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いちごいちえ  作者: 夏みかん
第3章
13/52

向き合う視線 2

「なんか知らんが・・・完全に見失った」

「そうだね、何でだろ?」


理由は分かっていながらお互いにあえてそこには触れない。傷の舐めあいをしつつ困った顔をしている健司と春香はゲームセンターを出たところで途方にくれていた。今日ここへ来た目的は初デートをする京也と歩を尾行し、その行動を把握、後で話のネタにすることだ。出来れば歩の告白場面を間近で見て、あわよくば初キスの場面を撮影すること。だが、この広いショッピングモールで2人を見失ったことは大きい。それもこれもクレーンゲームに夢中になった結果だ。とりあえず明人たちに合流しようと連絡を取ることに決めた矢先、目の前のエスカレーターから手に荷物を持った明人と苺が姿を現した。目当ての物を買ったらしく、合流のためにやって来たのだろうが、自分たちがまだここにいると睨んだ明人に恐怖を覚える。


「おおう、ちょうどよかった、連絡するところだったんだ」

「そうか。で、2人はどうした?」


明らかに動揺している自分に対して少し目を細めた明人にドギマギしつつ、健司と春香がお互いをけん制するように肘で腕をたたき合った。その様子を見た明人はあからさまなため息をつき、苺も苦笑する。


「もういい、昼時だ、飯にしよう」


冷たい口調はいつも通りだが、今はより冷たく感じる。さっさと歩き出す明人にとことこついていく苺に対し、とぼとぼとついていく健司と春香。対照的なカップルが飲食コーナーのあるフードコートへ行けば、そこは既に人で溢れていた。11時半というお昼には少し早めの時間とはいえ、この状態だ。とりあえず空いている席を探せば、何とか4人掛けの席を確保できた。ホッとしつつ各々が好きなものを買いに行き、ほぼ全員が同時に食事となった。


「いただきまぁす!」


苺は石焼きビビンバを目の前にそう言うと、熱々のそれにスプーンを入れる。


「美味そうだな、それ」


そう言う健司はカツ丼にミニうどんがセットされたものだった。自分のものと苺のビビンバを交互に見つつも箸を持つ。苺は一口食べてご満悦な表情をし、健司もまた美味いと言葉を漏らした。


「木戸たち、いないね」


ファーストフードのセットを前にそう呟く春香が周囲を見渡すが、京也と歩の姿はなかった。


「昼時を避けたんだろう」


そう言いながらラーメンとチャーハンのセットを前に箸を折る明人はまず水を口にした。そうして1時間近くをかけて食事を済ませるが、この後どうするかを吟味する。肝心の2人が見つからない今の状況ではどうすることもできない。ここで張り込みをしてお昼を食べにきたところをキャッチすることも検討されたが、ちゃんとしたお店で食事を取られたらそれで終わりだ。


「行くぞ」


沈黙が多くなってきたところで明人がそう言い、返却コーナーへと歩き出した。トレイに乗った器を返却し、時計を見る。時間は12時45分。それぞれがトレイや器を返却して明人の元に集った。


「ここを出るぞ」

「帰るの?」

「いや」


苺の質問に実に簡潔に答え、明人はエスカレーターへと向かった。あわてて後を追う苺に対し、わけがわからない顔を見合わせる健司と春香もゆっくりと後に続いた。そのまま1階に下りた明人は駅とは反対側の出口をくぐって外に出た。目の前に広がるのは海、そして綺麗な砂浜だった。今日は天気もいいため、カップルや親子連れが多くいる。明人はそこへ向かうと道路と砂浜を隔てているコンクリートのガードに腰掛けた。日差しは強いが暑さはまだましだ。明人の隣に苺が座り、その横に健司と春香も座った。


「おそらくここへも来るだろう」


その明人の言葉に健司がなるほどと声を上げた。確かにやたら広いショッピングモール内を探して監視するよりはここで待っていた方が監視もしやすい。何より、ここはタワーからも距離があるためにタワーを目的に2人が来た場合でも見つかる確率は低い。タワーに近い出口を利用するはずだからだ。それに海辺が目的で来た場合でもどうとでも誤魔化しがきく場所でもあって、明人がここを選んだことに納得できるものだった。退屈しのぎに海へと向かった春香と苺をよそに、明人はぼんやりと2人が遊んでいる様子を眺め、健司はタワーの方を見ていた。昨日、苺を巡ってのライバル宣言をしたこともあり、2人の間の空気が少し澱んでいる感じがするが、それはそれを気にしすぎている健司の気のせいだ。


