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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第5章
24/52

心の声 3

今日もいつもの場所に向かう。こうして待ち合わせをして一緒に登校するようになってから、京也は毎朝が楽しく感じるようになっていた。いつもとだいたい同じ時間にその場所に着いていたのだが、珍しく今日は歩の姿がない。京也が遅れても歩が遅れることなどなかっただけに少し心配するが、今日は休むという連絡メールもなかっただけにその場で待つことにした。そして5分後、ゆっくりしたペースでやってきた歩の表情はどこか疲れたような感じであり、京也は少し心配しつつもいつものように元気に挨拶をした。


「おはよう!一枝さんが遅れるなんて珍しいね?」

「おはようございます。遅れてすみません」


微笑む歩がそう言うが、それが本当の笑顔でないことは一目で分かった。


「なんか元気ないけど、どうかした?」


その言葉に一瞬ムッとした顔を京也に向けたが、すぐにそれは作ったような笑顔になった。


「何もないです。行きましょう」


そう言って先へと進む。困った顔をした京也が今日もボサボサの頭を掻くととりあえずその後に続いた。明らかに不機嫌そうな歩の心理に心当たりもなく、困った顔をすることしかできない。機嫌が悪い原因が自分のせいなのか家庭の事情なのかがわからないが、とりあえずそこには触れないでおこうと決め、少しスピードを上げて真横に並んだ。


「あのさ・・・実は昨日浅見さんから提案をされてね」


そう口にした京也に対し、表情が強張ってしまう。自然に接したいとは思いながらもどうしても昨日見た光景が思い出されて感情が乱される。心と体が別々に動くような、軋むような感じがしつつ、歩は無表情の顔を京也に向けた。聞きたくない名前を朝から聞かされたという思いが顔に出ないよう努めながら。


「俺たちが犯人に遭遇したって話、したでしょ?」


歩は運転に支障がない程度に京也を見つつ頷く。事件のことかと思いながらも昨日見た京也と紀子がファミレスで楽しそうにしている場面を思い出して険しい顔をしてしまい、それを見られまいと前を向いた。


「でさ、俺たちも狙われる可能性があるわけ。もちろん、君もね。君は可愛いから、誘拐のターゲットに入ってる可能性が高いしさ」


いつもの歩ならば京也から可愛いと言われれば照れもしただろう。だが今日は違う。自分よりも美人の紀子と一緒にいたくせにと、嫉妬心しか沸きあがって来なかった。そんな不機嫌オーラを感じつつも、京也はにこやかな表情を崩さずに話を進める。


「だから、これからは俺が帰りも送っていくよ。部活終わるまで待つか時間潰してさ。バイトの日は無理だけど、なるべく、ね」


さすがにその言葉を聞いた歩は嬉しいような顔をするが、内心はひどく動揺していた。そんな歩を見つつ運転を続ける京也は少し困った表情をしてみせる。


「本来、最初からそうすべきだったんだよね。昨日浅見さんに言われるまで、気づかなくてさ・・・」

「浅見先輩に?」

「そう。なんか話があるってファミレスに行ったんだけど、そう言われたんだ」


ファミレスで見た光景がフラッシュバックされる。けれど、そういう話をしていたようには見えなかった。かなり楽しそうだった記憶しか残っていない。


「一度遭遇しているから、口を封じに来るかもしれないって。だからさ、俺が送り迎えするよ」

「浅見先輩を送っていかなくていいんですか?」


我ながらひねくれているとも意地悪だとも思う。紀子ではなく自分を送ってくれるということは素直に嬉しい。だが、昨日の光景がその素直さに影を落としていた。京也は頭を掻くと困った顔をしてみせた。


「いいんだってさ。家が駅から近いし人通りも多いからって。心配は心配だけど、一枝さんが俺たちの仲間だと犯人が認識していたら、そっちの方が危険だしねぇ」

「・・・そう、ですね」

「それに帰りは自転車だけど1人でしょ?だから、ま、頼りないとは思うけど、俺がボディガード」

「無理しなくてもいいですよ?」


本当は紀子ではなく自分を選んでくれたことは素直に嬉しい。だが、紀子が断ったから自分をガードしている風にも取れる歩は素っ気なくそう言っていた。言ってから後悔するがもう遅い。きっと京也は怒って送り迎えを拒否すると思う歩は痛む心をそのままに少し強めにペダルを踏んでスピードを上げようとした。


