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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第1章
4/52

寄せ集めの色 3

「いたの?」

「いた!4組だった!」


大慌てで教室に駆け込んできた親友に対し、素っ気無く言った言葉がそれだった。なのに親友は嬉々として自分の前の空いた席に座り、にこにこしている。


「あんたが男に興味を持つとは・・・こりゃ天変地異の前触れってやつ?」


岬英理子の冷たい言い方にも笑顔を崩さず、英理子の親友である一枝歩いちえだあゆみはとろけそうな笑みをそのままに少しだけ唇を尖らせて抵抗を見せた。だが基本笑顔なため、凄みもない。


「だってさ、お礼も言えなかったんだよ?それぐらいは言いたいでしょ、普通」

「その場で名前を聞かない、お礼も言わないあんたが悪い」

「えぇ~・・・でも、あたふたしてて・・・う~ん・・・」


昨日の帰り、自転車通学をしている歩はいつものように家路へと急いでいた。中学入学と同時に買ってもらった愛車で二見川大橋を越え、名もない小さな川に掛かった橋を渡っていたその時、がしゃんという音と共にペダルが空回りしてしまった。慌てて自転車を降りてチェーンを確認すれば、やはり完全に外れてしまっている。直そうにもどうしていいか分からず困り果て、親を呼ぶかこのまま自転車を押して帰ろうかと考えていた時、不意に声をかけられた。


「チェーンが外れたの?」


ぼさぼさ頭にメガネという出で立ち。同じ学校の制服を来た男子生徒で、襟元の校章からして2年生だと分かる。突然声を掛けられ、身体が硬直してしまっていた。2年前、下校時に突然腕を掴まれて物陰に引きづられそうになった過去が蘇ってくる。あの時は咄嗟に手を振り払って全力で逃げたが、恐怖は心に染み付いている。


「ちょっと見るから離れててねぇ」


笑顔でそう言われ、歩は言うとおりに自転車の後方へ2、3歩下がった。その男子は地面に座り込むとチェーンをはめようと作業を開始する。すぐにチェーンは直り、男子生徒は油を差すといいなどとアドバイスをし、かなり汚れてしまった手をハンカチで拭くとさっさと行ってしまった。過去の苦い経験のせいか、何も言えず、何も出来なかった。慌てて後を追ったが姿はなく、呆然とするしかない自分に腹が立った。元々恋愛とか、誰かを好きになるという感情が薄いと自覚している。仲のいい男子はいても、それ以上の感情はわき上がってくることはなかった。なのに、たったこれだけのことでこうも胸がドキドキするものなのか。自分の手が汚れたのを気にせず、チェーンを直してくれた人。何の見返りも要求せず、自分を気遣ってくれた人。歩は生まれて初めて恋に落ちていた。だから、今日の昼休みに彼が何組なのかを確かめるべく行動し、ついさっき4組のクラスで友達としゃべっている姿を確認してきたのだ。相変わらず名前は分からないが、部活の先輩に聞けば分かるかもしれない。4組にいる先輩はいないが、同じ2年生、ならば知っている可能性は大有りだ。


「でも外見的特長がねぇ・・・ボザボザ頭にメガネって・・・・・」


ため息混じりにそう英理子に歩はムッとした顔をしてみせる。


「メガネ取ったらかっこいいかもしれないでしょ?それに外見より中身、優しいところ!」

「よく知らない相手を、まぁ、そこまで擁護できるね」


深いため息をついた英理子に何かを言おうとした矢先、予鈴が鳴ったために片づけをはじめた。


「放課後、部活までに会えたら最高だよね?すぐに探しに行ってお礼言いたいなぁ」

「そうですねー」


嬉しそうにそう言う歩に対し、興味がないという感じの英理子はくっつけていた机を離すと椅子に腰掛けた。2人は入学後すぐに意気投合した隣同士の席だ。


「でもあの噂のPGと一緒にいたから、ある程度は有名人かもね」

「PG!?」


教室がざわついていたのが幸いした。結構な大声だったのだが、あまり注目を浴びていない。


「PGって、あの戸口先輩?」

「そう。あと先輩といつも一緒にいるイケメンさんも一緒だった。可愛い顔した女子2人の5人でなんかしゃべってた」

「遠山先輩だ・・・うう、歩!あんたの恋、応援する!」

「いやいや、まだ恋ってほどじゃ・・・」

「いい?ボサボサメガネと接触できたら、まずはお礼、そしてアドレス交換。最初はそこまで。欲張ると軽い女だと思われるからね」


さっきまでのやる気のなさはどこへやら、英理子はそう一気にまくし立て、歩は迫力に押されてただ頷くだけだった。ただ、恩人をボサボサメガネと言われたことだけは納得いかない。


