仕え人送りの日
そして『仕え人送り』の日はやってきた。
儀式の日の慣例として、『お役目』に選ばれた者の家には、朝から多数の人が挨拶に来る。
朝早く起きたナユは、青の泉から汲んできておいた水を使い体を清めると、タリナに古来より伝わる美しい模様の入った服を着る。現代人の我々から見れば、それは少し裾が短めのチャイナドレスのようにも見えるだろうか。服の色は瞳と同じ青を基調としたもので、美しく結い上げられた髪に、煌びやかな髪飾りが一つだけ付いている。それがナユの黒髪にはとても似合っていた。
挨拶に来た者達は、そんな姿を見ると口々にこう言った。
「ナユは本当に美しい娘に育ったな」
「ナユがお役目であれば創造神様もさぞや満足であろう」
儀式が始まるのは夕方からだが、挨拶に来た者達の相手をしているとすぐ昼になってしまった。
昨日までは、お役目に対する不安やプレッシャーというものがあったが、今日は不思議なことに、朝目覚めてからそんなに感じることが無かった。
家族と一緒に昼食を食べ終わると、午後から儀式へと赴くまでは家族四人で過ごす。その間、妹のサユは姉のナユにべったりとくっつき、自分の思い描く創造神の事をナユに言う。
ジルクとミサラは、そんな娘達のやり取りを、ナユの事をけして忘れる事が無いようにと、目に焼き付けるように見守るのだった。
そして、儀式の時間は迫る………。
「父様、母様、そろそろ儀式の為にロウホ様のお屋敷へ向かおうと思います。サユ、私がいない間も父様と母様の事をお願いね」
「うん。まかせといて」
そしてミサラは別れ際にナユを抱きしめるとこう言った。
「神の住まう地では、創造神様に仕える事となります。ナユが一生懸命尽くせば、きっと創造神様はよくしてくれる事でしょう。たまには私達の事を思い出してくださいね」
ナユも言いたい事は沢山あったのだが、姉を羨望の眼差しで見るサユの視線に気づき、言うのをやめた。最後に三人のほうを向いて「行ってまいります」と言うと、ナユはロウホの屋敷へと向かうのだった。
ロウホの屋敷に着くと、カナンがナユを中に招き入れ、準備の為に用意された部屋へと通す。そのままカナンと話しながら待っていると、少ししてロウホとカナンの父クガンが部屋へ入ってきた。
「ナユ、お役目よろしく頼むぞ」
「はい。畏まりました」
「カナン、あれを……」
ロウホに言われると、カナンは部屋を出ていき水と一緒にあずき大の丸い玉を三粒ほど持って戻ってきた。
「ロウホ様、これは何でしょうか?」
「ナユも儀式は何度か見ているだろうから分かると思うが、苦しみながら送られた者など今までいないであろう? お役目は魂だけ創造神の元へと行く事ができ、肉体はけして行くことができない。送るとは、言ってしまえば現世での生は終えて別な存在になると言う事だ。その儀式での苦しみを感じる事がなくなる薬じゃ。名は無痛丸薬と言う。三粒飲むと少し意識が朦朧とするかもしれないが、儀式の前に服用すれば、祭壇前に至るまで問題なく意識が保てるはずじゃ。まあ、使う使わないはナユにまかせるが」
「はい」
「それと聞いているとは思うが、今回の儀式は特別じゃ。もしかすれば儀式の途中、または終わってから創造神様が降臨なさるかもしれん。その場合は……いや、なんでもない。後の事はクガンが説明する」
そう言うとロウホは部屋を出て行った。
途中で言葉を濁した事が少し気になったが、ここまで来るとナユにとってそれは些細な事だった。それよりは、何度も見ているとはいえ、失敗しないように儀式の流れを頭に入れておく事のほうが大事だ。
「では、儀式の流れを説明する。まずは民長が『仕え人送り』の始まりを皆に告げる。その後は神への道標とする広場両側の松明へと火を灯す。ここまではいつもと変わらない」
「はい」
「そして、その後は捕らえた野牛を此度は三頭ほど神への供物として捧げることになる。いつもであれば一頭だが、三頭だと少しばかり時間がかかるだろう。ナユが広場へ入るのはその後になるが、祭壇のおよそ五歩ほど前に赤い鋲で印を付けておいたからそこに立つのだ。そして膝立ちになり祭壇に向かって祈りを捧げる。ここまで良いか?」
「はい」
「あとは私がナユを創造神様へと送ろう。失敗するつもりはないが万が一という事もある。渡した無痛丸薬は飲んでおいたほうが良いだろう」
「いえ、飲まないつもりです」
「……そうか。自分で決めたのであればいい。気が変わったら飲むという事もあるだろうしな」
説明が終わるとクガンは部屋を出ていき、カナンと二人だけになる。すると、ナユの側にきてそっと抱きしめてくれた。それに対し、ナユもそっと抱きしめ返す。会話はなく、二人はただただそのまま抱き合ったままでいた。
朝は嘘のように無かったはずの不安が、ロウホの屋敷に来てから少しずつ胸を締め付けていたが、おそらくはそれを察してくれたのだろう。そんな不安をカナンの温もりは和らげてくれるのだった。