表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いちごいちえ  作者: 夏みかん
第4章
19/52

揺らぐ気持ち 3

赤をベースにしたチェック柄のシャツにジーンズのスカートを履いた春香は駅のベンチに座りながらあと少しで来る電車をドキドキしながら待っていた。肩からかけた小さなバッグの中に入れたリップを確認するその仕草ももう何度目になるやら。そわそわしつつ周囲を見るが、まちまちながら人は多いように見える。極度の緊張が自分を襲うが、大きな大会でのスタート前でもこうまで緊張したことがないほど緊張しているのが分かった。次に来る電車のこの入り口付近に明人が乗っているはずだった。このまま電車に乗って30分ほど行った場所にこの辺りで一番大きな繁華街があるのだ。大きく長いセンター街に映画館、いろんな店や百貨店、そういうものが集中してある場所を選んだのは春香だ。少し遠いこともあって明人から却下されるのではないかと思っていたのだが、意外にもあっさりと了承してくれていた。春香にしてみれば映画を見た後も楽しめる場所として選んでいたこともあり、それに加えて長い往復時間も明人と一緒ならば嬉しいと思っていたからだ。きっとまともな会話は出来ないだろうと思う。元々明人は話をしない無口な人間だ。それがわかっているからこそ沈黙も気にならないだろうと思っていた。普段どおりでいい、そう自分に言い聞かせているととうとう電車がホームに入ってくる。緊張が頂点を迎える中、徐々にスピードを落とした電車が目の前にやってくる。そして扉が目の前で止まり、それが開いた。明人の姿が見えないが、春香はそれに乗り込んだ。


「おはよう」


入ってすぐ右側から聞きなれた抑揚のない声が聞こえてくる。あわててそっちを見れば座席に腰掛けた明人がそこにいた。そのまま明人の横の空いている部分に腰掛けると、今更ながらに挨拶をする。


「おはよう。乗ってないかと思っちゃった」

「あぁ、位置的にな。死角に入る」


笑顔もないが、それが普段の明人である。明人はグレーのTシャツの上に青いシャツを羽織り、ベージュのスラックスを履いていた。しかもイメージにないシルバーのアクセサリーも首元で光っていた。それが明人らしくないせいか、春香は動き出した電車に体を揺らしつつ質問を投げる。


「珍しいね、そういうの」


そう言いながら胸元で光るアクセサリーを指差した。


「妹が付けてけとうるさかったんでな」

「へぇ、さすがのPG明人も妹には弱いのか」


苦笑する春香を見ず、前を向いたままだが明人の口元に苦笑が浮かんでいた。そんな明人を見て意外な一面が知れた春香はこれだけでも大きな収穫だと思える。


「まぁ、うちの兄貴も私には弱いし、兄貴ってのは妹に弱いもんなのかな?」

「かもな」

「そっか」


笑う春香だが、明人は笑わなかった。それでもいい。普段の明人でいてくれるだけで緊張もましになる。結局その後はろくな会話もなかったが、それもいつものことで会話に悩む必要もなくて助かる気がする。


「例の事件、一応お前も気をつけろ」


もうあと5分程度で到着というところで明人が不意にそう口にした。目的地が繁華街ということもあって、電車の中は結構な混雑を見せていた。春香はざわつく車内の中で不思議そうな目を明人に向ける。明人は春香の方を向いていた。


「まぁ、そうするけどさ、でも苺の方が危険度高いって。それに一枝さんも。私はランク外だし、大丈夫」


心配してくれること事態は凄く嬉しいが、自分が狙われる可能性はかなり低いと思っている。現に消えた2人はキューティ3選抜の上位にランクインしていた生徒たちで、ベスト10以内にも入っていない自分が狙われるとは思えないからだ。だが、明人の表情に変化はなく、珍しく自分の方を向いたままだった。


「それでも、注意は怠るな」


有無を言わせぬ言葉に無言で頷く。それを見た明人は前へと顔を向けた。


「ありがと」


小さくお礼を言う春香に何の反応も返さなかったが、それでも春香は自分の心が何か温かいもので埋まっていくのを感じる。無口、無表情、無関心で鋼鉄の冷たい男。だが、こういう気遣いができる明人を知っているだけに、春香はさらに明人への想いを強めていくのだった。



固まる健司、微笑む苺、ニヤける茂美。ゲームセンターの中で三者三様の表情を見せる中、最初に口を開いたのは茂美だった。


「しかし苺も戸口一筋かと思ってたけど、まさかまさかのこの展開・・・いやいや、こりゃ面白いわねぇ」


心底楽しんでいる風な口調に健司が引きつった顔をさらに強める。一番会いたくなかった人物にまさかの遭遇。この不幸はここ近年でナンバーワンだ。そんなあからさまに困り顔の健司と違い、苺はため息をついて茂美にずいと近寄った。