「ボサボサメガネって、ひどいよ」

「名前知らないんだから仮名よ仮名!気にしない!」

「はぁ」

「そっかそっか、ボサメガネは戸口先輩の友達かぁ・・・・くぅ!最高じゃぁぁぁん」

「ボサメガネって・・・」


もはや英理子は歩の恩人に興味はなく、PGこと戸口明人に興味がいっていることは鈍い歩でも分かる。歩が恩人と仲良くなれば、必然的に明人とも仲良くなれる。そうなれば自分もお近づきになれるという実に短絡的な思考が読み取れた。


「とにかく最初は控えめにね」


ウィンクする英理子にため息しか返せず、控えめにするのはお前だと言いたい気持ちを抑えて席に着く。それでも恩人の顔を思い出すと自然ににやけてしまった。隣でも同じように何かを妄想してニヤニヤしている英理子がいる。傍から見ればかなり気持ち悪い光景に本人たちだけが気づいていなかった。



放課後を告げるチャイムが鳴り、ショートホームルームも終わる。掃除当番が掃除を始める中、明人は健司に誘われて教室を後にし、苺と春香は廊下の掃除をするために掃除用具入れに向かった。京也は昼休みの件もあって屋上に行くかどうか迷ったが、別にどう思われようとそれが日課なのだからと屋上へ行くことを決めた。かばんを持って廊下に出れば、苺と春香がニヤリとした顔をしたがにへらと笑ってかわす。そのまま素早く廊下を歩いて階段へと向かった。あからさまな視線から逃げるようにしたはいいが、問題は明人と健司だ。帰った振りをして様子を伺っている可能性もある。京也は立ち止まり、やや半目になりつつ周囲の気配を伺う。何の視線も感じない。2年生は2階に教室があり、屋上へ行くためには3階を経由して上に上がる必要がある。京也はいつものように階段を上がった。3年生の教室がある階とはいえ、ここは教室の外れに位置していてほとんど人はいない。屋上へ向かう階段はこれまでとは違って幅が半分しかない狭いものだった。その階段に足をかけた矢先、背後で気配を感じた京也が振り返ると、そこには驚いた顔をした女子生徒が立ちすくんでいた。黒いセミロングの髪が似合うかなり可愛い子である。どこかで見た気もするが、気のせいかもしれないと思う。とりあえず愛想笑いを返すと、女子生徒は少し引きつったような笑みを浮かべ、かなりゆっくりした歩調で京也の前に立った。


「あの・・・・」


顔に似合った可愛い声だが、聞き覚えはない。


「えーと・・・・きっ、昨日助けていただいた者です!」

「ん?」


助けたと言われてもぴんと来ない。助けた?待てよ。


「って、自転車の?」


思い当たる節がそれしかない。そう口にした矢先、女子生徒はぱぁっと顔を弾けさせ、頭が床に着くのではないかと思うほどに深くおじぎをしてみせた。


「昨日はお礼も言えずにすみませんでしたっ!私は1年5組の一枝歩です。本当に助かりました、ありがとうございます!」


おじぎを終えてそう言いながら自分の胸に拳を当てる感じでずいと迫る歩に、京也はたじろいで一歩下がってしまった。


「あぁ、別によかったのに。困った時はお互い様だよぉ」


そう言って笑う京也に歩は少し顔を赤くしながら微笑んだ。昨日と同じぼさぼさ頭だが、眼鏡の下の目は二重で大きい。よく見れば顔立ちもよく、ちゃんとすればイケメンだろうと思える。だがぱっと見た目がこれなので、大きく損をしていると思えた。


「俺は2年4組の木戸京也」

「木戸先輩・・・」

「そう、まぁ、よろしく」


そう言って京也が手を差し出し、歩は照れながらもおずおずと握手を交わした。こんなに胸がキュンとするのは初めての経験だ。手を離し、にこにこした京也に対して頬を染めたままの歩はアドレスを交換したいと思いながらも口に出せない。極度の緊張が全身を硬直させ、声帯すらも金縛りにあわせていた。


