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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第7章
32/52

加速 1

今日も快晴の空の下、いつものように自転車を漕いでいる。ただ、いつもと違うのはその足取りが重いことぐらいか。いつもよりもさらにボサボサの頭を揺らしながらペダルを漕いでいる京也は毎朝の待ち合わせの場所で自転車を止めて待っている歩を見つけて片手を挙げた。歩もまた手を振ると自転車にまたがった。


「おはよう、ちょっとゆっくり来すぎたかなぁ?」

「おはようございます!いえ、いつもどうりですけど?」


京也は歩の言葉にホッとしつつ自転車を進めた。毎朝こうして一緒に登校することにも慣れ、2人の距離は確実に縮んで来ている。実際はもっと近づくことも可能だが、それは京也の心1つだ。


「なんか暗い顔してますけど、何かあったんですか?」


普段と変わりないようにしていたつもりだったが、やはり昨夜の苺からのメールが頭をよぎっているために暗い顔になっていた。そこを突かれた京也はどう答えるかを考えるが、すぐにいい答えは出なかった。


「いやぁ、その・・・ま、疲れが出てるのかなぁ」

「・・・昨日、もしかして無理してました?」


恐る恐るそう聞く歩の言葉にしまったと思う京也はあわてて首を横に振る。


「違う違う!そうじゃなくってさ、ほら、事件のこととか、いろいろあるからさ」

「ホント、ですか?」

「うん、ホント。逆に一枝さんといると癒されるぐらい」


その言葉に歩の顔がほんのりと赤くなる。


「私も、先輩といると、癒されます」


そう言ってはにかむ笑顔が可愛いと思う。


「あ、そういや名前で呼ぶんだったよね?」


ふとそう気づいた京也がそう言うが、歩は少し何かを考えるような顔をするとまだ赤い顔を京也へと向けた。


「学校では恥ずかしいので、デートの時とかだけでいいです」

「そっか。そうだね、そうしよう」

「もしかして先輩は恥ずかしくないんですか?」


耳まで赤い歩の言葉に京也はふと我に返るが、別に恥ずかしいとは思っていない。元々そういうことを気にするような性格でもないためか、何の抵抗も感じなかった。


「まぁ、別になんとも」

「なんか、嬉しいかも」


そう言って照れながらも微笑む歩は本当に可愛いと思う。だからこそ、自分なんかを好きになったことが信じられないくらいだ。歩にとってはいわば初恋に近い感情なのだろう。これまで現実の男子を好きにならず、アニメや漫画のキャラクターばかりを好いていた。そんな彼女だからこそ、素直でまっすぐに愛情表現をしてくる。京也はそれが嬉しいやら苦しいやらで、ますます自分の心の弱さを呪うのだった。



話しながら登校したこともあって、京也が教室に入った時には既に明人たち4人の姿があった。教室に入る京也を見る明人の目がいつもよりも冷たい気がするが、気のせいだと言い聞かせる。そんな京也がかばんを置きながらチラッと苺を見ると、困ったような笑みを浮かべているのが見えた。昨日の夜、あの裏山での犯人との攻防がバレたとメールが来て以来、何の連絡も来なかった。なので、どこまで話をしたかもさっぱりわからない。仕方がないのでこちらから探りを入れるべく、4人が集まっている輪の中に飛び込んだ。


「おはよう」

「おう、おはようさん」

「おっはよー!今日は遅めじゃない?」


いつものようにニヘラと笑って挨拶をすれば、健司も春香も普段どおりの挨拶を返してきた。そんな京也が明人を見ると、実に冷たい殺気をまとったような目をしていることに気づく。


「おはよう」


声もまたいつもにも増して冷たい。魂まで凍りそうなその声に少し顔を引きつらせた京也が愛想笑いをしていると、苺が明人の後ろからゴメンというように両手を合わせていた。その意味がどこまでのゴメンなのかがわからない。ただ単に裏山でのことをしゃべってしまったことなのか、それとも木戸無双流のことまで話してしまったことなのか。


「今日の帰り、ちょっと付き合え」


魂どころか守護霊まで凍りつく明人の声に京也は表情も固まった。そんな2人を見た健司と春香が顔を見合し、首をひねった。春香は京也をじっと睨むようにしている明人から苺へと視線を向ける。同じように健司も苺を見れば、苺は困った顔をしつつも愛想笑いをしていた。


