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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第7章
35/52

加速 4

食事を終えた2人は海岸へと向かった。タワーへと向かうカップルが多いが、海岸にもカップルが多かった。それでもタワーから離れた場所に人は少ない。健司は上手くそこへやってくると波打ち際近くに立った。まだ空は明るさを残しているが、いくつかの星と月は見えている。波の音が心とシンクロするせいか、告白前にしては妙に落ち着いた気持ちになっていた。


「夏は泳ぎに来たいね」


苺はそう言って笑顔を向けた。まるで自分と苺がカップルになっているような錯覚さえ覚える感じの言い方に健司も頷いた。恋人同士になってここに来たい、そう思う。だからこそ、健司は告白の言葉を口にした。


「俺さ、ずっと好きな人がいたんだ」


その言葉に苺が自分を見つめる。ゆるやかな風に肩より下の髪が浮き上がるのを見つつ、健司は苺の瞳を見つめ続けた。


「中学の時からずっと、苺ちゃんが好きなんだ」


天然の苺に遠まわしな告白は逆効果だと分かっていた健司は、実に簡潔に自分の想いを苺に告げた。苺は思いも寄らない健司の告白に動揺の顔を見せ、顔を伏せるように下を向いてしまった。


「苺ちゃんがずっと明人を好きでいるのは知ってる。知ってる上で、伝えたかった」


2人の間に沈黙が流れていく。ただ波の音だけが耳に届く。その波の音に、苺の声が重なった。


「ビックリした・・・でも、ありがとう」

「いや」


また沈黙。だが、今度の沈黙は長くはなかった。


「私は明人君が好き。だから・・・」

「うん。だからさ、これからは俺をそういう目で見れないかな?」

「・・・・見たとしても、答えは変わらないよ?」

「だな」


分かっていた。自分は振られ、それでも友達としてしか見てくれないということは最初から分かっていた。今更男として見て欲しいなど、それは単なる思い上がりにすぎない。妙にすっきりした心境が心地いい。振られた、でも、言いたかった、伝えたかった想いは伝えられた。それがどんなに素晴らしいことかを知れただけで嬉しい気持ちになった。


「今度は苺ちゃんの番かな?」


健司はすっきりした笑顔でそう問いかける。そんな健司に困った顔をした苺は、一歩前に進んでみた。波がつま先ギリギリのところで寄せては返す。


「そうだね、頑張る」


振り返ってそう言う苺に胸が痛んだ。それでもその痛みも心地いい。しばらく言葉もなく海を見ていた2人が海岸を後にする。手を握ることもなければ肩を抱くこともない。来たときと同じ距離感で。



「京也さん、大きなお鍋、ないですか?」


折りたたみの小さな台の上に乗る歩のホットパンツから伸びる素足にドキドキしつつ、京也は流し台の上の棚の中にあるはずの鍋を見上げた。お昼に続いて夕食まで作ってくれるという歩の言葉に甘えてのことだった。今日は昼前から歩が来て事件のことを話しつつ、昼食後は2人でテレビゲームをしていた。アニメが好きな歩だけあって、ゲームもなかなかの腕前だ。夕方には夕食の食材を買いに出かけた2人の関係はほとんどカップルのようなものだ。あとは京也の心1つ。だが、京也の心は揺れ動きつつもまだ答えを出せないでいた。


「奥にあるはず。代わろう」


そう言う京也の言葉に台の上でつま先立ちをしていた歩のせいで小さな台が前に傾いた。バランスを崩した歩が流し台で体を打つと思われた瞬間、京也の手が伸びたところまでは見えていた。気が付けば、床に倒れこんだ京也の上に自分が乗っている。顔は鼻が触れそうなほど近く、体はほぼ密着状態だ。と、胸の辺りに違う感触がある。頭を動かせば、京也の右手が完全に自分の左胸を掴んでいた。京也は歩の頭の動きを見てその柔らかい感触に気がついた。


「うわぁ!ゴメン!」


慌てて手をどけ、歩から離れた。歩も素早く正座するように座り、京也は立ち上がって背を向けていた。なんとも言えない空気が流れていく。こういうのはよく漫画などである状況だと変に冷静な歩は思わず噴出してしまった。そんな歩を振り返りつつ、手に残った感触が動機を激しくする。だが歩は顔を赤くしながらも小さく微笑んでいた。


「助けてもらった上での事故ですから、気にしないで下さい」

「あー、うん、そうだねぇ」


明らかに作り笑いをしている京也の顔も赤いせいか、歩は笑みを強くした。まるでアニメや漫画の中でよくあるハプニングそのものだったからだ。出会いといい、今のハプニングといい、自分たちらしいシチュエーションだと思える。歩はまだ顔が赤いままで立ち上がる。そうしてさっきの棚を見上げると、倒れている踏み台を元に戻した。