「それじゃ、自転車に油、忘れないでねぇ」


語尾を伸ばすのが特徴的な話し方だと思う。去ろうとする笑顔の京也に歩の緊張も少し解けた。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・」

「あ?」


ドモリ倒す歩にさすがの京也も足を止めた。


「い、いえ、あの・・・・アド、ア、ア・・・・」

「うん?」

「あの、で、その・・・・アド・・・・ア」


人生でこれまでこんなに緊張したことなどない。アドレスという言葉が出ないのだ。


「アドレス?」

「そ、そうです、それ、ください!」


まるで買い物をしているかのような言い方になってしまい、歩はますます緊張し、恥ずかしさもあって耳まで真っ赤になってしまった。そんな歩を見て小さく苦笑した京也は携帯を取り出してみせた。


「携帯、出せる?ゆっくりでいいからね」


今まで見せていた笑顔ではない、どこか違った雰囲気の笑顔。優しくもあり、安心感も与えてくれるその笑顔に、歩は緊張がゆっくりと解けていくのがわかった。歩はスカートのポケットから可愛らしいピンクのスマホを取り出してそれを開く。


「同じだね・・・簡単にいけるかな?」


歩のスマホを見てから自分のスマホを操作する。歩も同じようにスマホを操作し、通信の準備をしてみせた。こうしてお互いにアドレス交換が完了した頃には歩の緊張はかなりましになっていた。


「一枝さんね、登録OKだよぉ。気楽にメールしてくれていいよ」

「あ、はい、ありがとうございます」


歩は京也の顔とアドレスとを交互に見ながらはにかんだ笑みを見せた。そして、さらなる希望を口にしようとした矢先、それは遮られてしまった。


「木戸君?」


さらりとした黒髪が首を傾げた拍子に紙をめくるようにして流れていく。かなりの美人がそこにいた。歩も自分の可愛さは自覚しているが、周囲が言うほど可愛いとは思っていない。男性から外見が好きだと言われてからは、自分の顔が醜ければ寄って来ることすらしないのかと憤慨したことで、顔が可愛いということはメリットよりデメリットの方が大きいと思うようになっていた。そんな歩が素直に美人だと思う人物、紀子の登場にドギマギしつつ、チラッと横目で京也を見れば、変わらぬ笑顔を紀子に見せていた。


「やぁ、浅見さん、今日はこっちが勝ったね」

「でも私が先に屋上へ行ったら私の勝ち、でしょ?」

「あー、そうだねぇ」


にへらと笑う京也を見て、歩は何故かそこにズレのようなものを感じた。それが何かはわからない。さっきまでの笑み、携帯を出すように行ってくれた笑顔、そして今の笑み。最初と最後は同じでも、携帯のくだりの笑顔は別だ。ズレはそこにあるが、今の京也の笑顔は作り笑いでも不自然でもない。歩がそう考えてぼーっとしていると紀子が小さく笑うのがわかった。


「じゃぁね、木戸君。お邪魔してごめんね。彼女、退屈そうよ?」


我に返った歩が紀子を見る。紀子は軽く頭を下げると屋上への階段を上がっていってしまった。ほどなくして扉を開く音が聞こえた。


「約束、してたんですか?」


京也と紀子の会話から、いつも2人が屋上に行っていることがわかった歩は胸がズキズキ痛むのを感じていた。さっきまでのドキドキが嘘のように。


「中断してゴメンねぇ。いや、半年ぐらい前に、一度会ってから競争みたいなのが日課になっちゃってさ・・・で、何言いかけたの?」

「あ、いえ、それだけです」

「そう?ホントにぃ?」


見透かされていると思うが、紀子のことがあるだけにそれ以上は何も言えない歩は頷くことしかできなかった。


「そっか。じゃ、いつでも気軽にメールしてくれていいよ」

「ありがとうざいます・・・では失礼します」


歩は笑顔を見せながら軽くおじぎをし、小走りで去っていった。その後ろ姿が階段に消えるまで見送った京也は携帯をポケットにしまうと屋上への階段を上がった。重い扉を開けると、いつものように紀子がいる。ただ、いつもと違うのはこちらを向き、どこかニヤけているところか。そのニヤけ顔の意味するところが分かる京也はあからさまなため息をついてから紀子の右隣に立った。


