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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第1章
2/52

寄せ集めの色 1

「PG!」

「・・・その言い方をお前がするな」


廊下を歩く背中にPGと声をかけた男はその返事に苦笑いをする。PGと呼ばれた男は振り返りもせず、声をかけた人物が誰かを認識していた。


「明人、相変わらずクールだねぇ」


まだ振り返らないその背中に苦笑しつつそう答える男は遠山健司とおやまけんじ。PGと呼ばれた男、戸口明人とぐちあきとの中学からの友達で、腐れ縁だ。そして今現在においても明人の数少ない友人でもある。


「何か用か?」


口数が極端に少ない上に抑揚のない声色。クールで無愛想な明人は初めて会った時からずっとこんな感じだった。だが、容姿端麗、成績優秀、そして家はお金持ちのためか、女子からの熱い視線を一身に浴びている。運動神経も抜群な明人はもう辞めてしまったが、中学まで空手をしており、全日本中学王者の称号も得ていた。そのため、この二見高校に入学してからはPG、パーフェクト・ガイの略称で呼ばれることとなった。もちろん本人はそう呼ばれることは好きではない。だからこそ、親友である健司に対して呼ぶなと言ったのだ。


「用ってわけじゃないけど、一緒に帰ろうと思ってな」

「ああ」


現在は放課後で、掃除当番だった2人は今帰るところだった。2人とも部活はしていない。明人は高校の部活に興味がなく、健司はある事情で部活をしていなかった。そんな2人は会話もないまま昇降口で下履きに履き替える。健司は少し左に位置している女子の下駄箱へと視線をやりつつ上履きをしまった。


「苺なら先に帰ったぞ」


明人の言い方に感情はない。健司は苦笑しつつ先に歩き出す明人を見やった。


「よく分かったな、さすが!」

「視線でな」


確かに健司が確認したのは同じクラスの志保美苺しほみいちごの下駄箱だ。上履きが置いてあるためにもう帰ったのは分かる。健司はそれで苺が帰ったのを認識したが、明人は既に知っているという口調だった。


「さすが幼馴染、苺ちゃんの動向は熟知してるな」


明人に並びつつ、健司は目を細めて見せた。さらさらした前髪を風で横に流しつつ切れ長の目を健司に向けた明人だが、何も言わない。男の健司からしてもそんな明人はイケメンだと思う。だが、健司も明人と肩を並べるほどのイケメンである。校内において女子は三大美女、『キューティ3』と呼ばれる3人がいるが、男子でそういう3人を選出するならば間違いなく明人と健司はそこに含まれるだろう。現に2大イケメンが揃って下校しているのだ、周囲の女子が注目している。そんな女子に愛想を振りまく健司と完全無視をする明人。火と氷の性格の2人だからこそ親友でいられるのだろうが、実際には衝突も多かった。


「なぁ、ドーナツ食ってかないか?」

「奢らないぞ」

「あれ?奢ってって言ったっけ?」

「目がな」

「おお、目は口ほどに物を言うらしいからな」


明人はその言葉に鼻でため息つくが、口元は小さく笑っていた。無表情なことが多い明人だが、健司や幼馴染の苺の前では少しだけ表情も豊かになることがある。その後は会話もなく、駅前のドーナツ店に到着する。2人ともこの駅から電車で帰るのだが、このドーナツ店に寄り道することが多かった。同じ駅まで帰るため、時間は合わせられる。何よりこの店のドーナツは美味しい上に、場所的に二見高校の生徒の寄り道スポットナンバーワンでもあった。入店するなり、店の大半を占めている女性客、いや、女子生徒が視線を向ける。明人と健司、2人のイケメンが入店してきたのだ、無理もない。やや騒がしくなる中、明人はドーナツの並ぶカウンターではなく奥の窓際の席へと向かった。そんな明人を見てニヤリと笑う健司も後に続く。やがて明人は窓際の2人席の前で立ち止まった。そこにいるのは1人の女子生徒。テーブルの上には4つもドーナツが乗っており、手したストロベリーのドーナツが今にも大きな口に吸い込まれそうになっていた。


「食いすぎだ」


その言葉にドーナツを空振りして歯をかち合わせる女子生徒が体をビクつかせながら恐る恐る明人の方へと顔を向けた。


「えへへ・・・」

「えへへじゃない」


明人は無感情にそう言うと、その女子生徒、苺の隣の2人掛けの椅子にかばんを置いた。


「苺ちゃん・・・その量はヤバイよ」


さすがの健司も呆れ口調だ。ドーナツの数もさることながら漫画のようにえへへと言うその口調にも呆れたのだ。明人はそのまま何も言わずドーナツを選びに向かう。そんな明人を困った顔で見つつしっかりとドーナツを噛み締める苺。


