電脳世界で青春を part2
翌日。西暦2034年 10月21日
8時にセットしたアラームが鳴り、急いでアラームを切る。
土曜日で休日とはいえ、お昼頃まで寝て過ごすようなだらしない過ごし方はしない。……なんて、普段から思っておらず、つい先週まではそうやって1週間の疲れを癒していたのだが、昨晩味わった「ブレイン・ウォーカー」の楽しさを朝から楽しみたいと思った故の8時起床だった。
朝食は適当に炊飯器に残ったご飯に、納豆を乗せて食べることにした。
孝太は一人暮らしではなく、実家暮らしで両親と弟が1人いる4人家族なのだが、4人揃って土日は朝早く起きる習慣がなく、休日に朝ご飯を食べたいのなら、何かしら自分で用意しないといけないのが木崎家にある暗黙のルールの1つだ。
何気なくテレビをつけ、情報バラエティを見ながら朝食を食べていると「ブレイン・ウォーカーをどう楽しんでいるのか」という話題だった。
当然、インターネットを歩き渡れることがメインなのだが、その中でも「どういったサイトでどう活用でき、楽しめるのか?」を該当アンケートという形で番組スタッフが調査をしたようだ。
若い女性に人気だったのは「メイク」で、ブレイン・ウォーカーが出る以前は、経験だったり動画を真似したりで、積み重ねが必要だったが、ブレイン・ウォーカーを介することで、メイク披露者の持つイメージを自身の脳に保存し、披露者に「近い」メイクが可能になったようだ。
他にも、実際に商品を使わず服を試着させる「仮想試着」というものもあり、ブレイン・ウォーカー内に保存された「自分」というイメージから、装着者の顔や体格の情報に「衣類」のデザインやサイズのデータを付け足した姿を鏡のように映すことで、通販で衣類を選びやすくなったのだ。
しかし、孝太にとって1番気になったのは、やはりゲームだった。
「スチューデンツ・オンライン」……社会人を対象としたゲームで、社会に出ると誰もが思う「学生時代に戻りたい」という願望を実現できるというものだ。
入社してから6年近く経つ孝太にとっても、かなり魅力的なゲームだった。
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朝食を食べ終え、自室に戻った孝太は、さっそくブレイン・ウォーカーを起動させる。
「ブレイン・ウォーカー、パワーオン。リンク開始!」
昨晩と同様、眠気に襲われたと同時に声が聞こえた。
「正常なアクセスを確認。リンクを開始します」
そう聞こえた直後目を開けると、そこは既に自分のホームだった。
「さて、何しようか?」
独り言を言うが、周りには誰もいないので変な目で見られることもない。
朝からエロ一直線というわけにもいかず(気分的に)何か面白いことを探すために、テレポーターの上に乗る。
『検索ワードは?』
「ブレイン・ウォーカー。面白いこと」
『検索結果が見つかりました。転送を開始します』
最初こそ転送の瞬間に驚いてしまったが、ある程度回数を重ねた今ではなんともなくなっていた。
「この世界に慣れてきている」と考えると、複雑な心境にはなるが。
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検索結果として転送された先は、やはり廊下のような場所だった。
しかし、今回は「掲示板」というのがあった。
興味本位で近付いてみると、現実世界によくある掲示板そのものに似ているが、何も掲示されていない。
「……?」
よく見ると、掲示板の左下に2034年の1月から10月までが順に並んでいたので、10月に触れてみる。
すると、まるでクリックしたかのようにロードが始まり、今月投稿された内容が掲示板に表れる。
「スチューデンツ・オンライン……」
先程見た情報バラエティにもあったゲーム。
孝太自身、名前だけはよく聞いていた。
実際にやっている人が身近にいない為、どれだけ面白いのかはわからない。
ちょうど、URLが貼られていたのでそっと右手の人差し指を当ててみる。
その直後、自分が掲示板に吸い込まれるのを感じた。
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『スチューデンツ・オンラインへようこそ!』
「…………」
『今なら月額1200円(税込)のところを1ヶ月無料でプレイが出来ますが、いかがでしょうか?』
答えはもちろん、YES。でもそれを言う必要も無ければ、選択肢が表示され選ぶ必要もない。
ただ思うだけでいい。だからすぐに入学手続きへと進んだ。
『個人情報は、ブレイン・ウォーカーに登録されたものをそのまま使用させていただきますがよろしいですか?』
「……はい」
ここはどうやら音声による返事が必要だったようだ。
やはり個人情報が絡んでくると、本人が同意した「証拠」が必要なのだろう。
『それでは学年を選択していただきます。学年は1学年、2学年、3学年の3つになります』
「ふーむ……」
この選択肢は予想外だった。
ゲームである以上、プレイヤー……もとい学生に「卒業」の意思が無ければ、学年が上がることや学校から去ることも無い。
始まる前に下調べをしておくべきだったと、しても仕方のない後悔をした。
とりあえず、間を取って2年生にしよう。
そう思った瞬間、話は進んだ。
『2年生……でよろしいですか?」
「…………」
無言で念じるだけでいいものの、一応首を縦に振るだけのリアクションをする。
