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夢の中の少女は俺を主様と呼び仕える  作者: 龍夢
第二章 ワカルフ編
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気付く想い

 食事が済んだ後は、宿泊の為に用意された部屋へと案内され、あとはそれぞれの自由時間となった。そして、ナユは当たり前のようにエルジェの後を着いてきて同じ部屋へと入る。


『いくらなんでも今日は』と思ったが、ナユの為に個室など取っている筈もない。唯一の救いはベットが二台あった事だが、なぜかぴったりと二台くっつき即席ダブルベッドの状態になっている。おそらくクガンあたりがいらぬ気を利かせ、宿の者に頼んだのだろう。


 とりあえず部屋へと案内はしてもらったが、まだ寝るには早い時間である。これからどうやって時間をつぶすかと考えていると、ナユが少しそわそわしているのに気付いた。


「どうしたんだ、ナユ?」


「主様、じつはお願いがあるんです。いいでしょうか?」


「どんな事だい?」


「私は、主様をタリナに来てからの事しか知りません。だから……主様のこと、いろいろ教えてほしいんです……」


 これは、仕え人送りの儀式の夜、『この方を主として仕える』と、そう決めた日からナユが考えていた事だった。


 あれからまだ一週間ばかりしか経ってはいないが、側仕えである自分を大切にしてくれる主に対し、『なぜこんなに大切にしてくれるのだろう?』という疑問とともに、『自分はまったく主様の事を知らない…』という二つの事柄は、ずっと心の片隅に引っかかっている事だったのだ。


『聞いたら教えてもらえるだろうか』または、『教えてはくれないかも……』と聞く事を躊躇っていたのだが、そんな心配などは無用のものだった。


「そうだなあ、ナユにはいろいろと話しておいたほうがいいかもしれないな」


「本当ですか?」


 安堵の顔をするナユに、頷く事だけで返事とすると、ソファへと座るように促し、エルジェは少しの間何かを思い出すように目を瞑る。そして、『いいかな』と意を決すると静かに話し始めるのだった。


「俺は、もう何年も前からナユの事を知っているんだよ」


「はぃ?」


 予想もしていなかった事を言われ、ナユは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「『何を言ってるんだ』と思わないで、とりあえず話しを聞いてほしい……もしもだけど、いつも夢の中に同じ少女が出てくる……なんていったら、ナユなら信じるかい?」


「知ってる誰かが、というのなら……少しは」


「そうか……でもそうじゃない。まったく知らない少女は、ある日突然夢に出てくるようになり、成長を続け、そして、今は俺の目の前に本人がこうしているんだから、自分はまだ夢の中にいるのかって思う時があるよ」


「………」


「夢の中のナユは、最初は十歳にも満たなかっただろうな。それが今は十六歳だったか? 初めて見た時、なんて美しい少女だって思ったのを今でも覚えている。そして、なにより夢とはいえ会えるのが嬉しかったし待ち遠しかった……」


「………」


「夢の中では音がなくて会話も聞こえなかったが、その夢はナユに関わる事だけをいつも見せているようでもあった。まあ、簡単に信じられる事ではないだろうけど………」


 すると、ナユはしばらく黙りこんだ後、少し頬を薄紅に染めながら小さく膨らませた。


「つまり、私は一方的に、主様にだけ見られていたという事でしょうか?」


「ま、まあ、そうなるのかな………というか信じたのか?」


 『そ、そこか?』とエルジェはツッコミを入れたくなるのを我慢する。


「別にそれはいいんです。いえ、良いとしましょう。では、私にも主様の事を知る権利があるという事ですよね? だって自分だけ何年も前から知ってるなんて不公平ですから」


「ははは………す、すまない……」


 エルジェはナユの異様な迫力に押され謝ってしまった。そもそもが怒られているような気すらする。


「なぜ謝るんですか?」


「いや、なんとなく……」


 すると、ナユは一度深呼吸をし、今までのは何だったのかと言うくらい真面目な顔になる。


「私は儀式の日、主様がこの世界に来る前から覚悟を決めていました。この身の全てを神へ捧げるという覚悟です。ですが、『もっと生きたい』という私の声が聞こえたといって、主様は私の事を救ってくれました。この方は私の主、これから仕えるべき人と強く思ったのもその時です。でも……主様のことをまったく知らないまま仕えるのだけは不安なんです。だから……だから、これからは主様の事をいろいろ教えていただけますか?」


