6話
ヒーロー達がやってきた6
学校の帰り道。
少年はなんとなく公園に立ち寄る。
今日は気まぐれで来たのではなく、ある目的があってここに来た。
「……いた」
噴水の近くでハトにパンくずを与える男がいた。怪物が近くにいるわけでもないのに、純白の全身スーツと赤のマントを羽織ったその人物はセイギマンである。
「ふむ、君か。ワタシは女子ならいつだって歓迎だが、男に近寄られるようなことをした覚えはないし、仮にワタシに用事があったとしてもできれば遠慮したいのだが?」
「相変わらずですね。そのぶれないヒーロー感いいと思います」
「……? 何が言いたいんだ」
「僕もヒーローになりたいんです! ヒーローになる方法を教えてください!」
「ククク……ヒーローになりたいだと!」
「なにがおかしいんですか! 貴方だってヒーローじゃないですか」
「俺はヒーローという地位をバカにして笑っているわけじゃないぞ。お前というヒーローから程遠い人間が世迷言を言ってるのがおかしいと思ってな」
「……うぐ」
確かに少年はこれまで怪物に襲われたとき、立ち向かう事はせず逃げてきた。
それを間近で見てきたであろうこの男に言われてもそれはしょうがないことだった。
「それでも僕はヒーローを目指したいんです。何かアドバイスをください」
「アドバイスねえ……」
うーんと唸るように思案するその男は、
「そこまで言うのなら、ヒーロー選抜試験にでも行って来たらどうだ」
とごく普通のトーンで答えを返すのだった。が、
「まあ、何の能力も持たない貴様がヒーローになれるとは思わないが」
余計な一言も合わせて返ってきた。
ヒーロー選抜試験。
まさかそんなものが存在しているだなんて予想だにしていなかった。
ネットで検索すると、ビックリするくらい簡単にでてきた。
その当日、試験会場と記された場所に行ってみると、確かに立てかけられた看板には、大きく『ヒーロー選抜試験会場』と書かれていた。
その看板を見ても尚、実感が沸くことはなかったが、受付を済ませ室内に通されると、数名の受験者と思しき人がいるのを発見した。そこで少年はようやく真実味を帯びてくる感じがしたのだった。
「やあ、もしかして君もヒーロー志願者かい?」
入口のすぐそばに突っ立っていた、薄ら笑いの少年が話しかけてきた。
「ああ、そうだけど」
「ここに来るってことはやっぱりそういう事だよね。で、君はどういった能力を使えるのかな?」
「能力?」
聞き返すと、少年は急に勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべる。
「やだなあ、ヒーローを志すなら能力の一つや二つ持ってるのが当たり前だろう?」
さも自分は持っているから勝ったとでも言いたげな言動である。
ここは、「じゃあ君はどんな能力を持っているんだ?」と聞き返すところだが、何となく気に入らなかったので、スルーしてそのまま席に着席した。
その少年はこっちに視線を向けて、さあ聞くんだとでも待っているかのようだったが、しばらく放置していると新たに入ってきた人間に興味を持ち始めた様子である。
「やあ、もしかして君もヒーロー志願者かい?」
まったくもって、同様の抑揚、内容のセリフ。まるでゲームの村人かと錯覚するほどである。
「…………」
「やだなあ、ヒーローを志すなら能力の一つや二つ持ってるのが当たり前だろう?」
あの男、自分の自慢をするためなら、他者からの返答の有無など意に介さないようだ。
「用がないなら失礼するぞ」
「……あ、ああ」
先ほどまでだんまりしていた男が一言発声すると、その低く押し殺したような声に圧倒され、お調子者風の男も途端に静かになるのだった。
男はそのお調子者風の男の横を通り過ぎると、そのまま席に着席する。
黒衣を身に纏った、黒髪短髪で鋭い獰猛な目を持ったその風貌は、ヒーローというよりかは、どちらかといえばダークヒーロー的な雰囲気を醸しているのだが、この現代社会に存在するものの恰好としては常軌を逸する程であった。
かなり困った状況になった。
というのも、ヒーローの試験というものの実態がよく分かっていないまま来てしまったからだ。
