間話 ナユとイシュカ、朝から
いつもより早く目が覚めました。
私の隣りにはまだ主様が寝ています。
昨日、私達は……ごめんなさい、恥ずかしくて言えません。
あの後、二人で寝るまでお話しをしました。
『本当は、もっと機会があったんだ。それでもナユを大切に想うあまり、特別に思いすぎるあまり何もする事が出来なかった』
そして、こうも言いました。
『ネオスフィアに居た時は夢に見る世界に転移するなんて思わなかったし、ナユが俺に仕えるなんていうのは、神の悪戯、神の気まぐれじゃないかと……いや、神様ごめんなさい、あなたはやはり偉いです。おかげでナユを救う事ができたんだから』
二人でクスクス笑いながらいっぱいお話ししました。でも、楽しいお話しだけではありません。
主様はネオスフィアにお付き合いを始めたばかりの女性がいるという事を話してくれました。ただ、別れも突然で帰る術もわからないから今はどうしようもないのだと……
最初はお付き合いしている人がいるのに私と……なんて酷い人だろうって思いながら聞いていたのに、話し終わった後の寂しそうな顔を見ると何も言えませんでした。
だって主様はこちらの世界に仲の良い友人や血縁のある者がいないのです。こちらの世界に一人ぼっちなのです。私のように両親や妹もいない。その寂しさはどれほどのものなのか想像もつきません。
だから、だからこそ、私だけでも主様の側にずっと居てあげなければいけないと思いました。
話しの最後に主様は私に『不誠実ですまない』と謝りました。
私は『ここに来る前の事ですから気にしないでください…』とだけ主様に言いました。
ネオスフィアでお付き合いしているという方がどんな方かはわかりません。でも、私は昨日はっきりとわかりました。
私は主様の事が好きです。だから、いつも主様の隣りに居るのは自分でありたいのだと。
外が明るくなってきたので少し散歩をする事にしました。部屋を出て階段を降りると、厩舎側に出る通用口からイシュカが入って来るのが見えました。向こうもこちらに気付いてたので挨拶を交わします。
「おはようございます」
「おはよう。ナユも起きるの早いのね?」
「いいえ、今日はたまたまなんです。イシュカは?」
「厩舎に馬を預けてるの。今日はそれに乗ってタリナまで行こうと思って様子を見にね」
「そうなんですね」
「エルはまだ寝てるの?」
「はい」
「そう……ナユ、少し私とお話ししない?」
「ええ」
こうして私とイシュカは誰もいない食堂で話しをする事になったのです。
テーブルに向かい合って座ると、早速イシュカが私に質問をしてきました。
「一つ聞きたい事があるの。ナユ、あなたとエルジェは恋人同士なの?」
「違う……と思います」
「主様と呼ぶからにはそうよね……ではどこまでの関係なの? まさか同じ部屋に寝泊まりしていてただの側仕えなんて事もないでしょ?」
「それは……」
「どうしてこんな質問をって顔をしてるわね」
「いいえ……なんとなくわかりますよ。イシュカは主様を好きになった……そういう事なのでしょ?」
「そうね。たぶん一目惚れに近い感覚だと思うの。あれだけの男はそうそう居るものではないわ。だからあなた達の関係が気になるのよね。肉体関係とかは?」
「……まだ…ありません」
「まだって事は求められれば応じる気はあるという事ね」
「…………」
イシュカはさすがに大人の女性です。私だったら赤面だけして質問出来ないような事を普通に質問してきます。分析力もすごいです。
「ナユ、私は本気よ? そしてあなたに遠慮はしない」
私はなんだかイシュカには勝てないような気がして悲しくなってきました。そして、気付けば涙が溢れ目尻から零れ落ちていました。
「どうして泣くの?」
「………」
「別に虐めているわけじゃないし、むしろ正々堂々とエルを落としたいからこうして話してるんだけど……」
「わたしも……わたしも本気です。でも……」
「でも?」
「主様とはまだ出会ってから日も浅いですから……」
「私はまだ一日なんだけど……」
「あっ!?」
「そういう事なの。ナユ、好きになるとか惹かれるというのは時間ではないのよ?」
私はやはり恋愛経験がないからだめなのかな………
「それにね、タリナではどうかわからないけど、別にエルが一人だけ選ぶ必要はないわ……何人も妻を持つ貴族なんてそこらへんにいっぱいいるもの」
タリナでもイシュカの言うように妻は一人と決まってはいない。昔はそういう人がいたという話しだって聞いた事がある。
でも、主様が複数の女性と……想像してみましたがそれは嫌です。でも、私が嫌でも主様がどう思っているかはわからないけれど。ただ…私が自分で認めた人なら………
「ナユ、私が恋敵では不満? いつもエルと一緒にいるあなたの方が有利だというのに……そして、とても羨ましいわ」
私は暫く目を閉じて考えに耽りました。
「ナユ?」
いろいろ考えたら何かが吹っ切れました。
考えの変革が訪れたとでも言うのでしょうか。
そうなのです。私はいつも主様と一緒にいる………
好きな人と一緒にいるのです。
イシュカからすれば、それはとても羨ましい事でしょう。
「イシュカ、一つだけ教えてください」
「なに?」
「主様を幸せに出来る自信がありますか?」
「それはわからないわ…でも、好きという気持ちに偽りはないから」
「そうですか……では、これからも宜しくお願いします」
「えぇ!? どういう意味?」
「さぁ…わかりません。そろそろ失礼しますね」
「ちょっとナユ?」
私はイシュカなら受け入れようと思いました。だって、まだ主様は誰のものでもないのです。そして、主様に命を救われた私は自分の事だけを考えてはいけないのだと感じました……
これは開き直りではありませんよ?
最後にいろいろと決めるのは主様……私は主様が決め、幸せであるならばそれが一番です。
主様、どうかこの世界で幸せをいっぱい感じてください。ただ、その幸せの中にはナユを一番で入れてくださいね。
私の事を特別だと思うのならば……




