小さな約束 4
いつものトレーニングを終え、いつもよりも早めに夕食を取った。保護者会での説明を受けた母親から事件に関して根掘り葉掘り聞かれたが、答えられるのはよくわからないということだけだ。事情聴取されたことも心配されたが、それも大丈夫だと告げた明人は今日は健司の家に泊まりに行くと告げていたこともあって、着替えの入ったリュックを背負って家を出た。実際には探索の後は京也の家に泊まることにしている。リュックの中は懐中電灯など、探索に必要なものが大半だった。予備の電池も準備しているところが明人らしいか。歩き出す前に隣の苺の部屋を見上げる。電気が消えているが、時間的にも夕飯か風呂だろうと思い、駅へと向かって歩き出した。いや、もしかしたら駅にいるのかもしれない、そう思いながら駅に着いたが苺の姿はなかった。少し遅れて健司が姿を見せるが、こちらはかなりの軽装だ。小さなリュックを肩から掛けて手を振る健司にため息をつきつつ、明人は近づく健司を上から下まで観察するように見やった。洞窟探検をするような格好ではない。ジーパンにスニーカー、長袖Tシャツにジャンパー、まるで買い物にでも行く格好だ。
「お、本格的だな?」
「お前が普通すぎるんだ」
明人はジーパンにジージャンといった格好だが、靴はかなりごついめの登山シューズのようなものを履いていた。帽子もかぶっており、買い物に行くような格好ではない。
「ま、いいじゃん、行こうぜ」
「ああ」
注意深く周囲を見るが、苺の姿はない。それでも学校のある駅に先回りされている可能性もあることからして、明人は油断しないよう心がけながら電車を待った。ちょうど今しがた出た後で、後10分しないと電車は来ない。ベンチ椅子に座る2人に会話もなく、ただぼうっと電車を待っていた。
「なんかわくわくするよな?」
沈黙を裂いた健司の言葉に明人はため息を返した。
「危険もあるはずだ」
「犯人がいたらお前が倒せ」
「そのつもりだ」
「さすが空手のチャンプ、心強い」
呑気な言葉に再度ため息が出てしまう。相手が1人、2人なら武器を持っていても勝てる自信はある。だが、かなりの人数であればそれは不可能だ。それこそ逃げるが勝ちになる。
「しかし、苺ちゃんや今井が黙って引き下がるとは意外だ」
「油断はできん」
「向こうにいるか、現地にいるか、ってか?」
健司もそこまでは読んでいるようで、明人は小さく微笑んだ。
「でもいたらどうする?追い返すのも危険だぞ」
「どこかで待たせるしかないな」
「京也にお守りをさせるか?」
冗談めかしてそう言うが、明人にしてみればそれは大有りな選択肢だった。
「ま、あいつより今井の方が強そうだけどな」
「いや、京也は・・・・」
そこまで言いかけた矢先、電車がホームに入ってくるアナウンスが流れ、明人の言葉は途切れてしまった。健司はそんなことを気にせず立ち上がると携帯をチェックする。
「京也からだ。もう駅に着いたそうだ。苺ちゃんも今井もいないらしい」
「ならいい」
短くそう言うとやって来た電車に乗り込む。さすがにこの時間は方向が方向だけにガラガラだった。健司が座りながら返事を打っている間、明人は黙ったまま向かいの窓の夜景を眺めていた。やがて電車が駅に到着する。階段を上がって改札を見れば、そこにはジャージ姿の京也がいた。さすがに一人暮らしとあって親の目を気にせずに準備が出来る利点がある。合流した3人はまず周囲を確認する。苺も春香も歩もいない。顔を見合わせた3人はやや早足で裏山へと向かった。コースとしては途中までは通学路だが、途中でT字路を左に行けば学校、右に行けば裏山方面へ向かう道に分かれていた。迷わず右に曲がるが、教師や警官がいないかは確認する。人の気配はなく、そのまま裏山への遊歩道の入り口まで来たところで明人がおもむろに振り返った。
「出てこい」
その言葉を聞いて健司が京也を見る。京也は明人の見ている方を見て苦笑いをしていた。健司もまた同じ方向を見れば、大きな木の陰から姿を見せた苺と春香を見て同じように苦笑した。
「やっぱいたか」
「だねぇ」
困った顔をする苺に対し、腕組みをした春香が前に進み出た。
「そりゃいるよ。仲間でしょう?」
「だが女だ、帰れ」
氷の声だが、凍りついたのは苺だけだった。
「やだよ」
「危険があるって言ったろ?」
「それはみんな一緒」
健司の言葉にも耳を貸さない春香に京也はため息をついた。
「仕方がない・・・入り口で俺たちは待つよ。中へは2人で行って来て」
「だから、イヤだって!」
あくまで坑道に入りたがる春香に、京也が諭すように言葉を発した。