『続いてクラスを決めます。大変申し訳ございませんが、クラスは任意で決めることは出来ませんのでご了承願います。こちらで自動的にクラスの配属を決めさせていただきます。もし、クラスが合わなかった場合は後程変更が可能です。その際にも、どこのクラスに移動するかはランダムになりますので、こちらもご了承願います』
「…………」
『それではクラスが決まりましたので、教室に移動します。制服はクラスによってエンブレムが若干変わりますので、後程クラス長から渡されます。……準備はよろしいですか?』
「はい! お願いします!!」
教室への移動方法は、ホームから検索結果へ移動する時と同じだった。
こうして、6年ぶりの学生生活が幕を開けた。
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窓から見える外の景色は、現実世界の時間と天気をそのまま反映しているらしく、時差ボケ的なものは全く無かった。
しかし、いくらインターネット内を歩き渡れる時代になったといえど、ゲーム内の光景はVRのそれに近かった。
外の景色や教室などの色使いや影はかなり現実に近いものだが、机や椅子などの「物」だったり、窓に近い席に座っている「女の子」は、まだまだ発展の余地があるようだ。
席はおおよそ40人分。コウが高校生だった頃に比べて多いが、それにしてもおかしい。
何がおかしいのかというと、席の数の割に「使われている形跡」があまり無いということだ。
ゲームなのだから、オブジェクトの状態がリセットされてもおかしくはないのだが、物によっては「誰かの席感」があった。
コウがそんなことを考えながら辺りを見回していると、窓側の席に座っていた女の子が話しかけてきた。
「あっ、もしかして新しく始めた方ですか?」
「ああ、はい。そうです! 『コウ』っていいます。よろしくお願いします」
「初めまして! そして2年10組へようこそ! 私は『ソング』と申します。こちらこそよろしくお願いしますね」
ソングは立ち上がって、しっかりとコウの方を見てお辞儀までした。
いきなり始めたら女の子がいたのも驚きだが、コウにとってはもっと驚くべき言葉を聞いた。
「え、10組!? そんなにあるんですか!?」
「驚かれても無理はありませんね。現在は2学年だけでも27組まであります」
「なっ、本当ですか!? なんでそんなに……?」
「私も聞いた話なのですが、サービス開始当時は好きにクラスを作るか、自分が気に入ったクラスに入るかを決められたそうです。……しかし、クラスが増えすぎたり、クラスメイトが増えるクラスが固定したりしてバランスがよくなかったようで、今の仕様に変わったと聞きました」
このゲームは、サービス開始から1年も経っていなかったと思うが、そこまで生徒が多かったとは。
コウは生徒の多さや、その歴史を聞いてさらなる驚愕をくらった。
しかし、同時に疑問もあった。現在、2年生だけでも27組あるにも関わらず、10組は明らかに人数が少ないような気がする。
失礼だとはわかっていても、コウは質問せずにいられなかった。
「あの……。そんなにクラスがあるのに、何故だかこのクラスは人数が少ないような気がします。現に、今ここには俺とソングさんしかいませんし」
「……まさか、もう気付かれるとは思いませんでした。確かに、10組は他のクラスに比べて人数は少なく、現在はあなたを含めて6人だけです」
「6人!? ……よく学級崩壊しませんね」
コウは半分呆れた口調で言った。
そんなコウの態度にソングは少しムキになって言葉を返す。
……それが地雷だとも気付かず。
「じゅ、10組だって、ちゃんと人が増えたりしますよ? でも、みんなすぐ他のクラスに移動してしまうんです!」
「…………」
「……あっ」
「えーっと、確かクラスって変えられましたよね?」
「ああ……待ってください! 今のは言ってはいけないことでしたので、聞かなかったことにして下さいぃ!!」
ソングはコウが来ている制服を必死に掴んで、必死に失言を撤回しようとする。
対するコウは、いくらVRに近いとはいえど「中身が本当に女性」ということもあって負けてしまう。
コウの単純さは、ある意味「ノットモテ男」だということを暴露しているようなものではあるが、幸いソングは天然であり気付かれることはなかった。
「……じゃあ、聞かなかったことにしますね。ところで、俺はいつの間に制服を着ていたんだろう? 後程、クラス長からクラスのエンブレムが付いた制服を渡されると説明されましたが……」
「コウさんの着ている制服にはエンブレムがありませんよね。その制服を着ているうちは『体験入学生扱い』でして、クラス替えをする際に無料で出来る為のパス……のような機能を持っているらしいです」
「……となると、クラス長から10組の制服を渡されるまでは自由ってことか」
「あのっ、あのっ! だからと言って、急にクラス替えをしないでくださいね……?」
ソングに上目遣いでそう言われたコウは、ただ笑顔で彼女を見ることしかできなかった。
今回は久々に頑張った感があります。
何かの作品の時にも後書きで「ジャンルに困る」と記した記憶がありますが、今回もかなり困っています。
次回もまたそう遠くないうちに更新させていただきたいと思ってます。
ただし「誰でもいいから俺を魔王にしてくれ!!」の方はまたいずれ、同じ世界で起きている別の主人公を中心にした物語と一緒に更新したいと思ってます。(いつになるんだよ! って話ですが)
今後とも温かい目で見守ってくださると嬉しいです!