心の声 4
放課後になり、明人は健司と苺を伴って下校していった。春香は部活に向かい、京也は一旦自宅に帰ってから歩の部活の終了時間を見計らって駅へ向かうことにしていた。早速今日から自分が送っていくことは伝えているが、待ち合わせなどはしていない。あえてそれをせず、歩を待ちたかったのだ。そうすることが歩に対する自分の心ばかりの誠意であると思っているからだ。待たせている歩への返事。それがあるからこその行動でもある。京也の中の不安は大きかった。いつまでも返事を待つと言った歩だが、今朝の嫉妬からしてそれがどこまでもつか疑問になったこともある。ため息をつきつつ自転車を漕ぐ京也だったが、紀子と苺に全てを話したことで少しは気持ちが楽になっていると感じる。それでも歩の想いを受け入れて自分の想いをぶつける勇気にはならない。切り離せない家と血の縁。煩わしいそのことが付きまとうため、全てを捨てても歩を選ぶことが出来ない女々しい自分が腹立たしかった。駆け落ち同然のことをやってのけても、木戸無双流は裏社会に通じるネットワークを持つために所在はすぐに表に出るだろう。そのネットワークを駆使しても発見できず、手掛かりすらつかめなかった百零の居場所が気になりもする。伯父さんや父親は政府が秘匿していると睨んでいるが、相手が大きいだけに手も足も出せないのが現実だ。暗い表情で帰路に着く京也は厚めの雲で見えない夕日の方へと視線を向けるしかなかった。
*
午後7時で完全下校なことは全校生徒が知ることであり、もちろん帰宅部である京也や明人たちもそれを知っているため、京也はファミレスが見える場所に自転車を止めて歩が来るのを待った。時間は6時40分。少し早いとは思うが行き違いになっては意味がないため、早めにここで待っているのだ。自転車を前に置き、植え込みの囲い部分に腰掛けている京也がファミレスの方を見れば、確かに窓際の席は丸見えになっている。苦笑し、歩が勘違いをしても仕方がないと思う。だが、出会いがああまでシンプルであそこまで自分を好きになってくれる歩の心境が今1つわからない。アニメが好きで、現実の男性にときめきを感じなかったというのは納得できるし、それがあるからアニメ的な出会いで心がときめいたということも理解できる。だが、相手は自分なのだ。しっかり告白をした歩を振ることもできず、ただ先延ばしに保留しただけ。こんな女々しい自分を好きになってくれた歩に申し訳ない気持ちしか沸いて来なかった。木戸の血に怯え、自分の将来を悲観し、殻に閉じこもっているだけの自分があんないい子に好かれているという現実。自分も歩に好意を抱きつつあるためか、京也の心は痛いくらいに悲鳴をあげていた。
「先輩?なにやってるんです?」
視線を地面に落としていた京也は不意にそう言われて驚いた顔を上げた。そこには自転車にまたがったまま足を止めた歩が立っている。考え事をしていて気づかなかったと思った京也が時計を見れば、時間はまだ6時45分だ。
「ありゃ、随分早いんだね?」
「もしかしてここでずっと待っててくれたんですか?」
てっきり毎朝の待ち合わせ場所で待っているものだと思っていた歩はどこか嬉しそうにそう言い、京也はそんな歩に笑みを返しながら立ち上がる。
「まぁね。学校で待ってても良かったんだけど、そうすると変な噂になっちゃいそうでさ」
京也が少し照れた様子を見せながらそう言ったが、歩はそれを逆の意味で捉えてしまった。
「噂になると、イヤですか?」
不満げな顔をする歩を見て驚く京也が困った顔をしてみせる。そんな京也を睨むようにした歩はじっと京也から顔を背けなかった。
「そうじゃなくてっさ、一枝さんがそういう噂になるのがイヤなんじゃないかってさ」
「平気です!」