「いやいや、木戸君、あんな可愛い後輩から告られて最高ですねぇ」

「・・・絶対それ言うと思った」

「むふふ~」


いつになく上機嫌な紀子の視線を避けるように遠くの景色を見る。今日はあいにくの曇り空、いい景色もどこかかすんで見えた。


「あの子に告白されたんでしょ?」

「違うよ。昨日自転車で、まぁ、困ってたから助けただけで、そのお礼、だね」


わざと経緯を端折ったためにぎこちない言い方になったのがまずかった。それが余計に紀子の興味に火をつけた。紀子は手すりを背にしてもたれるようにしながら京也の顔をニヤニヤしながら見ている。


「何を助けたの?転んでたの?」


この顔は絶対根掘り葉掘り聞いてくるものだと確信した京也は大きなため息をつくと昨日のことをおおまかに話して聞かせた。全部を聞き終えるまでほとんど相槌しか打たなかった紀子だったが、その後、さっきまでとは違う笑顔になってくるりと背を向けると曇っているせいでかなり暗くなった空を見上げた。


「多分、あの子、好きになったんだよ、木戸君をさ」

「あんなちょっとでそうなるもんかなぁ?」

「木戸君的にたいしたことないことでも、あの子にとっては大きかったんだと思うよ」

「そうかなぁ?」

「本当の優しさってものに、女子は弱いんだよ」

「経験者の声だねぇ」


別にかまをかけるために言ったのではない。だが京也は今の言葉が嫌味に聞こえたのではないかと少し焦ったが、紀子は前を向いたまま少し遠い目をしているだけだった。


「そうね、経験者だね」

「そっか・・・なら、そういうことになるのかなぁ」


京也のその言葉に、紀子が口元に笑みを浮かべた顔を京也に向けた。


「そういう優しさを持ってるよね、木戸君ってさ」

「え?はぁ?」

「どういう経験かは聞かない、そんな優しさ」

「あー、いやぁ」


困った様子がありありの京也に紀子は小さく声を出して笑った。


「とにかく、少しは意識してあげてね。でも付き合うとなったら大変かも。あの子、新しいキューティ3の1人だよ」

「はぇ?」

「知らなかったの?そういう鈍さも、木戸君らしいね」


クスクス笑う紀子に、ぼさぼさの頭を掻きつつ困った顔をするしかない京也。


「可愛いけど、それだけ。外見とか興味ない・・・木戸京也は中身で女性を判断する男」


詩を朗読するかのような賛辞にますます挙動不審になる京也を可愛いと思ってしまう。


「だからかな、私、木戸君のそういうとこ、好きだよ」

「ありがとう」

「ね?今の言葉にも深読みもしない」

「ん?」

「あー、なんだ、天然か・・・」


そう言いながら紀子は笑った。京也も笑う。その後はしばらく会話もなく、ただぼーっと景色を眺めていた。やがて周りも暗くなり、寒さが強くなってきた。2人は一緒に屋上を出ると、2階で別々に別れた。京也はゆっくりした歩調で廊下を歩きつつ、ふと何気なしにスマホを取り出した。ロック画面を解除したのは虫の知らせか、会話ツールアプリを確認した京也がその画面を開けば2通の新着メッセージが来ている。学校ではマナーモードにしている上に、屋上では紀子との会話で気づかなかったのだ。メッセージを開いてみると1通は歩から、もう1通は健司からだった。嫌な予感がするため、まずは健司のメールを開く。


『やりますな大将!キューティ3の2人とイチャラブな関係とわ!いやいや、この色男!ドーナツ店で待つ!来いよ!今日はパーティだ!』


ハートの絵文字も満載で、男からのラブレターのようで気持ちが悪かった。どうやら屋上へ行く直前のやりとりを見ていたらしい。あれほど警戒したにも関わらず、やはり尾行されていたのだ。


「最悪だ・・・」


がっくりと肩を落とす京也は深々とため息をつき、残った歩からのメッセージを開いて見た。そこには可愛い絵文字と思わずニヤけてしまう文章があった。健司のものとは正反対の文章が。


『先ほどはありがとうございました。これからメールできることが嬉しいです。迷惑だと思ったらすぐに言ってください。出来れば今度、一緒に帰りませんか?お返事待ってます』


