カファス商会の失墜①
カファス商会の事務所では、椅子に座ったフォルターが青い顔をし言葉を失っていた。
商会の若い者が逃げた奴隷を探し回り、見つけたという報告を聞いた時は歓喜した。しかし、その後に聞いた報告により今のような状態になってしまったのだ。
事務所の中に何人かいた商会の幹部も、今は一人そっとしておいた方がいいと判断したのか、事務所から出て行ってしまった。一人残されたフォルターは、これからどうするかと思案するが、いくら考えてもいい案など浮かんでこなかった。
いったいどうしてこんな事になったのか、そんな事は考えても仕方ないのだが、奴隷の少女を保護している者達の名を聞いて、フォルターがこのような状態になっても、誰も文句を言う事は出来なかった。
(タリナ商隊護衛業の代表だと? どういう経緯で保護するに至ったってんだ?)
アマゾネスが住む遠い南の島、ビスカス島より連れてこられた為、ワカルフには知っている者だっていないはずであり、人数に任せて探し回ればすぐ見つかり解決するだろうと思っていたのだ。そして、その通り見つける事が出来た。だが、あろう事か、今はタリナの者達に保護されているという報告を受けたのだ。
そして、先程馬車で移動し、今は護衛業事務所に居るという所まで報告を受けている。もし、普通にそこらへんの誰かが匿っているのなら、いろいろな力を使い、なんとか奴隷を確保する事も出来たはずだ。しかし、タリナの者達が絡んでいるのは不味すぎる。
高い戦闘能力を持ち、高級護衛だけではなく、ギルドでも手に負えない強力なモンスターの討伐もこなせる。そんな力を持つタリナの者達に、真正面から力尽くで奪いにいく事などまず出来ない。
フォルターは、現在カファス商会の戦力として集めれる人数を計算してみた。数えれば人数だけはかなりの数がいる。下は街のチンピラから、上は元冒険者や用心棒のカルケルまで、ざっと百人近い人数を集める事が可能だろう。
それでも、タリナの者達に喧嘩を売る事はまず出来なかった。仮に護衛業事務所に少数しかいなかったとして、うまい具合に奴隷を奪還できたとする。だとしても、ワカルフから半日ほどで行けるタリナ砦には、まだ多くのタリナの者達が居る訳であり、それを全部敵に回すとなれば、カファス商会などあっという間にこの世から消えて無くなってしまうだろう。
タリナの民、タリナの者達がそれだけの力を持つという事をフォルターも知っているのだった。
(これからどうしたらいい……いっそこの国を捨てて別な所でもう一度やり直すか………いや、ここまで大きくした商会を簡単に捨てる事なんて出来るかってんだ!)
とにかく何か手を考えるしかないのだ。カファス商会を存続させる為にはどうしたらよいのか。一人しかいない事務所の中で、ただそれだけをフォルターは考え続けるのだった。
夢の懸け橋亭から護衛業事務所へ場所を移したエルジェ達は、イシュカから襲撃されるに至った事の経緯を聞き、事務所に残っていたサブルとともにある程度の状況整理を済ませていた。そして、本題となる相談を聞く前に一息つこうという事になり、今は受付のカーシャが淹れてくれた紅茶と茶菓子を前に、シーナがキラキラと目を輝かせているという場面である。そして、帰り際にカーシャがこちらを見て何か言いたそうにしている事に気付いた。
「カーシャ、何か言いたそうにしているけど、どうしたんだい?」
「いえ……」
「遠慮しなくていいから話してくれ」
「はい。それでは……」
カーシャはなぜか頬を少し赤くしながら緊張の面持ちで話し始めた。
「そちらにいる方は、王都イダンセで冒険者をしているランベル様でしょうか?」
「あら、私の事を知っているの?」
「はい。じつはワカルフへと来る前はイダンセに住んでいましたので、遠目ではありましたけど、ランベル様を何度かお見掛けした事があります。それと、サルファス殿下がランベル様にご執心だというのも有名な話しですので」
「ええと……それはね……サルファス殿下とは何でもないのよ? 一方的に好意を寄せられているだけだから……」
そう言うと、イシュカはちらりとエルジェの方を見た。それに気付いたナユも、同じように自分の主を見る。なんとなく女の勘ではあるが、今日会ったばかりだというのに、イシュカはエルジェに対し少なからず好意を抱いているように思えた。
これが今後どのように進展するのかはわからないが、自分の心の中に、イシュカに対してもやもやしたものが湧いてくるのを感じた。恋愛経験のないナユであっても、それが嫉妬の感情なのだという事だけはわかった。
「そ、そんな衝撃の事実が! 王都の婦女子の間では相思相愛という噂ですのに! あ……し、仕事も忘れ取り乱してしまい申し訳ありません……エルジェ様、ランベル様とお話しさせていただき、ありがとうございました」
「あ、ああ……」
「それでは失礼いたします」
大きな謎が解き明かされたからだろうか、カーシャがニコニコと満足そうな顔をしながら出て行くと、この部屋にいる者全ての視線がイシュカに集中した。
「冒険者だというのは状況整理の時に聞いたが、王族がご執心だって? それは王都なら有名にもなるよなあ……」
「もう、その話しはやめましょうよ。私も好きでそういう展開になってる訳じゃないんだから。それに一方的に好意を……なんて、王都から離れたここだから言えるのよ」
「ねえねえ、イシュカ結婚するの?」
「あのね、シーナ……それ話しが飛躍しすぎだから……」
「うん? わかった??」
一応頷いたが、茶菓子に夢中だった為、話しをよく理解できていないようだ。そして、いつものように『こてん』と愛くるしく首を傾げるシーナだった。