「京也、マジで友達関係で済ます気かな?」


何かを話さないと空気が澱んだままだと思った健司が当たり障りのない話題を口にした。そんな健司を見ることもせず、明人は波打ち際で遊ぶ2人を見たままだった。


「あいつがそう言ったんだ、そうするんだろう」

「もったいないよな、あんな可愛い子」

「最初は友達関係、後から恋人関係になる可能性もある」

「俺ならすぐに付き合うけどな」


羨ましさ溢れる物言いに明人の口元が緩んだ。


「京也は裏の顔を持っている、そんな気がする」


明人は表情を戻し、そう呟いた。健司はそんな明人を見つつ今の言葉の意味を探る。だがどう考えても京也に裏表があるとは思えない。


「そうかぁ?」

「あくまで俺の考えだ」


明人はきっぱりとそう言うと立ち上がる。しばらく海を眺めてから、それから健司の方へとゆっくり顔を向けた。その表情からは何の感情も読み取れない。


「あいつは多分、何かを抱えてる。大きな何かを」

「何か・・・って?」

「それがわからないからイライラしてる」


とてもそんな風には見えない。そんな明人に苦笑した健司が海へと顔を向けると、春香と苺が駆け寄ってくるのが見えた。しかも何かあわてているようだ。


「来たよ!来た!」


タワーの方を指差しながらやって来る春香の言葉に明人と健司がそっちを見れば、300メートルは離れた場所に京也と歩の姿が見えた。こちらには気づいている節もなく、同じようにコンクリートに腰掛けている。どうやらここでお昼を食べるようで、ファーストフードを広げているように見えた。


「読み通り、だな」

「当たりすぎだよ」


健司と苺の言葉にも無表情の明人が腰を下ろした。しばらく黙って観察を続けるが、遠すぎて何をしているかがわからない。


「あーん、とかしてるのかな?」

「いやぁ・・・・あったら悔しい」

「何よそれ」


苺の言葉に想像だけで悔しがる健司の言葉に春香が苦笑した。そうして1時間もしないうちに2人は立ち上がるとタワーへと向かって歩き出した。4人はここで当初の通り二手に分かれて尾行することにし、健司と春香がショッピングモール側から近づき、明人と苺がカップルを装ってそのまま近づく。ゆっくり歩く京也たちに対し、早足になる明人たちはどこか不自然だった。



買い物をするにもお金もそうなく、服などにあまり興味がない2人ということもあって昼ごはんを食べにフードコートに向かったが、時間的に席はどこも一杯だった。そこでファーストフードを買って外で食べることにして海へ出た2人はもうかなり打ち解けあっていた。特に歩にしてみればアニメ好きがバレてからは何も隠すようなことがなくなり、より一歩進んだ会話ができるようになっていたのだ。昼食後は歩の希望でタワーへと昇ることにしていたため、ゆっくりとしたペースでそこへと向かった。


「本当なら夕日が見所なんだろうけどねぇ」

「夕方だと混みますしね」

「だねぇ」

「それはまた今度、でいいですか?」

「うん?うん、そうだね」


にこやかな表情の京也だったが、それが心からの笑顔に思えず歩は黙ってしまった。またここでデートの約束は取り付けたようなものだがどこか釈然としない。それでも約束は約束だ、とりあえずはよしとした。2人はタワーへと向かうと入場料である300円を支払った。歩が自分の分を出そうとしたが、京也が払ってくれたのだが。今日に関しては全て割り勘ということを決めたていたのにと思う歩だったが、この好意は素直に受け取ることにした。エレベーターに乗り込むが、タワーの中心を走るために景色は見えない。そうして展望階に到着したエレベーターが開けば、360度ガラス張りの展望台が姿を現した。地上50メートルの景色は圧巻で、しかも床の一部もガラス張りでそこに立つと空中に浮いているような気分になれる。2人はまず壁一面のガラスに近づいた。海の見える方面は混んでいるのでショッピングモール側の景色を見やる。車も混んできたようで、駐車場に入るところで少し渋滞しているようだった。その向こうの住宅街、さらにその向こう側が京也たちが住む町だ。