「そうじゃないって、しー、あのね、暇だから遊んでるだけだよ!ボウリングをしに来ただけ。変な言い方しないの!」

「おー、そうなの?なんだ、付き合ってるとかはないけどさ、もっとこう、踏み込んだ感じなのかと思って損したなぁ」


どこか言い訳のようなことを言いながらチラッと健司を見る。その目は健司の想いを見透かしているような感じだった。


「まぁ、暇な者同士ね。いいんじゃない?」


茂美はにんまり笑うとそう言った。


「しーは何してんの?」

「あたしも暇つぶし。友達みんな部活やら出かけてていないんだよね。で、どうせなら少し遠出ってことで」


相変わらず人懐っこい笑顔を見せつつそう言う茂美に苺と健司は顔を見合わせて微笑みあった。


「なんだ、関口や美杉さんも予定ありか?」

「まぁね。たっくんはオタクな友達とゲームしに行ったみたいだし、優美はおばあちゃん家」


お向かいの幼馴染2人はそれぞれが用事で不在なようでの暇つぶしをしにきたようだ。


「というわけで、何して遊ぼうか?」

「いやいや、ちょっと待て!」


3人で遊ぶことを前提とした言い方に、健司は慌てて口を挟んだ。せっかくのデートがこれでは台無しになってしまう。しかも邪魔者である茂美はいつでも会話の中心に入るほどのムードメーカーだ。3人で遊べば確実に苺との仲を進めることはかなわない。


「ん?いいよね、苺?」

「そうだね、人数は少しでも多い方が楽しいし」


苺の言葉に茂美はニヤリとし、健司は天を仰いだ。最初にゲームセンターに来たことを後悔するが、もう時は戻らない。何のゲームをするかを相談する2人をよそに、今日一日、苺と甘いひとときを過ごす計画が呆気なく崩れ去った健司は肩を落としてへたりこみそうな体をなんとか奮い立たせるのが精一杯だった。



映画は上映開始から半月ほど経っているにも関わらず、席はほぼ埋まっていた。ゴールデンウィークという特殊な休みのせいもあるのだろうが、劇場内やや後方の真ん中の席が取れただけでも奇跡に近いと思う。2人ともジュースを買い、1つのポップコーンを分け合って食べることにしていたせいか、時々明人の手が触れそうになるためにポップコーンを食べるだけで緊張を強いられる春香はもうその味さえもよくわからない状態だった。そうこうしているとあと数分で場内の照明も落ちて予告編が始まる時間になっていた。明人が携帯をマナーモードにするのを見た春香もまたあわてて携帯を取り出す。するとここまで来る道中が騒がしかったこともあって気づかなかったのか、1通のメールが入っていた。マナーモードにするついでにそれを開けば、それは健司からのメールだった。中間報告とはこまめなやつだと思いながら内容を見れば、思わずポップコーンを噴出しそうな内容だった。


『我、戦わずして敗北!知り合いに遭遇して3人での行動になった。そちらの健闘を祈る』


そのあまりに切ない文章に苦笑を漏らしながら携帯をマナーモードにした春香がバッグに携帯をしまうと、明人がその様子を見ていた。


「なんだ、その顔からして相手は健司か?」


さすがに鋭いと思うが、その通りなので笑ったまま頷いた。


「せっかくのデートなのに邪魔が入って3人で行動になったって」

「そうか」


口元に浮かぶ緩やかな笑み。それが健司の心境を考えてのことなのか、それとも2人きりにならずにすんだ苺への想いの表れなのかはわからない。春香も笑みを返し、正面のスクリーンを見つめた。複雑な想いを抱えたままスクリーンを見つめるその横顔を目だけを動かして見やる明人だったが、春香はそれには気づかない。やがてブザーが鳴り、上映を告げるアナウンスが流れる。照明がゆっくりと落ちていく中、手だけをポップコーンに伸ばせば同じようにポップコーンを取ろうとした明人の手を握ってしまった。慌てて手を引っ込める春香の胸の高鳴りは尋常ではなかった。


「ご、ごめん・・・」

「いや」


まるで気にしてないといった感じの明人とは違い、動揺がありありと出る春香。そのせいか、予告編の間中ドキドキしてしまい、結局本編が始まるまでは落ち着かない春香だった。