ヒーローとしての実力はこれからつけるとして、なりたい気持ちだけは持ってきたつもりでいたが、ここでまさかの筆記試験がまさに今始まろうとしていた。
一体何について問題が出されるというのだろうか。
まさかヒーローたるもの一般常識も備わっていなければならない云々とかで、ふつうに学校でやるような問題じゃなかろうな。
などとびくびくしながら静かな室内で一人座っていた。
この部屋を見渡す限り、試験を受けにやってきた人間は自分を含めて5人だった。
一人は先ほどメンドクサイ絡みをしてきたあのお調子者である。テーブルと席は30人は軽く座れる程用意されており、どこでも自由に座れるのだが、にも関わらず一番前の席に座っている辺り、よほど自分に自信があると見て取れる。
窓際で一人離れたところに座っているのは、先ほどそのお調子者をまるで相手にしなかったあの黒衣の男だった。男といっても面持ちは若々しく、イケメン俳優と言われるような人物にも引けをとることはなさそうな整った顔をしていた。ただ、睨まれるだけでドン引きしてしまいそうになる鋭い目が、なんとも近寄りがたい雰囲気を醸している。
残りの二人は、一番後ろに座っている自分を遮るように背が高く肩幅の広い筋肉だるまが一人と、通路側に面した席にちっさい女子が座っていた。
ちなみに、そのちっさい女子は間違えてここに来たのではないかと思い声をかけたところ、身長こそ負けてはいないが、まるで自分のことをゴミクズか何かを見るような見下した目で見てきたので、それ以上は何も言うまいと自分の席に戻った次第だ。
一通り受験者を確認すると、前方にいた試験官からテスト用紙が配布される。
ドキドキしつつ始めの問題文を読む。唖然とした。
『貴方がヒーローになりたいと思うその情熱を書け』
テスト用紙にはその一文だけ記されており、残りは好きなだけ自分の文字で埋めろとでもいわんばかりに白紙スペースだけが残されていた。
しばらくの間、拍子抜けのあまり呆然と座っていたが、いざ書こうという気になった時、ふとある感情が少年の脳裏によぎった。
(俺は、試験官に気に入られるためにヒーローの試験を受けに来たんじゃない。)
なんか、一旦そう思ってしまうとその感情は止めることができなくなり、感情の赴くまま、そんなことを窺わせる内容の文をごく簡潔にまとめて書いて、テスト時間が終了した後、提出した。
こんなことをふつうの試験なんかでやったら社会不適合者の烙印を押されかねないが、この場所でなら何故だかわからないがやっていいような気がした。
こんな答案でいい点を取ろうだなんて思ってはいないが、自分の思いをそのまま書いたのでとても充実感を感じたのだった。そんな心地の良い感情にしばらく浸っていると、答案を回収し終えた試験官が口を開いた。
「次は10分の休憩の後、実技試験に移行する。各人は実技の会場まで来られたし」
と言い残し、部屋を去っていった。
他の受験生たちが移動しようと席を立ち始めていたので、それに合わせて少年も移動を開始した。
実技試験の内容はとてもシンプルなものだった。
対戦表を基に、一対一の試合をし、先に降参した方が負けるというものだった。
だが、その対戦表を見たとき、またも唖然とさせられるのだった。
試験生は合計で5人なので、二人一組で対戦すると一人余ることになる。
その一人は当然最終戦でのみ、勝ち残った者と対戦することになるのだが、その一人というのが他の誰でもない自分だったのだ。
もしや、先ほどの記述試験を見た試験官の反感を買ってしまったかとも想像したが、こうなってしまっては仕方がない。なるようになれと思った。
ヒーローの選抜試験だから、おそらく実技はあるだろうと踏んではいたが、どのみちヒーロー的な必殺技を持たない自分が勝てる見込みは低い。
というかこの試験の合格基準をよく理解していないのだが(きちんと明記されていなかった)、この実技で勝った者が合格とかであればそもそもヒーローになれるチャンスは無いに等しいようなものだ。
悔しいが、見た感じ明らかに自分より強そうな人達が集まっている。一回勝利すれば優勝だとしてもかなり分の悪い勝負となりそうだ。
まあ、物理的に無理であっても諦めきれないので、この試験会場までやってきたのだから今更諦めて逃げ出すようなこともないのだが。