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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第7章
34/52

加速 3

限られた時間を有効に使うべく、春香はプールから上がるのがもどかしいと思うほどがむしゃらに泳ぎ続けた。それは苺をデートに誘った健司のことを頭から消そうとしての行動でもある。ここ最近は随分とタイムも伸びていたのだが、昨日今日はまた少し落ち込み気味だ。キャプテンの赤井は少しため息をつきつつ浮き沈みの激しい春香を気にかけていた。メンタルな問題でタイムが伸びていなかったことは知っている。だが、ここ最近のタイムの伸びはそれが解消されたせいだと喜んでいた矢先にこれだ。


「はい!一旦上がる!次、背泳組、準備して!」

「はいっ!」


自由形と平泳ぎの選手がプールから上がると、交代に背泳ぎの選手がプールに入った。息を切らした春香がプールサイドで座り込む。そんな春香を見つつ笛を鳴らし、背泳組をスタートさせた赤井はゆっくりと春香に近づいた。


「どうした?昨日今日はダメだね」

「・・・はい」

「メンタル面は自分で解決するしかないよ?」


その言葉にハッとした顔を上げる。全部お見通しかと思う苦笑を漏らし、春香はプールへと顔を向けた。


「そうですね・・・」

「先に言っとくけど、恋愛関係は相談に乗れないから」


その言葉に目を見開いた春香の顔を見た赤井は大きく苦笑をしてみせた。


「ま、がんばれ」


そう言う赤井から目を逸らした春香の頭に浮かぶ顔は健司のものだ。自分は明人が好きだったはずだ。なのにどうして健司を好きになったのかがわからない。そういうこともあっての悩みでもある。健司が苺に振られればいいと思っている自分も嫌悪している。春香は水面を見つめた。光を受けてゆらゆら揺れる波。自分の心と同じだと思いつつ、どうすればいいかなど浮かぶはずもなかった。



警察に渡すために資料をまとめ、一旦数学準備室に向かおうと席を立った。残っている教師による巡回がされている中、校舎に残っている生徒は部活中の者だけのはずだ。そのため、足を止めた新城がそっと様子を伺うように廊下の窓越しにそちらを見た。1年生ではない男女が数学準備室のすぐ前にある非常出口の傍に立っているのが確認できる。遠すぎてバッジの色が分からず、2年生か3年生かも分からない。ただ、女子生徒の様子が明らかに変だというのは分かった。目も虚ろで口も半開きの状態だ。男子生徒が数学準備室の前に立った時、新城がツカツカとそちらに近づくと男子生徒はかなり驚いた顔をそちらに向けた。


「何やってるんだ?」

「え、と・・・別に」


さわやかな笑顔の奥にある邪悪な目の光を逃さない。新城はそのまま女子生徒の前に立つが、やはり女子生徒は虚ろな目をしていて意識もあるのかないのか分からない状態になっていた。


「しっかりしなさい!」


そんな新城に舌打ちし、どうするかを必死で考えている男子生徒は悠だ。どんなに揺すっても同じ状態の女子生徒から悠を睨みつつ新城が応援を呼ぶ決意をする。ここで大声を出せば巡回中の教師がすぐに来る可能性が高い。


「君には聞きたいことがある、そこいなさい」


悠をけん制した新城が再度女子生徒に近づくと、不意に背後から声をかけられてそちらを見やった。そこにあったのは拳。数センチ離れた場所で目の前にある人の拳だった。誰の拳かを見るために顔を動かそうとした矢先、新城の意識は飛んでいた。いや、意識だけではない。実際に2メートル以上は体が吹き飛んでいた。体をピクつかせ、意識を完全に失っている。少し離れていただけの拳が新城の額に触れたようにしか見えなかった悠にしてみれば、その技は背筋が凍るほどの衝撃を受けるに値するものだ。拳を振り抜いたわけではない、本当に触れただけにしか見えなかったからだ。


「さっさと運べ」


そう言うと拳の持ち主、千石は数学準備室の鍵を開けた。悠は急いで虚ろな目の女子生徒、風見水星を教室に入れる。


「動体レーダーを渡してあっただろう?どんなときも気を抜くなと言ったはずだ」

「すみませんでした」

「これで最終計画を早める必要が出てきた。週明けに一気に行くぞ」


そう言われて頷く悠の顔は青かった。


「こいつはどうするの?」


そう言って新城を見た悠に千石は顔色1つ変えずに吐き捨てるような言葉を発した。


「死にかけだが、殺すさ」


恐ろしいことをあっさり口にする千石に背筋が凍る。既に新城は死んでいるかのように動かない。


「行け」


冷たくそう言われた悠はうなずくこともせず扉を閉めると内側から鍵をかける。それを確認した千石が新城に迫り。再度拳を額に当てた時、向こうから悲鳴のような女性の声がしたためにあわててその拳を開いて様子を見ているような仕草を取った。走り寄ってきたのは若手英語教師の田中恵子と体育教師の里見圭介だ。


