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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第4章
21/52

揺らぐ気持ち 5

電車に揺られながら、2人の間に会話はなかった。今日1日遊び疲れたのか、苺は眠そうだ。このまま寝てしまう前に、健司は次の約束を取り付けるべくそれを口にする。


「苺ちゃん?」

「ん?んー」


既に半分寝ていたのか、苺はそう言うと横に座る健司を見る。ぼんやりしているその顔に少しドキドキしつつ、じっと見つめる。眠気のせいかもぞもぞ動く唇。無意識的にその唇を奪いたいという衝動に駆られるが、さすがに理性がそれを押し留めた。


「またこうして2人で遊びに行ってくれるかな?」


その言葉ににこっと微笑んだ苺は大きく頷いた。正直、電車の動きに合わせて寝そうになり、首がそういう風に動いたのかと思ったが違ったようだ。


「いいよぉ、また行こうね」


微笑む苺に思わず赤面する健司。その返事に頷くと、苺がゆっくりと健司の肩に頭を乗せた。そのまま小さな寝息を立てる。わずか4駅、時間にしても15分程度しかない。それでも、この時間は健司にとっては幸せな時間だった。周りから見れば恋人同士にしか見えないだろうこの状態、いつかは本当の恋人同士になってこうなりたいと思う。


「ま、半歩前進、ってとこかな」


小さくそう呟く健司は満足そうな顔をしていた。



春香の最寄り駅で一緒に降りた明人は、遠慮する春香を送っていくと一緒にバスに乗り込んだ。鋼の意思を持つ明人には何を言っても無駄だと悟り、その好意に甘えることにする。バスは5分ほどで来たためにそれに乗り込むが、休日のこの時間のせいか乗客は3人しか乗っていなかった。やや後方の座席に腰掛けた2人は会話もないままただ並んで座っていた。すると予想に反して明人から話しかけてきた。


「このバスに乗るときはいつも1人なのか?」


不意にそう言われたが黙って頷く。明人はそうか、とだけ答えるとまた黙ってしまった。この路線のバスを使う二見高校の生徒はいる。部活がない時などは多いくらいだ。だが部活などで遅くなると、乗っている生徒は春香だけだった。明人はそんな春香を心配したのだろうが、こればかりはどうしようもない。明人が春香の彼氏ならば送り迎えをしてくれるのだろう。だが、残念ながらそうではない。


「木戸なら、まだ近い方か・・・」


その言葉の意味を汲み取った春香は首を横に振った。


「でも木戸には歩ちゃんを任せた方がいいよ。このまま犯行が続いたら、絶対に狙われると思う」


その言葉に、明人の口元に優しい笑みが浮かぶ。その笑みの意味が分からない春香は小首を傾げつつも顔が火照ってくるのがわかった。今まで見たことのないようなその笑顔、その虜になった瞬間だった。


「優しいんだな」

「そ、そんなんじゃないよ・・・だってさ、彼女の方が可愛いし、狙われそうだし、私なら狙うし」


早口でそうまくし立てるように言う。そんな春香を見る明人の笑みは消えていなかった。


「まだ知り合ったばかりの子を本気で心配する。それを優しさと言わないでなんなんだ?」


その言葉に今までとは違う顔の火照りが加わって真っ赤になってしまった。褒められたことが嬉しいが、それ以上に自分を深く見てくれたことが嬉しい。


「あと、お前も十分魅力的だ、可愛いとも思う。だから気をつけろ」


その普段の明人にはない言葉に体も熱くなるほどだ。多分全身が真っ赤になっていると思う。


「う・・・・ありがと」


まともに明人の顔を見れずにそう言えば、明人はその笑みをそのままに前を向いた。すぐにその笑みは消えてしまったが、春香の心にはじっと残るような笑顔だった。その後は会話もない。終始赤い顔をした春香に対し、明人はいつもの無表情だ。さっきの笑顔が夢か幻のように感じるが、確かに現実だ。可愛いと言われたことも。そうこうしているとバス停に着き、2人は黙ったままバスを降りる。やはり無言のまま春香の家へと向かって歩き出せば、明人がまたも口を開く。


