次は王都へ
護衛業事務所へ戻ったエルジェ達は、次の行動を決めるべく話し合っていた。南北大門へ行っていた者も呼び戻し、これまでの出来事や報告と合わせて情報を整理する。
「つまり、南北大門に人を配置した時には、既にフォルターがワカルフを出た後だった可能性が高いという事か…」
「おそらくは…」
「やはり俺のミスだな……すまないイシュカ」
「気にしないで……そうなると私は王都に戻った方が良さそうね。シーナは一緒に連れて行ってビスカス島に帰す方法を考える事にするわ」
「シーナは暫く島に帰らなくてもいいよ。イシュカとだってまだ一緒にいたいから」
『えぇ!?』
あっさり帰らないと言うシーナに皆が驚く。
「それと島から出た事なかったから楽しいしまだ帰らなくていいもん。えへんっ」
そして胸を張って威張った。
ナユはそんなシーナを自分と似ているなと思った。ビスカス島しか知らない境遇は実によく似ている。しかもシーナはイシュカと共に王都へ行くと言うのだから少し羨ましくも思う。
「王都か……そうだなあ。俺も行くかな」
『『えぇ?』「なんですと?」』
「どうせそのうち行こうとは思ってたんだ。それが早まるだけさ」
「あ、あの…主様、私も連れて行っていただけるのですか?」
「当たり前だろ。ナユはこれからも俺の行く所に連れていくよ」
エルジェの言葉を聞いたナユは顔を嬉しさでいっぱいにした。が、しかし……
「お待ちくださいエルジェ様。それではタリナ砦はどうするのですか?」
「それについてはタリナ砦へ戻ってからロウホに相談する。とにかく俺はこちらの世界での情報が不足してる。だからいろいろな所に行ってみたいんだ」
「それは分かりますが……」
「とにかく一度タリナ砦に戻るとしようか。そこでだけど、イシュカとシーナも砦まで一緒に来ないか?」
「私達も?」
「ああ、クガンどうだ?」
「そうですな、せっかくですから親睦を深めるのも良いでしょう」
「シーナ、どうする?」
「ナユのお家に行こう行こう~」
「よし、それじゃ明日って事でどうだ?」
「うん、それでいいわ」
「決まりだな、話しの続きは…」
今後の事など話しの続きはタリナで話す事となり、本日は疲れもある事からこれで解散する事となった。
いろいろな報告等もある為、エルジェとナユは領主の館経由で、イシュカとシーナは冒険者ギルド経由で帰る事となり、ここからはそれぞれが別行動だ。
そして………
全てが片付き、少し早めに夕食を済ませたエルジェとナユは、二人で自分達の部屋へと向かっていた。
「慌ただしい一日がやっと終わったな」
「そうですね」
部屋の入り口に着くと、鍵を開けて中へと入る。そして、施錠が終わってナユが振り返ると、エルジェは強引に引き寄せて抱き竦めてしまった。
我慢できなかった。いや、我慢していたのだが、気づいた時には抱き竦めていたのだ。
「きゃっ…主様?」
「嫌なら離す」
少しの沈黙の後、ナユは顔を小さく左右に振った。
「……い、いいえ……」
「ナユ、このまま俺の話しを聞いてくれるか?」
「はぃ…」
話し始める前に、エルジェは両手ごと強引に抱き竦めていた事に気づき、一度ナユを解放するとやさしく包み込むように抱き締め直した。それに対し、ナユもエルジェの背中へ腕を回し、ぴったり密着するように体を預けてくる。
「今日、カルケルがナユへと剣を振り下ろした時、最悪の光景が頭を過り、とても怖かったんだ…」
「それは、私が死んでしまう……と思ったからですか?」
「そうだ」
「主様は心配しすぎです」
「ははは……まったくだな。ナユがあんなに戦えるなんてな……だが、それはそれだ。頼むからこれからはもう少し気を付けてほしい。できればあまり戦闘には…」
「主様の命令でもそれは出来ません。もし、これからいろいろな所へ付いて行く事になれば、今日よりもっと危険な事だってあると思います」
「それはそうだが……」
「心配しないでください。私だって大丈夫だと判断したから側へ行ったんですから」
ナユの言い分は正しい。エルジェはナユを大切に思うあまり過保護すぎるのだ。自分でもそれは自覚しているが、それでも今までナユを戦闘に参加させる事は避けてきたのだ。
「そうか…そうだな……」
「そうです」
「じゃあ、次はおそらく王都へ行く事になると思うけど、俺もナユも行った事ないし、何が起こるかわからない。浮かれたい所だが気を引き締めるとしよう」
「はぃ」
話しが終わると、エルジェは抱き締めていた体を名残惜しそうに解放した。だが、ナユはそのまま腕を背中に回したまま離れなかった。
「ナユ?」
自分より頭半分だけ背の低いナユ。ゆっくりと顔を合わせると、いつものように紫紺の瞳がエルジェを見つめていた。しかし、いつもと違うのは、その顔には不安の色が浮かんでいる事だった。
「主様は、私やシーナよりイシュカさ……イシュカのように美人で大人の女性の方が好きですか?」
(ぬおっ……いきなりそうくるか……)
ナユがこんな質問をしてくるとは思わなかった為、少しイシュカに惹かれている自分に罪悪感を感じてしまった。
エルジェはこの質問にもう遠慮はしないと言ったナユの本気を感じた。だとすれば適当に誤魔化すような答えを言う事は許されないだろう。
「美人に弱いのは否定できないけど、別に美人だからって事だけではない。ただ、イシュカに男を惹きつけるものがあるのも間違いない。俺だって男だからそういうのに弱いのは認めるよ」
「そうですか…」
ナユの顔は泣きそうなくらい不安の色が濃くなった。
「でも、俺にとってはナユの方が特別な事に変わりはない」
「………」
今までと同じように言葉で伝えてはみた。それでもナユの顔から不安の色が消える事はなかった。
(ナユはイシュカに嫉妬してるのか? それとも……)
今日一日のナユの様子を思い出してみれば、そうであろうと思い当たる事がたくさんあった。
これではどんなに言葉で伝えようとしても信じて貰えないような気がした。
(ナユ……)
「嫌なら拒否していい…」
エルジェは覚悟を決めると、ゆっくりナユの唇へと自分の唇を近づけた。
拒否するつもりなら拒否できるだけの時間をかけた。しかし、美しい紫紺の瞳は近づき、拒否される事なく二人の唇は重なった。
唇が触れ合う瞬間、ナユはゆっくりと目を瞑り、それが必然であったかのように自然と受け入れる。そして、時間が止まったかのように長い二人の接吻は、けして言葉だけでは伝わらないものを確かめあっているようでもあった。
どちらからともなく離れて接吻が終わると、お互いに頬を薄紅色に染めながら暫く見つめ合う。それが終わると、二人はそのまま短めの接吻をもう一度交した。
「主様……私は…」
「何も言わなくていい……俺が臆病なのが悪いだけだ。これが俺の隠す事ない今の気持ちだ」
「はぃ」
今度は不安の欠片など全くない、いつものナユがエルジェへと微笑んでいた。
「ナユ、次は一緒に王都イダンセに行こう」
「はぃ、次は王都へ」
次は王都へ……




