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夢の中の少女は俺を主様と呼び仕える  作者: 龍夢
第三章 新たなる出発
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間話 カナンの想い・ネライダの香り

 もう夕刻と言ってもいい時間、ナユ、イシュカ、シーナの三人は約束していた大浴場へ行き、エルジェは、一人離れでこれからの行動について考えていた。暫くすると、ドアをノックする音が部屋に響き、入室を求める声が掛けられた。


「エルジェ様、お話しがあるのですが、よろしいでしょうか?」


(来たな…)


 なんとなくではあるが、カナンが誰もいない時に来るのではないか、そう予想していたのだ。


「鍵は開いているから入っていい」


 中に入って来たカナンを向かい側に座らせると、先に口を開いたのはエルジェの方だった。


「イシュカ達の事だろう?」


「それだけではないですが、まずはそれです。エルジェ様、なぜ砦以外の女を……ナユだけでは満足できませんか? もしそうなら、タリナにはいくらでも美しい女がいます。エルジェ様からお声が掛かれば、私だって…拒みなどしません…妻が一人と決まっている訳でもありませんし」


「うーん…そういう事ではないんだ。それに、俺だって女なら誰でもいいという訳ではない。王様を気取って女を複数囲う気もないしな。そして、俺だってタリナの民ではないというのを忘れてないか? どうもカナンはそこらへんを誤解しているな」


「誤解って…では、今ナユとはどういった関係なんですか?」


「ナユと?」


「いつも一緒の部屋に寝泊まりしているというのに、夜伽の相手すらさせていないというのですか?」


 鬼気迫る勢いで、一気に関係を聞いてくるカナン。


「ああ、そんな事は最初の夜に断ったし、それからはこちらから求めてもいないよ」


「えっ!?」


 これにはカナンもびっくりした。あの儀式の夜、ナユに少しだけ助言をしたのだ。エルジェは砦にとって大事な人、嫌であっても側仕えとして身体を求められたら応じてほしいと……

 そして、手っ取り早く知りたいのであれば、裸で抱き合いながら言葉を交わすのがいいとも……

 結局経験のないナユは少し勘違いをしてしまい、エルジェに窘められてしまったのだが。 


「カナン、俺にとってナユはいろいろな意味で特別なんだ。だけど、俺も男だ、口付けを交わしたり、普通に抱き合ったりくらいはするけどな。それ以上の事は、今はいい…」


「特別…とか口付け…そうですか…」


 カナンは消え入りそうな声で呟くと、泣き笑いのような顔をして涙を浮かべた。

 幼馴染みで友人であり、自分も認めるタリナで一番美しい女衆。そんなナユがエルジェと全くうまくいってないという訳ではない事に安堵したのだ。


「ナユ…よかった…でも、ちょっと羨ましいな……」


 エルジェもカナンの事を美しい娘だと認めてはいるのだ。別に嫌いなわけでもない。砦の事を考えて此処に来ているだろう事、自分を好いているだろう事もなんとなく察している。それでも、ロウホやクガンの事を思うと、本人の考えはどうであれ、今は多少距離を置くほうがいいと思っている。


「言っておくが、イシュカとは特にどうという関係ではない」


「でも、先程エルジェ様を好きだと言っていました…」


「それはそうだが、俺も初めて聞いたと言っただろ?」


「女の勘ですが、まったく惹かれていないという事はありませんよね? それに嬉しそうでしたし」


「ぐっ……ま、まぁ…まったくって事はないが…」


「でも、ナユだけは特別なんですね?」


「そうだ、ナユだけは特別だ」


 カナンの鋭い切り返しにエルジェもタジタジになる。しかし、後でひどい事になりそうなので、嘘は言わないように言葉を選び答えていく。


「その…出来れば教えていただきたいんですが、なぜナユだけは特別なんですか?」


「………やはり、話さなければわからないよな。よし、なぜナユが特別なのかカナンに話してやろう」


 エルジェは、ワカルフでナユに話したのと同じ内容を話して聞かせ、最後に幾つか言葉を付け加えた。


「俺は、この世界でやるべき事を探さなければならない。それを見つける事もせず、女に溺れてなどいられないんだよ。まあ、カナンがこれを女から逃げているととるならそれまでだけどな」


「そんな事は……」


「最後に、俺はナユと同じように他の女を見る事はない。それは、どんなに惹かれたとしてもだ」


「………」


「今はそれで納得してほしい」


 誠意を尽くして説明はしたはずだ。


「わかりました。今はそれで納得しておきます。でも、けしてナユを悲しませる事だけはしないと約束してください」


「ああ、約束するよ」


 一応の納得はしたのだろう。カナンは立ち上がって一礼をすると部屋を出て行った。

 どうもこれから女関係で悩まされそうな気がしてならない。なんとなく不吉な予感もする。しかし、エルジェは自分の事を低く見積もりすぎているのだ。

 容姿然り、強さ然り、女を惹きつけるものが多く揃っているのだから、これからもそういった問題から逃れる事は出来ない事だろう。




 暫く一人で考え事をしていると、ナユが浴場から帰ってきた。


「主様、浴場とっても気持ちよかったです」


「ああ、あの浴場は天国の如き心地よさだからなあ」


 ナユがエルジェの隣りのソファに腰をおろすと、とてもいい匂いがした。だからと言う訳ではないが、エルジェは自然とナユを抱きしめていた。


「主様……え? えぇ?」


 エルジェは何をするのかと思えば、ナユのうなじ辺りの匂いをくんくん嗅ぎだした。


「あの……何をしているのでしょうか?」


「あっ……すまん。なんだかとてもいい匂いがしたもんだから」


「これはコルナ山に咲くネライダという花の香りです」


「コルナ山って砦の西に見える大きな山か?」


「そうです。あそこには鬼族の末裔達が住んでいます。年に数度、その者達はタリナまで稀少な薬草や香草を売りに来るんです。その時にネライダの香水も一緒に持ってくるんですよ」


「それがこの香りか……ネオスフィアでも嗅いだ事がないほどいい香りだ」


「今日はイシュカとシーナも一緒に浴場に行ったので、風呂上りにみんなでつけてみたんです」


「そうか、とてもいい香りだよ」


「そうですか……あの、主様……」


 ナユが恥ずかしそうにしているが、それは自分が抱きしめたままだという事に気づき、エルジェは体を離そうとした。だが、体が少し離れたあたりで、ナユが大胆にも自分から口付けをしてきた。その後は暫く抱き合ったままでいたが、二人の心が満たされたからか、どちらからともなく自然と離れる。


「そろそろ夕飯ですね。屋敷へ行きましょうか?」


「ああ、そうだな」


 今はこのままの関係でいい。そうは思っているが、二人の関係は少しずつ着実に前進しているのだ。

 エルジェはナユの事を幸せにしたい。それは絶対だ。そう強く思っている。しかし、イシュカの事も自分を悩ませていた。この事は大きな問題となる前になんとかしなければいけないだろう。どうしたら良いかいろいろと考えてみるが、これからの女関係は嫌な予感しかしないエルジェであった。


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