車型の筐体の中に入り、フロントガラスの替わりにスクリーンを置いて流れる映像に向けて銃を撃つ。2人でするそのシューティングゲームに夢中になるのは苺と茂美だった。健司はそんな2人の様子を顔だけ車の中に入れて見ているだけだ。さっきは最大4人で銃を持ち、ゾンビを撃退するゲームを3人でした。その前も2人でするゲームは苺と茂美だけでしていただけに、結局のところ健司が苺と2人きりでゲームをしていない事実が重くのしかかる。本来空気が読めるはずの茂美だが、こういった面白いシチュエーションを楽しむ性格もしているだけにたちが悪い。このままずっと一緒ということを考えれば、自分という人間をアピールすることなく無駄に1日が終わるのは決定的だ。何とかせねばと思うが、相手が相手だけに打開策は皆無だった。そうして2時間近くもゲームセンターで時間を費やし、健司が決めていた昼食の時間もとっくに過ぎていた。もはや落胆を超えて開き直った健司が2人に昼ごはんをどうするか尋ねると意外な言葉が茂美から返ってきた。


「あー、あたしはもう行くね。さんざん遊んでお金がヤバイしさ」

「えー、しーは帰るの?」

「そうだね。あとは若い2人に任せて、年寄りは帰るとするかね~、ひっひっひ」


そう言いながら健司を見る茂美の目には何か語りかけてくるかのような光が見えた。


「マジで帰るのか?昼飯ぐらい奢ってやるぞ」


苺と2人きりでいたいとは思う。だが、ここで変に気を利かされて帰られるのも嫌だと思う健司の申し出だったが、茂美は静かに首を横に振った。


「いんや、帰るよ。あとは仲良く楽しんでよ」

「しー・・・」

「じゃぁね、苺、楽しかったよ!健司と仲良くね。最後にキスくらいしてあげな!」

「お前は!なんでそういう余計な一言を!」

「あっはっは!そんじゃぁねー」


大笑いしながらエスカレーターに乗って去っていく茂美を手を振って見送る苺、片手を挙げて見送る健司。やがてその姿も見えなくなり、残された2人の手が下ろされた。


「まったく、台風みたいなヤツだな」

「そうだね、変わらないよね」

「暇だったわりに、遊ぼうって連絡もなかったしなぁ」

「違う高校だから気を使ってる感じがしたよ?この間の電話でもそんな感じだったし」


本当は連休前に茂美にゴールデンウィークの予定を聞いていたのだが、まだ決まっていないからと保留されていたのだ。元々違う高校に入学したことによってそちらの友達を優先するようにと茂美はよく口にしていた。だからこそ、遠慮をしたのだと思えた。健司は何故茂美が帰ったのかを考えるが、答えは出ない。ただ、茂美のおかげで変に気取っていていた、いい格好をしようとしていた朝からの自分は消えていた。


「お昼ごはん、どうしようか?」

「マクドナルドでいいかな?」

「いいよ」

「じゃぁ、行こうか」


1階にあるファーストフード店へと向かうべくエスカレーターに乗る。時間的にピークは過ぎているため、そう並ばずに買えるだろう。まさかとは思うが、これも茂美の計算かと勘ぐってしまうが、やはり答えは出なかった。そして予想通り列はそう長くなく、運よく席も2つ空いていたために、少しだけ茂美に感謝する健司だった。



映画館近くのファミレスに入った明人と春香はオーダーを終えるとそのまま沈黙した。映画館を出てからは昼ごはんの場所を決めるのに話をした程度で、ここへ向かう道中も会話はなかった。けれどこれもいつもことなので気にしない。ただ、一つわかったのは明人が自分のペースに歩幅を合わせてくれているということだ。春香は歩くペースは人並みだが、それでも男の明人に比べればやはり遅い。なのにそう疲れもせず、明人に付いていくのに無理もしていないことからそれに気づいたのだ。とりあえずドリンクバーでジュースを入れて戻り、買ったばかりのパンフレットを広げる春香に対し、明人はその様子を見つつもジュースを飲んでいた。傍から見れば実に奇妙なカップルだろう。けれど、2人にとってみればこれはいつものことだ。結局、散々悩んでデートに誘ったはいいが、何も進展していない。もっとも、たった1回のデートで何かが変わるような間柄でもなかったが。このままずっと沈黙も困ると思っていた矢先、その沈黙を破ったのは明人からだった。