「さすがに家の方までは見えないですね」

「そりゃ、ね」


苦笑気味にそう言われ、歩は少し照れた顔をしてみせた。そのままゆっくりと海の見える方へと移動した。人も流れているようで場所は確保でき、綺麗な景色を堪能する。


「綺麗ですね」

「うん。いつも学校の屋上から景色を見るのが好きだけど、ここだとお金がかかるなぁ」


その言葉に紀子の顔が浮かび、歩は海を見つめながらそれを頭の中からかき消した。


「私も屋上に・・・・たまには行こうかな」

「いいねぇ、おいでよ」


笑う京也に素直に頷く。そのまま今度は床がガラス張りの部分へ移動した。下を見れば小さくなった人が道路を歩いているのが見える。


「漫画とかでさ、空中に浮いたりしてるしょ?あれってこういう気分なんだね。なんか偉くなった感じだ」

「そうですね」


自分がアニメ好きだと知っているからか、それとも自然に出た言葉なのか。京也の言葉に賛同しつつ、空を飛べたらいいなと思う。


「空を飛びたいね」


同じことを考えていたのか、京也がそう呟いた。それが嬉しくて歩は大きく頷き返す。


「先輩?」

「んー?」

「私、先輩のこと好きです」

「え?」


今の話題の流れからここで告白されると思わなかった京也は驚いた顔をして歩を見た。歩は少し顔を赤くしていたが真剣な目を京也へと向けている。


「私、アニメが好きで、実際の男の子を好きになったことはなかった。でも、なんか、先輩には違った」


歩は少し視線を落とすが、それもすぐに戻る。


「些細なことで好きになって、自分でも戸惑っています。でも、好きです。これだけは、はっきり言える」


胸のドキドキが半端ではないが、それでもまっすぐに顔を見て告白した。そんな歩のまっすぐさに心を打たれながらも京也は自分の思いを口にした。


「ありがとう。俺も女子に、しかもこんな可愛い子に告白されたのは初めてだよ。でもね、俺って自分から好きにならないと、そうじゃないとダメなタイプなんだよね」


これは振られる、そう思った。いや、以前からきっと自分は振られると思っていた。京也の反応がずっとそういう感じだったからだ。だが、もし振られても友達関係は続けたいと思う。そんな覚悟をしていたせいか、歩は京也から目を逸らさなかった。


「だからさ、まずは友達から、でいいかな?」

「・・・はい」


振られたようで振られていない、そう思えた。何より、これならば付き合えなくても結果オーライだ。


「俺の気持ちが固まったら、すぐに君に伝えるから。好きになっても、そうでなくても・・・だから、待たせてしまうことはすごく心苦しいけど、時間が掛かるかもしれないけど、待ってくれますか?」


真摯な言葉に歩は目に涙を溜めつつ頷いた。きちんと自分のことを考えてくれたことが嬉しかった。容姿がいいから付き合おうだとか、とりあえずキープだといった考えがないことが嬉しかったのだ。この人を好きになったことが正解だと思えた。


「待ちます。だから、ちゃんと答え、ください。待ってます」

「ありがとう、ゴメンね」

「はい」

「でも、どうしても待てなくなったら言ってね」

「待ちます」

「・・・・ありがとう」


どこまでも強い想いに感謝しつつ、このまま歩を拒むことになると分かっているのにここで振らない自分を恨む。彼女を傷つけまいという建前、本当はいい人を演じていたいと思う自分がいる。家のことを理由に女性を避けるのなら、最初から断れと思う。そう、自分は独りで生きていく、そう決めたのにこの体たらくだ。


「絶対に好きにさせてみせますので、よろしくです」


にっこり微笑む歩に困った顔をする。だが、その笑顔と言葉が京也の中の何かを動かした、そんな気がした。



タワーを降りた途端に出くわした知った顔に京也は呆れ顔をし、歩は小さく微笑んだ。チケットの販売機の前でもめているのは明人たちだ。どうやら健司と春香がもめていたようで、明人は腕組みしたまま渋い顔をし、苺は困った顔を2人に向けている。そんな4人が2人に気づき、明人を含めた全員が困った顔をした。