「ま、成長期だしな」

「そうそう、だよねぇ」


健司の言葉にドーナツを口に含んだままの苺が笑顔でうなずいた。健司はそんな苺に笑みを返しつつかばんを見てくれるように頼むと明人の下へと向かった。2人がドーナツを選ぶのを見つつ、手にしたドーナツを全て口の中へと入れた苺が満足げな表情をするのを、周囲の女子が冷ややかな目で見ていた。何故校内で有名なイケメン2人とこうまで仲がいいのか、いや、あの明人とこうも気さくに話せるのか、そういう視線である。明人と同じ2年生ならば、苺と明人が幼馴染で家が隣同士、そして健司も同じ中学で仲がいいことを知っている。だが、今ここにいるのは3年生が多い。今は4月の半ば、新入生が寄り道をするにはまだ早い上に2年生は部活のメインになっており、それなりに忙しいのだ。すぐに明人が席に戻り、じろりと周囲を見渡す。そのため、女子生徒は皆苺から目を逸らした。さらに健司も戻り、女子生徒の視線はまたもイケメン2人へと注がれる。明人も健司もそれぞれ2種類のドーナツにコーヒーを選んでいた。苺のテーブルの上にはドーナツが3つに半分に減ったミルクティー、さらに手に1つのドーナツというボリュームの大きさだ。


「何個買ったの?」

「んー、5つ」


苺は5本の指を全開にした手のひらを向けつつ健司の質問に満面の笑みで答えるが、明人の視線を受けてそれはすぐに掻き消えた。


「ダイエットは?」


相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、生まれた時から一緒の苺にすればこれが明人だ。もっとも、小学生の低学年までの明人はこうではなかったが。


「今日は体育、ハードだったものでして」

「今井の雷が想像できるなぁ、怖い怖い」


芝居がかった健司の言葉は明人と正反対に明るいものだ。


「春香ちゃんには内緒にしてね」

「了解了解~」


敬礼する健司に合わせて苺も敬礼をする。笑いあう2人を無視する明人は優雅な手つきでドーナツを食べていた。対照的な光景がそこにあった。


「でもさ、今井もアレだよな・・・苺ちゃんには厳しいよな」

「だよねぇ~、困っちゃうよ」


テーブルに上半身を伏せるようにする苺の胸がテーブルに乗り上げる。16歳とは思えない胸の大きさに無意識的に視線が行く健司。巨乳でやや童顔、幼い口調、そしてスタイルのいい苺はクラスはおろか学年でも人気は高い。だが、苺の心には常に明人がいるのを知っている健司は、自分の秘めた想いを表に出すことをしなかった。明人が苺をただの幼馴染としか思っていないことも知っている。苺が明人を好きで、自分は苺が好き。そんな関係をどこか楽しんでいるのだ。


「根っからの運動音痴、それに泳ぎがヘタなのに水泳部に入ろうとすれば、誰でも止める」


苺を見ずに冷たくそう言い放つ明人に苺はてへへと声に出して笑った。こういうところが男子に受け、女子に嫌われていることも健司は知っている。だが、そういう女子は一部の者たちで、実際は苺に女友達は多い。先ほど名前が出た今井春香いまいはるかは親友だし、キューティ3の1人で校内ナンバーワンの美少女である浅見紀子あさみのりこもまた親友だ。紀子は可愛いと綺麗が合わさっている知的な女性であり、誰も近寄りがたい雰囲気を纏っている。美男美女カップルとして明人と噂が立つことが多いが、2人ともそれを真っ向から否定していた。


「もう少し苺ちゃんに優しく話せないのかね、君は?」

「無理だ」


健司の言葉に即答する明人の口調は氷のようだった。健司はため息をついてからコーヒーを口につけた。苺は気にもせずドーナツを頬張っている。


「まぁ、それが明人か」


どこか納得したような顔をし、健司もドーナツを頬張るのだった。



苺が全て食べ終わるのを待ったせいか、1時間も店にいた3人は現在、電車に乗っていた。学校のある最寄り駅から3駅ほどの距離だが、明人たちの街は比較的大きい。対して学校のある場所はまだ発展途中の新興地で、どちらかといえば田舎である。昔は銅山があったとされている場所だったのだが、ほとんど出ないと判明してからは村がつぶれて農家が少しの集落となっていた場所だった。その後、バブルの前後で村にまで回復していたこの土地を開発し、今の状態に近いものになったのだという。元々地元の高校に進むつもりだったが、明人はランクを上げた二見高校を選び、苺も明人を追う形で受験。健司は中学時代に陸上部に所属していたが、最後の大会で以前から傷めていた膝を完全に壊してしまい、多くの仲間がいる地元の高校を避けた結果の入学だった。全く走れないわけではないが、かつてのように走れないのならと帰宅部を選んだのである。陸上以外の部活はしたくないという意思を込めてのことで、誰もそんな健司を責めることはしない。それでも持ち前の運動神経は明人に匹敵している。ただ、学力では大きな差をつけられているのが現実だ。