「前に会ったあの道は近道なのか?」


助けてくれた時のことだと分かる春香が頷いた。あの時から、自分は明人に恋をしたのだ。


「そうか。なら、早い時間でも遅くなっても絶対に通るな。危険だ」

「うん。あれから通らないようにしてる」


微笑みながらそう言う春香に頷いた明人は鋼鉄の表情だ。


「でも、最高のタイミングで来てくれて、なんか、ドラマみたいだった」


そう言って笑う春香に対し、無表情ながらも動揺が見られる明人。そんな明人に不思議そうな顔を向けた春香を横目で見た明人は小さなため息を一つついた。


「バス停なら分かると偉そうに言って鈴木の家を出たが、道に迷ってた」


正直にそう言う明人に向かってきょとんとした顔を向ける春香。表情は変わらない明人だったが、雰囲気は緩んでいた。パーフェクト・ガイと呼ばれる明人の失態に春香は徐々にこみ上げてくる可笑しさを堪えきれなくなってしまった。そんな春香を横目に見る明人の表情も緩む。


「人には言うなよ?」


前を見たままそう言う明人に、目に涙をためた春香が頷く。その和んだ空気のまま、2人は春香の家に到着するのだった。



家まで送ってくれた健司に礼を言い、家に入った苺はそのままお風呂へと向かう。時間は午後8時半で、9時には帰るよう父親に言われていた苺はその約束をきっちり守った結果に満足していた。電車の中で中途半端に寝たせいか、あくびが止まらない。それでも入浴を終えて自室に戻れば何通かのメールが来ていた。そういえば夕食前に確認をしただけで、それ以来携帯を見ていないと思う苺が1通ずつ内容を確認する。まず一番古いのは紀子からのものだった。無事におじさんの家に着いたことや、楽しんでいることが書かれていた。親戚のおじさんでもない大学教授のその人は昔からの知り合いだと聞かされていた。つい最近までは夏休みになると紀子の田舎に一緒に行くような仲だったそうだが、ここ最近は東京のおじさんの家に行くことが多かった。まさかと思うが付き合っているのかと聞いたことがある苺だが、紀子はそういう関係ではなくあくまで良くしてくれている人だと語っていたことを思い出す。紀子に関してはいろいろ不思議なことがある。あれだけの美貌を持ちながら彼氏はいない。あまり友達を作りたがらない。そして未来で出会う運命の人発言など。だが、苺にしてみればそんな紀子を含めての友達だ。とりあえずこちらの報告もメールで返し、次のメールを開いた。苺は性格上、1つのことを終えてから次に移るようにしている。なのでメールも一気に開かずに1つ1つを確認し、それに対してアクションを起こしてから次へと移行するのだった。その次のメールは健司からだ。今日はありがとうという文章から始まり、楽しかったということ、また一緒に遊ぼうという内容が書かれていた。確かに楽しかった今日1日を振り返りつつメールを返す。そして次に来ていたのは茂美からのメールだった。こっちはもっぱら冷やかしがメインの内容だったこともあって簡単に返事をし、今度またゆっくりと会いたい旨を添えた。残るメールは1通で、それを開けば春香からのものだった。健司とのデートはどうだったというような内容だ。苺は春香と明人が今日一緒に出かけていたことを知っているし、それに関して深読みが出来るほど頭は回らない。何より春香が明人を好いていることを知らない上にそういうことを考えたこともないのだ。自分が健司とデートをしたという自覚がないように、春香と明人がデートをしたとは受け取っていない。ただ2人で遊んだ、そう考えていたのだ。春香にメールを返し、ベッドに寝転がった。今日のことを思い返すうち、苺はすぐに眠りに落ちていた。



苺に遅れること20分、明人も家に着いていた。さすがに今日は時間も時間だけにランニングは中止し、庭での稽古に切り替えた。それでもみっちり30分を稽古に費やし、風呂へと向かう。湯船に浸かりながら今日のことを思い出していると、ふと頭をよぎるのは千石のことだった。何故あんな場所にいたのか。あの男たちは何なのか。考えても答えは出ない。限りなく怪しいが、かといって勇み足は出来ない。敵であれ味方であれ、容易には動けないのだ。特に敵であった場合のリスクが大きすぎる。女子生徒をさらった犯人の意図が美少女だからという場合、へたに千石を追い詰めればこちらには苺に紀子、歩といった美少女が揃っていることからして大きな弱点を持っていることになる。味方である場合もあの怪しい男たちが犯人の一味で、捜査として接触しているのだとすればそれを刺激しかねない。とりあえず様子を見るしかないと思う明人はため息を漏らした。裏山で遭遇したあの犯人の動き。只者ではないあの動きを見ているだけに、日々の稽古はより実戦を意識したものにしなければならない。負けることは許されない。相手が何者であろうとも。明人は鋭い目つきで前を見つめるとあの9年前のことを思い返した。自分はみじめに地面を這い、通りすがりの男に助けられた。苺を救うのは自分のはずだった。なのに、負けたのだ。