「どうしました!」

「わかりません。数学準備室に来たら、倒れていて」


そう言う千石の言葉を聞いた里見が恵子に救急車を呼ぶように指示し、新城を揺り動かそうとした千石の手を掴んでみせた。


「頭を打っている場合は揺すってはダメです」

「あ、そうなんですか?」


そう言いながら千石は舌打ちをした。あえて揺することでとどめをさそうとしたのだ。その目論見も外れ、ますます最終計画を早めることになった現実にも舌打ちをした。ならばと、千石は誰にも見られないような醜悪な笑みを浮かべて見せるのだった。



救急車が到着し、救命士によって新城が運び出された。現在の校内の事件もあって、事故と事件の両方を視野に警察も動くが、新城の状態に眉を寄せるしかない。額の頭蓋骨が綺麗に割られているのだ。どこにもぶつけた形跡のない上でのこの骨折に搬送先の医師も首を傾げるばかりだ。ただ、発見が早かったおかげで命に別状はない。あわてて病院へとやってきた新城の妻であるかすみもその報告を聞いて安堵の表情を見せた。身重な身でありながら汗だくでやってきたかすみを気遣い、病院へやってきた笹山はベンチにかすみを座らせてお茶のペットボトルを手渡しながら現状の報告をした。


「旦那さんは学校の廊下に倒れていました。今、学校で起こっている事件、ご存知ですね?」

「は、はい・・・いつも聞かされていますので」

「そのことで、何か言っていませんでしたか?」

「自分も調べているとは言っていました。それぐらいで・・・」

「調べている?」


その言葉に何かを感じた笹山が腕組みをしてみせた。


「奥さん、ですか?」


制服の警官に連れられてやってきたのは千石だった。自ら率先して救急車に乗って付き添ってきたのだ。その目的は新城の状態を知るためだ。早々に意識は戻らないとは思うが、念には念を入れたからである。


「こちら第一発見者の千石さん。ご主人と同じ数学の先生です」

「千石です」

「新城の家内です」


お腹が目立つようになった体を曲げて挨拶をするかすみを見つつ、千石は新城の容体が気になっていた。


「どういう感じで倒れていたのですか?」


笹山の言葉に戸惑う表情を見せるが、その目は動揺の欠片もないように見える。


「あ、はい。私が数学準備室に向かったら、廊下に倒れていました。貧血でも起こしたのかと見ていたら、他の先生もすぐに来たもので」

「周囲に怪しい人物はいなかった、と?」

「見た限りは」

「なるほど・・・」


そう言う笹山は千石をジロリと見た。千石はそんな視線をものともせず、ただ黙って立っていた。


「新城先生、どんな感じなんです?」

「現在手術中ですが、命に別状はないそうです。発見が早かったのが幸いでした。ただ、倒れる前後の記憶が曖昧になる可能性がある、とか」


その言葉を聞いても眉1つ動かさない千石を見つつ、笹山は黙って観察を続けた。千石は少しホッとした顔をし、ベンチに腰掛けた。


「何よりです」

「校内の失踪事件と関連がある可能性が高い。その線で捜査します」

「そちらもよろしくお願いします」


そう言って頭を下げた千石を冷静な目で見ている笹山。その笹山の携帯が胸のポケットで揺れている。とりあえず待合室の方まで移動した笹山が電話に出れば、それは学校で捜査に当たっている武藤からのものだった。


「どうした?」

『また生徒が1人消えています』

「・・・そうか」

『いやに冷静ですけど、読んでました?』

「まぁな」


そう、笹山は読んでいた。新城が犯人に襲われたということは犯人に遭遇したから、つまりは女子生徒をさらおうとしたところに遭遇したためなのだと。


「名前は?」

『風見水星、キューティ3という校内で3番目に美人だという子だそうです』

「交友関係を洗え」

『了解です』


電話を切り、かすみの元へと戻る。そうして千石の方へと目を向けた。


「また女子生徒が失踪です。名前は風見水星、キューティ3とかいう3人の1人だそうです」

「風見?あの風見が!?」


驚く千石を見つつ、笹山は水星に関して千石に質問を投げた。どういう子なのか、交友関係はどうなのか等。千石は知る限りの情報を提供する。彼女もまた明人と同じPGと呼ばれていること。高飛車な態度を取り、交友関係も派手だということも。笹山はそれを聞くと警官にその情報を本部に伝えるように指示し、青い顔をしているかすみの横に座った。