「椎名には会ってるの?」


大きなカーブが多く、やたら揺れる電車の中は学生で多い。まだサラリーマンのラッシュまでは時間があった。それでも座席は埋まっており、3人は降車側の扉の前に立っている状態だった。


「春休み以降は会ってないよ。ゴールデンウィークには会う予定だけど」

「そっか。なら俺も一緒に遊ぶかな」


椎名という名前に興味がないのか、明人は外の景色を見たままだ。椎名茂美しいなしげみは明人たちの中学時代の同級生であり、苺と健司のかつてのクラスメイトでもある。明人とは全く同じクラスにならなかったが、苺の親友ということもあって面識はある。やたらテンションの高い性格だが、裏表のないことも知っていた。


「近場で遊ぶと陸上部の仲間に会っちゃうかもよ?」

「会いたくないっちゃ嘘になるが、別にいいさ」

「例の美人の子にも?」

「美人って・・・池谷か?いいよ、別に・・・彼女は先輩が好きだったわけだし、完全に片思いだったし」

「なるほど」


意味ありげにニヤリと笑う苺に苦笑を返す。それは中2までで、彼女が先輩を好きだと知ってからは苺のことが気になり、高校入学後には苺に対する恋愛感情を自覚している健司にとって彼女はすでに過去の想い人だ。ポニーテールを揺らしながら走る彼女は知的で、そして美人だった。苺が可愛いとするなら、池谷愛は綺麗というべき女性だった。そう、苺は可愛い。目も大きく、肩までの黒髪もサラサラでよく似合っている。中学生、へたをすれば小学生にも見える童顔だが、身体の発育は高校生を超えている。どこか幼稚な顔と性格、そして大人びた身体のアンバランスさが彼女の人気の秘密だった。そして苺の親友である春香も可愛い部類に入るだろう。水泳部に所属しているだけに春香の水着姿を何度も見ている健司にすれば、胸はあまりないがスタイルはいいと思っている。ショートカットも勝気な性格の春香にはピッタリで、可愛い顔とマッチしているといえよう。だが、健司にとって春香は友達でしかない。休み時間は明人に苺、そして春香の4人でつるんでいることが常だ。いや、もう1人、一風変わった男を含めて5人でいることが多い。まるで5人で一つのチームのように。逆に言えば、明人には彼らしか友人と呼べる人間がいないのだ。


「じゃぁメールしとくね」


そう言い終わると同時に車体が大きく揺れる。一番大きなカーブに差し掛かったせいだ。苺がバランスを崩して後ろに倒れそうになるのを防ごうと健司が手を伸ばすが、それよりも先に左腕で苺を支え、元の位置に戻したのは明人の方だった。瞬発力と絶妙なタイミングのおかげで苺の身体はくるっと一回転して元の位置に綺麗に収まった。


「ありがと」


腰に当てられた明人の手の温もりを感じたせいか、少し頬を染めてそう言う苺だが、明人は何も言わずに手を離すと景色を見るために顔を扉の窓へと向ける。苺はそんな明人をじっと見ていたが、同じように景色を見やった。健司は明人の反射神経の良さに少々嫉妬しながらも苦笑し、2人に習って外を見るのだった。



スムーズには開かない重たい鉄扉を開くと、波を描くような雲が朱に染まっているのが見えた。朱といってもその中にも薄い濃いがあり、いわゆる夕焼け空の赤とは違った綺麗な色使いが心に何かを感じさせた。そこは学校の屋上。いつも放課後に来るのが日課になっている木戸京也きどきょうやは今日もいる先客の後ろ姿に小さく微笑んだ。肩までの髪を風に揺らしているその背中に近づくと、人1人分を空けた右隣に立って手すりに腕を置いてみせる。ぼさぼさの髪型にメガネという出で立ちだが、人懐っこい笑顔を隣の女子生徒に向けた。