「今度は勝つ。絶対に」


自分に向けての決意を改めて口にする。絶対に、誰にも負けない、ただ勝つのみ。そのための9年間だった。犯人の魔の手が苺に迫れば、今度こそ自分が守る。その決意に満ちた顔が悪鬼のようだった。



翌日、いつも通りの時間に起きた明人は毎朝の日課であるトレーニングを終え、部屋でくつろいでいた。両親は妹の紗奈と一緒にでかけており、家には誰もいない。買い物に行くということで誘われたが断っていたのだ。携帯ゲーム機で遊んでいると机の上に置いていたスマホが鳴る。軽快な着信メロディが流れ、それを手に取ると苺からの電話だった。軽いため息をついてから電話に出る。


「なんだ?」


素っ気無い言葉だが、いつものことなので苺は気にしていない様子だった。


『今、暇かなぁ?』

「どっちかといえばな」

『ラーメン食べに行こうよ!』


突然の申し出に、明人の表情が曇った。何故自分を誘うのかがわからない。時計を見れば確かに昼前だが、何故ラーメンなのか。


「どこの?」

『北の海ラーメン。チラシが入っててさ、男女ペアだと餃子1人前が半額なんだよぉ!』


どうせそんなことだろうと思っていた明人だったが、まともな昼ごはんが用意されていないと判断し、それに乗ることにした。北の海ラーメンは歩いて20分ほどの場所にある。とりあえず家の前で待ち合わせをした明人は部屋着を着替えるとTシャツにジーパンといったラフな格好で外に出た。今日は子供の日という祝日のせいか日差しが強くて汗ばむ暑さ、絶好の行楽日和だ。長袖Tシャツをめくりつつ門をくぐれば、もうそこに苺の姿があった。白いワンピースを着たその姿を見た明人は一瞬目を見開いたもののすぐに無表情になった。


「じゃぁ行こう!」

「ああ」


少し胸元が開きすぎている気もするが、そこへは目をやらない。そうしながらもその大きな胸のせいか、谷間がくっきりと分かるだけに注意を促す意味でもそこに触れてみた。


「胸、開きすぎじゃないか?」


その言葉に自分の胸元を見るが、開きすぎだとは思わない。


「そぉ?普通だと思うけど」

「ならいい」


そう言う明人に小首を傾げつつ、横に並んで歩き出した。


「昨日の映画どうだったの?」

「良かった」

「そっかぁ・・・私も見たかったんだけどねぇ。今度健司君とでも行くかなぁ」


その言葉に明人の片眉がピクリと動くが、前を見て歩いている苺は気づかない。


「健司とか?」

「あ、うん。木戸君には歩ちゃんがいるし、明人君はもう見ちゃってるからね」

「そうだな」


誰と見に行くかなど、普段の明人には興味がなかったはずだ。そこが少し気になる苺だったが何も言わずに歩く。大通りの信号を待っていると、明人が自分を見ていることに気づいてなに、と声を出した。


