カファス商会の失墜④
「エルジェ殿、一つ聞きたいんだが、もしその奴隷の少女が私と関係あった場合はどうするのですかな?」
「さあ、どうするかな……」
ここでまたフォルターは黙考する。相手がこうすると言ってくればすぐに答えられたかもしれないが、どうするか分からないと言われれば下手な事は言えないからだ。そして、この男には下手な嘘や言い訳は通用しないだろう。エルジェの持つ独特の雰囲気に飲まれていた部分もあっただろうが、いろいろな事から判断し、フォルターはここで一つ決心をした。
「もう、ここまできたら隠しても仕方がないでしょうな。おそらくエルジェ殿が保護したというのはアマゾネスの少女。そして、カファス商会は取引をする前にその少女に逃げられてしまった。つまり、そちらで保護している少女の所有権はまだ我々の側にある。そして…」
すると、今まで黙っていたイシュカが話しの途中で割り込んできた。
「あなたね……ラターニア王国では男女共に十八歳未満の者は奴隷として扱えないのよ? それを奴隷商をしているのに知らないという事はないでしょう。そこらへんはどう言い訳するつもりかしら?」
そして、フォルターの雰囲気もガラリと変わった。目は据わり、あまり感情を読む事が出来ないような表情となる。それであって全てに対し開き直ったような感じを受ける。
「ふんっ……いい訳はしない。だが、こちらとしてもタリナの者達を敵に回す事は避けたい。そこで取引をしたいのだが、どうだろうか? 保護したというその少女はそちらに進呈しよう。なかなか可愛らしい少女だったはずだが、どう扱ってもらっても構わない。そのかわり、以後こちらのやる事に口出しをしないでもらいたいのだがどうかね?」
「それは出来ないわね」
「黙れ女! 口を挟むな! 私は代表であるエルジェ殿と話しをしているのだ」
「ふぅん……そう、それじゃエル、ここからは私が話しを引き継いでもいいかしら?」
「ああ、かまわない」
「なんだとっ!?」
驚くフォルターの事は無視してイシュカは話しを進める。
「もう一度自己紹介し直すわね。私の名前はイシュカ・ランベル。冒険者よ。王都イダンセの冒険者ギルドからある依頼を受けているわ。その依頼内容というのは貴族に対する奴隷の密輸について……ここまで言えばわかるわよね?」
「なっ!?」
ここで初めてフォルターは判断を誤った事を悟った。エルジェを含め全員がタリナ砦の者だと思って話しを進めていたのだが、あろう事か二人の女の内一人が冒険者であり、しかも奴隷密輸の調査依頼を受けているというのだ。
「逃げた奴隷、シーナからは他にも幼い少女がいたと聞いているんだけど、そこらへんはどうなのかしら?」
「………」
イシュカの問いに対し、フォルターは顔を病人のように蒼白にし黙り込んでしまった。それはそうだろう。一つの判断ミスだけで一気に追い詰められた状態となってしまったのだから。
そして……。
「エ、エルジェ殿、きゅ、急用を思い出したので帰らせてもらおうと思う。お、お前達、帰るぞっ」
そう言うと護衛と共に部屋を出て行こうと立ち上がるフォルター。
「ちょっと待ちなさい。まだ話しは終わっていないわ」
「う、うるさい。私は急用があるのだ。だから帰らせてもらう」
イシュカの制止の言葉には耳を貸さず、フォルターは護衛と供にそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「ちょっとエル! どうして止めてくれなかったのよ?」
「まあ、どう勘違いしたのか知らないが、勝手に向こうから尻尾を出して、しかも頼んでもいないのにいろいろ吐露してくれたんだ。あとはどうとでもなるだろ?」
「そう簡単ではないのよ。こうしてはいられないわ。今から冒険者ギルドへ行って事情を話さないと……いえ、それよりも駐屯兵に……ああ、もう時間がたりないわ。せっかく慎重に調査を進めていたのに、どうしたらいいのよ……」
イシュカは部屋の中をいったり来たりしながらイライラを募らせる。
「イシュカさん、少し落ち着いてください」
「そんなの無理よ! ここで逃がしてしまったらまた最初からやり直しになっちゃうじゃない。それにシーナが……」
「主様、なんとかなりませんか?」
ナユからお願いされてしまえば、エルジェとしても対応しないわけにはいかない。しかし、そもそもがここまで関わったのだから対応するつもりだったのだが。
「そうだなあ、俺が話しをてきとうに進めてしまった事にも多少の問題はあるしな。とりあえず何か手を打とうか……ナユ、控室へ行ってサブルを呼んできてくれ。それと、すぐ出れるように馬車の用意をお願いしてきてくれ」
「はい」
返事をして部屋を出ていくナユを見送ると、そのまま今度はイシュカへと話しかける。
「イシュカ、時間をかけると逃げられるかもしれないって心配してるんだろ? これから急ぎの対応は領主に直接会って話しをつける。それでどうだ?」
「エル……もう領主とも面識があるの?」
「まあね、これも訳ありってやつなんだけど」
「またなの? もう……驚かないんだから……」
ナユがサブルを連れて戻ってくると、シーナも一緒に付いて来てイシュカへと抱き付いた。肌の色は違うし、まだ出会って数日だと聞いているが、本当の姉妹のように仲がいい。
その様子を見ていたナユは、妹のサユの事を思い出していた。しかし、今はそれをゆっくりと考えている暇はない。
「サブル、今日は護衛事務所に何人動ける者がいる?」
「朝方イダンセ方面とラハリクから帰ってきた者をいれれば、二十八名ほど動かせます」
「それに昨日タリナから来た者をいれれば三十人を超えるな。よし、俺は今から領主に会ってくる。もしかしたらカファス商会と争う事になるかもしれない。いつでも動かせるようにしておいてくれ。それとクガン達が帰ってきたら、俺が帰ってくるまで事務所で待機するように伝えてほしい」
「わかりました」
ある程度の指示は終わった。そして、馬車の用意も出来たという事で、エルジェ、ナユ、イシュカ、そして、どうしても離れたがらないシーナを連れて再び領主へ会いに行く事となった。




