揺らぐ気持ち 1
4月29日の祝日も過ぎ、明日でゴールデンウィークに突入という5月2日になっていた。連続女子生徒失踪事件の捜査に進展はなく、祝日の次の日には生徒全員に防犯ベルが配られた。小学生じゃあるまいにという声も飛んだが、少なからず恐怖を感じている女子生徒にしてみれば少しは気が楽になる処置でもあった。5月に入ってからは部活も再開されたが、連休の間の部活や合宿のような類のものは中止となり、春香にしてみれば最初の事件発生を受けてすぐに合宿が中止になっていたこともあって落ち込みはしなかった。とりあえず大手を振って遊べることが嬉しい、そんな風に思っていた。だからこそ明人を誘ってデートをしたいが、それを実行する勇気もなかった。同盟を組んだ健司もまた苺を誘ってデートをすると豪語していたが、いまだに誘えていないようである。結局のところ、充実しているのは京也と歩だけであったが、こちらも29日に映画を見に行ったりしているが、連休の予定は未定のままだった。そうして昼休み、強引な水星の誘いをなんとか断った京也も一緒に机を並べて弁当を広げるが、あまり会話はない。時折健司と春香がなにやら目で会話をしているが、それには誰も気づいてはいないようだ。
「そういや志保美さんは今日から浅見さん家にお泊りだったねぇ」
いつのようににへらとしながらそう言う京也に健司の眉がピクリと動く。
「うん。去年の年末に行けなかったから久しぶりなんだよ」
「昨日、久々に屋上で会ったけど、浅見さんも楽しみにしてたよぉ」
「うん、私も楽しみ!」
嬉しそうな顔をする苺から目を逸らし、春香は健司を見た。その鋭い視線を感じた健司が春香を見て、それから苺に向かって言葉を投げる。
「4日と5日はどうするの?」
自然にそう聞けた健司は心の中でガッツポーズをする。そんな健司を見て明人の様子を伺う春香だったが、明人は我関せずで弁当を食べていた。
「今んところ予定ないよ」
「そうなんだ?俺も暇だし、どっか行かない?」
にこやかにそう言う健司だったが、内心はドキドキである。明人は口を動かしながらそんな2人の様子を見ているが、口を挟む様子はない。
「いいよ」
「うっし!じゃぁさ、4日でいい?」
「うん、いいよ」
苺の返事にさわやかな笑顔を見せるが、内心は両手を振り上げたガッツポーズをしていた。勝ち誇った目で明人を見るが、明人は平然と卵焼きを食べている。そのままの流れでどこへ行こうかなどと話をしている健司と苺をよそに、明人は口の中を空にしてから京也を見やった。
「お前はどうなんだ?」
突然そう言われた京也はご飯を口一杯に入れていたせいか、しばらく口を動かした後で返事をする。
「一枝さんと?会わないよ」
「へぇ、デートしないんだ?」
お茶を飲みながら春香がそう言うと、話が途中だった健司と苺もこっちに興味を示した。
「おいおい、逆に振られたのかぁ?」
「なんでそうなるかなぁ・・・付き合ってないのにそうしょっちゅうデートはしないって」
「彼女から誘いはなかったのか?」
「そうだね。歩ちゃんが木戸君を好きなんだもんね」
「誘いはあったけど、俺に用事があるんだよ」
「何の用事?」
あまりの質問責めにうんざりしつつ、京也は疲れた顔をしながら説明をした。
「明日明後日は実家。その帰りの5日は買出し、以上」
実に簡潔にそう答え、おかずを口に入れる。そんな京也の様子を見つつ、明人がお茶を手にして疑問を投げた。
「この間も実家に行ってなかったか?」
「あれは正確にいうと伯父さんの家。っても実家のすぐ近所だけどね」
「ふぅん・・・だったら5日は歩ちゃんと買出しに行けばいいじゃん」
「その日は一枝さんはおじいちゃんの家に行くんだってさ」
春香の言葉にそう返し、京也は弁当を平らげた。明人はもう興味を失ったのか、黙々と弁当を食べていた。
「彼女、お前に会えなくて寂しいってか?」
「先輩・・・会えないからって、浮気はダメですよ!」
「するわけないって、歩こそ、浮気するなよ!」
「私はないですよ。だって先輩、浅見さんや風見さんとか、他にいるし」
「ち、違うって・・・・あれは、違うぞ!」
「何その反応、怪しい!じゃぁ私だけって証拠に、キスして!」
「ああ、いいぜ・・・・」
「みたいな?」
