お礼を言われるためにしたわけじゃないしねぇ」
感情のない言い方に紀子は小さく微笑む。詳細は苺から聞いている。千石を倒したのが京也であり、明人と苺が怯える中で歩だけがお礼を言ったことも。
「彼女に言われたから、それでOKってことかな?」
「言いますね、浅見さんも」
お互いに横目でそう言い合い、笑いあった。歩と付き合い始めたことも聞いていたし、何よりその噂は全校に広まっている。
「彼女でよかったね?」
その言葉の深い意味までを汲み取った京也は微笑み、手すりに向き直るとそこに手を置いた。さすがに時期的に夕焼けはまだのようで、夏に向けて日が長くなったことを証明していた。
「嫌い続けた、呪い続けた技で救うとは思ってもみなかったけどね」
遠くの山を見る京也の表情を見れば、少し微笑んでいるのが分かる。そんな京也を見た紀子もまた同じように遠くの山へと目を向けた。
「少しは自分を好きになれた?」
前を見たままそう言う紀子を見ず、京也はさっきまでとは違う優しい笑みを浮かべて返事をした。
「そうだね・・・彼女が好きでいてくれるから、好きになれそうだよ」
のろけにしか聞こえない台詞だが、紀子にはそう聞こえなかった。歩の愛情が京也の中の闇を照らし、変化させたと思えたからだ。自分を嫌悪し、歩への気持ちに苦悩し、たどり着いた先の答えがそれなのだ。紀子は満足そうにしつつ、京也に微笑みかけた。
「大事にしてあげてね?」
その言葉が歩自身のことを、歩の気持ちであることを悟り、京也は力強く頷く。そんな京也を見た紀子が微笑み、見返す京也も微笑んだのだった。
*
それぞれの都合のいい日が土曜日に決まる。歩と春香の部活も午後5時までで、夜は盛大にパーティとなった。苺の両親を明人が説得し、泊まりの了承を得た。明人の評価が高いためにすんなりと話が運んだ苺は大喜びし、春香と健司も親の了解を取ることに成功していた。歩もまた両親を説き伏せ、その日は京也の家が会場となり、夜遅くまで騒ぐことが決定していた。会費制でお金を集め、春香と歩を除くメンバーで食事の用意をする。内容は豚しゃぶパーティに決定した。まだ傷が癒えていない明人と健司はなるべく動かないようにとのとこで京也と苺がメインで支度をすることになる。そのせいか、春香は露骨に心配したが苺は自信満々で、それが余計に心配になってくる。苺は紀子も誘ったが、久しぶりに母親と外食するとのことで丁重に辞退していた。事件以来、母親は紀子を気に掛けて以前より家に帰るようになったと言うのだ。そういうことならと苺も引き下がり、当初の通り6人でパーティをすることになった。そして当日、本来は休みであるにも関わらず、事件のせいで休校が相次いだとこで臨時に登校日にされた授業も午前中で終了する。春香と歩は昼食後に部活となっており、明人たち4人は一旦家に帰ってから2時半に学校のある駅に集合となった。京也は家に帰って片づけをし、春香の攻撃をかわすためにDVDを別の場所に隠す。鍋の準備をしながら、ハプニングで歩の胸を触ってしまったことを思い出しつつお皿なども用意していった。そして2時半、3人を迎えに駅に行けば明人と苺、健司がちょうどいいタイミングだったのかすぐに姿を見せる。そのままスーパーで買い物をするために店に入れば、余計な物を買おうとする健司と苺を明人が制し、京也は慣れた手つきで食材を選んでいく。そうして1時間をかけて買い物をし、パーティ会場である京也の家へと向かった。わいわいと騒ぎながら支度をするが、体のことを考えて健司はなるべく座らせる。明人も動ける範囲で手伝いをするが、どう見ても京也の邪魔をしているようにしか見えない苺が気になってしまう。最終的に京也がほとんど1人で支度を整えると、時間は5時を回っていた。部活を終えた春香が歩の自転車を2人乗りしてこっちに向かっている頃だろうか。健司と苺が仲良くゲームをしているのをぼーっと見ているのは京也と明人だ。暇を持て余しつつ画面を見ていると眠くなる。明人でさえもあくびを連発していた。そうして40分が経った頃、玄関の前で自転車が止まる音がしたためにそちらへ京也が向かった。すると鍵が開いていたこともあって勢いよくドアが開く。
「やっほー!お待ちどーさまー!」
「お邪魔します」
意気揚々とやって来た春香と歩は何故か私服だった。どうやら大きなかばんを下げていることからして普段着を持って登校し、部活後にそれに着替えてきたようだ。これでメンバーが揃い、開始時間を7時と設定しているためにそれまではゲームをして遊ぶ。健司と春香のレースゲームに湧き、苺と歩のパズルゲームに燃えた。そうして時間となり、苺の号令でパーティが開催される運びとなる。すでにテーブルには2つの鍋と食器、食材が置き場もないほどに並べられていた。
「それでは、事件の解決と明人君と健司君の退院、春香ちゃんの無事、そーしーてー、木戸君と歩ちゃんのカップル誕生にぃ!かんぱぁい!」
「かんぱーい!」
