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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第8章
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理想の行先 5

翌日、京也は実家からの呼び出しを受けて玄関の前に立っていた。自分としても言いたいことがあったために都合がいい。今日は何と言われようとも自分の意志を貫く気持ちで来ていた。絶縁されようが、勘当されようが関係ない。それが歩を守るということになるのならそれを受け入れる、そう強い決意でここに来たはずだった。だが、居間に通された京也は突然父親から頭を下げられ、ただただ困惑することしか出来なかった。わけがわからずうろたえていると、お菓子と飲み物を持ってきた母親の真美に困惑の顔を返す。そんな息子を見てくすりと笑った真美も座ると、こちらも京也に頭を下げた。ますます混乱する京也を見て小さく微笑んだ風玄がまっすぐに京也を見た。


「お前の気持ちも考えず、木戸の名を押し付けようとしたことを謝らせて欲しい、すまなかった」

「え?あ?え?」

「お前は木戸京也だ。ただそれだけだ」

「それって・・・」

「木戸無双流は10年前をもって途絶えた、それが答えだ」

「でも・・・」

「兄貴もそれで納得した」

「何で急に」

「さぁ、な」


肝心な部分を濁したためにますます混乱してくる。この数日でなにがあったのか、どうしてこうまで変化があったのかがわからない。そんな京也を無視してお茶を飲む風玄を睨む京也に対し、今度は真美が言葉を発した。


「ホントはね、父さんも母さんも、あなたは自由であるべきだと思ってた。そう育ててきたからね」

「それは・・・」

「でも、血と技を残すということにも、こだわっていたのね」


その言葉に京也は俯いた。そのせいで自分は歩との関係に悩み、千石との戦いにおいても悲壮な決意で臨んだのだ。だが、今になってそう言われても困る。


「勝手すぎるよ」

「そうね、それは謝ります」

「けど、なんで急に・・・」

「お前が学校で戦ったから、かな」


真美に代わって風玄がそう言うと、笹山の語ったことを話し始めた。それを聞きながら京也は思い出していた。事件を解決できたときは力になると言っていたその言葉を。自分は結果的に千石を倒して事件を解決に導いた。だからこそ、笹山もまた約束を守ったのだ。京也は胸のつかえが取れた安堵感と、笹山に対しての感謝の心から脱力してしまっていた。


「これからは好きに生きろ・・・もう、何も言わん」

「ありがとう。そうさせてもうらよ」


ここでようやく小さな笑みを見せた京也の頭をそっと撫でる真美。そんな真美をの手を振りほどこうともせず、京也はしばらくそのままにされていた。そうして和んだ空気の中、会話もなくお菓子を食べる音だけが部屋に満ちていく。


「あ、そうだ・・・あのさ、俺さ、彼女ができたから」


その言葉に風玄は怪訝な顔をし、真美はキラキラした目で京也を見つめた。


「彼女?お前に?」


ボサボサな頭にめがねという出で立ちで彼女が出来たと言われても、容姿的にあまり期待はもてないなと勝手な想像をする風玄。逆に真美は事件の解決に際して自分を犠牲にしようとしていた京也の本心を見抜いていただけに嬉しさを隠せない様子だった。


「うん。昨日、彼女からの告白にOKした。ずっと保留にしてたんだけどね」


その言葉を聞いた風玄は黙り込んだ。保留にしてきた原因が自分たちにあると分かったからだ。それ以上何も言う気がなかったが、どうにも今の言葉に引っかかりを覚えてしまう。


「お前が告白されたのか?」

「そう」

「ふぅん」

「何、その疑いの目は?」

「してない」


風玄はそう言うと京也から目を逸らし、お茶を飲んだ。ますます彼女の容姿が期待できないと思う。想像では少しぽっちゃりした田舎くさいめがねの女子、そういう子しか頭に浮かばなかった。息子の彼女がどうであろうと興味はないと思っていたが、できるなら可愛い子がいいという本心が出てしまっていた。そう、風玄自体が面食いだからである。


