間話 エルジェとナユ、散歩しながら
俺がタリナ砦へと転移してから三日経った。
ワカルフへは二日後に行くという事がロウホとの調整で決定済みであり、とりあえず今日と明日は何もする事がない。そう、やる事が何もないのだ。
そもそもこの世界で何をすれば良いのかも分かってはいないし、夢で話した謎の女が言っていた通りなら、自分の好きなように過ごせばそれでいんだろうけど。
散歩していると、暇だからこそ頭に浮かんだのかは分からないが、家族や友人達、職場の同僚達の事が急に思い出された。付き合って間もない彼女の事も頭を過るが、こちらはまだ何をしたという仲でもない。せいぜいが何度かキスをした程度だ。なので、彼女にはちょっと悪いが、この二日ほどは俺に仕えているナユのほうが気になるくらいだ。
砦の風景を見ながら暫く物思いに耽っていたが、さっそく気になって後ろを向くと……やはりナユが居てくれた。
「主様、どうかしましたか?」
「いや、今日もナユは美しいなあと」
「もう…すぐそうやって……主様、誤解されるので軽くそういう台詞を言わないほうがいいと思いますよ」
とはいいつつも、ナユは頬を薄紅に染めて満更でもないようだ。
「そうかな? 別にナユになら誤解されてもいいんだけどなあ」
やはり俺はタリナだと口が軽すぎる部類かもしれない。
そこらへんはなんとなくカナンあたりにも誤解されていそうだ。
まあ、とりあえず今は砦の中をぶらぶらと散歩しながら、何をどうするでもなく、ナユと他愛もない話しをしている訳だ。
(俺はこうやってナユと散歩するだけで満足なんだけどね)
そしてだ、ナユはよく気付くしよく働く。さらに……俺をよく観察している。
例えば、食事の時に汁物が大好きな俺は、スープのおかわりを所望する事が多いんだけど、今日なんかは朝食と昼食の時にどちらもタイミングよく聞かれたのだ。
そういった細かい所にナユは気付いてくれる。
なので、夕飯までの間、今度は俺がナユを観察したり知らない事とかを聞いてみようと思う。まあ、嫌がられるようなら途中でやめればいいし。
という事で、まず最初に気になる事を軽く聞いてみる事にした。
「なあ、ナユは朝起きると食事の前に何処に行ってるんだい?」
「朝はカナンと一緒に自分の身支度を整えてるんです」
「ああ、なるほどなあ。着替えとかもカナンの部屋に?」
「カナンの部屋の隣りが空部屋になっているので、そこに置かせてもらっています。半分物置きのような状態でしたから」
「なるほどね。まあ、流石に俺の目の前で着替える訳にもいかないしなあ」
「そう…ですね……」
思春期だからだろうか、またすぐに頬を薄紅に染めてしまう。
そして、ナユの事で俺も気づいた事が一つある。
これは今日という事ではないんだけど、あまり男と話すのになれていないようなのだ。
これだけ美しい少女だというのに、タリナの男達は話しかけたりしないのかと疑問に思ってしまう。
そう思うと、ナユにとって俺に仕えるなんていうのは一大決心だったのだろう。
確か夢の中ではいろいろな男がナユを好いているようだったと記憶しているが……ああ、そうか、これも聞いてしまえばいいんだな。
「ナユは男に好きだとか言われた事ないのかい?」
「……えぇ、ありませんよ。そもそもタリナでは十五歳になるまでお互いに好きでも言ったりしませんから。私は……」
「うん?」
「私はなんだか男衆に避けられていたような気がします」
「そ、そうか……」
(ナユ、それは違うのだよ。男という生き物は高嶺の花すぎるとそういう事もあるんだよ。しかも、ここのような砦では断られたらすぐ広まってしまうだろうに……だが、タリナの男諸君に一言だけ言っておこう。愚かなりタリナの男衆よ……)
「あっ……でもルアンだけは違うかな。私とカナンと小さい頃からいつも遊んでる幼馴染だし」
(ナユの口から幼馴染とはいえ男の名前が出てくるとは……)
「へぇ、そりゃ幼馴染くらいはいるよなあ」
(ルアン君、君の名前は俺の頭の中にインプットされたよ……)
「ナユはルアンの事を好きなのかい?」
「……ええと、好きとは違うと思います。小さい頃からの付き合いだから兄弟みたいな感覚ですね……」
(ルアン君、もし君がナユを好きならだが、同情するよ……)
「俺は兄弟がいないからなあ、友人は多いほうだったとは思うが」
「私も女衆ならカナン以外にも仲がいい者が何人もいますよ」
「まあ同性ならそうだろうさ」
「では、主様は同性の友人もたくさんいるのですね……」
「まあ……いたかな…」
「まぁ、私にはこの砦とその周辺、遠くてもワカルフだけが知っている世界の全てですから。知っている人の数なんてたかが知れてます。本当はもっといろいろなところに行ったり見てみたいっていう願望はあるんですが……」
「なるほどなあ……まあ、俺はこの世界のことはタリナ砦以外知らないよ。だからナユよりも知らないって事だね」
「そう…ですね……」
「とりあえず、自分がこの世界で何をすればいいのかというのを探さなければならない。それがタリナの民を導く事になるかどうかは分からないけどね」
「主様なら、私達タリナの民を導いてくださると信じています」
「まあ、期待に応えられるように頑張るよ。それに、その過程でいろいろな所へとナユを連れて行く事にもなるだろうしね。ついてきてくれるんだろう?」
「は、はい」
いろいろな所へ行けるかもしれないという事が嬉しいのだろうか。ナユは満面の笑みで俺に頷き返してくれた。
「さて、そろそろ屋敷へ戻るとするか」
「そうですね」
少しずつでいい。こうやって自分の事を話そう。ナユの事を話してもらおう。
夢では知っていても、現実の俺達はまだ出会ったばかりであり、お互いに知らない事だらけなのだから。