「帰りね、あー、いいよ」


京也が困った顔をしつつもいつものように軽い返事をしたところでチャイムが鳴った。明人は自分の席に向かい、京也は金縛りが解けて呆けている。健司はそんな2人の様子を見て放課後が楽しみになり、春香は何かを知っていそうな苺へと近づいた。苺はそんな春香から逃げようとばかりに背を向けるが、襟首をむんずと掴まれて逃亡に失敗する。


「逃げるな!だいたい、逃げても休み時間は何度もやって来るんだぞ!で、さっきのあの2人、何?」

「し、知らない」


口笛を吹くように唇を尖らせてそう言うが、その仕草と表情が私は知っていますと言っているようなものだ。春香はそっと苺の耳元に口を寄せると、甘い声でささやいた。


「怒らないから言いなさい、後で、ね」


苺が背中に鳥肌を立てながら頷くと、春香は満足そうに自分の席へと戻っていった。苺は泣きそうな顔をしつつ席に座る。チラッと京也を見れば、目を細めて何か言いたげに自分を見ている。そんな京也に対してにへへと笑いを振りまいてから前を向いた。そうしていると担任がやってきて、まずは失踪事件に関しての注意事項を口にした。今回もマスコミには何も言わないこと。放課後は部活以外の生徒はすみやかに下校すること。常に教師が交代で見回りをするなど。それに何か気づいた点があればすぐに連絡することを言われるが、明人たちはそれをする気はなかった。教師の中に犯人がいる可能性が高いためだ。京也としては千石の怪しい動きもあって、笹山にこそ報告すれど、教師にするとすれば新城ぐらいなものだと考えていた。また、部活も全て午後7時で完全下校とし、土日は5時までと決められた。大会が近い部活にとっては大打撃だが、この状況では仕方がない。ただ遅れを取り戻すために水泳部もバスケ部も当面休みはなくなった。これによって健司は春香に相談しにくくなり、歩は京也とデートができなくなることに落ち込んだりもした。そうして1時間目が終了し、休み時間になった途端に苺は春香に廊下に連れ出されてしまった。京也としては苺がどこまで明人に話したかを知りたかったのだが、放課後まではまだチャンスがあると机に突っ伏して寝るようにしてみせた。そんな京也の背中にズンという重さがのしかかる。体を上げようにも動かず、手をバタバタさせるしかなかった。そうしていると急に重しが取れて体を起こせば、ニヤニヤした顔の健司が机の上に座った。


「なんかあったのか?明人や苺ちゃんとさ」

「いや、ま、ちょっとな」

「やっぱそうか。こりゃ放課後が楽しみだぜ」

「お前も来るのか?」

「当然だろ?」

「・・・もう最悪だ」


そんな京也にニヤッとした笑みを見せた健司が明人へと視線を送るが、明人は教室にいなかった。苺たちと一緒に廊下にいるのかとそちらを見るが、そこにも姿はない。しどろもどろになっている苺と腕組みをして険しい顔をした春香がいるだけだった。そんな春香は京也と明人の間に何があったかを問いただしていた。だが、苺は珍しく何も知らないと言い張り、ボロも出さない状態だった。仕方なく諦めた春香が教室に戻れば、健司が近づいてきた。


「相談したいことがあったんだけど、休みとかダメか?」

「無理だね。ずっと部活だよ。夏休みまではずっとだよ」


疲れた顔をする春香にそうかとだけ答えた健司は何かを考えるように腕組みをした。そんな健司を見て苺絡みの相談かと思って電話か何かでもいいならと言おうとした矢先、健司が意外な言葉を口にした。


「なら、夏休みまで待つから、デートでもしてくれ」


その言葉に春香は目を見開き、頬を赤くした。そんな春香を見て何かを勘違いしているなと思った健司はため息をつくと春香のおでこを指で突いた。


「勘違いすんな。相談があるって話だ。ま、急いじゃいないし、先でもいいさ」

「あ、そう、そうね・・・わかった、うん、了解」

「ホントに分かってるのかねぇ?」


そう言いながら健司は席に戻っていった。そんな健司の後ろ姿を見ながらも動悸が治まらない。自分でもどうしてしまったのかと思うが、答えは出ない。そんな春香が教室に戻ってきた明人を見てとっさに背を向けた。今の顔を見られたくない、そういう心理が働いたのだ。結局、その日の休み時間は5人が揃うこともなく、昼休みを迎えたのだった。