「今日は勝てると思ったんだけどなぁ」

「でも、私も今さっき来たところだけどね」


そう言って屈託なく笑う顔もまた美人である。校内で知らない人などいないキューティ3の1人にしてナンバーワンの女子生徒、浅見紀子は京也の方に夕焼けを浴びた顔を向けた。整った顔に程よく豊かな胸、抜群のスタイル。誰もが憧れる紀子には彼氏はいない。数多くの男子生徒が果敢にも彼女に挑み、全てが玉砕している鉄の女としても有名だ。そんな紀子とこの半年、ほぼ毎日こうして放課後の屋上に一緒にいるが、不思議なことに京也と噂になったことは一度もない。もっとも、紀子にしても京也にしてもお互いに恋愛感情はない。撃墜王の紀子が京也を好きになる確率はかなり低いが、京也が紀子を好きにならないはずがない。だが、京也にとって紀子は友達以外の何者でもなかった。


「ここから見る景色が好き」


これはこうしてここで会うようになってよく聞く言葉だった。そう言う紀子の横顔を見た京也は小さく微笑むと、俺もと言葉を発した。こちら側から見える景色は山が連なるものでしかないが、建物が少なく田舎特有の大きな一軒家がポツポツとまばらにある程度でこれといったいい景色ではない。それでもこの景色は京也を落ち着かせ、紀子には昔を思い出させる景色でもあった。かつては鉱山だった面影も見える裏山も美しいと思う。だからか、この学校も、周囲にも複雑に入り組んだ洞窟が多いという噂もあった。


「なんか懐かしい場所を思い出すんだ」

「そうなんだ」

「うん」


そう答える紀子の横顔を見る。見えている景色にその懐かしい場所を重ねている顔。いや、誰かを思い浮かべているような表情をしていた。そう、京也が紀子に恋愛感情を抱かない最大の理由がこれだった。いつも見せる憂いに満ちた表情。好きな人を思い浮かべているであろうその表情を見れば、恋愛感情など浮かんでくるはずもなかった。


「未来って、決まっていると思う?」


前髪をかき上げながらそう聞いてきた紀子の顔にドキッとはすれどときめきはない。京也は、普通ならば『そういうものは決まっていない、自分で決めるものだ』と言うのだろうなと思いつつゆっくりと口を開いた。


「決まってる、と思う。未来は自分で決める、そう言う人が多いと思うけど、それすらも決められたレールの上なんだと思うよ」


その言葉に紀子は少し驚きながらも、いつもとは違う雰囲気の京也に少し戸惑ってしまった。いつもの京也は底抜けに明るく、ムードメーカーでいつもにこにこしている。だが、この時の京也は夕焼け空を見つめつつ少し遠い目をしていた。落ち着いた大人のような雰囲気、それが今の京也の全てだった。


「でも、決められた未来だからって周囲が思ってるようにはなぞらないけどね」


そう言って笑う京也はもういつもの京也だった。紀子は少しどきどきしながら景色へと顔を向ける。


「そうだね、そう思う」

「だね。んじゃ、もう行くわぁ」

「え?もう?」

「今日はバイトだし」


そう言って笑う京也。京也が親元を離れて一人暮らしをしているのは周知の事実だ。それが何故かは京也が語らないため詳しくはわからない。ただ、高校からはボロアパートで一人暮らしをし、仕送りでやりくりしつつも週2回のアルバイトで生計を立てているということは知っていた。アルバイトは禁止の学校だが、事情が事情だけに学校側も許可を出していた。ただし週に2回、夜9時までの条件付だ。


「慌しいなぁ、今日はここに来ないでもよかったんじゃない?」

「ここにくれば元気がもらえるからねぇ」

「私に会って?」

「あっはっは、まぁそうだね、そうだよ」


冗談だと分かっているからこその大笑いだ、紀子も声を出して笑った。こういうことが出来る友達は紀子にとって京也と苺しかいなかった。


「じゃ、ね」

「バイト、頑張って」

「おいっす」


そう言うと京也は笑顔全開で扉の向こうに消えた。何の遠慮もなく話せる男友達、それだけで心地がいい。決して自分に対して色目を使わず、恋愛感情を抱かない貴重な存在。自分の顔色を伺わず、それでいてまっすぐに言葉を発する心の大きさに、紀子は京也を人間として好いていた。


「あの人を好きじゃなきゃ、惚れてたな」


紀子はそうつぶやくと遠い目をして景色を見る。陽はすでに半分が山間に隠れている。今、口にした『あの人』を思い浮かべながら紀子は大きく背伸びをした。そのまま胸の前で拳を握って気合を入れるようにしてからかばんを手にし、屋上を後にしたのだった。

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