「昨日は楽しかったのか?」


その質問に笑顔を浮かべて頷く。明人は無表情のまま苺を見つめているだけだった。


「健司君ねぇ、私のボウリングの上手さにびっくりしてた」

「そうだな、あのメンバーで行ったことがなかったからな」


幼馴染の明人は苺のボウリングの上手さは熟知している。ただ、何故運動音痴の苺がボウリングだけは上手いのか、その謎は解明されていないが。


「また行きたいね、みんなで」

「そうだな」

「明人君は春香ちゃんとどうだったの?」

「どうもこうもない、普通だ」

「普通って?」

「映画を見て、飯を食い、ぶらぶらして晩飯食って終わりだ」


簡潔な言い方が実に明人らしい。だが、いつもの明人とは少し違う気がしていた。


「なんか、嫌な事でもあったの?」


その言葉に怪訝な顔を苺に向ける。苺は自分を上目遣いで見つつ、何か様子を探るような感じでいた。信号が青に変わる。明人は苺を促し、横断歩道を渡った。


「気にしすぎだ。何もない」

「そう」


これ以上問い詰めても明人は何も答えないだろう。それを理解しているだけに苺はもう何も言わなかった。そんな苺をチラッと見つつ、明人は自分の中にある違和感に戸惑っていた。何かがいつもと違う。その何かがわからない、そんな状態に。やがてラーメン店に着くと、少しだけ行列ができていた。2人は最後尾に並ぶが、前に立つカップルと違って会話はない。そうしてぼーっと待っていると、前に立つカップルの男がふと何となしに苺を見た。その瞬間おっというような顔をした後、その視線が胸元へと向かう。自分の彼女がスマホをいじっているのをいいことに、やたらと苺の方を見ていた。苺はその視線に気づきつつもどうすることも出来ず、そわそわとするばかりだ。そんな苺の肩をグイっと寄せた明人が男を睨む。有無を言わせぬその眼力に男はあわてて前を向いた。明人はしばらく苺を抱き寄せたまま前を向き、そうされている苺は顔を赤くしながらもされるがままになっていた。やがて順番が回ってきたカップルは店に入り、それを見届けた明人が苺を開放して少し離れた。


「あ、ありがと」

「いや」


顔を赤くしながらも微笑む苺に目だけを向ける明人。そんな鉄の明人に苦笑しつつ守ってくれたことは素直に嬉しい。しかし明人は違っていた。苺を助けた行為は納得している。だが、何故抱き寄せたのか、無意識的に動いた体に戸惑っていたのだ。普段の自分なら男を睨みつけて終わっていたはずだ。自分の取った行動に戸惑う明人だが、それを苺に気づかれないように努める。


「次の方、どうぞ」


出て行く客を見送った店員の声に我に返った明人は苺を伴って中に入る。案内された席は幸いにもさっきのカップルと離れた場所だった。2人はラーメンセットと餃子を注文する。


「セットでよかったのか?」

「え?なんで?」


明人の言葉の意味が分からず、首を傾げる苺。


「量だ」


その言葉にほっぺを膨らませるが、明人はそれを軽く受け流した。


「いいの!」

「それならいいが」

「意地悪!」


すねたようにそう言いながら水を飲む苺を見た明人の口元も緩んだ。その後は会話もなく、出てきたラーメンとチャーハン、そして餃子を平らげた。結構な量だったが苺は完食している。また太っただなんだでもめそうだと思う明人は伝票を手にレジへと向かった。2人分を支払い、店を出てから財布を取り出す苺を制して歩き出した。あわてて後を追う苺。


「払うよ!誘ったの、私だし」

「じゃぁ今度はお前が奢れ」

「でもぉ」


明人はそんな苺を無視して歩き出す。仕方なく苺も早足で並ぶとお礼を言った。


「ありがと」

「いや」


そのまま並んで歩けば、またも大通りで信号に引っかかった。無言のまま並ぶ苺がチラチラ明人を見やる。そんな視線に気づいた明人が苺を見ると視線を外す。そのやりとりを繰り返していると信号が変わった。結局そのまま会話もなく家路についた2人が家の前に立つ。


「じゃぁねー」

「ゲームでもしていくか?」

「はぇ?でも・・・」

「暇だしな」


突然の明人からの申し出に嬉しいながらも戸惑ってしまう。こういう明人は珍しい。ラーメン屋での行動といい、やはり何か少しいつもと違う感じがしていた。そんな明人はいつもと変わらぬ無表情でいる。さっき誘ってきた口調も普段と同じ抑揚のない声だった。苺は少し考えた後で頷いた。


「じゃぁ、行く」


明人はその言葉を聞くと門を開けて玄関の鍵を開ける。誰もいない家で2人きりになることなどいつ以来だろうと考える。かといって何かが起こるわけもなく、苺は元気よくお邪魔しますと言うと玄関を上がるのだった。