いつになくご機嫌の歩が机を合わせた向かい側に座っていた。英理子はそんな歩をじろっと見つつも弁当箱を開けて箸を手に取った。歩も同じように弁当箱を空けると水筒を脇に置く。そんな歩から机の上に置かれている携帯へと視線を移した英理子はそこに付いている先週まではなかったハートのケースを目にして怪しい輝きを放った。


「それ、どうしたの?」


英理子の言葉に卵焼きを口に運んでいた歩は携帯を見ると口をもごもご動かしながら返事をする。


「昨日買ったの。先輩とお揃いってわけじゃないんだけどね、ペアな感じ」


にんまり幸せそうに微笑む歩に表情を消した英理子は冷たい目をしつつご飯を一口食べる。歩は今にも鼻歌を歌いだしそうな感じで弁当を食べていた。


「あんた、付き合ってもないのによくそんなに幸せそうにできるね?返事保留にされてさぁ」

「でも真剣に考えてくれてるよ?」

「そうかもしんないけどさ、怪しいって」

「何が?」


完全に京也を信用しきっている歩に、英理子は自分が危惧していることを話して聞かせた。まず、何故こんなにも返事を待たせるのか。気がないのにそういう振りをして楽しんでいる可能性があること。それに噂に聞く限り紀子や苺とも仲良く、歩のことに関しても単なるキープにしか考えていないとしか思えないなど。だが、歩はそんな英理子の心配を1つずつ崩していった。


「なんかホント、真剣に悩んでくれてるんだよね。何を悩んでるかはわかんないけど、でも真剣だよ?それにキープだったらとっくに手を出されてると思うし。まぁ、私は全然拒まないけど」

「あんたは恋愛経験ゼロな上に恋も初めてな真っ白けの処女。そんなあんただから男の汚い部分も知らないの!あんたはもっと男がどういうものかを知るべきだよ!」


箸で歩を指しながら強い口調でそう言った英理子にポカーンとした顔する歩。そんな歩を見た英理子はしまったという顔をしてそそくさとご飯を食べ始めた。


「英理子って、そういうことされたの?」

「・・・・うっさいわね」

「英理子って、経験済みなんだ?」

「うっさいって」

「嫌な思いしたんだ?」

「あー、もう、ほっといて~」


さっきまでのクールな英理子はどこへやら、泣きそうな顔をしつつお茶をほぼ一気飲みした。そんな英理子を見つつ苦い顔をした歩だったが、1つため息をつくとまっすぐに英理子を見つめた。


「木戸先輩、優しいよ?そういうことしない人だと分かるし、信じられる。でも、忠告は聞いておくね?ありがとうね、英理子」


微笑む歩を見て困った顔をしつつ、すぐにいつものクールな英理子に戻った。表情も雰囲気も元に戻った英理子にホッとしつつ、歩は弁当を食べた。


「ボサめがね、優しいんだ?」


ぽつりとそう呟く英理子に満面の笑みを返す歩が何かを言おうとした矢先、英理子は左手を前に出してそれを遮るようにしてみせた。


「いや、言わんでもいい」


のろけた話でも聞かされては堪らない、そう考えての行動だった。歩は不満そうにしながらお茶を飲み、英理子は黙々と食べ続ける。そんな英理子に苦笑しつつも自分のことを心配してくれていることに感謝をするのだった。



机をつき合わせて5人が弁当を広げている。これはもう毎日の光景なので誰も何も思わない。明人狙いの女子も苺狙いの男子もこれに関しては嫉妬することもなかった。そう、これはもう日常の風景なのだから。だが、その風景も今日はどこか違う。明人はいつものように無表情で黙々と弁当を食べているが、グループ内で会話がまったくない。ただ一緒に食べているだけの異様な光景になっていた。いつもにこやかな京也も気まずそうに弁当を食べ、苺は黙ったままでそんな明人と京也とを交互に見ている。そして健司と春香は様子を伺いつつ弁当を食べている、そんな光景だ。そんな中、不意に明人が口を開いた。


「昨日の夜、男に襲撃された」


その言葉に全員が動きを止めて明人を見やった。明人は弁当を食べ続けている。


「襲撃って?」


健司の言葉に明人が簡単に説明を始める。苺と出かけた帰り、自分と苺の名を呼んで確認をしたサングラスの男が襲撃をしてきたためにこれを迎撃。感触的にだが相手の肋骨を折ることが出来たと明人は説明をした。相手には逃げられたものの、自分たちが狙われたことに注意をする必要ができたという認識を持ったことを話して聞かせた。その言葉に京也は自分が歩を守れるかを考える。そんな京也をチラッと見つつ、明人は相手のことに関して説明を始めた。