歩は京也の言葉が言い終わる直前にきっぱりとそう言いきった。面食らう京也を見つめたままの歩のその表情からも真剣さが溢れ出ていた。京也はそんな歩から目を逸らす。自分はそこまで想われるほど価値がある人間ではないと思えていたからだ。
「誰が何を言ったって、気にすることないですから。この気持ちを否定される覚えもないし、権利もない。噂をして非難する人の方こそどうかしてると思います」
そのまっすぐな心に何も言えなくなり、京也は立ち上がると歩を見た。そこまでして好かれている理由もわからないが、悪い気などしない。むしろ自分の器の小ささが浮き彫りになった気がして情けなくなるほどだ。
「俺が、自信がなくてさ・・・」
「自信?」
「もし、付き合うことになっても、どう考えても釣り合わないってね」
「釣り合います。そういうことを考えず、私だけを見てください」
その言葉に息を呑み、赤面する京也。そんな京也を見て自分の発言にあらためて赤面する歩。しばらく視線が交わらずにもじもじする2人だったが、京也は照れた顔をしたまま顔を伏せ気味の歩へと目を向けた。
「まぁ、このままここでってのもアレだし、行こうか?」
「あ、はい・・・そうですね」
自転車にまたがる京也を見て微笑む歩。そんな歩を見つつ、どうしてこんな子が自分を好きになったのだろうかと思い悩んだ。歩でなければさっさと振って終わっていただろうと思う。単純に顔が可愛いから、だけでなく心も素直で可愛く、何より自分に温かいものをくれる。歩だからこそ、自分はこうも悩んでいるのだ。
「答えを出すのはゆっくりでいいです。私を好きになれるよう、ゆっくりで」
はにかみながらそう言う歩にありがとうとしか返せない自分が情けない。だからこそ、彼女の気持ちを受け止められるよう最大限の努力はしようと思う。逃れられない運命だろうとも、それをひっくり返せるものを見つけて。前を向いた京也の意思は固まった。木戸無双流は木戸百零の敗北と行方不明をもって途絶えた。それをどう父親や伯父に認識させるか、それだけを考えることに決めたのだった。
*
駅までわいわい騒ぎながら下校した春香はここで全員と別れることがいつも寂しかった。ほとんどが電車組なのだが、逆方向への徒歩の者も何人かいるためにバスでの帰宅は春香だけだ。徒歩組の赤井にも別れを告げてバス停へと向かう。時計を確認したが、あと10分は待たされそうなだけにため息も出る。とぼとぼと歩いているとバス停が見えてきた。そのバス停の近くにあるベンチに腰掛けた見慣れた男子の顔も。絶対にそこにいるはずのないその男子が春香を見つけて片手を挙げた。少し早足で近づいた春香はにんまりした顔をしたその男子、健司の顔を見て怪訝な顔をした。別の系統のバスを使う1年生女子数人が健司を見て何やら騒いでいるが、そんな女子に愛想を振りまいた後、健司はゆっくりと立ち上がった。
「よぉ、遅かったのか早かったのか」
「何やってんの?誰かと待ち合わせ?」
わけのわからないことを呟く健司に呆れた顔をしつつそう問いかけた春香はここに健司がいる理由を探すが見当たらない。こんな時間にここにいること自体が意味不明なのだ。そんな心境を顔に出していたせいか、健司は苦笑すると頭を掻く仕草をしてみせた。
「待ち合わせっていやぁそうだな、約束してないけど」
「はぁ?あんたとうとう日本語でさえも不自由になっちゃった?かわいそうにねぇ・・・」
涙を拭うような芝居をしつつそう言う春香に冷たい目を向ける健司。
「お前ね・・・いつもそういう目で俺を見てたわけか?」
「まぁ、近い感じで」
「なるほど、って、おい!」
突っ込みを入れた健司にケラケラと笑いを返す春香はここでちゃんと健司がいた理由を聞くことにした。
「それで、あんたはここで何してるわけ?」
「最近さ、バイクに乗ってなかったわけだ」
「はぁ?」