「無理じゃないよ、俺がそうしたいだけ」


同じように速度を増しながらにこやかな笑顔でそう言う京也。すると突然歩は急ブレーキをかけて自転車を止めると俯いたまま動かなくなった。真横に自転車を止め、心配そうにする京也だが何が起こっているかわからず声もかけられない。どうするか迷っていると俯いたままの歩が小さく言葉を発した。


「なんで・・・・」

「え?」

「なんで、怒らないんですか?」

「怒るって・・・なんで?」

「私、勝手に不機嫌で、先輩の申し出にもケチつけて、嫌な女で・・・なのに・・・・」

「べつに腹立ってないから」


あっけらかんとそう言った京也を見るべく、歩は顔を上げた。にんまり笑った顔がそこにある。自分が好きなその笑顔がいつものようにそこにあった。


「別に理不尽なことを言われてもないし、機嫌が悪いのはわかったけど、人間だし、そういう気分の日もあるしさぁ」

「でも、私は・・・勝手に浅見先輩に嫉妬して、イライラして・・・・なのに」

「浅見さんとは友達だし、まぁ、勘違いされがちなんでそういうのも仕方がないかなって思う」


小さく笑って肩をすくめた京也に、歩は俯いて黙り込んでしまった。どうしていいか困惑するしかない京也が自転車を降りて歩の横に立った。


「昨日、見ちゃったんです・・・ファミレスで、先輩と浅見先輩が一緒にいるとこ」


それが不機嫌の大元かと思う京也が薄い笑みを浮かべた。相変わらず歩は顔を伏せたままでいる。


「先輩と浅見先輩が友達なのは分かっているんです・・・でも!なんか、イヤなんです!」


目に涙を溜めた歩の顔を見た京也は優しい笑みを浮かべてそっとその頭に手を置いた。歩は体をビクッと揺すったが、置かれた手を跳ね除けるような真似はしない。怯えたような目で京也を見るだけだった。


「浅見さんとは、本当に友達だよ。それに、ああして2人でご飯を食べたのは初めてだし、君を含めたみんなのことを心配しての助言だったんだ」

「勝手に嫉妬して・・・私は先輩の彼女じゃないんだし・・・・・ごめんなさい」

「そうだね。でも、それだけ好きでいてくれているって、嬉しかったよ」


その言葉に、歩は困った顔をしつつも少し頬を赤くした。そんないつもの歩の表情に京也の優しい顔がよりいっそう優しくなった。


「だから、あらためてしっかり答えを出さなきゃなって思ったよ。待たせているんだし、謝るのは俺の方だと思うから」


その言葉に思わず抱きつきたくなる衝動を抑え、歩は今出来る精一杯の笑顔を見せた。京也も微笑み返して自分の自転車にまたがる。


「さぁて、ちょっと遅れたから、ペースアップで行くよぉ!」

「はいっ!」


満面の笑みを浮かべた歩の顔を見て微笑むと、京也は漕ぎ始めからペースを上げた。


「先輩!私は待ってますから」

「うん、ありがとうねぇ」

「好きですから」


その言葉に思わずペダルを踏み損ねるが、京也は笑顔のまま自転車を漕ぎ続けた。たとえ一族全てを敵に回してもこの子といたい、そういう気持ちになりつつある自分を自覚をしながら。



いつもより遅れてきた京也に近づいた明人が昨日の電話の件をたずねると、昼休みにでも用件を言うとのことで、昼休みは中庭で昼食を取る事にした。京也の話も気になるが、春香のメールや健司の話も気になる。とりあえず今は動きをみせていない失踪事件だが、明人としては3人目の失踪者は出したくない。教師はともかく、生徒の中ではもう事件は起こらないと考えている者も少なくない。そういう隙をつかれることもあるために、明人はこういう雰囲気を警戒していた。そうして昼休み、連休明けからはなんの誘いもしてこない水星みなせになんとなく恐怖を覚えつつ、京也は真っ先に教室を抜け出した。そんな京也を見て笑いあう健司と春香に続いて苺と明人も教室を出た。そのまま中庭の端にあるベンチに座る女性陣、植え込みの木の周りにあるレンガに腰掛ける男性陣。歩はあえて誘わなかった。やはり学年が違う者の中に1人混ざるのは付き合い上よくないと判断したからだ。それに犯人側に仲間であるとの認識を強めることはしたくはない。ここでの話の内容は後で京也が伝えることになった。まずは健司の話。健司は橘から聞いた話をメンバーに聞かせる。メールの内容や、謎の香り。春香や苺にそういう香りをした男子生徒の話を聞いたが、2人とも知らないと返事をする。もし、催眠作用のある香りならば犯行直前にかがせることも考えられる。つまり、犯行当時でなくとも犯行を行う1日前から催眠にかけているという可能性が高い。何度か使用することで効果を発揮するとも考えられ、もしそういう香りを嗅いだり、その香りの話をする女子がいたら注意を呼びかけることにした。次いで春香のメールの内容だ。学校に出る幽霊の話だが、春香は何か引っかかるものがあると前置きして話を始めた。