「へぇ、その子は可愛いの?」


真美の言葉に頷く。だが、そんな京也をますます疑いの目で見る風玄。


「学校で3番目に可愛い子。まぁ、容姿はどうでもいいんだよ、中身がすごくまっすぐで、真っ白で」


その言葉に愛情が溢れている。そのため真美はもう何も言わなかった。京也が幸せならばそれでいい。だが風玄は違う。


「学校で3番目って・・・キューティ3?」

「あれ?父さん、知ってるの?」

「俺も二見高校の出だからな・・・マジでか?お前が?キューティ3の彼氏?」


少し小馬鹿にしたような言い方と目つきに京也はムッとした顔をしてみせる。そんな京也が何かを言いかけた矢先、お茶のコップを置いた真美が静かに口を開いた。


「あなたと同じでしょう?そんな言い方できるの?」


その言葉に京也が真美を見れば、風玄は焦りを全開にした表情を浮かべてお茶を口に含んでいる。


「どういうこと?」


そう言うとチラッと風玄を見た真美が自分を指差した。


「私、2年生当時のキューティ3、ランク2位でしたので」

「か、母さんが?」

「そんな母さんにまるでストーカーのように付きまとい、求愛してきた変わった名前の男の子が・・・」

「人聞きの悪い・・・」


そう呟いて席を立つとそそくさと部屋を出て行く風玄に京也は目をパチクリとしてみせた。


「ま、押しに負けて付き合いだしたのは卒業してからだけどね」


そう言って真美もコップを集めるとそれを持ってキッチンへと消えた。残された京也はこの数分の間に起こったことを整理しきれず、若干パニックになりつつ呆然とするのだった。



明日に退院を控えた明人は大部屋に移動して健司と同じ部屋になったこともあってそう退屈しない日々を送っていた。ここは4人部屋だが、来た当初から2つのベッドは空いていることもあって実質は2人部屋になっている。窓際の2つのベッドにそれぞれが寝ているのだが、腹部の傷の回復も順調な明人はフロアを歩き回れるほどの体力もあり、まだ入院生活を楽しめている。対する健司は今日になってようやく自力でトイレに行けるようになった程度で、ほとんどをベッドの上で過ごしている為に暇で仕方がなった。そんな健司のベッドの横にある椅子に明人が腰掛けて他愛ない話をしていると、今日も今日とて春香がひょっこりと顔を出した。


「あれ?今日は2人で何かお取り込み中?」

「なんだよそのやらしい顔は」


健司のつっこみにニヤリと笑った春香が窓枠に腰掛けるようにしてみせた。入院している健司を見舞って毎日来ている春香に健司は戸惑っていたが、いい話し相手にはなるので感謝はしている。ただ、明人が変に勘ぐらないかが心配の種でもある。あの日、かすかに唇が触れるキスをされてから、2人きりになると妙に意識してしまうからだ。そんな健司とは反対に春香はいつもの通り軽口を叩いては健司をおちょくる毎日だった。


「そう言えばさ、海外で女子が1人保護されたって噂があるんだけど、本当かな?」


人身売買組織を摘発し、現在も捜査は続いているが、売られた女子生徒の行方はまだ判明していない。ただ、インターネットでは1人が保護されたという情報が流れているものの、まだ正式な発表はなかった。明人は保護されていればすぐに正式な情報が流れるだろうと答え、それ以上は何も言わなかった。それに、保護されたからと言って彼女たちが無事だとは思えない。既に精神的に壊れている可能性が高いからだ。


「千石はまだ黙秘しているらしいが、容疑は固まったと笹山警部から連絡は入っている」


明人の冷静な言葉に健司と春香は顔を見合わせたものの何も言わなかった。千石はまだ警察病院に入院したままだ。京也の放った『裏雷閃光・紅月』によって肋骨は粉砕骨折、筋肉と皮膚はズタズタに裂かれていたという。しかも砕けた骨が内臓をも傷つけているということで、もう暗術は使えない体になったそうだ。それほどまでの威力を発揮した技を使う京也が怖いが、それは誰も何も言わない。言ってはならないことなのだ。


「あんたの骨折は砕けてたわけじゃないんでしょ?」

「似た感じだけど、そこまでは、な」

「でも、なんていうの?数センチ動かしただけでそんなことが出来るって、凄いよね」

「理屈が分かっていてもできる芸当じゃない」


明人の言葉に2人が注目するが、それ以上何もしゃべらない。明人はそういう男なのだとしみじみと認識しつつ、技の詳しいからくりが分からない2人にしてみれば悶々とするしかなかった。聞いても返事が返ってくるはずもなくしばらくの沈黙が流れたとき、ひょこっと顔を覗かせたのは苺だった。


