青の泉(後)
泉の大きさは直径十メートルないくらいの円状で、水深は深い所で一メートル程だろうか。
二人は知らないが、この青い色を作り出しているのは、メタケイ酸と呼ばれる物質である。
天然の保湿成分、皮膚の老化抑止、新陳代謝の促進といった効能があるとされ、正に天然化粧水とも言うべきもので、我々の世界では胃薬にも使われる事がある成分である。
ナユは泉に手を差し入れてみるが、その冷たさにすぐ手を引き抜いてしまった。
「冷たい……ここに入るんだよね?」
「髪とか肌がつるっつるスベスベになるんだってよ?」
「おぉぉぉっそんな効果が? それならいっその事女衆に開放してくれればいいのにね」
「おっと、ナユも言うようになったね~」
「カナンに毒されてきたのかな?」
などと女子トークを展開しつつ、ナユは着ている服を脱ぎ終わると近くの木の枝へと掛け、泉の中へと一歩一歩入っていく。その様子を見ていたカナンは、透き通るような白い肌の美しさに見惚れてしまった。
木々の間をすり抜けてくる光を浴び、泉の青色に重なり協調される姿は神々しくさえ見える。同じ女衆のカナンから見ても、タリナ砦の中にこれだけ美しい女衆はいない。嫉妬などよりも、幼馴染であり、友達であるという事が誇らしかった。
泉の真ん中辺り、湧き水の出ている手前まで行くと、ナユはゆっくりと体を沈め、手ですくった水を頭や顔にもかける。それが終わると、またゆっくりとカナンの方へ体を向けた。
「我慢できなくなったら上がってくるのよ?」
「う、うん……」
「ナユってほんと綺麗な身体してるね。細くて足も長くて、胸だって絶賛成長中だしね。同じ女衆の私でも惚れ惚れしちゃうなぁ。これが創造神様の物になっちゃうのですか」
などと話しかけられても、返事をする余裕がないくらいに泉の水は冷たい。
そんな事ないよと言いたいのか、顔を左右に何度か振り、やがて体が小刻みに震え始めると、我慢ができないとばかりに震える口調でカナンと話す。
「もう、おしまいでいいよね?」
「うーん……一応はいったんだからいいんじゃないかな?」
かなり適当であるが、儀式の日までこれが毎日続くのだし、風邪など患っては大変だ。
ナユはもう我慢できないと勢いよく立ち上がると、泉に入った時の倍ほどの速さで戻ってきた。泉から出た後は、カナンから受け取った布で水滴を拭き取り、いそいそと服を着る。
「これをあと三日も続けるのって、辛すぎる~」
「私とルアンが毎日一緒に来てあげるから頑張ろう」
「うん」
そして、ルアンと合流すると、来た道を逆順で砦の方へと歩き出した。その途中での事だった。ルアンはずっと気になっていた事をナユへと聞いてみた。
「なぁ、ナユは儀式とか不安じゃないのか?」
「ちょっとは不安だよ。その…本当はね、十六歳になったし、砦の外をいっぱい見てみたいとか思ったりもしてたんだけど、お役目だって大事な事だから……」
「まあ、それはそうだけどさぁ。そういや今回は特別だってオヤジも騒いでたな。もしかしたら創造神が降臨なされるかもっていう期待があるらしいや」
すると、それを聞いたカナンが何やら悩みだした。が、すぐ元通りの顔になると話し始める。
「でもさぁ、ナユが創造神様のところに送られて、逆に創造神様がこっちに来たらすれ違いになっちゃうじゃん。それってどうなのよ?」
「あぁ、そりゃあれだろ。向こうで選んで連れてくるんじゃないの?」
「そっか、それなら問題ないね。ナユは絶対選ばれるでしょ」
独自の理論で展開される二人の会話を聞いていると、ナユは自分の中の不安が少し軽くなっていくのを感じた。そんな二人の事を見ていると、何故かとても嬉しい気持ちになってきた。自分はこことは違う場所に行ってしまうが、残った者達にはいつまでも笑っていてほしい。幸せであってほしいと思うのだ。
そして、いろいろと話しているうちにも砦の北門に着く。
門番は三人に気づくとすぐに門を開けてくれ、中に入るとサユが待っていた。
「ルアンが見張り? カナンが付き添い?」
「そうだよ。どうしたのサユ?」
ナユがそう言って首をかしげると、サユは抱き付いてこう言った。
「もう何日かでナユが居なくなっちゃうんだって思ったら、なるべく一緒に居たいなって思って…… 帰ってくるの待ってた」
「そっか……私も…」
(本当はずっと一緒にいたいよ)
最後のほうは声に出さず、心の中だけで言葉にする。
ナユはギュっとサユを抱き締めると、暫くそのままで居たが、カナンとルアンのほうを向くと大丈夫と言うように小さく頷く。そして、気持ちを落ち着かせると、帰り道を仲良く四人で歩き始める。
あと何日かで妹のサユともお別れなのだと思うと、先程までは軽かった不安がまた鎌首を擡げ始めるが、もう、この流れは自分で止めることなど出来るはずもない。
自分の運命は決まっており、どうしようもない事なのだと、諦めの気持ちが自分の中で強くなる。だが、ナユはお役目は名誉な事、重要な事なのだと無理やり自分に言い聞かせるのだった。