「幽霊っていうか、科目棟にいた人影の話。これが失踪事件の少し前の話なんだ」


失踪事件が起こる2週間ほど前、部活帰りの女子が教室に忘れ物をした。それを取りに友達2人で教室に戻り、忘れ物を取って帰ろうと廊下に出たときだった。科目棟1階の廊下辺りに人影を見かける。もう一度よく見ようとしたら人影が消えた。その時はそう気にはしなかったが、雑談をしながら廊下を歩いていると、今度はまったく別の教室の中に人影を見たというのだ。時間にして数秒で、位置的にそこへ移動するのは不可能らしい。そして別の目撃談。同じく部活帰りの男子が数学準備室に人影を見る。幽霊かと思って近づくが、教室内には誰もいない。見間違いかと思えば、突然離れた社会科準備室に人影が現れた。驚く生徒があわててそっちへ行くが、やはり誰もいない。こちらもわずかな時間で人影が移動しているというものだ。


「共通してるのは、人影が科目棟1階を瞬間移動していること。人間が2人いたとしても、気になるよね?」

「犯人が2人で、それぞれが別に出入りしていた、か・・・あるな、こりゃ」


春香の言葉に健司も賛同する。明人は何かを考えているのか、箸も止めて地面を見つめている。春香は言わなかったが、数学準備室に出入りしていたのが千石なら、繁華街で見たことについて犯人の可能性が高くなる。おそらく明人も同じことを考えているのだろうと思いつつもご飯を口に入れた。


「じゃぁ数学準備室調べる?千石先生か、新城先生かに言ってさ」


口一杯におかずを入れた苺の言葉は聞き取りにくかったが、全員を注目させるのには十分だった。明人は少し考えるようにし、それから重い口を開く。


「千石はダメだ。出来るなら、千石にも伏せて新城に頼むしかないが・・・」


明人にしてみれば、担当が1年生の新城に関してはその人物像をよく知らないのがネックだった。信用に足る人物なのか、それとも融通の利かない堅物なのか。だが、接触してみる価値はある。


「週末だといいんじゃない?たしか千石先生、学会がどうとか言ってたからさ」


その京也の言葉に明人は小さく微笑んだ。確かに今日の授業中、千石が何気にそう呟いたのだ。小テストを行った際、答案の返却について金曜日は学会で出かけるしなぁと。罠かもしれないと思うが、深読みばかりしては動けない。それに罠だとしても、共犯者を見つけるチャンスかもしれないとも思う。


「よし、そうしよう」

「一歩前進だね!」


あごにご飯粒をつけた苺の言葉に誰も頷けない。京也の指摘でご飯粒を指に取るとてへへと笑う。そんな苺に同じような笑顔を返す京也、呆れる春香、萌える健司、無表情の明人。その明人が弁当を食べつつ京也に言葉をかけた。