「なぁにしてんの、おたくら?」

「・・・・・何って・・・・帰るとこだよ」

「嘘つけ!」


苦しい春香の言い訳にさすがの京也も突っ込んだ。


「健司が高所恐怖症だった」

「こら、チクるなバカ!」

「・・・・そうだったんだ」

「意外ですね」


明人の告発に歩も驚いた顔をしている。健司は苦い顔をしたままタワーを出て、残る5人がその後を追った。


「で?で?上で何してたの?」


昇らなくてすむことにホッとした顔をする健司をよそに、目をキラキラさせた春香が2人に迫る。


「何って・・・・」


返事に困る京也だったが、意外な言葉が歩の口から飛び出した。


「告白したら友達からって言われました。なのでこれからもよろしくお願いします」


あっけらかんとそう言い放ち、おじぎをする。これにはさすがの明人もぽかーんとした顔をするしかない。


「よろしくね!」


事情を把握しているとは思えない苺の発言に明人でさえもガックリと肩を落とす。


「それって、振られたってことなの?」

「んー?なんだろ、試用期間?むー・・・振られてはないと思います」


ここでも笑顔の歩は春香の理解を超えていた。


「まぁ、とにかく友達からはじめるってこと」


京也がそう言い切り、とりあえず全員が納得した。どうあれ、この2人はまだ始まったばかりなのだ。


「よくわからんけど・・・・まぁ、いいんじゃないか?」


健司が納得したのかしてないのか、とにかくそうまとめた。海を横に見ながら歩く男性陣に対し、女性陣は靴の中に砂が入るのもお構いなしに浜辺ではしゃいでいた。


「彼女、待ってくれるって?」

「うん?うん・・・多分、あの子はずっと待つと思う、俺がちゃんと返事するまで」

「なら、ちゃんと考えてやれ。最初から振るのを前提にしないでな」


心を見透かしたような明人の言葉に少なからず動揺しつつ、京也は春香たちと大笑いをしている歩へと顔を向けた。


「そうだね、そうする」


家のことが頭をよぎるが、確かに明人の言うとおりだ。あれだけまっすぐな目をされたのでは、真剣に考えざるをえない。そう思う京也の横顔を見つつ、明人は小さく笑った。そんな明人を見て不思議そうな顔をする健司は浜辺で自分を呼ぶ春香の声に手を挙げてそっちへ向かって走り出すのだった。



結局、京也と歩の初デートは明人たちの乱入によって夕方で終了した。最終的には6人でショッピングモールへと戻り、ゲームをしたりして楽しんだ。夕食もフードコートで済ませ、電車に乗る。京也と歩、それに春香は学校の最寄り駅で降り、残った明人と苺、健司はそのまま電車に乗って帰ったのだった。歩が思い描いていたデートではなくなったのではないかと思った京也は春香と別れてからそのことを聞いてみたが、楽しかったです、と笑顔を返した歩にホッとしたのだった。とにかく、当初思っていた以上に真剣に考える必要があると痛感した京也は歩を送った後、自宅までの途中にある小さな公園に立ち寄った。自転車を止め、ベンチに腰掛ける。見上げる夜空に雲が多く、月がその光を雲に透けさせてその存在をアピールしているぐらいで、他に星はなかった。


「彼女があそこまでいい子でなきゃ、楽だったのなぁ」


空から地面へと視線を落とす。


「木戸の家に生まれなければ、こんな悩みもなかったのに」


心の中の思いを口に出したが、それは違うと思う。全ての原因は家ではない。


「なんであんな事件を起こしたのさ?なんで姿を消したのさ?」


誰に向けられた言葉か、京也は目を閉じて苦しげな顔をしてみせる。優しい笑顔をしたその人を思い出しながら、ゆっくりと目を開いた。


「帰ってきてよ・・・俺を助けてよ」


泣きそうな顔を空へと向ける。雲が厚くなってきたのかさっきよりかは月の光が弱くなっている。京也は大きくため息をつくと自転車にまたがった。ゆっくりと漕ぎ出す動きもどこか頼りなく、ふらふらとしながら夜道を進む自転車のペダルが重く感じるのだった。