短い文章の中ながら彼女の想いが込められていた。


「でも、だからって好きに・・・・・・なるものなの?」


あれだけの美少女に想われて嬉しいが、正直なところ困ってしまう事情が京也にはあった。


「・・・まぁ、友達からってことで、いいか」


歩への返事は家に帰ってからすることにして、とりあえずはドーナツ店へ向かう必要がある。無視して帰ればそれこそ明日、苺や春香の前で公開処刑が待っていることだろう。薄ら寒さからくるため息を深々とついた矢先、スマホが震えて新着メッセージの着信を告げる。あわてて見れば送り主は明人だった。


『早く来い』


実に明人らしい簡潔且つ有無を言わせぬ文章だ。思わず苦笑してしまう。


「やれやれ」


京也は苦笑をかき消し、普段見せない暗い顔をしながら窓の外へと顔を向けた。そこに映った自分の顔を睨むような鋭い目をしてみせる。


「俺は誰も好きにならない。誰とも恋愛せず、結婚せず、1人で生きて1人で死ぬ、忘れるな」


窓に映った薄い自分にそう言い聞かせ、京也は足早に昇降口へと向かった。



急いでドーナツ店にやってきた京也はドアを開けてすぐ店のカウンターでドーナツを乗せたトレイを持った苺と目があった。てっきり健司と明人しかいないと思っていたが、これは予想外の出来事だ。だが、そんな京也の予想をさらに上回る光景が飛び込んできた。奥の席でにこやかな顔をしながら手を振っているのは健司と、そして満面のやらしい笑みを浮かべた春香だ。明人も無表情ながらどこか口元が緩んでいるように見える。そんな面々が自分を見ていることからいつもの5人が集結する運びとなってしまった。


「な、なんでみんないるの?今井さん、部活なんじゃ?」


重い足取りで席に近づく京也に、健司と春香がニヤニヤしつつ空いている席を勧めた。逃げられないように窓際の奥だ。わざわざ一旦どいて京也を通す明人の表情もどこか緩んで見えてしまう。


「今日は休み、臨時でね・・・おかげですごく面白いものに遭遇できちゃったし、超ラッキーだよね」

「そおそお、もうね、木戸君、モテモテ!」


明人の横に苺も戻り、春香と顔を見合わせてにししと笑った。最悪の状況にくらくらしつつ、対策を練る時間稼ぎも兼ねて京也は自分も何か食べようと席を立とうとする。


「あー、大将!俺が買ってきてやるよ」

「いや、選びたいし」

「いつものだろ?わかってるから座ってなって」

「で、でもさ・・・」

「あきらめろ」


有無を言わせぬ明人の一言に京也は苦い顔をしつつ座った。健司は嬉々としてドーナツを買いに向かい、春香と苺がキラキラした目で身を乗り出しながら京也に迫った。もう逃げ場はない。


「で、で、浅見と一枝さん、どっちを選ぶわけ?」


ほら来たと思う京也はここで一息入れようと思うが、飲み物すらまだない状況だ。まずここで誤解を解いておこうと咳払いを1つしてから言葉を発する。


「どう見てたかわからないけどさぁ、付き合わないっていうか、そういうんじゃないしさぁ」

「じゃ、どんなの?」

「実はさ・・・」

「こらっ!まだ話を始めるな!」


カウンターでお金を払いながら健司が叫んでいる。幸い客も少ないためにそう迷惑にはなっていないが、春香や苺、京也を黙らせるには十分な声だった。とりあえず健司の言葉で少し時間が出来、頭の中でどうするかを考える。嘘は言わない、誤解を生むようなことは言えない、真実だけを話すのみだと結論を出した。ここまでわずか3秒での思考だ。


「でもさぁ、なんか、本命と浮気相手が鉢合わせ、みたいな感じだったよね?」

「うんうん、木戸君も焦ってたし」

「別に焦ってないし・・・」

「ああ、焦ってはなかったな」


思わぬ明人からの援護射撃に京也はホッとしたと同時に驚きもした。あの明人がこの話に興味を示している。他人の恋愛事情になど全く興味のない明人の反応に京也かなり戸惑った。もちろん苺と春香も驚いている。