「今日は下見みたいなもんだし、学校側を調べればまた来ることになる。だからさ、その時は一緒に行こう?昨日の今日だし、危険は危険だと思うからさ」
なだめる京也を睨み、それから健司、明人を見た。渋々ながらもそれに頷く苺を見て、春香もまたこくんと頷いた。そのまま重たい空気の中、山に入る。遊歩道の途中で獣道に入ること20分。山の中腹に位置するであろうそこでそれは姿を現した。少し開けた場所にぽつんと建つ木でできた小さな小屋。これがその昔に使われていたポンプ小屋だろう。木で出来た壁は朽ちている部分もあり、暴走族か何者かが落書きしたと思えるペンキの痕も残っている。まるで肝試しに出てくる廃屋のような不気味さを持つその小屋に近づく明人が無造作に扉を開いた。中には壊れたバケツや錆びた鉄パイプが数本ある程度で、これといって何もない。床を照らすが、隠し扉のようなものもハッチの類も確認できなかった。明人は小屋から出ると地図を確認する。ここから少し上がった場所に横穴があるはずだった。とりあえず歩き出し、苦労するかと思われた横穴はすぐに見つかった。木でできた扉というか、壁というか、そういうもので蓋をされていたようだが、その蓋も壊れて足元に散乱していた。
「学校は、あっちか」
位置的に学校は見えないが、地図によれば今いる位置から右斜め下あたりだろう。明人は頭に取り付けるライトも用意し、ジージャンをジャージに着替えると靴紐を結びなおす健司を見やった。
「うっし!行くか!」
「じゃぁ、気をつけて」
「ああ、2人を頼む」
「2時間しても戻らない場合は警察へ行け」
怖い台詞を残す明人に対し心配そうな顔を向ける苺。そんな苺を見た明人だったが、何も言わずに健司を促し、坑道の前に立った。
「大丈夫、だよね」
「多分ね」
不安げな春香の言葉にそうとしか返せない京也だったが、何もないことを祈るしか出来ない。
「明人君、気をつけて」
「ああ」
「無事にね」
「約束する」
心配する苺を安心させるためか、珍しく優しい言葉を使う明人に健司が少し驚きつつも心のどこかで嫉妬していた。苺が心配しているのは自分ではなく明人なのだから。
「さぁて、いこうか?」
微笑みあう2人を見ていたくない気持ちがあったせいか、健司はそう言うと坑道のすぐ入り口に立った。明人は苺に頷き、その横に立つ。
「健司君も、気をつけて」
苺にそう言われて嬉しいが、どことなくついでのような気もして複雑だった。それでも笑顔を返し、2人は坑道の中に消えていった
「さて、じゃぁ、帰りを待ちますか」
緊張した顔をしていた春香と苺を和ますためか、倒れた木に腰掛けるとリュックからお菓子の袋を取り出した。その様子を見て目を丸くする2人は黙ったまま京也の横に腰掛けた。リュックからもう一つ袋を取り出し、2人に渡す。
「もしかしてさ、私たちが来ること、見抜いてた?」
「そりゃぁね・・・今井さんが簡単に引き下がるわけない、ってね」
「で、最初から残るつもりでお菓子を用意したの?」
「ま、そんなところかなぁ・・・俺の役どころはこんなもんだろうしねぇ」
にんまり笑う京也に呆れるやら感心するやら。そんな京也は2人の緊張をほぐすような会話をしつつ、周囲の警戒を怠らないようにするのだった。
*
中の空気はどこか冷たく、そして濁っている気がした。3つのライトが照らす中を歩くが、足元が悪いせいか意外とペースが上がらなかった。会話もない緊張した状態で歩くこと20分、分岐点に差し掛かる。明人は地図を見つつ、ポケットからコンパスを取り出して方向を確認した。見事なまでの準備に健司が呆けた顔をするが、明人はコンパスをしまうと左へと歩き出した。
「まっすぐ学校の方へ向かっているな」
「地図どおり、ってか?」
下へと緩やかに向かっている道を歩きながら軽口を叩く健司だったが、不気味なまでに静かで暗い坑道に少なからず恐怖を感じていた。人の気配はないが犯人がいないとも限らず、緊張も強いられている。そんな緊張を紛らわすため、そして明人の本心が聞きたくてある話題を口にした。
「お前さ、苺ちゃんとは、マジでどうなの?」
「どういう意味だ?」
「恋愛感情、ないのか?」
「ないな」
「そうは思えないけど、な」
こういう場所を歩きながらする話題ではない。だが、こういう時だからこその話題でもあった。
「間違いなく、苺ちゃんはお前を好きだ」
きっぱりとそう言い切った健司に視線を送ることもせず、明人はただ前を向いて歩いていた。
「そして、多分、お前も苺ちゃんが好きだ」
明人はここでようやく健司を見たが、足は止めない。すぐに前を向く明人にカチンときた健司はさっきの苺と明人のやりとりもあって、嫉妬が大きくなってくのを感じていた。こういう場所のせいなのか、恐怖心と嫉妬心から、自分を抑えられなくなっていたのかもしれない。