「で、お前は昨日の電話、なんだったんだ?」

「ん?おー、あれね」


すっかり忘れていたという感じの京也が頭を掻く。そんな京也をもぐもぐと口を動かしながら見やる苺は、昨日聞いた話をするのではないかと内心ドキドキしていた。


「昨日さ、浅見さんに指摘されたんだよ」


その言葉におっという顔をした健司と春香が目で何かを言い合うようにした。逆に苺はどんな話だったかなと思い出すような仕草をしていた。


「俺たち、犯人に遭遇してるでしょ?」


その言葉に全員が相槌を打つ。苺はドキドキを増しながら京也の顔色をうかがうようにしていた。


「なら、向こうにとって邪魔な存在って睨んでいるかもしれいよねぇ?」

「そうなるな」


冷静な明人の言葉に頷くと、健司もまたそうだなと言葉を発した。


「で、狙っているのは女子、それも可愛い子、となると・・・」

「ガードが必要、か?」


明人が京也の言葉の先を読んでそう口にした。確かにそうだと思い、健司もまた頷いた。


「そりゃそうだよな。今井はまぁ、おいといて、苺ちゃんや歩ちゃんは可愛いから絶対ヤバいよなぁ」

「・・・・ふぅん、そう」


健司の言葉に目を細めた春香は実に冷たい口調でそう言うと弁当箱を脇に置いてすっくと立ち上がり、スカートの中身が見えるのもお構いなしに大きく足を振り上げた。


「淡いブルー・・・・・・」


見えた下着の色をニヤけた顔で解説した矢先、頭頂部に強烈なかかと落としを喰らい、すでに空になっている弁当箱を放り出すようにして地面に倒れこんだ。そんな春香に目もくれず何かを考え込む明人、怯えた目で春香を見る京也、死んだように動かない健司を心配そうに覗き込む苺。


「で、どうするわけ?」


春香は怒った口調で明人にそう言うと、明人は全員を見るようにした。健司が頭をさすりながら身を起こし、京也も手伝ってレンガに座らせる。健司はふらふらしつつも目の前でフフンと笑う春香を睨んだ。


「お前・・・・覚えてろ!」

「あら、記憶あるんだ?ざぁんねぇん!」

「なんだとコラ!」

「何よ!」

「やることがえげつないんだよ、お前は!」

「あんたがデリカシーのないこと言うからでしょうが!」

「エロい色のパンツ履いたお前に言われたくねーし!」

「普通だバカ!」

「あれで普通?色気づきやがって!」

「あら?欲情したの?」

「するかバカ!」


罵倒し合う2人を見てため息をついた京也がなんとかその場をおさめ、睨み合う2人を見つつ明人が冷静に口を開いた。


「苺は俺が一緒に帰る。一枝は京也でいいな?」

「いいよ。部活はどこかで待って時間潰す。バイトがある日はどうしようか?」

「時間的に合わないのか?」

「バイトの時は、急いでも9時頃に駅だしなぁ・・・」

「そこがネックか」

「なんなら俺が送ろうか?」


横槍を入れるような健司をチラッと見たが、明人はそのまま春香を見た。


「方向的には今井なんだろうが、バスがあるしな」

「だねぇ・・・困ったねぇ」


昨日、紀子と別れてからいろいろ考えた京也は上手くいかない送り手のことで悩んでいた。そこで明人に相談すべく電話をしたのだが、繋がらなかったのだった。明人もしばらく考えたがいい案は出ない。とりあえずまともに送れるのは苺だけだ。


「少し考えて、いい案が出なければもう一度相談しよう」


この場で結論が出ないために明人はそう告げた。そのまま春香を見やる。


「一枝はまだ自転車だし、近くに木戸もいるからどうにかなるのだろうが、お前が問題だな」

「あー、でも大丈夫だと思うよ?近道さえしなきゃ」


楽観的にそう言うが、帰り道で一番危険なのは春香だ。しかも歩と違って一度犯人と遭遇している。口を塞ぐ意味でも狙われる可能性は高いだろう。明人はしばらく考え込むようにしていた。そんな明人を見つつ、健司が1つの案を口にした。


「苺ちゃんは俺が送る。明人が春香でいいんじゃないか?」


健司にしてみれば同盟を組んだ春香のことを思いやってのことであり、逆に自分が苺を送っていけるという邪念もあった。


「でもさ、私バスだし、お金かかっちゃうし、いいよ」


健司の好意を知りながらも笑ってそれを拒否した。健司は苦笑しながらも無言で春香を見つめる。春香はそんな健司にはにかんだ笑みを見せた。


「とにかく、少し考える時間をくれ」


明人のその言葉でこの話はここで終わる。苺と春香が何やら話をするのをじっと見つめる健司はそんな自分を見つめる明人の視線には気づかない。その2人の様子を黙って見ていた京也は少なからずこの4人に何かしらの動きがあったのだと悟り、その動向を黙って見守ることに決める。元より口出しなど出来ないし、何より自分の問題がある中でそれらに構っていることなど出来ないからだ。全員が全員何かを抱えている中での状況で、果たして上手く事件を解決に向けて動けるのか、それだけが心配の京也だった。

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