「あ、寝ぼすけが来た」

「う・・・」


春香の冷たい言葉に言葉を詰まらせつつもにへへと微笑んだ苺が近づいてくる。明人は苦笑しつつそっちを見たが、健司はそんな明人を見て今までとは違う雰囲気を確信していた。毎日見舞いに来ているのは春香も苺も同じだった。そんな2人が一緒に来ることが多いのだが、どうやら今日は苺が寝坊をしたために春香が先に来たとのことだった。ちなみに京也は警察からの呼び出しや学校への呼び出しで忙しいようで最初の日に来て以来は顔を出していない。苺にしてみればどこか気まずいこともあってそれは助かっていることだが、春香や健司にしてみれば聞きたいことも山積みなので会いたい気持ちが強かった。その上、夜はバイトもあってメールの返事もろくになかった。


「はいこれ、おばさんから、着替え。夕方に来るって言ってた」

「そうか、すまない」


小さく微笑みながら自分のベッドの脇にそれを置きに行く。そんな明人を見ていた春香が意味ありげな視線を健司に向ければ、健司もまた目で頷いている。やはり何かいつもの明人とは違う。


「健司君、具合、どう?」

「まぁまぁってとこ」

「今日から看護師さんの優しい手が導くおしっこから自力になったんだって」


その春香の言い方に一瞬怪訝な顔をした後で赤面し、もじもじする苺。


「そういう言い方止めてくれ」

「あら事実でしょう?」

「まるで俺がそれを期待してたみたいじゃん!」

「してたな」


戻ってきた明人の冷静な言葉に春香はほら見ろと言わんばかりのニヤけ面をしてみせた。健司は明人を睨むが、明人は無表情のままだ。


「あれ、みんなお揃いか?」


その聞きなれた声に入り口を見れば、そこにいたのは京也と歩だ。ぺこりと頭を下げる歩に頭を下げつつも、全員が京也の姿に釘付けになっていた。そんな京也は怪訝な顔をしつつ中へと足を踏み入れた。


「元気そうだね、みんな。なかなか来れなくてゴメンな」


その言葉に明人は口元に微笑を浮かべ、苺はどこかバツが悪そうにしながらもじっと京也を見つめている。春香と健司は同時に歩を見て、それからまた同じタイミングで京也を見やった。


「髪型・・・どうしたの?」

「あ?これ?イメチェン」


春香の問いにへらへら笑いつつそう答える京也の髪型はいつも見慣れたあのボサボサ頭ではなかった。短めに刈られてはいるが、少し前髪を斜めに流している。めがねもいつものめがねと違って黒縁のものに変化していた。はっきりいってイケメンに見える。ただ、へらへらした顔つきが京也らしさを残しているせいか、それがマイナス点になっているようにも思えた。


「イメチェンって・・・なんでまた・・・」

「彼女と一緒に歩くのに、前のままじゃ可愛そうかなぁって」

「別に平気だったんですけどね」

「俺の気持ちの問題だねぇ」


そう言って前髪をいじる京也の横では歩がにこやかな笑みをたたえている。苺はそんな歩を見つめ、春香と健司は京也と歩を交合に見やる。残った明人は表情を緩めて笑みを作っていた。


「答え、出したんだな?」

「うん、そうだねぇ」


明人にいつもの口調で答える京也の横では照れた笑みを浮かべる歩がいた。さすがにその表情を見れば今の言葉の意味が理解できる。


「ってことは、お前!」

「付き合ったんだ?」

「そうです」


京也に代わって歩がそう返事をした。はにかみながらも嬉しさが全面に押し出た笑みだった。


「マジかぁ!よかったな!」

「おめでとう!なんか納得いかないけど、嬉しいよ」


健司と春香の祝福を受けて顔を見合わせ、微笑みあう。そんな2人を見てどうしていいかわからない顔をしている苺に気づいた明人がそっとその背に手を置いた。そんな明人を見た苺の目つきが変わった。そのまま京也の前に進み出る。


「木戸君、ごめんなさい!」

「ぁえ?な、なに?」


突然の謝罪に困惑する京也の横では、苺に向かって微笑んでいる歩の姿があった。京也同様何が何だかわからない健司と春香はただ黙って状況を見守るしかなかった。


「あの日、助けてもらったのに・・・私、怖くて・・・木戸君が怖くて・・・だから・・・」


その言葉に健司も春香も何かを悟った顔をしていた。歩は微笑をそのままにし、明人は真剣な目を京也に向けていた。京也はしばらくきょとんとした顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に変化させる。