先ほどと同じで全く答えになっていない。さすがにイライラしてきた春香の表情が険しくなるが、健司の顔は涼しいままだった。そんな表情がさらに春香をイラつかせる。
「あんたねぇ、質問にはちゃんと・・・・」
そこまで言った春香の言葉が健司によってさえぎられた。
「たまには動かさないとバッテリーやエンジンにも良くない。で、どうしようかと悩んで、ここへきた」
健司の言葉に何かを言いかけた春香だったが、全てを聞くまでは何も言わないことを決めたのか、口を挟むことはなかった。そんな春香を見てニヤリと笑った健司がやっと春香の質問に対する答えを口にした。
「だから乗ってけ。家まで送ってやる」
その言葉の意味がわからず、春香はしばらく呆然としていた。だが徐々に気まずいような表情に変化し、健司から目を逸らしてバス停の方を見やった。
「あんた、もしかして昼間の話を・・・」
「偶然、たまたまだ」
「それにしちゃ、出来すぎよね?」
恥ずかしそうに照れた口調でそう言う春香が珍しい。どこか初々しささえ感じる健司はためらう春香の背にそっと右手をあてた。
「いい女ならこういう時は男を立てるもんだろ?」
「私はいい女じゃなかったはずじゃ?」
「お前はいい女だよ。っても、俺もあんまり女は知らないけどな」
二カッと笑いながらそう言う健司に呆れつつ、それでもその優しさは春香の心を捉えていた。すねたような顔をしたいが、どうにも砕けて微笑しか浮かんでこない。
「仕方ない、いい女だから、あんたの申し出を受けてあげる」
「上から目線かよ・・・ま、それがお前か」
そう言いながらも笑い、春香をエスコートしてバイクが止めてある場所まで連れて行く。駅の駐輪場脇に止められた黒いバイクの前に来た健司はそのバイクを歩道に出すと2つあるヘルメットのうちの1つを春香に手渡した。
「昔買ったヤツだけど、今日ようやく開けた新品だ」
「へぇ、誰のために買ったのか知らないけど、私が第1号でいいの?」
「誰のためでもない、単なる予備だし」
「ふぅん・・・本当は苺を乗せたかったんじゃないの?」
「ないって言えば嘘になるけどな・・・ま、とにかく乗れって」
バカ正直にそう言う健司を健司らしいと思いながらバイクの後ろに腰掛けた。スカートだが、めくれないように気をつけて乗った春香を確認し、ヘルメットをかぶった健司がエンジンをスタートさせた。
「場所がだいたいしか分からないから、時々聞くぞ」
「オッケーだよ!」
「じゃぁ、しっかり掴まってろ」
その言葉に体を密着させた春香は健司の腰に手を回して固定する。健司は一瞬何かに気づいたような顔をしたが、構わずそのままバイクを発進させるのだった。何度か道を聞きつつ、健司は順調に春香の家へと向かって進んでいく。そして15分ほどして春香の家の前に着いた健司はそこそこな大きさを持つ春香の家を見上げて驚いていた。一軒家とは聞いていたが、大きさで言えば苺の家に近いほどだ。明人の家が別格だとしても、マンション住まいの健司にしてみれば羨ましい限りだ。
「意外とデカイんだな」
家を見ながらそう言う健司にヘルメットを返しつつ、春香もまた自宅へと顔を向けた。
「あー、そうかな?」
「ああ、意外と感触も良かったし、前にいろいろ言って悪かったと思ってる」
「感触?」
意味が分からずそう言う春香の胸を指差した健司がフルフェイスのヘルメット越しでも分かるニヤッとした笑みを浮かべた。反射的に胸をかばうようにした春香を見つつ、健司はヘルメットを後部座席に固定するとハンドルを握り直した。
「じゃぁ、また明日な」
「うっさい!さっさと帰れ!」
かばんを振り回す春香をよけつつも笑う健司は手を挙げるとエンジンを噴かしてバイクを進めた。
「ありがとう、でも許さない」
「あっはっは!じゃぁなぁ!」