毎度毎度突発的ながらよくもこうまで息ピッタリに芝居が出来るものだと感心しつつ、京也はもう何も言わずに深いため息をついた。そんなあまりに無反応な京也に拍子抜けしたのか、健司と春香はお互い目を合わせてから渋い顔をしてみせる。そんな2人をチラリと見た明人の口元が緩んだ。
「苺、浅見に木戸のこと、よく聞いてこい」
「おいおい、明人くん、何を言い出すんだ、何を」
あからさまに動揺する京也を怪しむ4人。やはり何かしらの関係があるのかと思う健司が何かを言おうとした矢先、明人が先に口を開いた。
「お前は何かと怪しすぎる」
その言葉に全員が頷き、京也はがっくりと首を垂れた。何をもってそう言われたかはわからないが、真顔の明人に言われれば深読みもしてしまう。それに、明人にしてみればそれは冷やかしではなく本気だ。それなりに親しく、2人きりで過ごしている紀子だからこそ気づくこともあるかもしれない、そう思ったのだ。
「そういう明人は予定ないの?」
反撃に出たのか、京也のその質問に明人が顔を向けた。春香は明人の予定が聞けるとドキドキしつつその返事を待つ。場合によっては健司のように自分も動く必要があるからだ。
「別にない」
「ふぅん・・・じゃぁ何するの?」
ナイスな質問を繰り返す京也を心の中で応援しつつ、春香が明人の返事に注目する。そんな春香を見つつ内心苦笑する健司もまた状況によっては春香をフォローすべくその答えを待った。
「裏山に行くぐらいだな」
今は事件ことにしか興味がないのか、明人はそう言うとお茶を飲む。普段の休日はDVDを見たり本を読んだりしているのを知っている苺にすれば、裏山へ出かけること自体が珍しいと思っていた。
「でも入れるのかなぁ?」
「問題はそこだ」
京也の言葉に対して冷静に返しつつ、明人は水筒を置くと窓の外の景色へと顔を向ける。今日は暑いこともあって、時折入ってくる風が心地よかった。
「あまり踏み込みすぎないようにね」
明人の横顔を見つつ、京也は笑いながらそう言った。そんな京也を目だけで見つつ、明人は小さく頷いた。その後は苺と健司のデートプランに京也が口を挟む展開になるが、春香はそれに参加せず景色を見ている明人を見つめていた。健司に自分の秘めた想いを打ち明けてから、春香は以前に比べて明人を意識してしまっている。自分の中の恋心がよりいっそう大きくなったことに戸惑いつつも、何かしらの行動は起こさないといけないとは思っていた。だが、実際は何も言えない。そんな春香を気にしながらも、春香自身が動かなければ何のフォローも出来ないと思う健司もどこかもどかしい思いを抱えていた。結局昼休みに春香が行動を起こすことはなく終わる。そして放課後になり、春香は部活に向かった。ただ、健司に相談して以来、少し気持ちがすっきりしたこともあって水泳のタイムは徐々にだが伸びつつあった。それでもまだ本調子にはほど遠い。屋内プールのロッカーに入り、制服を脱いだ。上半身が下着だけになった姿がロッカーの扉の裏に貼り付けられた鏡に映し出される。苺には到底及ばない胸を見てため息をついた。苺もそうだが、歩も胸が大きい方だ。紀子にしろ水星にしろ、皆そうだった。だからこそキューティ3選抜でも上位に選ばれるのかなと思うが、こればかりはどうしようもない。深いため息をついて水着を着終わるとノックの音がし、赤井が入ってきた。
「おや?今井、早いね」
「明日から3日も泳げないですからね」
「やる気十分だね、いい傾向だよ」
笑いながら自分のロッカーを開ける。赤井が着替え始めると続々と部員たちが集結し始めた。すでに着替え終えている春香は赤井を待つ感じでロッカー内にある長椅子に腰掛けた。そうしながらも、視線は部員たちの胸へと向けている。大小様々な胸がそこにあった。男子が好むのは大抵大きな胸と決まっている。その証拠に、胸の大きな部員に彼氏がいる比率が大きい。明人もそうなのかとため息が出るが、苺の胸にも興味を示している感じはなかったと思う。だが、スリーサイズを当てて見せたことからしても、隠しているだけでそういう興味はあるのだろう。健全な男子ならば当然のことだと思うが、嫉妬心がふつふつと湧き上がってきていた。
「行こうか?」
