タリナを知る⑤
一日中砦の中を歩き回った為少し疲れたが、夕食の後はロウホの屋敷で今後の予定が話し合われた。
「まず、ここ数日のうちに、エルジェ様にはワカルフへと行っていただこうと思います。理由に関しては、ワカルフ領主への挨拶と、タリナ商隊護衛業事務所への顔見せになります。それと時間があれば冒険者ギルドの方へも顔を出してもらおうかと」
「ああ、わかった。そこらへんは任せるよ。そういえばいくつか聞きたい事があるんだけど?」
「どういった事でしょう?」
「タリナで冒険者ギルドに登録している者はいるのかい?」
「護衛を専業としている者以外であれば戦える者は登録しております。まあ、ほとんど依頼を受ける事はありませんが、強力なモンスターを討伐する際には指名で依頼される事もありますな」
「なるほど。次に、タリナの民で魔法を使える者は?」
「昔はいたようですが、今はおりません。が、タリナの民は異能を持って生まれる者が多く、それが戦闘を有利に導きます」
エルジェは異能という言葉に興味を覚える。魔法は使える使えないの適正があるが覚えて使うのに対し、生まれた時から異能を持つとすれば、それは覚える必要はないという事になる。
「異能か……。どんな能力があるか興味があるな。ナユなんかはどんな異能を持っているんだい?」
「私は……持っていません」
ナユは申し訳なさそうに言うと、少し悲しい顔をした。
エルジェは知らない事だったが、ロウホが『お役目』を決める際に基準とした一つに異能があった。そして今のところナユは異能が無いとされているのだ。
タリナの民の殆どは、十歳に満たない年齢で異能を自分で使えるようになるか発現する。しかし、ナユにはそんな気配が全くないのだった。今までも異能を持たない者、持っていても能力的に弱い者は生まれているので特別な事ではないのだが…。
エルジェは「もしかして地雷を踏んだか」とばつの悪そうな顔をする。するとロウホが異能について補足してくれた。
「エルジェ様、異能は必ず使える者ばかりではないのです。ある時発現し使えるようになる者もいれば、日常の中でなんとなく使えるという事が分かる、あるいは感覚で使えているといったものです。ナユも発現していないだけという事も考えられます」
「へぇ、面白いな」
「そうですな、たとえばナユの母親や妹のサユはなかなか面白い異能を持っていまして、動物を自分に従える事が出来るといった能力があります」
「おお、それはすごい」
ロウホは「凄いだろう」と得意になって話しているが、エルジェはその能力を知っていた。
テイマーと呼ばれる者達の中でも、一流と呼ばれる者が有する特殊な能力だ。動物やモンスターを使役するのに、調教する事で使役するのではなく、心を通わせる事で使役するその能力は、調教による上下関係に基づく使役とは違い、もっと深い部分で、信頼関係に基づいた使役を可能にするのだ。
「あとは、人より遠くを見通す目や、人より何倍も息を止める事が出来る者、一時的に体の能力を大幅に強化できる者などは多いと思いますが」
「なるほどな」
身体強化系の異能を持つ者は、エルジェのいた世界にも存在する。そして、物語に登場する英雄と言われる者達のほとんどが何かしらの特殊能力を持っている事が多い。もしかしたら、タリナの民はそういった者達の末裔なのかもしれない。
途中で話しが逸れたが、これで今後の行動が数日分ではあるが決まった。
あとは今日も寝るだけかと考えた時、エルジェは一つだけ懸念事項があった事を思い出した。そう、寝るという行為に関してである。
「ロウホ、実は一つだけお願いがあるんだけどいいかな?」
「どんな事でしょう?」
「昨夜はベッドにナユと一緒に寝たんだが、出来れば部屋を別に用意…」
「いいえ、私は今のままでかまいません。もし、どうしても私の事が嫌だというのであれば……」
と、ここでエルジェに全て言わせないうちにナユが口を挟むと、話し終わってからとても悲しそうな顔をした。
エルジェは『ぬおっナユの必殺技キターっ。女の武器、奥義だ…』と、なぜか少しだけ恐怖を覚える。
「で、では部屋は一緒でいいから、ベッドだけ今より小さい物を二台用意してほしい。可能かな?」
「かまいませんが、本当によろしいのですか?」
と、ロウホから最終確認される。思う所はあるのだろうが、エルジェからの要望であれば仕方がないと思ったのだろう。
エルジェとしても少し惜しいとは思うが、今のままでは間違いなく男として我慢の限界が来ると分かっていた。ここは少しだけ譲って折り合いを付けておくのがいいだろうと判断する。
とりあえず今日はまた一緒のベッドで寝る事になるのだろうが、大丈夫だろうか(自分が)と心配しつつもエルジェの返事は決まっていた。
「それでいいので頼む」
「わかりました。では明日中には手配しておきましょう」
なぜかナユはがっかりした顔をし、話し合いの間は一度も口を開く事のなかったカナンは安堵の顔をした。
エルジェは知らない。すでに女の闘いは始まっているのだという事を。そして、これらは後々問題となっていくのだが、それはまだ先の話しである。
話し合いが終わると、時間感覚的には寝るのにおかしくない時間となっており、二人が離れへと戻ると誰かの手によりベッドメイクも終わっていた。
まず、エルジェは本日も何もしないという旨をナユへと告げる。
普段の自分ならば女を抱く事を我慢などしないだろう。元の世界では彼女だっていたのだ。しかし、なぜかナユ相手であると躊躇してしまう。
何年も夢の中で見てきた少女であり、自分の中で特別な存在となってしまっているからこそ、簡単に手を出してしまう事などはできないのだ。
まあ、明日からは部屋が一緒でも別々のベッドで寝る事になるだろうが、それでも何もせずいられるかは自信がない。
『自分の我慢の限界は低い』と知っているエルジェは、『でもナユにだけは』と、今日のところも悶々としながら並んで一緒のべッドへと寝るのだった。