睨む春香がちゃんとお礼を言ったことが嬉しくて、健司は豪快に笑うとそのままの勢いで去っていった。すぐに角を曲がったために見送る時間はわずかだったが、とりあえずわざわざ自分を送るために来てくれたことは素直に嬉しい。何を思っての行動かはわからないが、健司の優しさは伝わった。何故か胸が高鳴るが、それが一時的なものだとはわかっている。自分は明人が好きでいる。その上で少し優しくされた健司に心がなびくなら、自分はどれだけ惚れっぽい性格になるのか。
「あいつらしくもない」
春香はそう呟きながらも笑顔でいた。こんなに気分良く帰宅したのはいつ以来か。そんな満たされた心で玄関のドアを開けると元気良くただいまと声を出すのだった。
*
その週はバイトの日を除いて京也は歩を送り続け、健司もまた毎日バイクで春香を送り続けた。何を思って健司がそうしたかは聞けないままの春香だったが、健司による苺へのいい人アピールなのだろうと思っていた。そうでも思わないとどうにも健司を意識してしまう。同盟を結んだからか、何かしらの責任を感じているのかはわからない。ただ、その優しさには感謝をしている。そんな思いを抱えながら、今日は金曜日ということで千石が午後から学会に行くために不在となっている。この日を待っていた明人たちは誰も掃除当番でないこともあって全員で1年生の数学を担当している新城を訪ねるつもりでいたが、さすがに人数が多いとのことで厳選なるじゃんけんの結果、明人と京也が行くことになった。残りはとりあえず校内で待機しながら周囲の様子をうかがうことになった。2人が職員室へ行くと新城の姿がない。席にはいないことを確認した明人がどうするかを思案していると、京也が明人の肩を軽く叩いた。明人が京也を見れば、給湯室の方を指差している。どうやらコーヒーか何かを入れているようで、そこに新城の姿があった。明人はそのまま何も言わずに給湯室に入る。あわてて京也もそれに続くと2人に気づいた新城に向かって頭を下げた。
「俺に用、だよな?」
「はい。2年の戸口と木戸です」
そう言われた京也も頭を下げた。そんな京也を見つつ、新城は小さく微笑んだ。
「で、何かな?」
「その前に1ついいですか?」
「お?その言い方からして、何かわけあり、かな?」
「そうです」
自分たちの訪問に興味を示したのか、新城は一旦職員室の様子を伺い、それから2人を手招きしてその奥にある小さなソファのある部屋へと招いた。ちょっとした応接ルームのようで、滅多に人は来ないと説明した新城はコーヒーをすすりながらソファに腰掛けた。勧められるままに明人と京也がその前に座る。
「で、なに?」
「先生は失踪事件についてどう思われますか?」
「あー、そっち系ね。そうだな、疑いたくはないけど、教師か生徒の仕業、だろうね」
何の警戒も抱かずにそう言い、新城はテーブルにコップを置いた。その言葉に顔を見合わせた2人はそのまま新城という教師がどういう人物かを探りにかかる。味方になりうる人物かどうか、そこが重要なのだ。
「自分たちもそう考えています」
「うん。で、何かしらを調べている、と?」
「自分たちが最初に高橋さんから池田さんの失踪を聞かされました」
新城としてもいなくなった生徒、そして第一報をくれた生徒の名前は覚えている。それに最初に職員室に来た明人と京也の顔も。新城は明人の言葉に頷くとコップを手に取った。
「だから、というわけではありませんが、自発的に出来る範囲で調べています」
明人の言葉に、もはや出来る範囲は超えていると思う京也。だが、やはり頭がいい明人の言い回しには感心してしまう。
「なるほど。正直、俺も気になっているんだ。警察も、いまやお手上げ状態でね・・・手掛かりは欲しいところなんだよ、学校側としてもね。父兄もかなり騒ぎ出しているし」
「新城先生がどういう人柄か、自分たちにはわかりません。ですが、今の対応からしても信頼はできると判断しています」