「映画、意外とよかったな」


その言葉に少々驚く。あまり感動した様子もなく、見終わった後も淡々としていただけに、春香としてはイマイチだったのかなと思っていたからだ。


「そうだね。彼女、今、幸せなんだろうね」

「世界的女優の地位を捨てても添い遂げたい人がいたんだ。幸せでなければ嘘だ」

「だね」


珍しく他人の気持ちを理解している明人に驚きながらも相槌を打った春香は、好きな人と一緒にいられることがどんなに幸せなことかを考える。現に、明人とは両想いでない今の関係のままデートをしているが、一方的な片想いでもこうして一緒にいるだけで幸せな気持ちになる。ただ、心は満ち足りてはいない。ずっと一緒にいたい、触れ合いたい、楽しみたいという気持ちがあるからだ。


「苺とは、こうして映画に行ったりなんかはしないの?」


口を突いて出たその言葉は自然と出たものだった。パンフレットをしまう春香を見つつ、明人は何かを考えた後で返事をした。


「昔はあったが、最近はないな。2人で出かけること自体が年に数回あるかないかだ」

「へぇ~、意外。幼馴染だからそういうのもあるんだと思ってた」

「俺はともかく、あいつには友達が多いからな。そっちと行くだろうさ」


どこか苦笑じみた言葉だったが、春香は黙って頷いた。確かに、苺と映画に行ったり買い物に行ったりしているのは自分や紀子の方が多いと思える。その後、注文したものが運ばれてきたためにそれを食べることに集中する。その間も2、3つしか会話はなかったが、春香は満足していた。仲は前進していない。けれど、心は満たされつつあった。ただこうして一緒にいるだけで満足感が得られたからだ。


「事件、解決するよね?」


話題が切れていたこともあって、春香は気になっていたことを口にした。既に食事を終えてアイスコーヒーを飲んでいた明人は春香を見据えるようにしてみせた。


「してもらわないと困る」

「そうだね」


てっきり俺が解決するというようなことを言うと思っていただけに、その言葉には驚かされた。


「ただ、犯人は1人じゃない・・・おそらくな」


そう付け加えた明人がストローに口をつけた。以前からその可能性は示唆していたが、こうまではっきり言い切ったことはないだけに春香は動揺を隠せなかった。


「なんで?」

「誘い出し、連れさらう。それだけなら1人でも可能だ。けど、あの坑道を利用して校内でさらうとなれば1人では時間がかかる。痕跡も残さずにさらうには、最低でも2人は必要だ」


あくまで明人の推理の範囲内だが、妙に納得できるものだった。


「それに、あの黒ずくめの男・・・あいつはかなり強い。多分、俺よりも遥かにな」

「え?」


小学生、そして中学生の全日本空手王者である明人の言葉に春香の背筋に悪寒が走る。空手は止めたが、今でも体と技は鍛えているのを知っているだけに、今の言葉は信じられないものだった。


「あの蹴りを受け止めることなくかわした身のこなし、それに纏った殺気。相当な腕前だ」


言葉の割には淡々としているが、春香は嫌な予感を覚えてしまう。正直な話、犯人と遭遇すれば必ず明人が何とかしてくれると思っていた。その明人からのまさかの発言に戸惑うばかりだ。


「それでも勝つのは俺だがな」


目の前のコップを見つめるその鋭い視線をそのままにそう言い放つ。自信に満ちた言葉、ではないが、春香はその言葉を聞いて少しホッとするのだった。



昼食後に開始されたボウリングだったが、ここでいいところを見せようと思っていた健司の策略は呆気なく崩れ去った。結局、今日までに頭の中で描いてきたデート計画はほとんど実行されていないことになる。ゲームセンターで茂美の乱入に遭ったこと、そして、運動音痴の苺がボウリングだけは上手いこと。アベレージ150を誇る健司だったが、1ゲームを終えた時点での成績は138で出だしとしてはそこそこ、のはずだった。苺の成績が182というのが化け物じみているのだ。力のなさそうなフォームから繰り出されるボールは確実にレーンの真ん中を射抜いていく。ストライクこそ少ないものの、取りこぼしもほとんどないスペアの嵐がこの好成績を生み出しているのだ。


「苺ちゃんってボウリング上手いんだね」


意外だと言わんばかりの言葉だが、苺は満面の笑みを浮かべてダブルピースをしてみせる。どこか嫉妬を感じていた健司だったが、その仕草と可愛い笑顔にハートを射抜かれていた。何故その姿をカメラに収めなかったのかが悔やまれる。そう思って携帯を取り出せば、メールが届いていた。春香からの返事かと思っていたが、なんと茂美からのものだった。