「お鍋、お願いしますね」


そう言って微笑むと買ってきたネギをまな板に置いた。


「ああ、はい」


京也は踏み台に向かいつつ慣れた手つきでネギを切る歩を見た。そんなつもりはないのについ胸に視線が行ってしまう。右手に残された感触、それがはっきりと蘇る。だがすぐにハッとなって歩を見ると、鼻歌交じりに包丁を動かしていた。京也は雑念を払うと踏み台に上がり、棚の奥から大きめの鍋を取り出し、ガスレンジの上に置いた。


「ありがとうございます。でも、季節的に鍋焼きうどんって・・・いいのかな?」

「食べたくなったのは誰だったっけ?」

「私です」


そう言って微笑む歩に自然と笑顔になる。今の関係は付き合っているのと変わらない、そう思える状況だ。ただ、手を繋いだりキスをしたりしないだけ。そんな曖昧な関係でも満足している歩だが、いずれはそれを要求してくるようになるのかなと思う。返事を催促されれば、今の状態では断る以外に選択肢はない。だが、自分も歩を好きになっている状態でそれが出来るかは疑問だ。歩に気づかれないよう小さなため息をついた京也は料理を手伝うべく冷蔵庫から鶏肉を取り出しながらもう一度歩を見た。すると歩も京也を見ていたようでばっちりと目が合った。


「あ・・・えーと・・・」


京也が何か言わないとと思っていると歩はそっと手を伸ばし、京也の掴んでいた鶏肉の入った袋を受け取る。


「切る場所、ここしかないですし、私が切るのでお湯を沸かしてください」


そう言われた京也は無言で頷くと歩の邪魔にならないように鍋に水を入れた。まるで新婚さんのようだと思いながらもそれは口にしない。ただ、何も考えずに彼女と付き合い、やがて結婚すればこんな風になるのかなと考える。いや、こんな幸せは来ない、急に現実が京也を襲った。今だけはそういう夢を見ようと思う。ただそれだけだった。



翌日になっても新城の意識は戻らなかった。脳に障害は認められず、発見が早かったこともあって後遺症も出ないだろうと言われたかすみはホッとしながら病室で眠る夫の顔を見ていた。ただ、外傷がない状態で頭蓋骨を割るという奇妙な現象に医者も首をひねっていた。かなりの衝撃が加えられたはずなのに、皮膚に異常はなかったのだ。学校で起こっている失踪事件の犯人が何かの技を使ったと考えられるが、そんな漫画のような芸当が出来るのか疑問だ。そんな風なことを考えているとドアがノックされた。検診かと思い返事をすれば、そこに現れたのは笹山だった。


「こんにちは。ご主人の容態、いかがですか?」


丁寧に頭を下げる笹山に立っておじぎをするかすみだったが、すぐに椅子に座るよう言われて微笑を浮かべた。妊婦である自分を気遣った笹山の優しさに対しての笑顔だ。かすみは椅子に座ると、ベッドの脇に笹山が立つ。


「まだ意識は戻りませんか?」

「はい・・・」

「あー、いや、そんなすぐに事情聴取なんかする気はないですよ?犯人に関する質問を1つするだけです」


暗い顔をした自分を見て慌てる笹山に、かすみは小さく笑い声を出した。そんなかすみに対して笹山は頭を掻くとベッドの向こう側にある窓枠に体を置いた。


「昨日、学校を調べましたが、痕跡はありません。ただ、犯人の目星はつけています」


その言葉にかすみが笹山を見つめた。


「今は言えませんが、相手は暗殺術のような技を使う者。今回のご主人の怪我も、その技でしょう」

「暗殺?」

「まぁ、そういう技を継承でもしているのでしょうかね」


その言葉を聞いて、かすみはかつて大学時代にアルバイトをしていた際に知り合った同僚の顔を思い浮かべる。彼もまた古武術か何かの継承者だったはずだ。自分は直接見たわけではないが、夫である直哉がよくその話をしていたのを思い出す。


「とにかく、何かしらの証拠が出ればすぐに動きます」

「よろしくお願いします」

「お体に気をつけてください」


身重の体を気遣っての笹山の言葉にかすみは微笑み、頭を下げた。笹山もまた頭を下げ、そのまま病室を後にする。廊下を歩きながら今日の校内捜査でも進展がないと睨む笹山は強引にでも床収納を開けようとした昨日のことを思い返していた。完全にロックされている上に、一度強引に壊すと元に戻すことはできない。かといってもうそれしか方法はなく、今は学校側に許可を得ようとしているところだが校長はかなり渋っているのだ。壊すとしても結構な作業になるのは間違いなく、実行は明日以降になるだろう。とりあえず現状は千石の身辺を調査させており、その進展次第で床を強引に開くことも視野にある。