「先生は帰ってもらって結構です。あとは我々が・・・」

「あ、わかりました」


そう言い、かすみにしっかり気を持つように、体を大切にと言い残すと緊急の出入り口へと向かった。そんな背中に笹山が声をかけた。


「あー、先生・・・聞いた情報なのですが、犯人は暗術とかいう暗殺術を使うらしいです。今回もその技で新城先生はやられたのかと」

「暗術、ですか?」

「皆さんにも気をつけるよう呼びかけてください」

「わかりました、伝えます」


そう言って頭を下げた千石が去っていく。その後ろ姿を見つめる笹山の顔つきが険しくなった。


「彼の身辺も洗え」

「え?」


警官もかすみも驚いた顔を笹山に向けた。まるで千石が犯人だと言わんばかりの言葉だったからだ。


「こういう場合、第一発見者も調べる。ドラマでもあるでしょう?」


にっこり笑ってそう言う笹山の言葉にかすみの顔から緊張が消えた。警官も敬礼をし、無線を使うべく外に出た。かすみの横にいながら、笹山は京也の言った暗術の使い手が千石だと睨んでいた。証拠も何もない、刑事の勘だ。だが、確信のある勘でもあった。



突然の救急車に警察の介入とあって、部活帰りの生徒たちは不安と好奇心に満ちた表情でその様子を見ていた。誰が運ばれたかは既に噂になっており、たまたま校門前で出くわした春香と歩はほぼ同時に携帯を取り出していた。春香は明人に、歩は京也に連絡を入れる。明人はちょうど苺に誕生日プレゼントを渡した後であり、その一報を聞いてすぐさま家を飛び出したが、京也はアルバイトの最中とあって連絡はつかなかった。仕方がないのでメールだけ入れた歩は教師たちに急かされて学校を後にする。駅に行けば健司がいるはずだと、歩は春香を自転車の後ろに乗せて駅へと向かった。昨日のことがあったせいか、既に健司はいつもの場所にいた。報告を受けた健司は顔を青ざめさせたが、すぐに明人に連絡を取った。明人は電車に乗り込んだばかりだということで到着を待つことにする。歩も同じように明人を待ちつつ、少し震えていた。新城が怪我をし、水星もいなくなったと噂になっている。もしそれが本当ならば水星をさらった犯人に新城がやられたということだ。春香は水星の情報を得ようとあちこちに連絡を取り、明人が到着した時にはそれなりの情報を得ていた。今回も両方の靴がなくなっていること。そして今日は一緒に駅まで帰った女子がいるというのだ。つまり、校外でさらわれたか、あるいは一旦駅まで来て学校へ戻ったか。どちらにしろ不自然な点が多い。明人は悠の顔が頭に浮かぶが、連絡先も何も分からない。苺に会った後で笹山にメールをしようとした矢先の出来事だけに、歯がゆい思いしか浮かんでこなかった。


「どうするの?」

「笹山警部に連絡を取る」

「あんた、連絡先知ってるの?」


春香だけでなく健司も歩も驚いた。明人は何も言わずに携帯を取り出すと笹山の携帯へと電話をかける。長めのコール音の後、笹山が電話に出た。明人は今回の事件に関しての情報を得つつ、こちら側の情報も提供した。今日、新城から見せられた資料に関しても話をすると、まだ学校にあるだろうとのことで手を回すと言ってくれた。さらに犯人として怪しい人物、数学教師の千石と2年の富沢悠の名前を出すと、笹山は千石に関しては調査を開始させたと告げた。そして笹山は明人にある依頼をしてきた。


『おそらく近いうちに動きを見せるはずだ。今回の件で新城さんの意識が回復すればいろいろ進展しそうだからね。だからこそ、動くはずだ。注意をしておいてくれ』

「わかりました」


それで電話を切る。その内容を健司たちに報告し、注意も呼びかけた。今回、水星がさらわれたとなると、残る2人のキューティ3も狙われる。しかも今回は新城を襲ったことにより、最後の仕上げをするはずだ。かといってすぐに動くとは思えない。生徒や教師の気の緩みの出たそのときを狙うはずだ。明人はそれを2週間ほど先だと見定め、警戒をするようにした。