着替え終えた赤井の言葉に顔を上げた春香の目には炎が宿っている。何だか知らないが今日の春香のやる気に苦笑しつつ、大股でロッカールームを出る春香に優しい目を向ける赤井だった。
*
今日はバイトが入っている京也は珍しく苺と2人で下校していた。明人と健司の2人が裏山の状態が今現在どうなっているかを調査に向かったためだ。苺は一旦家に帰った後、制服を着替えてから準備してある荷物を持って紀子の家に向かうことにしていた。紀子の家は学校への反対方向の駅3つ向こうにある。中学の時に両親が離婚し、母親に付いてこの二見の地に来たのだ。現在母親は会社務めをしている上に、それなりのポジションに付いていることもあって家を空けることが多かった。出張なども多く、紀子にしてみれば一人暮らしをしているのと変わらない状態になっている。本当は寂しいのだろうが、紀子は親友の苺にもそういう表情を見せたことがなかった。イジメにあっていたときも、『笑う角には福来る、だから、私は笑うの』、そう言って微笑んでいた。紀子は強い、そう思える一面だった。
「浅見さんとは凄く仲がいいんだねぇ・・・泊まりに行く関係、羨ましいよぉ」
「そんなこと言っちゃ、歩ちゃんに怒られるよ?」
「なはは~、そういう意味じゃなかったんだけどねぇ」
苺の突っ込みに笑いながらそう答える京也に苺も笑顔を見せた。
「木戸君にも明人君や健司君がいるじゃない。泊まったりしてるんでしょ?」
「たまにね」
にんまり笑う京也に苺も笑った。こういう砕けた感じの京也の性格のせいか、本来少し男子が苦手な苺にとっても京也は接しやすい男子になっていた。もちろん明人や健司の友達で、自分とも友達だということもある。それを除いても気楽に会話できる男子として京也はそれなりに女子生徒の友達もいるのだ。しばらく会話が途切れ、日の長くなった夕方の空に薄い赤みが滲んでくる。過去の苦い思い出のせいか、苺はあまり夕焼けが好きではなかった。襲われた過去のトラウマ、それと同時にこの間裏山で襲われたことも思い出した。そして、あの時に見た犯人と京也のやりとりも。今は2人きり、しかも周囲に人の姿はない。あの時のことを聞くなら今しかないと、苺は覚悟を決めて口を開いた。
「一つ、聞いてもいいかな?」
恐る恐るそう言葉を投げる苺に京也は少し戸惑いながらも笑顔を向ける。その笑顔がOKのサインだと受け取った苺はチラチラと京也を見ながら気になっていたことを口にした。
「あの日、裏山で犯人に会ったとき・・・木戸君に何か言ったよね、犯人が」
その言葉を聞いて内心は動揺しつつ、京也はそれを顔に出さないように努めた。
「んー・・・そうだっけ?」
いつもの調子でとぼけるが、苺はじっと京也を見つめていた。その目はまるで京也の心を見透かしているように思えてしまう、そんな目だ。
「『きょうじん』ってそう言った。木戸君が相手の指を受け止めた時に、確かにそう言ったんだよ」
京也は苦い笑みを浮かべ、苺から目を逸らした。どう弁解するかを必死に考えるが、焦れば焦るほど答えは出ない。ならばいっそのこと、そう思い、京也は前を向いたまま口をゆっくりと開いた。
「木戸無双流、挟刃・・・・指の力だけで白刃取りをする技の名前なんだ。本来は拳を握って曲げた人差し指と中指だけを軽く突き出してその指と指の間で白刃取りをする技、なんだけどね」
淡々とそう言う京也の横顔を見る苺の表情はポカーンとしていた。
「木戸無双流って・・・・木戸君、そういう、なんていうか、流派っていうのかな?そんなの使えるの?」
「使えない・・・一部の技だけだよ」
「え、でも・・・」
「俺は正規の継承者じゃないからね」
「そうなんだ?」
「うん」
「でもなんかかっこいいね、木戸無双流って響きも」
「そうかな?」
「うん、かっこいい」
本気でそう思っているのだろう、苺の言葉に京也は頭を掻いて苦笑を浮かべた。本当はこんな技など使いたくもない。自分の中に流れる木戸の血すら煩わしく思えるほどだ。こんな家系に生まれたことを呪っているとは言えず、京也は薄い笑みを浮かべたまま前を見た。
「じゃぁ、木戸君も強いの?」
おそらく明人を比較に出しての言葉だったのだろう。木戸君『も』とはそういう意味だと取った京也が静かに首を横に振った。
「強くないよ。ある程度の技は使えても修練が足りないからね・・・本当に強い人には全然かなわない。心は強いつもりなんだけど、体がついていかないよ」
