向き合う視線 4
「おそらく、前と同じで犯人に呼び出されたんだろうな」
「だろうな」
「同じ手口とは、大胆な」
「怖いね・・・」
明人の家に集まった健司と苺がそうつぶやく。学校が休みになり、健司の呼びかけでここに集合したのだ。春香もこっちへ向かっているところだが、京也は用が出来たとやらで来る予定はない。
「同じかどうかはわからんが、見つからないルートがあるのは確かだ」
そうでなければ坑道まで調べた警察の動きを知りつつも再度犯行に及ぶとは考えにくい。ならばあの扉は無関係なのか、それとも他にもああいったものがある坑道が存在するのか。これで明日に予定していた坑道探索は事実上不可能になってしまった。今回の事件を期に警察も裏山を本格的に探るだろう。立ち入ることもできないと予想され、明人たちの動きはかなり制限されることになる。
「しかし可愛い子を2人か・・・まじで美少女飼育計画かぁ?」
「検索してみるか?」
今出来ることはしておきたい明人は机に座るとパソコンを立ち上げた。デスクトップタイプのもので、高校入学の際に買ってもらったものだった。起動するのを待っていると、下から母親が呼ぶ声がする。明人に代わって苺が対応すれば、一緒に上がってきたのは春香だった。
「おいっす・・・って、何してんの?」
手に持ったケーキの箱を部屋の真ん中に置かれた丸テーブルの上に置くと、パソコンに何かを打ち込んでいる明人を見やった。
「美少女飼育計画ってのがあるかどうか調べてる」
「・・・・そんなのヒットすんの?」
「わからんからやってる」
健司が明人のベッドに腰掛けたままそう言い、苺はさっそく春香のお土産のケーキを広げていた。
「気を使わせたな」
画面を見たままの明人に小さく微笑む春香はテーブルの前に座った。今日はジーンズなので気にせずあぐらをかく。どうやら癖せらしい。
「お茶、用意するね」
言いながら立ち上がった苺はさっさと部屋を出て行った。まるで自分の家のような振る舞いに健司と春香は顔を見合わせて笑った。
「まるで夫婦ね・・・」
「付き合いが長いとこうなる」
そう言う明人が健司を見た。その目を受けて立ち上がった健司が明人の横に立って画面を見ると、検索でヒットしたのはパソコンでのやらしいゲームや、そういったものを題材にした漫画ばかりだった。だが、すこし先に進めるとある事件のことについて書かれた1つのホームページが見つかった。
「なんだこれ?『ゼロ』によるクーデターを知っていますか?知らないなぁ」
「ゼロ?」
「んー・・・10年前にあった東京でのビル爆発の事件だな、こりゃ・・・」
その言葉に春香もまたパソコンの画面を覗き込んだ。黒い画面に白文字が不気味で、新聞の記事や写真が載せられている。
「テロとも事故だとも言われているが、実際は政府が裏で組織した機関のクーデターが・・・・・」
「主犯は『ゼロ』で・・・・・阻止したのはかつて『魔獣』と呼ばれた男」
聞いたこともない名称に健司と春香は顔を見合わせる。そんな2人をよそに、画面から目を離さない明人はそこに書かれている『ゼロ』なるものの犯行を読んでいた。
「家出してきた美少女を誘拐し、飼育しようとしていた・・・『ゼロ』を含めた4人・・・・・」
明人はそこまで読むともう一つブラウザを立ち上げると10年前のビル爆発事件を検索した。首都圏でビル上層階が爆発し、当時はテロと断定された。後に事故だと訂正されたが、真実は今をもって闇の中である。
「これって書いたヤツの妄想だろ?」
「裏の組織に『ゼロ』・・・何かの見すぎだって」
興味が失せたのか、健司も春香も元の位置に戻る。明人はまだそのページを見続けていた。
「そういや木戸は?」
「用があるってさ」
「歩ちゃんと?」
「違うみたいだよ。実家に用があるんだって」
言いながら入ってきた苺の手にはトレイが持たれ、その上にジュースとコップが置かれていた。
「へぇ・・・」
「歩ちゃんは友達と遊びに行くって」
「同級生のお誘いは受けないとね」
春香は納得したのか、ケーキをお皿に乗せるのを手伝った。
「実家ってのは嘘で、意外と浅見と会ってたりしてな」
「風見かも」
そう言いながらうっしっしと笑う健司と春香。苺はそんな2人を見て困った顔をするだけだ。
「『ゼロ』なる人物はヒットしない・・・ここのホームページだけだ」
「だろ?妄想とかそんなだ」
健司はケーキを前に座り、もうその話題に興味がないようだった。明人は鼻でため息をつくと画面をそのままに床に座った。だがどうにも気になる。『ゼロ』、『魔獣』、妄想にしてはかなり凝ったものだ。