各々がそれぞれの休日を過ごした日曜日は終わり、事件発覚以来の登校になる月曜日。4月も終わりに差し掛かったこの日もまた全校集会で幕を開けた。結局、少人数ながら警察の捜査は今をもって継続中であり、校内に異常はなかった。ただ、校内でいなくなったことから警戒を呼びかける校長の話も、関係のない生徒たちにすれば興味はあれどどうでもいい話だった。今週で4月が終わることから、今月一杯は部活は休止になる旨も伝えられ、生徒から歓声が上がった。大会も近い部活の顧問が反対したとも言われているが、やはり放課後の校内で行方不明になっているだけに中止が決定したのだ。これによって放課後のボイラー室の調査が出来なくなった明人は内心で舌打ちしたが、休み時間に春香から提案を受ける。昼休みにキャプテンを説き伏せてボイラー室を調べようというのだ。次の休み時間に赤井の下へと向かった春香が持っていたキーホルダーを先週ボイラー室に入った際に無くしたようだと言い、許可を得て昼休みに捜索する運びとなった。ただし安全面を考慮して赤井も同行することになったが。そこで明人が偶然を装って一緒に入る計画を立て、ひとまず昼休みを待った。昼食もすぐにすませ、ボイラー室へと向かう春香。赤井は既にそこにいて、2人が入ろうとした瞬間に明人がふらりと姿を現す。春香の頼みで明人も探すことに同意し、赤井の許可も得た。PGとして学年を越えた人気のある明人はその人望もあることの証明だった。予定通り上手く進んでいる様子を遠くの壁の陰から見守る苺と健司。ボイラー室には天井近くに2つの小窓があるために中は思ったよりも明るかった。天井に小さな蛍光灯が2つあるが、つける必要性は感じない。赤井もキーホルダーを探す中、つかつかと大きなボイラー機器へと近づいた明人はその裏を覗き込んだ。低い音を鳴らして少し振動しているボイラーに気をつけてそこを見れば、確かにハンドルのついたハッチというべき扉が床にはりついている。人1人が入れるスペースだが、勝手に入らずに赤井の方を見やった。


「先輩、あのドアは?」


明人のそばの床を調べているふりをしていた春香もそちらへと向かう。赤井も明人の横に立ち、ぽりぽりと右頬を掻いてみせた。


「あー、よくわからないんだよ。建てられた時からあるみたいなんだけど、開かないし」

「回してみてもいいですか?」

「いいけど、無理だと思うよ。男子部員が何人も挑戦したけどダメだったし。完全にロックされてるみたい」


言われながらもハッチに近づき、ハンドルを回してみる。確かにびくともせず、どんなに力を込めても回る気配は無い。本当に完全にロックされているようだ。


「ね?なんでそんなのを残したのかわけわかんないし。それにこれも」


そう言う赤井がボイラーの足元を指差した。ちょうどハッチの奥側に、それはあった。コンクリートの床から生えるようにして大人の腕程度の太さのパイプが2本もボイラーへと伸びている。だが、それはボイラーに接続されずに途中で切断されていた。

「最初から根元で切ればいいのにね。繋がるところもないし」

腕組みしながらそう言う赤井を背に、明人はその切り口に手のひらをかざして見た。風を感じることは無いことからパイプがどこかで塞がれていると分かる。少し何かを考えるようにした後、天井を見ている赤井の後ろに立つ春香を見る。その目を見た春香が頷くと、制御盤の下からキーホルダーを拾うような仕草を取った。


「あ!ありました!良かったぁ」


本当は元から用意していたキーホルダーをあたかも拾ったように見せかけたのだ。嬉しそうな春香に笑顔を見せつつ、赤井もよかったねと声をかけた。明人はさっさとボイラー室を出ると近辺に変わったものがないか地面を調べる。網目になった鉄板の排水溝はあっても、他に何もなかった。


「さて、行きましょうか」

「はい」


赤井に並んで歩く春香と別れ、明人は少し離れた場所でボイラー室を見上げた。高さは1階分、横に少し大きいが普通の建屋にすぎない。だが、収穫はあった。明人に走り寄った苺と健司を見た明人はポケットから地図を取り出す。


「埋められた壁の向こうがここに繋がっているんだろう。下から伸びた途切れたパイプもあった」


ということはここから裏山側に20メートルほど進めば例の扉の真上になる。健司と明人が同時に振り返るが、そこはただの運動場だ。地面しかなく、隠し扉の類もない。


「あの扉の奥はさらにどこかに続いてるってことか?」

「そうなる。が、そう長い道でもなだろう。でなければああも不自然に扉は設置しない」


言われてみれば確かにそうだ。再度裏山側を見ると科目棟と体育館、それに屋外プールがある。


「科目棟に繋がっているのかもな」

「なら警察が見つけているだろうし、今頃そこは封鎖されてるんじゃないか?」

「だな」


何かを考えている明人に健司も黙るが、苺が口を開いた。


「でもさ、扉って出入り口だけじゃなくってさ、部屋と部屋も仕切るよね」

その言葉に明人はばっと苺を見た。確かにそうだ。あの扉の向こうに部屋があって、さらにいくつか扉があってそこが外と繋がっている可能性もある。ならば、距離的に範囲は広がるだろう。