「どうするんです?」

「多分、この土日で警察が一斉捜査をするはずだ。なら月曜日に決行だ」


暗闇の中、窓枠に座る悠の言葉に千石がそう答える。早過ぎないかと思う悠だが、千石が決めたことには逆らわないというのがルールである以上、何も口を挟めない。


「お前は種を撒いた2人をあそこへ運び、残るキューティ3を誘い出せ。意識があろうとなかろうとな」

「じゃぁ全部で5人?」

「状況によってはもっとだ。それに、男も手に入るはずだ」


そう言って小さく笑う千石に恐怖を覚えつつ、悠は窓枠から降りた。


「じゃぁこれでラスト、ね」

「ああ」

「風見とは楽しんでもいいよね?」

「好きにしろ。ただし、搬送まで時間は2時間もないぞ」

「了解」


ニヤリと笑ってそう言い残し、悠は何もない倉庫を出て行った。そんな悠が出て行ったドアを見つつ、千石は醜悪な笑みを浮かべていた。


「最後に大儲けだ」


そう言って高笑いする千石の声が倉庫の中にこだました。



新城が襲われ、またも生徒が消えた。しかも今度はあのキューティ3の1人である。警察は土曜日の授業を中止して校内の一斉捜査を開始した。その一方で明人からの情報の他に、別の生徒たちからも名前が挙がった悠に関して取調べを行うが、これといった怪しい部分は見えなかった。最近、水星に好意を抱き、それで近づいたという悠の言葉を覆す証拠がないためだ。それにあの香りに関しては男性用のコロンだと説明し、それも提出している。服からも何も検出されず、コロンも市販のものだということですぐに解放されていた。それでも悠を警戒するよう注意を促し、千石の調査結果を待つ。そんな警察の状況など知らず、昼食を終えた健司はご機嫌な様子で苺の家のインターホンを押した。明人は悠のことを調べると言って既に朝から留守にしているらしい。春香もまた情報収集に明け暮れ、京也は歩から昨日のことを直接聞いているらしい。わざわざ歩が京也の家に昼ごはんを作りに行くというおまけ付だ。そんな京也を羨ましく思う健司は、玉砕するのは分かっていながら告白する決意は変わらない。告白することで自分を友達ではなく、男として見て欲しいという心が健司を突き動かしていた。


「ごめんねぇ、お待たせ」


白のワンピースを着た苺に目がハート型になる。さっそくスマホを取り出して苺を激写し、被写体の苺は少し引いていた。そうして出かけた先はあのショッピングモールのある二見が浜だった。バイクで行こうかと思ったのだが、あれでは道中の会話が難しい。それで電車という選択肢を選んでいたのだ。手が触れそうになりながら並んで歩く健司は、前回のデートにはない緊張感に包まれていた。昨日の事件のことにはあえて触れず、ドラマの話などで盛り上がる2人が目的地に到着すれば、今日はかなりの人でいっぱいだった。以前に京也と歩のデートで2人の後をつけた時とは人の数が違いすぎる。


「ところで何を買うの?」

「財布なんだけどさ、センスないもんで」

「え?健司君、いつもセンスいいじゃん」


事前に考えていた言葉だったが、この苺の返しはシミュレーションにはない。内心で慌てつつ、健司は涼しい顔で苺を見た。


「そうかな?自分ではないと思ってるんだけど」

「そっか」


すぐに納得してくれた苺にホッとし、健司は財布の売っているコーナーへと向かうとするが、それがどこかわからない。前回、明人の財布を買いに来たこともあって場所を熟知している苺に連れられてそこへ行けば、安い物から高価なものまでかなりの品揃えがあった。


「ここはね、前に明人君の財布を買いに来たとこだから」

「へぇ、そうなんだ」


胸がチクリと痛むが、顔には出さない。微笑み返す苺にメロメロになりつつも財布を選ぶ。苺が見立ててくれた財布は明人の持っているものと似ているためにあえてパスをするが、やはりここは苺が選んでくれたものにしたい。そう考えていると苺が革の財布を手に取った。値段は少し高めなために、苺も勧めるかどうか迷っているようだった。