「中国拳法の類だったと思う。ただ、裏山で遭遇した人物ではなかったのは間違いない」

「サングラス・・・中国拳法」


そう呟く京也は紀子の家に行った帰り、サングラスの男と一緒にいた千石のことを思い出した。そして裏山で襲ってきた暗術のルーツも中国大陸にあることなど。繋がる線に戸惑いつつ、明人へと顔を向けた。そして土曜日の夜、紀子の家の帰りに見たことを話した。その言葉に全員が驚くが、苺だけは別のことで驚いていた。


「紀ちゃん家でご飯食べたの?2人っきりで?えー、やっぱそういう関係なのぉ?」

「苺ちゃん、そこは気になるところだけどさ、今は驚く部分を間違えてる」

「えー?だって、2人きりでご飯だよ?こりゃ歩ちゃんショックだよぉ」

「苺は黙っていろ。京也、サングラスの男は大柄だったか?」


明人にぴしゃりと言われた苺は唇を尖らせて不満そうにしながらもスマホを取り出してなにやらメールを打ち始める。横にいた春香がチラッと覗いてみれば、紀子へ土曜日のことを聞くような内容だった。


「大柄だったねぇ・・・それに・・・」

「それに?」


言葉を濁そうとした京也の言葉を聞きだそうと明人の言葉が鋭さを増していた。


「千石先生、嫌な感じがしてた・・・あの目は、ヤバイ感じだった」


さっきまでの口調ではなく、京也にしては珍しく鋭い感じの言い方が気になる。明人はじっと京也を見つめつつ、何かを考えるようにあごに手を置いた。


「少しつついてみるか」

「危険だよ」


明人の呟きに即座に反応した京也の目はめがねを通してでもわかるほどに鋭いものだった。


「相手は・・・・・」


そこまで言いかけて止める。昨日どこまでを苺が話したかが分からない状況で暗術のことを話すのは得策ではないと判断したからだ。それに変な恐怖を煽りたくもないし、千石が犯人だと決め付けたくもないからだ。


「相手は得体の知れない存在だよ?」


少し誤魔化すようにしながらも言いたいことは口にした。


「・・・だが、動きは見られる」

「危険すぎる」

「承知の上だ」

「志保美さんも狙われているんだぞ」

「守る」


睨みあう明人と京也。珍しく食い下がる京也に健司も春香も違和感を覚えつつ言葉を挟めない状態にあった。苺ははっきりと守ると言われたことに赤面しつつ、昨日も守られたことを思い返していた。かつてのあの事件以来、明人が何かにつけて自分を守ろうとしていることは知っていた。どんなに冷たい言葉を浴びせられても、感情が読み取れなくても、明人の根底には自分を守るという固い意志があることを知っている。今、はっきりとそう言われた苺は明人のあの時の悔しさがどれほどのものかを思い知らされていた。


「つつけば共犯者も動く」

「ま、それはあるだろうなぁ。社交的なイケメンで羽振りがよくなった生徒さんがね」

「羽振り?」


その京也の言葉を聞いた健司が土曜日の報告をしていく。茂美の推理した犯人像に明人が付け足したその言葉。強制的な売春や人身売買をしているのであれば必ず金回りが良くなった者がいるはずだと。京也はその説明を受け、社交的でイケメンということからある人物のことを頭に思い浮かべていた。それは富沢悠。歩との初デートの際に時計店で見た札束、それにゴールデンウィークでもクラスメイトとのカラオケ代を支払っていたこと。ナンバーズで当てたと言っていたが、それにしては羽振りが良すぎる。そんなことを考えている京也を見ながらも何も言わない明人はそのまま弁当を平らげてお茶を飲んでいた。京也はその場では何も言わず、放課後に明人にそれを告げようと考えていた。そんな京也の思考を読んだのか、明人もまた何も言わない。そうしてどこか険悪の空気の中、昼休みが終わった。



放課後になり、春香は部活に向かった。京也は屋上へ行くことなく明人に連れられて学校を後にする。苺は紀子に会いに行き、健司はさっさと行ってしまった明人たちを追いかけた。だが、角を曲がったところですぐに2人に追いついた。というのも、京也が水星みなせに捕まっていたからだ。


