イシュカ、襲撃される①
外を馬車が走る音がきこえはじめると、眠りから目覚めた少女はベッドから勢いよく起き上がった。そして、窓の方へと歩いていくと、新鮮な空気を部屋へと取り込む為にゆっくりと開け放つ。
上り始めた太陽の光が勢いよく部屋へと差し込み、ベッドに寝るもう一人の同居人へも朝だという事を知らせるのだが、それでもまだ、同居人に起きる様子は見られなかった。
とうとう見かねて少女が体をゆすると、嫌々ながらも目を開け、気怠そうに体をゆっくりと起こす。そして、まだ眠そうな目を手でこすりながら、少女へと朝の挨拶をするのだった。
「おはよう、シーナ。いつも起きるの早いわねぇ」
「うん。シーナの朝はお日様への挨拶からはじまるのです。えへんっ」
そう言って、少女はお日様のように顔を輝かせながらニッコリと笑った。そして、意味は分からないが、またいつものように胸を張って威張る。
「早く部屋から出してあげたいんだけど、それはもう少し我慢してね」
「うん。イシュカに匿ってもらってるし、もう少しだけ我慢する」
「もし、今日相談に行くところで話しがまとまれば、王都イダンセまでは安全に逃がしてあげれると思うから」
「それってイシュカも一緒にいくの?」
「私は……まだワカルフを離れられないの」
「そっか………」
アマゾネスの少女シーナは、イシュカと別れるのが嫌なのか、とても悲しそうな顔をした。
朝から暗くなるような話題を好まないシーナは、とりあえず、話しの内容を別なものへ変える事にする。それは、昨夜隣なりの部屋であっただろう事に関してだった。
「ねえねえ、そういえばさぁ、昨日隣りの部屋で女の人が泣いてるの聞こえたよ?」
「あら、シーナは耳がいいのね。私もなんとなくは聞こえたけど、言い争いではないようだったし、喧嘩ではないと思うけど?」
「そうだね。よく分からないけど男の人の声も聞こえてた」
「うんうん。こう言う話しをしてると、なんだかお隣さんがどんな人が気になっちゃうね」
「女を泣かせる男なんてシーナは嫌い」
「でも嬉し泣きかもしれないじゃない」
「そんな感じじゃなかった!」
ぷんぷんと怒る少女へ微笑むと、服を着終わったイシュカは朝食を調達しに食堂へ行く事にした。そして、廊下へと出ると隣りの部屋のドアも開き、二人の隣人が部屋から出てきたところだった。
その二人を見て、一瞬だけイシュカは動きを止めてしまった。
まずは男の方、なかなか見る事ができないほど整った顔をしており、イシュカでも気を抜くと惚れてしまうかもしれないくらい男前。だが、それよりも発する気配が尋常ではない。
強者同士だからわかる感覚とでもいうのだろうか、もし戦う事になったら勝つ事は出来ない。それほどの実力差を戦う事なくイシュカに感じさせるのだ。この男が何者かは分からないが、絶対に敵対すべきではないだろう。
次に少女のほうだが、こちらも尋常ではない。長い黒髪に紫紺の瞳、それに加えて美しいプロポーション。王都イダンセで王城に出入りする事があるイシュカでさえ、これほど美しい少女にはなかなかお目にかかれるものではない。
つまり、容姿だけでいえば、この二人は王侯貴族にも匹敵するという事が言えた。
じつは、イシュカも容姿はなかなかのものなのだが、冒険者という職業柄、あまり自分で意識していないようである。
「あら、お隣さん、おはようございます」
「おはようさん」
「おはようございます」
「今から朝食かしら?」
「ああ、少し早いような気はするんだけど、今日もちょっと忙しくてね」
「そうなんですか? では食堂までですけどご一緒いたしま……」
台詞を全部言い終わらないうちに、ドアとイシュカの間からシーナの顔がにょきりと生えて………。
「女の子を泣かせたらダメなんだから! ガウーッ」
と、いきなり睨んで叱りつけた。しかも、あまり怖くないという可愛らしい威嚇付きでだ。
「ちょっと、失礼でしょ?」
「うるさくしたつもりはないが、隣りまで聞こえてましたか……迷惑をかけたようで申し訳ない。いや……全くそこにあるお嬢さんの言う通りさ。女を泣かせる男は最低だ……」
「主様……」
『主様?』
「ああ……いろいろと訳ありでね。ええと、俺はエルジェ、隣りにいるのはナユだ」
「こちらから話しかけたのにごめんなさい。私はイシュカ。顔を出してるのは…」
「シーナだよ。ナユ、悲しくない?」
少女は顔を左右に振り、人目も気にせず主の腕にしがみつくと、ドアから顔を出す少女へと顔を向ける。
「喧嘩とかそういうのじゃないの……だから、主様に酷い事は言わないでね?」
「うぅ……ごめんなさい」
謝る少女へと微笑むと、お互いに会釈をし、二人は食堂への階段を下りて行った。
「もう、だめじゃないシーナ! 事情もわからない男女仲なのに! 勝手にあんな事を言っちゃだめ」
「ごめんなさい……」
「とりあえず朝食をもらってくるから、部屋で大人しく待っててね」
そういうと、イシュカも二人の後を追い、食堂へと階段を下りて行く。




