2話
某日、とある市のとある公園にて。
「あの女を襲うのだ!」
セイギマンは見るからに醜悪なモンスターに向かって命じた。その様子は誰がどのように見ても悪の幹部そのものである。
ちなみにセイギマンとは町を脅かすモンスターを排除するため(注・女性限定)やってきた正義の味方である。
「ちょっとちょっと! 何やってんですか! 市民にモンスターをしかけるなんて!」
颯爽と止めにかかる少年。小柄でひ弱そうな一般的な草食系男子の登場である。
「貴様はこの間の一般市民! またワタシの妨害をするというのか!」
「またって何のことですか。それより、ヒーローがモンスターを使って人を襲うなんてどうかしてます」
「フン、更に妨害されても困るから特別に教えてやろう。まず私が好みの女を見つけたとする。そこですかさずこのモンスターの登場だ。女最大のピーンチ! そこですかさず俺の登場だ、劇的な戦いの末、ヒーローが勝利し女のピンチを救うという筋書きだ。分かったな? じゃ、さっさと帰ってくれ」
「それを聞いて帰れるわけないでしょう! やめてくださいそんなこと」
「貴様はヒーロー界の事情を知らんからそういうことが言えるのだ。今、ヒーロー界ではヒーローが枯渇しつつある。若手のヒーローが育たなくなってきているのだ。そこでワタシの登場! 町に潜む敵を日夜倒すことで町の平和を守ると同時に、ヒーローの重要性が伝わるという寸法だ。それにより、感銘を受けたヒーローの卵の芽が育つという完璧な台本である。ワタシがこうしてモンスターを放つのも、敢えて人目の多いところで注目を浴びる必要があるという意味合いを兼ねている」
「はあ……」
怪物を排除するのがヒーローだというのに。そのヒーローを育成するため怪物を使って人を襲わせるなら本末転倒なんじゃないのか……?
などと思っている少年の思いなど関係なく、ヒーローは特にその行為になんの葛藤や罪悪感のようなものはないらしく、
「そういうわけだボーイ! それでは二度とワタシの前に現れてくれるなよ、バーイ!」
ヒーローは再びモンスターに目をやると、モンスターはすでに側から離れており、人間に襲い掛かろうとしているところだった。
「あ、バカ。襲うのはあっちの女だ。おっさんを襲ってどうする!」
慌ててモンスターに指示を出すヒーロー。
……。
少年の目が点になる。
少年の心がまた、一段とヒーローを嫌いになっていくのを感じた。
「はあ……。なんなのかしら、あのヒーローは」
突如、現れた軽蔑と侮蔑をはらんだクールな女性の声。
「き、きみは……」
少年が見たその女性は知っている顔だった。
同じ高校で同学年の女子、霧咲舞。
彼女のステータスは未知に包まれており、3要素はもちろんのこと、普段の日常生活や趣味・嗜好を知る者は誰もいない。
皆興味が無いわけではない。むしろ、彼女は学校の中でもトップクラスに入る美貌を持っており、注目の的となっていた。
ただ彼女は普段あまり喋らない寡黙な人間で通っており、必要以上の人間関係を持とうとはしない性質だった。
そのこともあり、皆興味を持っていても彼女の情報はリークされていないまま、現在まで至っている。
その彼女がいまここにいて、あの名ばかりのヒーローを見て罵倒の言葉を浴びせている。一体これはどういう偶然の産物だろうか。
「……何?」
冷ややかな彼女の言葉と共に、少年は我に返る。
この謎の状況を考えるにあたり彼女の顔を凝視していたらしく、そのことが彼女の不興を買ったらしい。
「いや、なんでも……」
噂どおりの絡みづらい人だと思った。
それにしても先ほどのヒーローを知っているともとれる言動。一体この娘は何者なのだろう、とこの娘に対する謎は尽きない。
しかしその疑問は早くも氷解する。彼女は提げていた無骨なデザインのバッグから、マスクとマントをサッと取り出し、それを素早く装着する。
なんと彼女もまたヒーロー(ヒロイン?)だったのだ。
しかし、ツッコミどころは多い。
なぜ現れる前から装着してこなかったのか、とか。
SMプレイの際に柄ってそうな、ボンテージ姿と鞭が似合いそうなそのマスクは、本当にそのチョイスでよかったのか、とか。
だが、とりあえず言っておかなくてはならないことがある。
「モンスターが暴れそうなんです、倒してもらえますか?」
同級生ではあるものの、下手からお願いしてみる。
先日の事もあり、あまり刺激するような発言は避けるべきだと思ったからだ。
「そんなこと見れば分かるでしょ」
下手に出たことを後悔するほど冷たい言葉を浴びせられた。
普段はおとなしくしているが、本性はどうやらこちらのようらしい。
「それより、私は誰かにお願いされないとやる気がでないの。貴方、私にお願いしてくれないかしら」
「……は?」
刹那、少年の脳裏に不安がよぎる。
……こいつもまた変なヒーローなのではないか、と。
「お願いならさっきしたじゃないですか。モンスター倒してくださいって」
少年は分かっていた。これが彼女の求めている答えではないということは。ただ、そうだとしても容易にその相手の答えをくみ取り要求を呑むのは、あまり気のすすむものではなかった。
「何か勘違いしてないかしら」
ほらきた。
「私が今からモンスターを倒すのはやぶさかではないわ。ヒーローとして奉仕の心を持って行う以上、対価として賃金を貰うというのも変な話じゃない? だから、せめて土下座でもしてお願いしてもらわないと割に合わないと思っているんだけど、どうかしら。私、何か変なこと言ってる?」
はい、とは言えず、
「土下座すれば本当に怪物をやっつけてくれるんですね……。今からやるので本当にお願いしますよ」
土下座をしようとする自分に情けなさを感じつつ、これが世界のためだと思うと仕方なくもやるしかないという気持ちもすこしだけ芽生えた。
両膝をつき、丁寧に両手を地面につけ、深々と頭を下げると、
「どうかモンスターを退治してくださいませ、ヒーロー様」
プライドを捨てた渾身の土下座を披露してみせた。
「30点ね……」
「は……?」
「貴方の土下座は嫌々やった不完全な土下座だと言ったのよ。そんなんで私が納得するとでも思った?」
見破られていた。とはいえ、これ以上の土下座というのも思いつかない。
「くそ……。こうなったらやけくそだ」
少年は、次から次へと土下座を披露した。だがしかし、彼女の納得のいく土下座が実現することはなかった。
そして、日が暮れ始め……。
「まあ、今回のところは貴方のその誠意に免じて、これで可としましょうか。さて、倒してほしいというモンスターはどこにいるのかしら」
少年と少女は周囲を見渡す。モンスターとセイギマンはすでにどこかへいなくなっており、変わりに二人を奇妙な光景として、野次馬達が遠目からじろじろと見ていた。
「そりゃこうなるよな……」
土下座の意味って……。と思いつつ、少年はそそくさとその場から逃げるように立ち去った。