「謝ることないよ。あれが通常の反応だもの。歩ちゃんの反応が異常なんだし」

「異常ですか?」

「異常というより、変だったな」


京也の言葉に不満そうな顔をしていた歩は明人の言葉に困った顔をしてみせる。そのときの話は苺から聞いていたとはいえ、詳細はわからない健司と春香は気を失っていた自分を呪いたい気分だった。


「でも、そんな彼女だからお前も好意を受け止めた、そうだろ?」

「そうだねぇ」


そう言って微笑みあう京也と明人。そんな2人を見た苺は首をひねるが、もっとひねりたいのは健司と春香だ。


「京也が彼女持ちかぁ・・・・世の中おかしいよなぁ」

「で、歩ちゃんに合わせてイメチェンか、悪くはないよね?」


春香の言葉に苺がうなずく。そんな2人にウィンクされた歩はとびきりの笑顔をしてみせた。最高に幸せそうな笑顔に春香は心のどこかで嫉妬をしたが、あの時の歩を知っている苺は心の底から祝福をしていた。


「なので皆さん、これからもよろしくお願いします」

「うんうん、こちらこそ!」

「よろしくねぇ」


わいわい騒ぐ女子を尻目に、明人は自分を見つめる京也に頷いた。京也はきちんと答えを出した。今度は明人の番である。


「で、で、キスはしたの?ま、まさかそのまま・・・・」

「うそぉ!歩ちゃんすごーい!」

「あー、いえ・・・・さすがにそこまでは・・・」

「そこまではってことは、キスはしたわけか・・・」

「胸も触られたとか?」

「あー、それはあるかもね・・・なんせあんなDVD持ってる男だしさ」

「なんせ歩ちゃんの胸は・・・」


そこまで言いかけた苺の口をあわててふさぐ明人。そのまま春香もジロリと目でけん制すれば、苦笑いを浮かべて目を逸らせた。


「すまんな、デリカシーがなくて」


その明人の言葉に苦笑しつつ、歩は京也を見た。京也も困った顔をしつつ明人に礼を言った。


「あらあら、今日は大人数ね」


そう言ってパタパタと上履きの音を鳴らしてやってきた看護師に頭を下げ、健司のベッドから離れた。


「点滴変えますね」

「あ、はい」


やや緊張した様子の健司に全員が苦笑する。かなり美人の看護師だけに無理もないと思ったからだ。


「優しくしてあげて下さいね」


看護師に向けた春香の言葉に明人でさえも笑いを堪えているのがわかる。ニヤニヤする京也を睨みつつ、健司は少々赤くなった顔を窓の方に向けた。


「優しくしたら、彼女さん、怒りそうだけど?」


春香に向かってそう言って笑う看護師の言葉に今度は春香が赤面してしまった。


「ち、ち、違います・・・私こんなヤツの彼女じゃないです!」

「そうだよ・・・こんなガサツなヤツ・・・ありえないし」


2人とも動揺がありありの言葉を発し、睨み合った。


「そうなんだ。てっきりそういう関係だと思ってました」


そう言って看護師は微笑みながらボードに何かを記入し、去っていった。春香も健司もお互いを見れずにいる中、京也が歩の背に手をやってみせた。


「それじゃ、そろそろ行くよ。お邪魔っぽいしね」


その京也の言葉に春香が睨むが、ヘラヘラした顔で受け流す。歩も健司と明人にお大事にと言うと頭を下げた。


「苺も、もういいぞ」

「おばさん来るまでいるって言っちゃったし、いいよ」

「そうか」


そう言いながら自分のベッドに戻る。横になるのを見つつ、苺は歩と京也に手を振った。


「じゃぁ、また」


京也がそう言い、再度頭を下げる歩。そんな2人が病室を去り、残された4人は顔を見合わせた。


「なんかもう夫婦の貫禄があったわね」


春香の言葉に健司が頷く。明人のベッドの脇にある椅子を出しながら苺もまた頷いていた。


「お互いが理想の相手にめぐり合ったんだ、当然だろう」


小さくそう言う明人の口元に淡い微笑が浮かんだ。そんな明人を見た苺も微笑んだ。外から差し込む日差しが強さを増してきている。もう春が終わり、季節は夏へ向かおうとしている。そんな日差しを遮るように、苺はブラインドを下ろして眩しい日差しから明人を守るようにするのだった。

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