「苺はゴールデンウィークはどうするの?」
「2日から3日にかけては紀ちゃん家に泊まりに行く。あとは予定なし」
「そっか・・・私も3日は涼子たちとボウリングだ」
「涼子って7組の吉田涼子か?あの子も可愛いよなぁ・・・うちの学校って結構有名な美少女学校だけど、マジそう思うな」
「おかげで事件が起こってるがな」
目を輝かせた健司はその冷たい声に真顔になった。
「キューティ3が狙われていないのが気になるが、こういうのを手に入れた」
そう言われて明人が引き出しから取り出したのは女子生徒の名前が書かれた紙だった。健司がそれを受け取ろうとしたが、横から伸びた春香がそれをひったくる。
「これってキューティ3選挙の結果?」
「生徒会の内田にコピーしてもらった」
「よくコピーできたな」
「本来は絶対に持ち出し不可だが、内田が持ち出したのを知ってたからな。そこを突いた」
その言葉に苦笑しつつ、健司は春香に寄り添う形で紙を覗き込んだ。密着しているが、春香はそれを嫌がるでもなく一緒に紙を見ている。
「ちょっと苺!あんた6位じゃん!やるねぇ」
「ホントだ。池田が7位で・・・・吉田が8位・・・牧田先輩が5位、か」
失踪した2人は7位と5位。上位にいることからして狙われているのは美少女だと思える。
「だとすると苺ちゃんも危ないな」
「6位だしね」
「でも、ならなんで上位3人は狙われないのかな?」
「有名すぎるからか、あるいは、手を出しにくいか」
明人も探るような口調でそう言う。上から紀子、水星、歩の順だが、上位3人は有名で注目もされている。そのため、犯人も手を出しにくいのかもしれない。
「呼び出す口実も引っかかるがな」
「だなぁ・・・どうやって呼び出すんだか」
「告白、とか?」
「でも牧田先輩は彼氏いるんだぞ」
春香の情報によって、鈴奈には同じクラスの小森瞬と付き合っている事実がある。ならば告白をしたいからと呼び出す線は薄いと思える。
「彼氏がいても、告白を断らなきゃいけないわけだから可能性はあるんじゃない?」
「うーん・・・・わからん」
健司は難しい顔をして腕組みをした。そして明人もそこが引っかかっていた。いつどうやって呼び出すのか。警察が携帯電話の会社に問い合わせてメールや着信履歴も調べているだろう事を推測しても、おそらく口頭で告げているはずだ。痕跡もないとはそういうことだと思える。
「結局、一番肝心なことが分からないんじゃなぁ」
「一番肝心なのは目的だ。さらった目的がわからん」
その言葉に全員が沈黙する。苺だけはケーキを頬張っていて声が出せないのだが。
「身代金ではなく・・・監禁か?」
「2人も?」
「売られちゃうとか?」
苺の言葉に健司も春香も苦笑した。だが、明人は違う。
「それが一番ありうる、かもな」
「売る?売るって人間を?」
明人の言葉に目を丸くした春香が声を上げる。ドラマでもあるまいに、人身売買がされているとは思えない。
「美少女コレクターにでも売るのか?」
「可能性の問題だ」
そう言われればそれまでだ。結局推測もここまで、退屈になってきた苺と春香がゲームを始め、健司がパソコンでネットを楽しむ。明人はジュースを飲みながらさっきの紙を見ていた。もし第3の犯行が行われ、上位の美少女がさらわれた場合、犯人は確実に美少女ばかりを狙っていることになる。テレビゲームに夢中になっている苺をちらりと見た明人は、何かあれば今度こそ苺を守る覚悟をしていた。もうあんな思いはしたくない。
「4位、大溝優花が3年生か・・・5位、牧田鈴奈・・・6位、志保美苺・・・7位が池田雅美・・・・・8位、吉田涼子・・・9位が佐田まどか・・・・10位、清田凛花」
4位と8位の名前を覚えた明人は明日にでも接触してみようと考えるのだった。
*
翌日は普通に登校となったものの、ものものしい雰囲気に包まれていた。校門の前には2人の教師が立ち、生徒に取材をしようとしているマスコミをけん制していた。学校内では私服の警官もうろうろしており、今日は午前中で授業は終わりになっていた。明日は祝日で休みだが、浮き足立つ生徒は少ない。やはり連続して起こった失踪事件に少なからず恐怖を感じていたからだ。校内で何の痕跡も残さず姿を消しているため、いつ自分の身にそれが起こるかわからないこともあって女子生徒は特に怯えていた。
「一番危険なのは私よねぇ・・・多分前の2人で自分が掴まらないか見てるのよ。本番は私ね」