結局、夜まで明人の部屋でゲームをした苺は久々に明人の家で夕食をご馳走になった。明人の家族にしても苺は家族同然なため、遠慮はない。お互いの両親としてはよく知っている明人と苺がいずれは結婚してくれることが理想だとは思っているが、それを口にはしない。お互いの気持ちがどうであれ、周囲が騒ぎ立ててそれを壊すことを嫌ったからだ。ただ、紗奈がやたらとそれを煽っていたが、子供の言うことなので明人も無視をし、苺も困った顔をしつつやんわりと幼馴染を主張していた。そんな団欒を苺と明人がしている中、京也は自宅から遠出をしたショッピングモールで買出しを行っていた。実家からの位置的にここが一番品揃えがよく、しかも値段が安いからだ。カートにカゴを乗せて買い物を済ませ、そのままエレベーターを利用してゲームセンターへと向かう。目的は歩へのお土産だった。実家といってもすぐ近くなこともあってお土産を買うほどでもない。それならばと、歩へのお土産はフィギュアにしたのだ。2つほど景品をゲットしたが、その難易度の高さなどそっちのけで簡単に取る京也に近くにいたカップルは感心していた。そんなカップルに愛想笑いを返しつつゲームセンターを出た京也はエレベーターで1階へと降りるとカートを返した。両手に持たれた荷物を重そうに持ちながら駅へと向かう。ふと騒がしい声にそっちを見れば隣のクラスの男女数人がそこにいた。どうやらカラオケに行っていたようで、店の前でその余韻に浸っているようだ。


「悪いなぁ、おごりで」

「いいっていいって、ナンバーズ様々ってこと」

「しかし凄いよなぁ、よく当てられるよなぁ」

「偶然、たまたま」


そう言ってにんまり笑っているのは富沢悠だ。全部で10人からいる全員分を奢ったのか、お礼を言われる悠は笑顔を返していた。そう言えば、と思い出す。歩とのデートの際に時計店で見た羽振りのよさ。ナンバーズで当てたのはかなりの大金なのだろう。羨ましいと思う京也は駅へと向かった。改札で切符を買おうとする京也は背後から視線を感じて何気なく振り返る。周囲を見るが、自分を見ている者はいない。だが突き刺さる視線は感じたままだ。


「誰だ?」


呟くが、どこからの視線かわからない。やがて視線も感じなくなり、京也は切符を買うと荷物を持ってホームに向かった。京也が消えた駅の柱の陰に、その人物はいた。柱越しに視線を送りつけた主が。


「木戸無双流の木戸京也・・・・か」


そう呟く人物は口の端を醜く吊り上げた。邪悪な気配とその笑み。普通の人間にはない濃く黒いオーラを纏っている。


「これは因縁か、それとも、運命かな?」


そう呟く男の口元が引き締まった。そしてそのまま歩き出す。黒いオーラは消え、周囲の空気に溶け込むようにして。



連休も終わり、教室に漂うだらけたような空気。今日1日は仕方がないと教師も思う。その教師自体もどこかけだるさを感じているのだから。そうしてどうにか連休明けの1日も終わり、春香と歩は部活に向かった。連休中の報告も昼休みにしているが、たいしたことは話してはいない。春香と健司は都合を合わせてあの日の報告会を行うことを約束していたが、その日程もまだ未定だ。京也は屋上へと向かい、いつものように紀子と雑談をかわす。紀子は苺との約束どおり木戸無双流の話はしなかった。連休中のことを話題に会話をしているだけだ。健司は苺を誘って帰ろうとするが、苺は京也に用事があるらしく、戻ってくるのを待つと言った。仕方がないので明人と帰ることにした健司が明人を誘う。教室を出て行く2人を見ながら苺は掃除の邪魔にならないように中庭に向かった。ベンチに腰掛けてあちこちでしている掃除の様子を見ていると、1階の渡り廊下を歩いている7組の吉田涼子と5組の富沢悠の姿を見つける。何やら楽しそうに会話をしている2人をぼーっと見ていた苺が空を見上げた。今日は昨日ほど暑くはなかったが、陽が当たるとかなり暑い1日だった。ここは日陰な上にもう夕方とあって涼しさは感じる。そうして15分ほどくつろいでいるとほとんどのクラスで掃除が終わったようで、それを見ながらベンチを立つ。京也と約束をしていないが、いつも掃除が終わる頃には教室に戻るということを紀子から聞いているだけに、苺もまた教室へと向かった。そんな苺が校舎内に入るや否や、向こうからやってきた悠に声をかけられた。