「それ、いいね」

「でもちょっと高い感じだよね?」


そう言う苺が財布を渡せば、値段は予算の範囲内ではある。


「予算内だし、これにしようかなぁ」


そう言う自分ににっこり微笑んだ苺にとろけそうになる。健司はその財布を購入し、お茶でも飲もうと店を回るがどこも満席だ。お茶でも飲みながらゆっくりと話をして距離を詰め、それから海で告白するはずがこの人の多さでその計画はもろくも崩れ去った。仕方なしにゲームセンターへと向かう。前回は春香と一緒に京也の尾行をしていたにも関わらずUFOキャッチャーに夢中になっていたことを思い出してしまった。小さく微笑む健司を見つつ、苺は白くて可愛い顔をした熊のぬいぐるみがある筐体の前に立った。


「チャレンジしてみようか?」

「取れるの?」

「分からないけど、ね」


ここでいいところを見せたい健司だが、正直に言えばこういうのは苦手だ。それでも好感度を上げるために小銭を投入すること5回、ぬいぐるみを動かすことすら出来ずに惨敗を喫した。


「難しいなぁ」

「歩ちゃんが言ってたけど、木戸君、こういうの天才的だって」

「へぇ、知らなかったなぁ」

「歩ちゃん、いいよねぇ」


そう言って笑う苺を見て情けなくなってくる。他の筐体も見て回るがどれも取れそうになく、そのままビデオゲームコーナーへと向かった。レースゲームや体感ゲームをしつつお互いの距離を縮めていく。ゲームに夢中で時折腕にしがみつくようにする苺の感触に昇天しつつも楽しい時間を過ごした健司は、そろそろ晩御飯にすべく店を回ってみた。苺が見つけたパスタの専門店に入り、料理を堪能する。そこでも会話は弾み、健司としてはまずますの感触を得ていた。


「健司君ってさ、話も面白いし、一緒にいると楽しいよね」


その言葉を聞きたかった健司は内心でガッツポーズを取りつつも表情ではクールさを押し出していた。


「そうかな?」

「そうだよ。彼女がいないのが不思議なぐらい」


これまたその話題キター!な健司はクールな表情が崩れそうになるのを必死で我慢する。


「まぁ、そうだね」

「好きな子、いるんでしょ?」


目の前にいる、とはここで言えるはずもない。それはあとでムーディな海岸で愛を告げるのだ。


「どうでしょう?」


上手くはぐらかすと、パスタを食べる。苺は不満そうに、するはずもなくけろっとした顔で同じようにパスタを食べた。これは意外と予想外だ。苺ならそこに食いついてくると思ったからだ。どこか拍子抜けしつつ、健司は途切れた会話をどうするかを考えていた。


「春香が好きなんでしょ?」


突然の言葉に思わず鼻からパスタがこんにちわをするところだ。むせ返る健司はあわてて水を飲むと息を整える。心配そうな苺に涙目の健司がクールな表情を決めるが、さすがの苺でもそれが無理をしていると分かった。


「今井は友達だって」

「そう?絶対春香のことが好きなんだと思ってたんだけどね」

「ないない!今井が聞いたらブチ切れするよ?」


笑いながらそう言うが、苺は不思議そうな顔をする。その思考が読めずに水を飲む健司。


「最近、春香はそう言うと微妙な反応するよ?健司君を好きなんじゃないかな?」


目の前に座っているのが明人か京也であればためらいなく口の中の水を噴射していただろう。だが、今目の前にいるのは自分の想い人である苺だ。グッと堪えて一気に飲み込み、大きく深呼吸をした。


「いや、ないって」

「そっかな?」

「そうだと思うよ」


春香が好きなのは明人だ。本人の口からそれを聞いているだけに間違いはなく、それに同盟も組んでいる間柄だ。苺には申し訳ないがそれは誤解だと思う健司だったが、実際は苺の言うとおりになっている事実を知るはずがない。このままこの話題が続けば次は何を噴出すか分からないので、しばらく黙ることに決めた。


「そう考えると歩ちゃんは凄いねー。木戸君もさっさと返事を・・・・・」


そうまで言った苺が不自然に黙り込んだ。健司はそんな苺に首を傾げると、苺は明らかに愛想笑いと分かる笑みを浮かべてパスタを食べた。健司は知らないが、苺は京也の胸の内を聞いている。木戸の家のことや血のことを。本当は京也も歩が好きだということも。それを思い出したのだ。


「みんな、上手くいかないね」


苺はそう言うと小さく微笑んだ。自分も、歩も、そして京也も恋に悩んでいる。


「そうだね」


健司もまたそうであるため、素直にそう答えた。上手くいかない。そう、きっと苺との関係も上手くいかない。そう考えながらも告白の決意は変わらない健司だった。

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