教室で取り巻き相手にそう言い放つ水星の言葉に何人かの同級生は閉口しつつもありえないことではないとも思っていた。紀子に関しても同様の危機感を得た男子生徒がボディガードを口実に近づいたが一刀両断されている。歩もこの日だけで3人から告白されたが、もちろん断っている。事件を利用した男子の心理にため息をついた歩はそれを見ていた英理子に苦い顔をするのだった。
「気分転換にカラオケでも行こうか」
「え?うん」
あと1時間で終わりとなった休み時間、英理子にそう誘われた歩は京也と帰りたい気持ちを抑えつつそれを承諾した。とりあえず明日、映画を見に行くことになっている。付き合ってはいないがデートはする。そういう関係を築けていることに満足している歩はいつになろうとも京也の返事を待てる自信があった。同じ頃、明人は7組の吉田涼子と接触していた。PGの出現にざわめく7組の面々だったが、呼び出された涼子は嬉しそうな顔をしつつ明人について渡り廊下へと向かう。ひょっとして告白かなと思いつつ、それはないと自分で突っ込みを入れた。無表情に無感情の明人の雰囲気からそれを感じ取っていたからだ。
「2人の女子生徒が消えたのは知っているな」
相手が誰であろうとこの口調だ。涼子は黙ったまま頷いた。
「消えたのはキューティ3選挙の上位、5位と7位だ。そして君が8位。次に狙われる可能性が高い」
その言葉に寒気を感じる。見る間に顔を青ざめさせる涼子に笑顔も見せず、明人は言葉を続けた。
「共通しているのは誰かに呼び出されているということだ。もし、誰かに呼び出されたら今井にでも連絡を入れて欲しい」
「う、うん・・・分かった」
「絶対に、誰に何を言われようとも1人で行動するな。必ず連絡を入れろ」
鉄の声に頷くしかないが、涼子は約束すると付け加えた。そのまま明人に促されて教室へと戻る。顔の青い涼子を見た友達が明人を睨むが、涼子は震える声で説明をした。明人は自分を気にかけてくれていること、そして注意を促してくれたこと。友達も協力すると言ってくれたおかげで落ち着きを取り戻した涼子に笑顔が戻ったのはすぐのことだった。さらに放課後、同じように3年の大溝優花にも同じ忠告をした。容姿は可愛いが遊び人で有名な優花は鼻で笑いつつもとりあえず1人で会いにいかないと約束をしたのだった。やるべきことはしたが、これで犯行が終わるとは思えない。そう考えながら階段を下りて教室へと向かう。今日は掃除もなしに早く帰るように言われているだけに調査はできないとぼんやり考えていた明人の足が止まった。階段のちょうど前、渡り廊下に男女の足が見えていた。相手はこちらには気づいていない。残っている生徒もほとんど昇降口に向かっている中、渡り廊下に他に人はいなかった。
「ゴメン・・・私、好きな人、いるからさ・・・だから、ゴメンね、ありがとう」
どうやら告白だったようだ。事件をきっかけに告白する男子が多いが、そういうのを初めて見た明人が苦笑を漏らす。振られた男子が少し駆け足気味に去り、残された女子があからさまなため息をついた後、階段に立っている明人と目が合った。さすがの明人も驚いた顔をしてみせる。それ以上に驚いた顔をしている女子生徒、春香は困ったように頭を掻きながら窓の方へと顔を向けた。その横顔は朱に染まっている。明人はそのまま階段を下りると立ち止まり、春香に声をかけた。
「帰るぞ」
「あ、うん、そうだね」
いつもの調子ではないのは仕方がない。そう思う明人は教室に向けて歩き出した。そんな明人を見て春香も少し遅れて歩き出す。別々に教室に入れば、もう誰もいなかった。
「苺たちが下駄箱で待っている、行くぞ」
「うん」
見られたことに少なからずショックを受けているのか、春香の反応は鈍かった。そんな春香を待っている明人に気づき、かばんを持ってそっちを見た。
「振っちゃった」
笑いながら言うが、明人は無表情だった。いつものことだが、今だけは冷たく感じてしまう。
「好きな人がいるなら振るだろう、普通は」
「そう・・・だね」
「なら気にするな」
珍しく自分を気遣う明人に苦笑しつつ、その好きな人が明人だとは言えない。言えるはずがない。苺が好きなのは明人。それを応援するといった自分が明人を好きになった。好きな人に、たとえ振られようとも好きだと言えない立場にいる。だからこそ、歩が羨ましかった。好きな人に好きだといえる、たったそれだけのことが出来るということが羨ましかったのだ。前を歩く明人を見つつ、春香はどうしてこうなってしまったのだろうと考えていた。