「あ、志保美さん」

「富沢君」

「おー、嬉しいね。あんまり面識ないのに名前を知っててくれて」

「そりゃ、男子版キューティ3の1人と言われる富沢君だもん」


そう言って笑う苺に悠もさわやかな笑顔を見せた。苺は悠という人物の顔と名前しか知らない。さっき苺が言ったように悠は校内では知らない者がいないほどの有名人だ。明人、健司、悠は学年を問わず有名なイケメンビッグ3だった。そのため、そういうものに興味のない苺でも友達を介して悠を知っていたのだ。


「そういえばさっき、7組の吉田さんと歩いてたね」

「あー、見られてた?彼女、可愛いよねぇ」

「仲いいの?」

「んー、それなりかな」


それなりというよりはかなり親しいように見えたが、実際はそうなんだろうと思った。


「志保美さんはもう帰り?」

「うん。かばんを取ってね。富沢君も?」

「そう。待ち合わせしててね」


にんまり笑うその顔からして女子と待ち合わせだと思う苺の思考を呼んだのか、悠はその笑みを苦笑に変えて苺を見つめた。そんな苺は悠から流れてくる甘いいい香りが気になっていた。


「残念ながら男、だよ」

「なぁんだ」


そう言って笑いあう。


「じゃぁね。物騒な事件が続いてるから、気をつけて」

「そうだね。そういえば、吉田さんは?」

「さぁ?俺はジュースを買いに行っただけだし、彼女は途中で友達と会って行っちゃったから」

「そっか。じゃぁね」

「じゃ!」


苺は悠に軽く手を振ると昇降口へと向かった。そんな苺の背中を冷たい目で見つめる悠は靴を履き換えるとそそくさと学校を後にするのだった。一方、教室に戻った苺はちょうど屋上から戻ってきた京也と出くわす。タイミングがピッタリの計算ににんまりした顔を京也に向けるが、悠に会って話をしたからこそのタイミングだということは頭になかった。


「あれ、志保美さん・・・どうしたの、その顔?いいことあった?」


笑顔の苺にそう言う京也に、腕組みをした苺は仁王立ちをしてみせた。


「君を待っていたのだよ、木戸君!」

「あ、そうなの?」


苺の芝居に付き合わない京也に、苺は少し落胆していた。


「で、何?」

「木戸君に、ちょっと調べて欲しいことがありまして」


その言葉に怪訝な顔をする。京也としては苺から調査の依頼を受けるようなことは思い当たらないからだ。苺はかばんを手に持つと、京也にもそれを促した。京也は訝しがりながらもかばんを手に取り、教室を出た。するとちょうど紀子とも鉢合わせる。これは幸いだと思った苺が何やら紀子に耳打ちをしている。そんな2人の様子を見ながら頭を掻く京也が困った顔をしていると、話を終えた2人が京也を見てにんまりと笑った。


「紀ちゃんも一緒に行くことになりました」

「場所、どうしようか?」

「中庭とかがいいけど、部活以外は帰れって言われてるしね」

「じゃぁ、ドーナツ屋さんかな?」

「あー!いいねぇ!」


勝手に話を進められるが、ここは従うしかない。頷く京也を見た苺と紀子の目が怪しく光った。


「さぁ、行きましょう!」


京也の両脇に美少女が立ち、まるで連行するかのようにして両腕を抱えられる。他の男子生徒からすれば羨ましいにもほどがある状況だが、京也にとっては恐怖でしかないのだった。



「種は撒きましたよ」

『よろしい。実行日はまた連絡する』

「了解です」

『くれぐれも慎重にな』

「わかってます」


そう言うと素早く電話を切る。裏山とは真逆の位置にある団地の一角に腰をかけた悠はにんまりと笑うとスマホをポケットにしまった。やがてその口から我慢できずに笑いが漏れた。


「クククッ・・・アハハ!ハハハハ!笑いが止まんないや!」


高笑いする悠の声が団地にこだまする。そんな悠は笑いをかき消すと邪悪に満ちた顔を学校へと向けた。


「さぁて・・・次の獲物とは楽しめるのかなぁ?」


誰に問うでもなくそう言う悠の顔は、さわやかイケメンの面影はなかった。

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