上から目線すぎないかと思う京也をよそに、新城は小さく微笑んでいた。
「PGからそういう目で見られているとは、光栄だよ」
明人の言い方も気にならないのか、新城はそう言って微笑む。直感的にこの人は大丈夫だと思う京也を見た明人もまた同じ考えのようだ。2人は頷くと本題に入ることにした。
「数学準備室を調べたい、そう思っています」
その言葉を聞いた新城がニヤリというような笑みを浮かべた。それが理由かと思ったようでコーヒーを飲みながら2人を見つめる。
「なるほど。で、その理由は?」
そう聞かれた明人が説明を始める。失踪が科目棟であったことや幽霊の噂。非常出口に近い数学準備室になんらかの秘密があってもいい可能性。それらを聞きつついくつか質問を投げる新城も乗り気であることは伝わってきた。
「そういうこと、か・・・確かに、失踪に関してはおかしいことだらけだ。やるべきことはしたいからね」
そう言うと一気にコーヒーを飲み干した。
「よし。じゃぁ行こうか」
「はい」
先に廊下で待つよう告げ、新城は一旦自分の席へと戻った。横に座る今年入った新人教師の岡本舞に数学準備室に行くことを告げてから鍵を持って外に出た。2人を伴い、廊下を歩く新城は最初から気になっていたことを口にした。
「でもなんで俺に?2年なら、千石先生がいるだろう?」
「あー、千石先生、何かとうるさいし、それにこういうの嫌ってるし」
京也の説明に苦笑しつつ、新城は頷いた。新城からしても千石がそういう性格をしていると思うだけに納得できるものだった。やがて科目棟に入った3人は数学準備室を目指す。
「でも、警察が念入りに捜査をしていたけどなぁ」
「科目棟に関して、ですか?」
「うん。中庭から裏もね。ボイラー室に体育館、まぁ、全部か。なのに手掛かりはない」
見落としがあるのか、それともその目を誤魔化すトリックが隠されているのか。明人はいろいろと頭の中で推理をしつつ廊下を進んだ。そして数学準備室の前に来る。新城が鍵を開け、3人は室内に入った。その様子を隠れて見ていた苺と健司は2階の渡り廊下から窓越しに中の様子を見る。もちろんここを通る人や向こうから来る人もチェックしつつだが。不審な動きがないかを確認しつつ、犯人の動きがないかを集中して見るのだ。
「さて、どこから探す?」
「床です」
そう言うと明人は床にある収納扉を指差した。収納扉といっても一般家庭のものと比べても桁違いに大きいものだ。新城がそこを空けると扉と同じ大きさである畳一畳ぐらいのスペースが姿を現す。中は計算ドリルや参考書のようなもので詰まっており、異常はない。もともと地震などで落下の恐れのある棚を使わないようにとの配慮でこうした床収納が設置されているのだ。明人は新城の許可を得てそれらの中身をすべて取り出す。そうして空になった収納箱を丹念に調べると、持ち上がるかどうかを確認した。どうやら床とロックされているようで全く持ち上がらない。ロック部分を確認すれば、外れる構造にはなっているものの、鍵でもしているのかびくともしなかった。
「そこは開かないようになってるんだ。俺もやったことがあるけど、鍵もないしね。警察も諦めてた」
「でも、開けた形跡はありますね」
京也が指をさした部分、収納と床のロック部分にわずかなズレがある。いつ開けたのかはわからないが、少なくとも開くことが分かるようなズレがあった。その後3人でどうにか動かそうとするが、やはり動かない。
「犯人が鍵を持っている、とか?」
「いやいや、それなら元から職員室にあるはずだよ。この学校に来て3年になるけど、鍵なんか見たこともないからなぁ。まず引継ぎでそういう話も聞いてないし」
「とにかくここは怪しい。が、収納の中身をいちいち取り出す手間があるのが引っかかるが」