「暗術に関する情報はデータベースにはなかったしなぁ」


つぶやく笹山が外に出ると、雲間から陽が差している。警視庁に行き、かつての上司で今は警察学校の教官をしている元副総監である秋田という人物の協力を得てデータベースを洗ったが、それらしい情報はなかった。それに木戸百零の行方も。ため息をつきつつ、待たせておいた覆面パトカーに乗り込むと学校へと向かわせた。


「明日は重要人物の洗い出し、明後日は強引にでも床をこじあけるぞ」

「はい」


担当刑事にそう告げ、笹山は目を閉じた。とにかく怪しい人物を徹底的に洗い、その上で床を開く。それが一番の効率だと読んだ笹山だったが、犯人側がその動きを読んでいたとは夢にも思っていなかった。



「やはり月曜日は狙い目だな」


千石はそう呟くと携帯を脇に置いた。人身売買の組織の情報網は素晴らしく、警察の動きも筒抜けだった。笹山の動きも千石にはバレており、その上で最終計画を実行に移すのだ。


「お前は掃除の時間を利用して誘い出せ。その時間が一番の穴だ」

「わかりました」

「収納の鍵は午前中に細工しておく」

「じゃぁ、それで動くよ」


そう言うと隣にいた悠は立ち去っていく。その背中を見つめる千石は素早く踵を返すと大通りに出た。さっきまでいた場所はビル街の路地、警察の尾行を撒いて悠と接触していたのだ。悠には追っ手の撒き方は伝授しており、現に警察を撒いてそこに来ていた。今頃警察は大慌てだろう。千石は人通りの多い大通りを歩きながら口元を歪めた。明日で最後、すべては収まる。


「あとはPGの動きと、木戸か」


独り言を呟く千石の笑みが醜悪なものに変化する。それは自信に満ちた笑みでもあった。



昼前に新城を見舞いに行った明人と苺だったが、面会謝絶ということでそれは叶わなかった。新城の奥さんにお見舞いのお菓子を渡した2人はそのまま近くのコーヒーショップに入っていた。向かい合わせで座りつつ明人はアイスコーヒー、苺はアイスオーレを飲む。


「昨日、何してたの?」


見舞いに行くときは会話もなかった。明人のそれはいつものことだが、あえて話をしなかった苺にもその要因がある。昨日の健司の告白があったため、何を話していいかがわからなかったのだ。さすがにこうして2人でいるのに何も話さないのは不自然だと、苺は当たり障りのない質問をしたのである。


「調べ物だ」


実に簡潔な言葉だ。苺は何も返せず、ストローをくわえた。


「お前は健司と・・・だろ?」


健司と出かけることは誰にも言っていない。明人にしては珍しく歯切れの悪い言葉だったこともあり、苺はストローをくわえたまま動揺がありありの顔を明人に向けた。


「なんで?」

「駅で見かけた」

「あー、そうなんだ」


愛想笑いを返しつつ、それをどう話をしていいか悩む。健司から告白されたことを明人に言うのも変だし、断ったことを言うのも変だ。悩む苺を見つつコーヒーを飲む明人は、心の奥にあるイライラを表に出さないようにするので精一杯だった。何故、ここ最近こうなってしまったのか、自分でもわかっていない。いや、分からない振りをしているのは理解していた。


「健司君が買い物に付き合ってくれって、そう言われて」

「そうか」

「うん」


その言葉以降、沈黙。苺は明人の顔すら見ずにアイスオーレを飲み、明人はテーブルに肘をついて斜めを向いている。その様子はまるで喧嘩したカップルのようだ。


「海、行かないか?」


その明人の言葉に苺はストローを口から落としつつそちらへと顔を向けた。驚きの表情のままの苺に、明人は少し目を細めた。


「別に今から行くわけじゃない。泳げる季節になったら、な」


明らかに照れが見て取れる。いつも機械的で冷たい明人が久しぶりに見せるあからさまな感情。そんな明人に戸惑いつつ、苺は小さく頷いた。


「うん、行こう」

「ああ」


そう返す明人はいつもの無表情だった。


「最近の明人君、なんか、変だね?」


その言葉に明人の片眉がピクリと動く。いつもならそれを見て怯む苺だが、今日は違っていた。


「なんか、雰囲気も、言葉も、違う気がする」

「そうでもない」


鉄の声はいつもの明人だ。だが、いつもと違う微妙な違和感が苺に届いていた。かすかな動揺のようなもの、それが違和感の正体だと気づいてもいた。けれどそれ以上は何も言わない。会話のないまま店を出た2人だったが、それはいつものことなので気にしない。だが、心の中で何かが動いている、そんな感じはしていた。

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