「いい推理だ、苺」


言いながら苺の頭をぽんぽんとし、明人は体育館の方を見やる。次に屋外プール、そして科目棟。カットされたパイプにハッチ、そして大改造。


「やはり科目棟が一番怪しい」

「なんで?」


明人に頭を撫でられた形の苺が少し顔を赤くしながらそう尋ねる。健司はそんな苺を見ていたくないのでそっぽを向いていた。


「それは放課後だ」


そう明人が言った瞬間に予鈴がなった。教室へ向けて歩き出した明人に続く苺と健司。それを物陰から見つめる目に、3人は気づいていなかった。



京也が昼休みに行動を共にしなかったのには理由があった。それはその前の休み時間、春香が赤井にボイラー室への立ち入りをお願いに行った際に起こった出来事が原因だ。付き添うわけではないがトイレに向かった京也が廊下で水星とその取り巻きの女子3人と遭遇したのだ。まずいという顔をした京也に対し、いつものようにすまし顔をした水星の顔が少し赤くなる。スーパーでの一件があるために無視してやり過ごそうとした京也に声をかけたのは向こうからやってきた紀子だった。


「木戸君、どうしたの?顔が引きつってるけど」


正面から京也を見ていたせいか、紀子にそう言われた京也は愛想笑いをしつつ何でもないと言った。


「それより、事件の時、屋上に行かなかったんだね」

「たまたま早く帰る用事があったから・・・ラッキーだった」


微笑む紀子に微笑み返す京也。そんな京也と紀子の前に割り込む形で水星が仁王立ちした。


「あら、木戸君。こんにちは」

「やぁ、どうも」


すました顔をして挨拶をする水星の顔が一瞬だけとろけそうな顔になるが、すぐに元に戻った。


「浅見さん、随分と木戸君と仲がいいのね?」


今度は敵意むき出しの目をしてそう言うが、元々同じキューティ3として1年生の時から自分をライバル視している水星の目には慣れている。


「友達だからね」

「あらそう・・・私もよ」


その言葉に紀子はそうだったかなとばかりに首を傾げ、京也は困った顔をし、取り巻きの女子は顔を見合わせて驚いた表情を浮かべていた。彼女たちが知っている限り、そんな事実は無いからだ。


「へぇ、そうだったんだ」


そう言う紀子に困った感じの笑みを見せつつ京也が何かを言おうとした矢先、水星が京也の右腕を強引に掴んで自分の方に引き寄せた。そして紀子に見せ付けるように自分の胸を京也の腕に密着させる。あわてる京也をよそに勝ち誇った顔をする水星に対し、紀子は目をぱちくりさせつつも表情に変化はなかった。


「そうなの。よろしくね」

「あ、うん」


目を細める水星に愛想笑いを返す紀子。


「木戸君、お昼はお弁当?」

「はえぁ?あ、そうだね、そうです」

「じゃぁ一緒に食べましょう・・・2人きりで!」


最後をいやに強調した水星に紀子はきょとんとし、京也は驚きを超えた驚きを顔全部で表現する。同じように取り巻きもまた驚いた顔をしていた。


「じゃ、木戸君、昼休み、迎えに行くから」

「・・・・・・・・・あ、そう」

「じゃぁ浅見さん、ごきげんよう」

「あ、うん・・・どうも」


そう言うと紀子に対し勝ち誇った顔をしながら髪をかきあげて去っていく水星。取り巻きもあわてて後を追い、残された京也は呆然とし、紀子はそんな京也を見て苦笑していた。


「えらく好かれたわね?」

「・・・だねぇ」

「彼女、私をライバルと思ってるからかな?だったら迷惑かけたかも」


困った顔で笑う紀子に対し、京也は静かに首を横に振った。


「違うよ。ちょっとした接点があってね・・・それが原因だよ」

「接点?」

「まぁ、それはまた今度」


ここでは言いたくないのだろう。キューティ3の2人とのやりとり、あの水星からの誘い。それだけで周囲の男子生徒の嫉妬のまなざしが突き刺さっている。京也はそそくさとその場を去るとトイレへと向かった。そんな京也を見て小さく微笑んだ紀子は自分の教室へ向けて歩き出した。


「キューティ3全員と友達か・・・なんかちょっと、妬ける、かな」


そう独り言を言いながら。

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