ジュースで乾杯しつつ、春香と健司はやらしい目を京也と歩に向けていた。げんなりする京也と違い、歩のテンションは高く、顔を赤くしながらも満面の笑みを見せていた。わいわい騒ぎながらもみんなで食べる食事は美味しい。鍋は男子と女子に分かれて箸を入れ、量も十分のお肉に全員が満足をする。話題も事件のことから始まり、いつの間にやら京也と歩のことに移りつつあった。
「しかしあれだな、歩ちゃんは先を見る目があったわけだ」
健司がジュースを口にしながらそう言うと、歩の横に座っていた春香が腕を絡めてくる。まるで逃がさないようにという意思表示だ。
「そうだよね。こんな、元ボサボサ頭がいいなんてさぁ」
目を細めてそう言う春香を睨みつつ、京也は肉を頬張った。
「運命感じちゃったんだよね?」
「まぁ、そうですね」
健司の言葉に照れながらもそこは認める歩に健司と春香がヒューヒューと声を上げる。歩は赤面しつつも上機嫌でニコニコしているが、京也はアルコールも入っていないのに高いテンションを保つ2人に閉口していた。苺はそんな京也をニヤついた顔で見ている。明人はただ黙々と肉を食べていた。
「でもさ、凄かったよね、歩ちゃん・・・・『先輩、ありがとう、助けてくれて、ありがとう』・・・・って、もうさ、カッコイイんだからさ!」
目をキラキラさせて歩の物まねをする苺に現場を知らない春香と健司は興味津々となり、京也は冷めた目をしつつ野菜を口に入れた。真似をされた歩は照れまくるが、がっちりと春香に腕を掴まれているので顔を隠すことも出来なかった。
「そりゃ付き合っちゃうよねぇ」
「なぁ!」
春香の言葉に賛同する健司が目を細めて京也を見る。嫌な予感がしつつも黙って肉を食べる京也。
「先輩・・・ありがとう」
「いや、やっと気づいたよ・・・君が好きだ」
「嬉しい・・・・私はもう、ずっと好きでした!」
「歩・・・いいだろ?」
「だ、ダメです、先輩・・・いいけど、ダメです・・・」
「もう我慢できないよ・・・」
「あぁ~・・・でも私も期待してましたぁ!」
「みたいな?」
「・・・・・・・・・・毎度毎度、よく飽きないね?」
寝そべる春香に覆いかぶさるようにした健司にそう言うと、京也は顔を真っ赤にしている歩を見てため息をついた。
「けど実際はどうなんだ?」
すこぶる冷静な声でそう聞いてくる明人を見れば、相変わらずを肉を頬張っている。こういう時こそ黙っていて欲しいと思うが、これも明人なのだ。
「どうって・・・どうもないけど」
「そうか」
残念そうにそう言う明人の言葉に健司と春香も残念そうにしてみせた。苺は何も言わずジュースを飲む。
「よしいい機会だ、今日が記念すべきその最初だ!みんなの前で披露しよう!」
そう言いつつスマホを出すと、歩をカメラで撮り始めた。嬉々としてシャッターを押す健司にさすがの春香も引いてしまった。悪乗りが過ぎる健司の頭をお玉で殴りつける。かなりいい音をさせた健司の頭に走る衝撃は相当なものだ。胸の怪我も痛み、健司は悶絶して言葉も発せない状態にあった。
「ゴメンね、こいつデリカシーなくて」
お前が言うなと全員が思うが、歩は頷いて微笑んだ。そうしてわいわい騒いで食事も終わり、デザートに買っておいたアイスを食べる。時間は8時半となり、京也は棒付きのアイスを食べながら鍋を台所に運んだ。準備ができなかった歩と春香が洗い物を担当し、その後はどの順番で入浴するかを検討する。怪我人の健司は時間がかかるということで最後に回り、残された5人が協議した結果、まずは春香と歩が入り、次に苺が入る。そして明人、京也、健司の順に決まった。そう広くはないが、女2人で入れるぐらいのスペースはあるので歩と春香が入ることで時間を短縮しようとのことだった。だが女2人の方が会話も弾んで長湯になるのではと思う健司だが、そこは何も言わなかった。持ってきていたバスタオル等を持って浴室に向かう2人。覗きたい衝動を抑えつつ、健司は意識を浴室に集中させた。そうしていると、突然浴室のドアが開く。そこに現れたのはバスタオル1枚に身を包んだ歩の姿だった。しなやかに伸びた足が色気を漂わせている。苺はあたふたし、健司は太ももに釘付け、京也は焦った顔をして歩を見つめていた。明人はチラッと歩を見た後はテレビに集中している。
「先輩・・・」
艶っぽい声と表情に動悸が早まる京也。健司も京也同様ドキドキしつつ歩を見ていると、歩はおもむろにバスタオルに手をかけるとそっとそれを下に落とした。思わず両手で顔を覆いつつ指の隙間から覗く苺。身を乗り出す健司に硬直する京也。そんな3人を見た歩がニヤリと笑った。3人は目を丸くするしかない。バスタオルを落としたはずが、その下から現れたのはバスタオルを着けた歩だった。2重に巻いたバスタオルのうち、1枚だけを剥いだのだ。
「期待させちゃいました?」
赤い顔をしつつペロッと舌を出す歩の後ろでは大爆笑する春香の姿がある。バツが悪そうな顔をする健司と京也に対し、苺はホッとした顔を見せていた。
「ごめんねぇ」
春香はそう言うと歩の手を引いて浴室に戻すと、ドアを閉めてもなお聞こえる大笑いをしていた。
「初歩的な手に引っかかったな」
テレビを見ながらそう言う明人に愛想笑いをしつつ、京也は疲れた顔を見せ、健司は首を垂れた。