『ボウリング楽しんでる?ちなみに苺はむちゃくちゃ上手いよ!男上げるならパーフェクトしかないぜ?』


携帯を持つ手がわなわな震える。茂美が帰ったのにはちゃんと理由があったのだ。苺のこの腕前を知っていたからこそ、恥をかく前に帰ったと理解できた。気を利かせたわけでもなんでもなかっただけに、健司は茂美に対する怒りを禁じえない精神状態だった。


「どうしたの?」

「あ・・・いや・・・・それよりさっきのポーズ、もう一回!苺ちゃんが凄いのを明人はともかく、京也にも教えてあげたいし」


その言葉に笑みを浮かべ、さっきのポーズを取る苺。さっきと違って片足を可愛く上げていることに心の中で嬉しさにむせび泣く。


「木戸君なんか絶対私が運動全部ダメだと思ってるから、これで見直してくれるかなぁ?」

「そりゃそうでしょう?だってさ、凄いって、これは!」


その言葉にえっへんとばかりに胸を張る。そんな苺も逃さず写す健司はこのお宝写真だけは厳重にバックアップを取ろうと心に誓った。


「さて、まだするでしょ?」

「するする~!今度は200狙うよ!」

「本当に出しそうで怖いよ」


乾いた笑みを見せつつも健司は椅子に座った。春香からの返事はないが、とりあえず2人きりに戻れたという報告はしておこうとメールを飛ばす。その後、苺を見る健司は最近買った高画質のデジカメを持ってこなかったことを激しく後悔した。スマホでも十分だろうが、やはりそこは高画質で録画したい。そう、いちいち躍動的な苺は動くたびにその大きな胸が揺れる。それは他のレーンでプレイをしている男性の目も引き付けていた。そんな苺のせいか、集中力がおろそかになった健司の成績はさっきよりも落ちたが、心はかなり満たされていた。そうして2ゲームも終え、続けるかどうかを吟味しつつジュースを飲む。苺は楽しそうにしながら他のレーンの様子を見ていた。


「しっかし、なんでそんなに上手いの?」


健司の言葉にそっちを見た苺は人差し指をあごにあてて考える。漫画でありそうな仕草を本当にする可愛さに健司はもうメロメロだった。


「んー、これはボールをまっすぐ投げるだけだから、かな?」

「いや、それが一番難しいと思うんだけど」

「そっかな?私にはすごく簡単だけどね」

「参ったね・・・」


苦笑する健司ににんまりとし、苺はジュースを口にした。そのジュースの缶になりたいと思う健司だが、口が裂けてもそれは言えない。


「健司君ってさ、好きな人いないの?」


まさに天然娘の本領を発揮なのか、健司は苺の突然の質問にうろたえつつも、いつもの表情を崩さなかった。


「なんでまた突然?」


さりげなく笑顔でそう言うが、内心はドキドキだ。苺の返事次第ではここで告白もありうると考える健司は苺の唇の動きに集中している。


「だって、凄くモテるのに彼女いないし。暇だからって私を誘うし」


それがどういう意味かを考えて欲しいと思う健司だが、そこには触れない。好きだから好きな子を誘っている、それに気づかないほど近い位置にいるのかとも思う健司は苺の気持ちも少し分かった気がした。どんなに明人を好きでも、明人は苺という存在が近すぎてその想いに気づかない。だから進展がないのと同じであると。


「モテるからって誰でもいいわけじゃないよ」

「私はいいの?」

「そりゃ、苺ちゃんは友達だし、いつもつるんでるし、俺、苺ちゃん好きだし」


何故かさらりとそう言ってしまった。この状況で告白するつもりなど毛頭なかった。なのに、つい口を出て言ってしまったのだ。しまったと思うが、ここは天然の苺の力を信じて普段どおりの笑顔を見せた。苺は少し顔を赤くしながらも微笑を返す。そんな苺の反応を見てこれはやりすごせると確信していた。


「もう!すぐそういうこと言うんだからぁ!でも私も健司君、好きだよ。カッコイイし、優しいし」

「そっか、じゃぁ、付き合う?」


本気だが、あくまで冗談という風にそう口をした。本当の告白はもっと心の距離が近づいてからだと決めていたからだ。


「あははっ!そうだね、健司君となら面白いかもね。でも、今のままの方がいい関係だよ、きっとね」

「だな」


冗談で終わったことにホッとしたと同時に、やはり今の苺の中の自分のポジションは友達でしかない。苺の心の中が全部明人で占められている今、こんなものだろうと思える。けれど、近いうちには苺に自分を意識させてやる、そういう決意も生まれた健司だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