笑ってそう言う京也の顔を見る苺は、9年前に自分を助けてくれたあの人の顔に重なっていくのがわかった。それにさっきの言葉、心の強さ。それもその恩人が口にした言葉に似ていた。そういえば、あの恩人もまた木戸という名前だったことを今更ながらに思い出す。
「その継承者って、木戸周人って人?」
思わぬところで思わぬ人物の名前が出たことに一瞬だけだが驚きの顔をする京也。そんな京也を見つつ、一瞬だったとはいえあまりに驚きの反応を見せた京也に苺は驚きつつも、それほど深く気にしていないようだった。
「違う・・・・その人じゃないよ」
「そっか、ただの偶然か・・・」
「その人、どういう人なの?」
そう問われて苺は9年前の話を簡単にしてみせる。小学校2年の時に変質者に襲われたこと、そんな自分を助けようとしてくれた明人が倒されたこと、そして木戸周人という人に助けられたこと。その際にその人が見せた左右同時の蹴りを明人がマスターしようとしていることなどを。
「そっか、恩人か」
「うん。でも、明人君はその人の名前を知らないと思う。私も言ってないし、お父さんたちやおじさんたちも言ってなかったようだから」
「そう・・・なら俺も黙っているよ。昔話も聞いてないことにするね」
「うん、ありがと。私も木戸無双流のこと内緒にしておくね」
京也が笑顔で頷いたところで駅に着いた。苺は電車の時間が近いこともあって手を振りながらも走っていってしまった。そんな苺に手を振り返し、京也は自転車にまたがる。ここまでは苺の歩幅に合わせて自転車を押していたからだ。
「妙な因縁があるなぁ・・・それにしても」
自転車を漕ぎ出し、声を出して独り呟く京也は心の中で続きを呟く。
「明人の恩人が宗家の継承者で・・・目指す技は『亀岩砕』とはねぇ・・・・・」
ため息をつきつつ、少しペースを上げた。夕焼けがさらに赤味を増していく中、京也は自分の胸の中を黒い影が覆っていくのを感じるのだった。
*
裏山のポンプ小屋がある開けた場所にはバリケードが置かれ、立ち入り禁止の札がいくつも掛けられていた。警察関係者の姿はないが、この様子からしておそらくこの近辺の捜査が行われたのは間違いない。明人と健司は注意深く周囲を探りつつ、バリケードを超えてその奥へと走った。ポンプ小屋の奥、あの坑道の入り口付近で近くの大木に身を隠す。やはり坑道の入り口も厳重なバリケードで覆われていて出入りが出来ないようになっていた。だが、バリケードの間を上手くすり抜けるようにすれば中に入ることは可能なようだ。けれど今日は何の準備も出来ていない。仕方がなく後日出直すために戻ろうとした矢先、坑道の中からバリケードを越えて姿を現した人物に健司が、そして明人も驚いた顔をしてみせた。
「富沢?」
その声に悠が2人に気づき、一瞬困った顔をした後に笑顔を見せて手を挙げた。そのまま近づく悠に対して手を挙げ返した健司に対し、明人は睨むような目つきで悠を見ていた。
「なんだよ、見つかってヤバイと思ったら遠山と戸口でホッとしたよ」
笑いながらそう言う悠に健司も微笑むが、ずいと一歩前に出た明人は鋭い目をそのままに冷たい口調で言葉を発した。
「何をしていた?」
「何って・・・ここが捜査の対象になってるって噂を聞いたから見に来たけど、何もないし」
苦笑交じりにそう言う悠に少しの動揺が見て取れた。そんな悠を見たまま、明人はさらなる質問を投げる。
「何もない?本当か?」
「え?ああ・・・奥に少し広い場所があったけど、他には何も。でっかくて太い木の板が何枚も立ててあった場所があったくらいでさぁ」
「板を?」
さすがの健司もそう呟き、明人を見た。前回来た時とは違う中の様子に明人も静かに頷いた。
「もう一度一緒に行ってくれ」
その言葉に少しためらいを見せた後、悠は頷いた。
「いいけど・・・もし警察の人が来たら、どうするのさ?」
「好奇心で来たと言えばいい」