「焦ってたのは1年の子だろう。見事な鉢合わせだったからな」

「・・・明人ってさ、そういうの興味ないんじゃ?」

「他人のならな。お前や健司のは興味がある、というか、今回のは面白い」

「最悪だよ、それぇ」


いつになく饒舌な明人に全員が驚きつつも納得する。京也はこの最悪の状況下において明人だけは助け舟を出してくると思っていた。しかし、まさか助け舟が敵船で攻撃してくるのは予想外でしかない。本当に最悪の状況下、さらなる敵船である健司が戻ってきた。目の前にはチョコとクリームの2種類のドーナツ、そしてコーヒーが置かれた。確かにここに来れば京也いつも頼むものだ。気心の知れた友達に感謝するが、ニヤついた顔を見ればその感謝もすぐに消え去る。京也は健司にお金を払うが、健司はそんなものはそっちのけで話をするよう促した。


「で、で、あれ、なんだったんだよ?」

「結局、1年の子は何だったんだ?」


健司と明人の攻撃を受けつつ女子を見れば、春香と苺も待ちきれないといった顔をしている。仕方なく京也はまず昨日の帰りの出来事から順を追って説明した。歩の自転車のチェーンを直したこと、そして今日の放課後にお礼を言われ、アドレスを交換したこと、さらにそこにいつも屋上に来る紀子が来たこと。なるべく詳しく誤解がないように話をした。みんなが全てを話し終えるまであまり質問もせずにいてくれたことが救いだったが、後でその反動が出ないかが気になる。


「・・・ってことで、おしまい」

「なぁるほど・・・恩人に惚れてアドレス交換か・・・めちゃめちゃフラグが立ってるな」

「これはあれだね、木戸にも春が来るね。絶対あの子、木戸のことを好きになってるよ!てか好きなんだよ」


健司と春香がお互いに頷きながら顔を見合わせ、ニヤリと笑った。そして始まるいつもの小芝居。


「先輩、あの日から、ずっと好きでした!」

「あぁ、俺も好きになったよ・・・歩!」

「先輩!」

「いいだろ?」

「え・・・でも、ここだと恥ずかしいから・・・・・・後で」

「ガマンできないっ!」

「ああっ!」

「みたいな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・もうさ、ぶん殴ってもいいよね?」


健司と春香の妄想漫才にうんざりした京也のつぶやきに明人は強く頷いた。さすがの苺も引き気味だ。


「とにかく、アドレス交換しただけだし、浅見さんとは友達なだけ」

「つまりはこれからの展開次第、か」


あごに手を乗せてそう呟く明人に京也を除いた全員が賛同した。


「よし、早速メッセージを返そう!」

「いいね、みんなで文章を考えようよ!」

「えー、でもそういうのって、いいのかなぁ・・・」


ノリノリの健司と春香に口を挟む苺だが、顔はかなりニヤけている。最悪の中の最悪の状況にさすがの京也も抵抗するが、3人を止めることは出来ない。


「明人ぉ、何とか言ってやってくれよぉ」


すかさず明人に応援を要請するが、彼もまた敵だということを忘れていた。


「そうだな、まずは一緒に帰る約束と、あとは相手の細かいデータを引き出す必要がある」

「・・・・あんたも敵なの、忘れてたよ」

「悪いな、今回ばかりは俺も楽しむ」

「死にたい」


鉄の男、クールで他人に興味がないパーフェクト・ガイも仲間内では存在しない。完全にノリノリだ。その後はメッセージの内容を決めるだけで30分も要し、結局春香と苺が決めた内容を返信することにした。京也は全く口を挟めずにドーナツを食べる以外にすることがなかった。そんな京也にスマホが返却された。中の文章を見れば引きつり笑いしか出てこない、自分では絶対に打たない内容だ。


『メールありがとう。早速くれたんだね?いつでも一緒に帰れるよ。明日とかどうかな?良ければ昇降口で待ってるから。時間はどうしようか?あと、週末空いてるかな?いろいろ直接話もしたいしさ』


「・・・・・・・・・これって、俺が積極的すぎないかなぁ?」


その衝撃的な内容にかなり恥ずかしくなってくる。今後のやり取りでも、このメールだけ異質になるのは間違いない。それに、まだお互いのことすらよく分かっていないのにデートの約束など考えられないことだ。