「俺は苺ちゃんが好きだ」
きっぱりと言い切ったその瞬間、明人の足が止まった。じろりと健司を見る目はいつもの明人であり、変化はない。
「奪ってもいいんだよな?」
「奪うも何も、立場は同じだ。俺もお前も、苺の友達だ」
「じゃぁ、彼女が俺を選んでもいいんだな?」
「・・・・・好きにしろ」
珍しく一瞬の間を空けたことを健司は逃さなかった。
「後悔してもしらねーからな」
明人は健司の宣戦布告を聞いても表情を変えず、また歩き出した。健司はそんな明人に舌打ちし、少し後からついていく。そうして15分ほど、開けた場所に出た2人が周囲を照らす。
「なんだここ?ちょっとしたリビング並みの広さがある」
「台もあるな」
空間のど真ん中に置かれていたのは台、ベッドのような形をした木を組み合わせた物だった。朽ちている様子もなく、最近運び込まれたような感じがする。明人がやや右側を照らせば、鉄の扉がそこにあった。扉自体は錆びているが、鍵と一体化したドアノブはまだ新しい。それでもくすみ具合からは何年も経った形跡が残っていた。
「20年前の改修でつけた扉か?」
「だとすれば、向こう側は学校になる」
ノブを回すが鍵がかかっているようで動かない。明人が地図を照らし、コンパスでチェックしながら万歩計を腰から外して手に乗せた。
「お前、そんなのも持ってきてたの?」
「おおよその距離が分かる」
「さすが優等生」
健司の冷やかしも無視し、距離を出す。地図の縮尺を計算に入れても、やはりここが学校の真下だ。ただ、学校のどの辺りかまではわからない。
「あっちはまだ道が続いてるなぁ・・・・ん、これってパイプか?」
左側に道があり、その真上に走るパイプが見えた。それは明らかに奥から来たものを無理やりここで切断しているようだった。
「奥から来てるパイプをここで切ったのか?」
「行ってみよう」
さらに奥へと進みつつ、パイプを見る。20メートルほどの先でパイプが二手に分かれていた。一方は天井を突き破って上に伸びている。まるで土に埋もれるようにしてパイプが上び伸び、道もそれにそって2つに分かれているが、上に伸びるパイプのせいか、少し進んで道は行き止まりになっていた。
「埋めた後か?」
壁の色が明らかに違う。元々出入り口があったのか、そこを埋めたような痕跡があった。
「大改造の名残かな?」
「だろうな・・・だとすれば、あの扉を犯人が使っている」
さっきの扉の場所まで戻ると、もう一度周囲を照らしてみた。天井にハッチらしきものもない。ボイラー室の真下ではないようだが、この扉が校内のどこに繋がっているかが気になる。だがここからでは想像もつかない。
「犯人は池田を眠らせてここへ運んだ。後で回収することもここでは可能だ」
「仲間がいれば生徒でも先生でも容疑者になるな」
「ただ気になるのはこの坑道を知っている者ならばこの扉の存在も知っていたはずだ。噂にすらならなかったのは何故だ?」
ポンプ小屋までは人が来ていた形跡もあり、実際にこの穴の入り口も壊されていた。つまりはこうして出入りは可能だということだ。なのにこの扉が噂にもならないでいた。実際に健司のように裏山を探検した生徒は少なくはない。にも関わらず、これはおかしい。
「ずっと隠されていた、とか?」
「そうなるな」
気になるのは無造作に置かれた奇妙な台だが、これを立てれば扉は隠れる。が、見るからに不審な台が立っていればそれをどけようとするだろうし、それは可能だろう。とにかく、校内での神隠しはこれで可能だ。もっとも、この扉が校内と繋がっている場所を特定する必要があるが。
「警察もこれを見たかな?」
「わからんが、見つけてないとしたら時間の問題だ。携帯が圏外なのは裏山だけだからな」
「だな」
自分も事情聴取の際にそう証言している。だがあの笹山のことだ、とっくに調べている可能性は高い。ならば、自分たちより先にこの扉の向こう側を特定しているだろう。
「戻ろう」
「ああ」
踵を返す明人に並ぶ健司。さっき苺への想いを口にしたこともあって、どこか気まずい空気が流れている。それでもライバル宣言を出来た満足感もあって健司は先ほどよりも軽い足取りで進んでいた。
「告白するのか?」
長い沈黙を破り、明人がそう言った。意外だったが、やはり気になるのかと薄く笑う健司は首を横に振った。
「まーさか・・・今告っても撃沈は見えてるからな。ただ、振り向かせて見せる」
「・・・そうか」
どこかホッとしたように聞こえたのはライバルだからか。その後は会話もなく、2人は元来た道を戻っていくのだった。