 美しい紫紺の瞳で真っ直ぐに見つめられ、エルジェは自分の心臓の鼓動が早くなるのがわかった。

 いつもであればそんな事はないというのに、今日はいつもとは少し違った。

 酒を飲み過ぎたかとも思ったが、それとも違う。無性にナユを抱きしめたい衝動に駆られるが、それを必死に我慢してゆっくりと頷く。


「ああ、これからはいろいろと教えるよ。だけど、俺もナユをただの側仕えだなんて思っていないから、これだけは聞いておきたい。それは………」


 この言葉にピクリと反応すると、ナユがどんな事を言われてもいいように身構えるのがわかった。


「なぜ、助けてもらったという理由だけで、得体もしれない俺に仕えるというのか、その理由だけは知りたい。今までもだけど、今日だってあたりまえのように同じ部屋へと入る………。ロウホから強要されているというのなら、それに従う必要はないし、じゃないと俺も男だ……もしかしたら今日にもナユを……」


 そこまで言って、エルジェはその続きを話すことが出来なくなってしまった。それは、先程までとは違い、少し俯いたナユの目から、涙がポロポロとこぼれ落ちはじめたからだ。『ロウホから強要』というのは少し言い過ぎだったか、と言ってしまった事を今更ながら後悔した。


「……私にとって、主様は特別です。仕え人送りの儀式で、自分の命までをも捧げる。お役目に選ばれた者の覚悟というのは、私も選ばれて初めて悩み、考え、覚悟をしたんです。だから、けしてロウホ様から強要されているわけではないです。そして、主様の側にいたいと思うのは、自分でそうしたいと思うからです。その覚悟と自分の気持ちが理由では………だめでしょうか?」


 そう言い終わると、ナユはしくしくと泣き続けた。


「す、すまない……」

「………」

「…………」


 自分がそうしてしまったのだが、部屋の空気はとても重苦しかった。

 今まで、ナユが自分の側を離れないのは、ロウホやクガンからの指示が大きいだろうと思っていた。だが、そうではなく自分の意志だという。

 今聞いたように、命まで捧げるお役目に選ばれる事は、エルジェの想像など及びもしない覚悟を必要とするのだろう。それを甘く認識し、今までのナユの覚悟を踏みにじるような事を言ってしまった。それをエルジェは深く後悔した。


「俺にとっても、ナユはいろいろな意味で特別だ。異世界から来たというだけで、普通に人間だし神でもない。そんな俺の側にここまで献身的に仕えるというのが、いまだに半信半疑だったんだ。それでも良いというなら…これからも……側にいてはもらえないだろうか?」


 泣きながらも考える素振りをし、そして、ナユはゆっくりと顔を左右に振った。


 やはり、先程のやりとりは致命的だったのだろうな。もう、ナユは俺の存在を拒否しているという事なのだろう。そう後悔しかけたが、そうではなかった。


「私も……私にとっても主様は特別だとさっき言ったはずです。ゆるされるなら…これからも……ずっと側にいたいと思います」


 先程こちらを拒むような仕草を見せたのは、どんな理由なのかはわからない。だが、これからも側にいるとナユは言う。

 そして、もうこれ以上話を続けるのは無理なようにエルジェには思えた。


「今日の話しはこれくらいにして寝るとしよう……またあらためてナユにはいろいろと話すよ」


「……はい」


 そして、部屋の明あかりを消すと、即席ダブルベッドへと二人で横になる。近くに並んで寝るどころか、同じ部屋へと寝るのも拒絶されるかと思ったが、それは大丈夫らしい。

 喜怒哀楽のツボが掴みづらいというのもあるが、ナユの気持ちや考えている事が、まだエルジェにはよく理解できなかった。

 いろいろと考えてしまい、なかなか寝付けなかったが、ナユも同じなのだろう。たまに動くような気配が伝わってくる。


 少し気まずい為、エルジェはナユへと背中を向けて寝ていたが、不意にナユが体を密着させ、その柔らかい感触と温かい体温が伝わってきた。


「主様、起きていましたらこのまま聞いてください……私達はもっと早く、いろいろと話せていたらよかったと思うんです。私も遠慮して聞きませんでした。主様も自分からは話してくださらなかった。でも、明日からは、もう遠慮とかしませんから……だから、さっきの事はお互い気にしない事にしましょう……おやすみなさい」


 そして、伝わってきていた感触が遠ざかると、部屋には本当の静寂が訪れる。


 今の言葉を、エルジェは起きてすべて聞いていた。これはナユの心遣いだ。明日起きてからギクシャクするかもしれないと思っていたが、今のナユの言葉のお陰で、そうはならないだろう。


 同時に、ナユの体が自分へと密着している間、この少女の事が愛おしい。今すぐにでも振り返って抱きすくめてしまいたい。そういった衝動に駆られるほどに、自分は懸想してしまっているのだという事を、改めて気づかされたのだった。


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