明人はそう言うと中身を元に戻し、今度は机の下などを確認する。怪しい出入り口などあるはずもなく、明人は深いため息をついた。
「そういえば、去年、大きな地震があったろ?」
新城の言葉に明人がそちらを見る。去年の春、この辺を大きな地震が襲っていた。幸いにも住宅地の被害は微々たるものだったが、土砂崩れがあったりしてそれなりに被害は出ていた。
「それから、時々風が通るような音が出ていたんだ。それがここ最近はしていない」
その言葉に明人が京也を見る。地震で坑道に何かしらの異変があり、どこかに通じていた部分を風が抜けて音がしていた。それがなくなったのなら、なにかしらの要因があって風の通り道に変化が生じたか、あるいは元に戻ったのか。その音がするのがこの床収納の辺りからして、この下の地面に坑道が走っている可能性は高い。ただ、基礎工事はコンクリートのため、穴が開いているとは考えにくい。腕組みをして何かを考える明人を見た新城は黒板の前に行くとチョークを手にして明人を呼んだ。
「今、君が考えていることを書いて説明してくれ」
その言葉に明人がチョークを受け取り、絵を書き始めた。校舎の絵を簡単に書き、基礎のコンクリートも追加する。その下に坑道を書き、部屋の収納とそれとを細い線で結んだ。
「こうなっていると思います。が、ここがコンクリートである以上、出入りは不可能」
「が、もしも収納が開けられて下がコンクリじゃなかったら?」
「その可能性はゼロじゃない、ってわけだねぇ」
3人がそう言い、顔を見合わせて笑った。新城もチョークを持つとコンクリート部分を丸で囲った。
「俺は収納も含めて調べてみる」
学校にある資料を内密に調べることを約束した新城に礼を言う。明人は再度坑道を調べることを決めるが、新城にはそれを伝えなかった。そうすれば必ず止められると思ったからだ。3人が教室を出て、新城が鍵を閉める。そこで明人が新城を振り返ると、お礼とお願いをするのだった。
「先生、ご協力ありがとうございます。あと、他の先生方には内緒でお願いできますか?」
「礼はいいよ。それに他の教師が犯人の可能性もあるしね」
明人の言葉の意味を汲み取った新城が笑う。だが、それはすぐ掻き消えて真剣な表情になった。
「でも、俺が犯人って可能性もあるけど?」
「ないです」
「言い切るけど、根拠は」
「直感です」
とてもPGとは思えない発言に苦笑しつつ、自分を評価してくれたことは素直に嬉しい。職員室に向かいながら廊下を歩く中、京也が新城に質問をした。
「先生、なんか、先生らしくないっていうか、砕けた考えの持ち主で助かります」
その言葉に苦笑しつつ、新城は少し遠い目をしてみせた。
「昔、大学時代に塾で教師のアルバイトをしててね、そこでも事件があったんだよ。解決したのは同僚だったけど、だからかな?その同僚に影響されて、今のスタイルになってるのさ」
「どんな事件なんですか?」
「まぁ、変態バイト教師がやらかしたトイレの盗撮に生徒への暴行未遂・・・その同僚が警察と知り合いでね、表沙汰にならずにすんだんだよ」
新城はそのことを思い出しているのか、憂いに満ちた表情をしていた。今ではその同僚や塾を経営していた恩師とは年賀状でのやりとりしかしなくなったが、あそこで過ごした2年弱の歳月は今の自分の基礎になっていると言える。なにより愛する妻と出逢った場所でもあるだけに感慨深いものがあった。今では仲の良かった同僚2人も結婚して子供もいる。当時事件を解決した者もまた木戸という名前であるせいか、京也が木戸という名前だと知った際には何かしらの因縁も感じたほどだ。そして新城も京也も明人も知らないことだが、その同僚こそが明人が目標とする木戸周人であるのもまたなにかの縁なのだろう。とにかく明人たちは教師側の味方を得ることができただけでも収穫だといえる結果になった。




