青の泉(前)
砦の北門を出てしばらく行った森の奥、そこには、タリナの民が青の泉と呼んでいる場所がある。
青の泉は、綺麗な湧き水によって満たされ作られた泉で、何かの儀式、病の者への薬としての服用、お役目に選ばれた者が身を清めるという目的のみに使用が許されている。
お役目に選ばれたナユは、護衛と見張りの為に付いてきた幼馴染のルアン、もう一人、こちらもタリナの民長の孫で、幼馴染のカナンと供に青の泉に向かっている途中である。
「ナユがお役目に選ばれるなんてねぇ。ちょっと寂しくなるなぁ」
「私もカナンや他の皆と違うところへ行っちゃうのは寂しいかな。でも創造神様の元にだって知ってる人はたくさんいるよ」
と言うと、ナユは今までお役目に選ばれた者達の顔を思い浮かべてみる。すると、ここ何年かでも仲のよかった女衆ばかりがお役目に選ばれていた。
神の住まう地というものがあり、本当に儀式の後にそこへ行くというのなら、さみしくはないのかもしれないと思った。
タリナでは、肉体を持ってそこへ辿り着く事ができないと伝えられており、仕え人送りの儀式は続けられているわけだが、タリナの民は、その世界が在ることを疑うものが少ない。それは、大前提である神がその世界より降臨するからだ。
「タリナで一番美しい娘をお役目に選ぶとか、じっちゃんも安易じゃないかなぁって思うんだよね。今まで創造神様が降臨されてる伝承とか、その為に必要なお役目とか、いつから始まったかわからないくらい昔から続いてるのは知ってるんだけど、毎年ってどうなんだろうね?」
「カナンがそんな事を言うなんて、どうしたの?」
「だって創造神様ってどんだけ女好きなのさって思わない?」
そこか、とナユはなんだか楽しくなってきてクスクス笑った。
このカナンという娘は、時々こんなふうにちょっと違った方向に物事を考えるのだ。こんな砕けた性格と、美人と呼べるだけ整った容姿である為、砦の中でもなかなか男衆に人気のある人物である。
「男手だって必要かもしれないんだから、男衆でもいいんじゃないのかなって思うんだけど、おかしいかなぁ?」
そう言って創造神を女好きと決めつけているカナンに対し、同行するルアンが窘める。
「こんな話しを民長や長老衆あたりに聞かれてみろ、きっと体中が痛くなって、半日は起き上がれなくなるくらいキツイ訓練させられるぞ?」
「いないから聞かれっこないし、いいじゃない!」
「これだもんなぁ。カナンには敵わないや……」
などとルアンは大きなリアクションで肩をガックリと落とし、カナンじゃ仕方ないかという態度で応える。ナユはそれを見てまたクスクスと笑う。
こんな感じで他愛もない話しをしながら、三人は泉に向かい歩いていった。
「もうじき泉だね。清めってどのくらい入ってればいいのかな?」
「そうだね、前のお役目のヤルンの時にも付いてきたけど、水が冷たいから、そんなに長く入ってられないと思うよ」
「それじゃ私も我慢できなくなったらおしまいにするね」
「うん。って、あぁぁぁっルアンってば今ナユが裸で泉入ってるとこ想像してたでしょ?」
「し、してねぇよ」
と、慌てて反論したが、顔は少し赤くなってあらぬ方向を見ている。
「冗談だってば……っていうかルアンのほうは冗談じゃなかった?」
「勝手に言ってろ」
そういうと、ルアンは少し自分を落ち着けナユの方を見る。
それに気づいたナユもにっこり微笑む。すると、またルアンは少し顔を赤くして視線を逸らした。
幼馴染とはいっても、三人ともタリナでは成人と認められ歳は十六歳である。そして、体の成長とともに心の方も成長している。男衆は女衆を、女衆は男衆の中に、気になる相手がいても可笑しくはないのだ。そして、ルアンの気になる相手というのはナユであったが、次の儀式のお役目に選ばれてしまった。
タリナでは、それが仕方ないというのは頭で理解できていても、あと何日かで会えなくなると思うと、少し胸が苦しかった。
「ルアンはここで見張りね。ここから泉に近づいたらだめなんだから」
「わかってるって、そんなに睨むなよ。俺だって遊びで来てるわけじゃないからな」
「ふぅん。じゃぁよろしくね?」
カナンは疑いの目でもう一度ルアンを睨むと、ナユと二人でもう少しだけ森の奥のほうへと進んでいく。そして、十メートルほども進むと、綺麗な青い泉の姿が見え始めてくる。泉の縁まで行くと、青く見えた泉の水は意外と透き通っており、ちょうど真ん中辺りで水が湧き出ているのが盛り上がる動きで見えた。