「こうでもしないとお前は進展しないだろ?相手はキューティ3だぞ?狙ってる男はわんさかだ」

「そうそう、なるべく早く唾付けとかなきゃ。あの子があんたに冷めちゃおしまいよ?」

「こういう奇跡、無駄にしちゃダメだよね?」

「デートをして、お互いを知る!これは基本だぞ、京也!」

「健司、いいこと言う!モテる男は一味違うね!」

「でもさ、健司君って、デートしたことあるの?」

「まぁそれはいいじゃん。京也、デートプランも任せろ!」

「そうだね、まずはそのダッサイ髪型をどうにかしないとさ」

「とにかく送信だ!送信!」


もうボロクソだ。最早好きにしてくれとしか言えない京也は手渡されたスマホを持ち、一呼吸置いてからそのメッセージを飛ばした。その顔はもう泣きそうだ。そしてそのメッセージはすぐに既読と表示された。


「さぁさぁ、どんな返事、来るかな?」

「しかし自転車直してキューティ3に惚れられるって、いいよなぁ、うらやましい。しかも浅見と仲良しだしさぁ、世の中おかしいよ!」

「運命、なのかもな」


膨れたようにそう言う健司に、意外な言葉を投げる明人。運命という言葉に苺が明人を見るが、明人はコーヒーを口にしていて苺の視線に気づいていなかった。


「明人くんが運命なんて言うって、珍しいね」


苺の言葉にカップに口をつけたまま、目だけを苺へと向ける。一呼吸置いてからカップを置くと肘をついて手にあごを乗せた。


「まぁな。じゃなきゃ、お前が言うように奇跡だ」

「マジ奇跡!初デートの時は部活休まないとなぁ」

「・・・ストーカー4人を引き連れてデートなんでいやだよ」


京也のボヤきに全員が笑った。その瞬間、京也のスマホが軽快なメロディを奏ではじめる。どうやら返事が来たようだ。京也以外の4人が一斉にスマホへと目をやった。


「はや~い!」

「さすがに早いな」

「さぁ、読みなさいよ!」

「ほれほれ!」


急かされた京也がため息と同時にスマホを手に取り、メッセージを開いた。内容を確認してから苦い顔をし、テーブルの上に置いた。それは勝手に読めとの意思表示だ。


『明日!明日OKです!こっちが先に待ってますね!週末もOKですよ!空いてます!どうしますか?』


簡潔ながらも絵文字満載でのメールからは嬉しさがあふれ出ている。健司は嫉妬の混じった笑みを浮かべ、春香はあからさまにニヤニヤし、苺はメッセージと京也を往復するように見ている。明人は無表情のまま京也の反応を見ていた。四面楚歌という言葉の意味を身をもって知ることになった京也は深々とため息をつくしかない。またも返事であれこれ始まるんだろうと思っていた矢先、隣の明人の頭が入り口の方に向けられた。つられて京也もそっちを見れば、数学教師の千石久遠せんごくくおんの姿がそこにあった。優しく、人当たりのいい先生だったが、こういう寄り道等に関してはうるさい部分もある。京也はまずいと思いつつスマホを自分の方に引き寄せた。その動作を見て京也を睨む春香と健司だったが、明人の冷たい視線と苺の困ったような顔を見て入り口の方へと頭を巡らせた矢先、千石がこっちに向かって歩いてきた。明人を除く全員がまずいといった顔をした。


「寄り道はいい、とは言わんが、さすがに時間も時間だぞ、お前ら」

「すみません、今、帰るとこです」


春香の言葉に表情を緩める千石だが、春香と苺を見やる視線はどこか冷たい。そんな視線に気づいているのは明人と京也だけだ。健司はそそくさと帰り支度を始め、春香と苺はテーブルの上を片付けに入った。その様子を見ていた千石が自分を睨むようにしている明人を見た。鉄の視線の明人、冷たい視線の千石がにらみ合う形になった。


「なんだ戸口、不満か?」


ふっと笑みを漏らす千石の口調は柔らかい。さっきまでの冷たい視線も消えてしまっている。女子にもそこそこ人気のあるいつもの教師の顔になっていた。


「いえ、別に」

「なら早く帰れよ?」

「はい」


全員が立ち上がり、店を出るのを見送る千石。他の生徒にも同じように帰宅を促すと、明日の朝の朝食用のドーナツを選び始めた。


「戸口に木戸、か。木戸京也・・・木戸・・・・まさかとは思うがな」


ドーナツを見やる冷たい目をした千石がそうつぶやくのを、誰も気づきもしなかった。

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