冷たくそう言うと、さっさとバリケードを越える明人を見た悠が健司を見れば、健司は肩をすくめて苦笑している。仕方なくバリケードをくぐり、持っていた懐中電灯を照らした悠が先導して歩き出した。前回来たときと同じルートをたどれば、あの広めの空間に出た。だが、悠の言ったとおり何もない。あの時見た木の台もそこにはなかった。そして、扉があった場所にはあの木の台ではない太く大きな木が何枚も立て掛けられていた。警察が設置したバリケードにしてはお粗末なものだ。明人はその木を調べるが、人1人の力では到底動かせそうにない。1枚1枚が天井に届くほどの高さのせいか、少なくともその1枚を動かすだけで4、5人の力がいる、そんな重さが感じられた。
「扉を完全に塞いだか」
「扉?」
「ここに扉があったんだ、前に来た時には」
悠の質問に健司が答える。明人はそこをひとしきり調べた後で腕組みをして何かを考える仕草を取った。
「戻ろう」
やがて答えが出たのか、明人はそう言うと悠を促して歩き出す。そんな2人にあわてて健司も横に並んだ。こんなところで置いてけぼりはゴメンだ。無言で前を見たまま歩く明人と健司をよそに、何度か振り返った悠の表情はどこか冷たかった。
*
駅の階段を上がって改札に上がると紀子の姿があった。両手には買い物袋が提げられていることからして買い物を終えた後で迎えに来てくれたようだ。紀子の家には何度か行ったことがあるだけに場所はわかっている。ここからそう遠くはない少し大きめのマンションだ。目立つ大きさだけに迷うこともない。それなのにわざわざ迎えに来てくれた紀子に笑顔で近づくと袋を一つ持ってあげる苺だった。
「あー、そんなのいいって、苺はお客さんなんだから」
「いいの!お客さんでも友達だし」
よくわからない説明に苦笑した紀子だったが、その好意に甘えることにした。2人であれこれ話しながらマンションへと向かう。学校ではあまりしゃべらない紀子だが、苺と2人きりであればよくしゃべる。学校でも友達は少ない紀子は愛想が良くないとのレッテルを貼られているが、実際はそんなことなどないことを苺は知っていた。まるで学校での紀子は意図的に友達を作っていないように思える。かなり少人数の友達がいるが、こうして家に呼んだり呼ばれたりする友達は苺だけだった。1年の夏前に中庭で派手にこけた苺を助けてくれたのが紀子だった。そんな出会いを経て徐々に仲良くなっていき、去年の秋が深まる頃には紀子の家に泊まりに行ったりする仲にまでなっていたのだ。そしてちょうどその頃には京也と屋上で会うのことも日課になっていた紀子にとって、京也とも友達である苺と深い友情を育むようになっていた。ややゆっくりしたペースで歩いていた2人がマンションにたどり着き、紀子の家に上がる。物があまりないせいか、いつ来ても綺麗に整理されていることに感心してしまう。とりあえずリビングに荷物を置き、夕飯の支度を一緒に手伝う。今日のメニューは苺のリクエストでオムライスにサラダ、そして味噌汁というシンプルなものになっていた。これは作る手間が容易であることを理由にしていたが、やはり最近の寄り道でそれなりにお腹の肉具合が気になってきたからという理由も含まれていた。それに明人にスリーサイズを当てられたということもある。とにかく2人で楽しみながら料理をし、大きな食卓テーブルを2人で使いつつ皿を並べていった。この4人掛けの食卓テーブルで向かいあって食べることなど紀子にとっては久しぶりのことだ。月に数えるほどしか母親とはこうして食べることもなく、時間が合わないこともあって毎回寂しい思いで食事をしているのだった。
「じゃぁ、いただきましょう!」
「うん!いっただっきまぁす!」
笑顔でそう言い、2人は夕食を開始した。食べながらする会話の話題は学校のこと、特に連続女子生徒失踪事件に関することだ。
「でも怖いよね、2人も消えて」
「明人君たちもいろいろ調べてるけど、手がかりがないしねぇ」
「やっぱ調べてるんだ?」
なかなか出来のいいオムライスを噛み締めながらそうたずねる紀子は、あの明人ならそうしているだろうと思っていたのだ。それにそれとなく京也から聞いていたが、それは苺には言う必要がないとも思っていた。
「うん。犯人にも遭遇するし、怖かったよ」
笑いながら平然ととんでもないことを口にする苺に、口に入れかけたスプーンが止まる。
「犯人に遭遇って・・・・?」
一旦間を置いてからそう言い、スプーンを口に入れる紀子だったが味がわからないほどに驚いていた。犯人に遭遇したとなれば苺もまた狙われたのかと思ったからだ。