「木戸君、最近ゴメンね・・・実はいろいろあって、好きな人ができちゃったの。だから、木戸君には悪いんだけど、私のことは諦めて」

「あー、そうなんだ。残念だけど、諦める」


全然残念そうには見えないへらへらした感じでそう言う京也にさすがの明人も苦笑していた。健司もまた苦笑しつつ、明人の横に立った。


「好きな人か、いい人だといいねぇ」


京也のその言葉にほんのりと頬を赤く染める水星。


「富沢君、いい人だよ」


その言葉に京也の顔から笑みが消えた。それを見逃さない明人。


「富沢?富沢かぁ、いい香りもするしねぇ」

「そうなんだよね、いいよねぇ、あの香り・・・なんかこう、気持ちがいい感じでふわふわする」


京也の言葉にうっとりした顔をする水星の目はどこか虚ろに見えた。さすがの健司も京也の言葉に表情を固くし、明人を見る。明人は横目で健司を見つつ小さく頷いた。そうしていると水星は友達に声をかけられて我に返ると、京也に一言謝ってからその場を離れた。あの高飛車な水星の姿は見る影もない。その変化に戸惑う健司だったが、京也にしてみれば自分の前ではああいう感じだったこともあって、あれが本来の水星なのではないかと考えていた。そのまま3人は会話もなく学校を出る。そうして早足でドーナツ店へと向かった。いつもの席につくとコーヒーとドーナツ1つを買い、しばらくの沈黙が流れた。


「やっぱ富沢、か?」

「だねぇ・・・」

「どうしてヤツだと気づいた?」


明人の言葉に京也は時計店でのことやカラオケ店のことを話して聞かせた。実行犯というのか、誘い出しているのは間違いなく悠だと確信できる。だが、悠のバックにいるのが千石で、しかも暗術の使い手となるとこちらも大きくは動けない。へたをすれば苺や春香、歩に紀子にも危害が及ぶ可能性が高いからだ。


「で、他に言うことは?」


明人の言葉は鉄の硬度に氷の冷たさを持っていた。健司は今の口調から朝の話のことだとわくわくしつつ、京也は来たかと腹をくくりつつ、まずは苺がどこまで話をしているのかを探りにかかった。


「あるけど、苺ちゃんはなんて?」

「裏山で出くわした犯人が暗殺術の使い手だったこと。お前がそれを知っていた、そう言っていた」


それだけかと思うが、つっこんでそれを聞くとやぶ蛇になる恐れがあるためにそれ以上何も言わない。


「親戚にそういうことに詳しい人がいたんだ。使った技からして、そうだと思ったんだ」

「なるほど」


本当に納得しているのか、明人はそう言うとコーヒーを飲んだ。健司は口を挟まずに黙って話を聞いている。


「富沢が香りを使って女子を誘い出し、バックで千石が動く。そういう図式か」

「でもヘタに動けないよ。強いのは明人だけだから」

「お前は強くないのか?」


京也の言葉が終わるや否や、すぐにそう言う明人。苺が木戸無双流のことを話していないと仮定し、京也は静かに首を横に振った。それにそれは嘘ではない。現実に自分は弱いのだから。


「確かに、お前が襲われてよかったよ。俺たちじゃ危なかったしな」

「むしろ明人の実力を知る目的もあったのかもね」

「ありうるな」


富沢にしろ千石にしろ、明人が空手の達人だとは認識している。それに事件に関して調査をしていることは裏山の件で知られている。それならば明人の実力がどれほどのものかを知るというのも頷ける要因だ。


「サングラスの男はどういう関係だろう?」

「考えられるのは、犯人側の手の者だろうな。女を売る側、とか」


健司の質問に怖い答えを返す明人を見る京也の顔も険しくなった。とりあえず容疑者は固まった。あとはどうするかだ。笹山に連絡するのはもちろんだが、かといってこのまま全てを任せることは出来ない。事前に次の犯罪を止めることは自分たちでも可能だ。そう考えている明人の思考を読んだのか、京也はかなり渋い顔をしてみせた。


「俺たちができるのはここまでかもね」

「いや、富沢を問い詰めればいい」

「その結果、みんなに危険が及ぶかもしれないよ?」

「富沢を押さえれば千石の動きは制限できる」

「暗術を舐めたらダメだ。あれは、空手で立ち向かうには分が悪い」

「それでも勝つのは俺だ」

「志保美さんたちにも危険が迫るよ!」

「事前に止める」


睨みあう2人の意見は食い違うばかりだ。健司はどうしていいかわからずにため息をつくとコーヒーを飲んだ。どちらも正しいと思うだけに、言葉を挟めない。そんな険悪なムードのままでも、3人はしばらく店にいたのだった。

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