「池田さんがいなくなった次の日だったかな?裏山を調べに行ったんだ」
そう言いながら苺はあの夜のことを紀子に説明し始めた。坑道を調べに行った明人と健司を待っている時に全身を黒い服で着込んだ男に襲撃されたこと。京也が自分を助け、さらにちょうど戻ってきた明人によって犯人が逃げたことなどをかいつまんで話して聞かせた。紀子はずっと驚いた顔をしつつも、食べながらその話を聞いていた。
「苺・・・本当に気をつけてよ?一度遭遇したってことは口を封じたりするためにまた来るかもしれないし」
本気で心配しているのがわかる口調と表情に、苺もまた真剣な顔をしてみせた。
「うん。でも明人君もいるし、健司君や木戸君もいるからさ」
「なるべく帰りは戸口君と帰りなよ?」
「うん、そうするー」
本当に危機感があるように思えないが、忠告は理解してくれたようだ。紀子は鼻でため息をつくとサラダをつついた。
「でもさ、意外と木戸君も強いかもしれないんだよねぇ」
突然そう言う苺につついていた動きを止める。苺は満足そうにオムライスを食べていた。
「へぇ、そうは見えないけど、どうして?」
「犯人がこうして指で突きにきたんだ。そしたら木戸君はこうやってそれを受け止めてね。相手はそれを見て、『きょうじん!?』ってびっくりしてたもん!木戸無双流の技だって知ってたんだと・・・・・・」
やや興奮気味に身振り手振りを交えつつほとんど全部を話し終えてから、ついさっき下校時に京也に内緒にすると言った自分の言葉を思い出した。あっけなく約束を破ってしまったバツの悪さから顔を伏せる苺を困った顔で見やる紀子は、突然ガバっと顔を上げた苺に全身で驚きを表現した。
「ゴメン、紀ちゃん!今の話、内緒でお願い!木戸君と約束してたの忘れてたぁ!」
困り顔で目をうるうるさせた苺に苦笑を返し、紀子は優しい顔で頷いてみせた。
「はいはい、わかりました。内緒にする!約束するから、食べよ?」
「うん、ありがと」
紀子の言葉に安心したのか、苺はサラダを美味しそうに食べだす。それを見てホッとした紀子だったが、今の話を頭の中で整理していた。
「でもさ、木戸君が強いかどうかは置いといて、犯人はその技を知ってたってことよね?技は知ってたけど、木戸君がそれを使えるとは思ってみなかった、ってこと?」
紀子の疑問に少し考えるようにしてから苺はもぐもぐ口を動かしたまま頷き返した。
「じゃぁ犯人は過去、その木戸なんとか流を使う人と会っている、例えば戦ったとか?そういうことになるのかな・・・」
「そうだね、そうなるね」
「それって手掛かりにならない?だって木戸なんとか流ってことは、おそらく木戸君の身内の人でしょう?」
「あ!そっか!そうなるね!凄いよ紀ちゃん!」
「・・・・いや、普通気づくでしょう?」
呆れた顔をしてそう言う紀子に苦笑いを返しつつ、てへへと笑う苺につられて紀子も笑った。
「今度聞いてみるねー」
「そうして。でも私のことは内緒だよ?」
「どうして?」
意味がわからないという顔をする苺を見て疲れた顔をした紀子は一旦スプーンを置いてお茶を飲んだ。
「言ったらあんたが内緒にしてる話、内緒じゃなくなっちゃうでしょ?」
「・・・・・う、そうでした」
またもてへへと笑う苺に困った笑みを返す。ただ気になるのは京也がそれを理解していて明人たちに黙っているのではないかということだ。京也にとってその技を使うということは知られたくないことなのか、それとも、万が一だが犯人とどこかで繋がっているのを知られたくないと思っているのか。サラダの入ったお皿を見つめる紀子に、苺が心配そうに声をかけた。
「紀ちゃんも、気をつけてね?何せキューティ3のトップなんだし」
「分かってる。変な誘いを受けたら苺に連絡入れるから。まぁ、そんなのに応じる気はさらさらないけどね、私は」
本気で心配してくれる苺の存在がありがたかった。こういう友達は苺か京也しかいない紀子にとって、苺はかけがえのない存在である。
「苺もね?あんたも可愛いんだからさ」
「もちろん分かってる」
そう言って屈託なく笑う苺にはいつも感謝をしている。友達でいてくれることに、そばにいてくれることに。だから、紀子もまた心からの笑顔を返すのだった。




