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夢の中の少女は俺を主様と呼び仕える  作者: 龍夢
第一章 転移・タリナ編
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タリナを知る②

 カナンの案内で昨日の部屋へと向かっていると、朝食の良い匂いがしてくる。そして部屋に入り目にした物にエルジェは驚いた。食器は洋食器なのだが、なんとハシが置いてあるのだ。エルジェは驚きとともにカナンに聞いてみる。


「俺のいた世界にもあったが、あれはハシか?」


「はい。もしうまく使えないのであれば別な物を用意しますか?」


「いや、使えるから問題ないよ」


 人の使う道具と言うものは、突き詰めていくと似た形になるのだろう。しかし、この世界はやはり見過ごせない点が多い。ハシにしてもそうだが、形が少し違っても食器などはほぼ共通だ。

 何千年も前に交流が断たれたとはいえ、ここがオールドスフィアであれば同じ物が存在しているのも頷ける。エルジェは益々自分がいる場所がオールドスフィアだろうという確信を深めた。

 いろいろ考えつつも朝食の味がきになったエルジェは、まず一番最初に目についた肉を口へと放り込んだ。


「おっ! この肉は美味いな。何の肉だろう」


「昨夜の儀式でエルジェ様の為に用意した野牛の肉になります」


「なるほど。俺の住んでいた世界にも牛はいたけど、この肉は味は少し違うが美味い」


 エルジェは素直に美味いと思った。この世界へと来る前に食した事がある子牛の肉に比べると、子牛の肉だというのに野性味に溢れた味に感じられる。しかし、嫌な感じではなく純粋に美味いと感じられた。

 その他にも名は分らないがいろいろな野菜、果物、そして煮物などを次々と味わってみるがどれもが美味かった。


「エルジェ様の口に合ったようで何よりです。それで食後の話しになるのですが、まずは砦に住まう者が昨日のように広場に集まります。そこでエルジェ様からお言葉を頂戴したいのですがよろしいでしょうか?」


 エルジェは少し考える素振りをした後ロウホに答える。


「ああ、わかった。昨日は中途半端な感じがしたから何を言うか考えておくよ」


「ありがとうございます。そしてその後ですが、砦の若者達が体の鍛錬を始めるので御覧になってみませんか?」


 これにはすぐに頷いて同意した。

 夢の中で何度か鍛錬の様子を見たことはある。ナユが参加していたからだという理由で見れたのだろうが、自分も武術をやっているだけに、この砦で行われている武術や鍛錬には興味があった。

 自分の知る格闘技ではない。しかし、基本的な手足による打撃に加えて投げ技もあり、武器に頼らぬ攻撃手段としては十分な錬度だと記憶している。

 益々この砦が何の為に存在しているのか疑問が沸くが、そこらへんは後でロウホに聞いておいたほうが良いだろう。そして、食事が終わるとロウホの案内で昨日の広場へと移動する。

 既に屋敷前にある広場には砦の住人が集まっており、エルジェが登場するのを待っていた。

 まずはロウホが壇上へと上がり話し始める。


「これより、昨日降臨されたエルジェ様よりお言葉を頂戴する。そして、それに先立ち私からも一言皆に言っておきたい事がある。今までは長老衆が中心になり砦を維持してきたが、これからはすべてエルジェ様の決めた事に従って行こうと思うが、異議異論のある者はいるか?」


(げっ!? ロウホ君なにいってるの……。まったくそんな事聞いてないよ? もしかして俺に砦の長とかやれって流れ?)


 エルジェは思わず声に出しそうになるのを我慢し、心の中だけで呟く。そして、昨夜のやり取りから、すでにロウホはエルジェに決定権を委ねていたのかもしれないとも思い至る。しかし、どう考えてもこの世界へ来たばかりでタリナの民を率いるなどできようはずもない。

 どうしようかといろいろ考えているうちにもロウホの話しは終わりそうだが、今は自分が降臨した神と思われているから仕方ないという事なのだろう。


「異論がないようだな。これからはエルジェ様が我々タリナの民を良いほうへ導いてくださるだろう。ではエルジェ様こちらへ」


 ロウホに招かれ壇上に移動しながらもエルジェは考える。

 とりあえずは成り行きに任せるしかない部分が多いが、タリナの民の殆どが、昨夜エルジェが突然この場に現れた場面を見ており、神が降臨した事を疑うものは少ないだろう。だが、自分が神であると思われているままでは駄目なのだ。

 そもそも自分にはどんな事でも思いのままにできるような神の如き力などないのだから。

 であれば、この場で最低限示しておかなければならない事もある。

 それらを食後から考えていた事とあわせ、頭の中で短くまとめると、エルジェは壇上で口を開き大きな声で話し始めた。


「昨夜突然この場所へと現れた俺を、神の転生と思っている者が殆どだとは思うが、だからこそ最初に幾つか言っておきたい事がある」


 ここまで言うと一呼吸おき、向かって左から右へと皆を見回す。


「俺は神などではない。納得したかは知らないが、これは昨夜のうちにロウホにも言ってある。俺はこの世界とは別な世界からやってきた存在だ。そして、今まで降臨したと言われる者達もそうではないかと考えている。つまりは、俺も肉体を持つ一人の人間であり、傷つけば血も流すし、致命傷たる傷を負ったり、重い病にかかれば死んでしまうという事だ」


 ここでまた一呼吸置き、話しを続ける。


「それにだ。俺自身がまだこの世界の事をよく分かっていない。皆にはここタリナの事、この世界の事、どんな事でもいいから教えてほしい。その代わりに、俺が知る知識で役立てる事が出来るようなものは皆に教えようと思う。なるべく皆と多く話しをしたい。畏まる必要はないからどんどん話し掛けてほしいと思う」


 そう言うと、エルジェは仮面を取り去り素顔を晒す。

 すると集まった者達が一斉に騒めいた。

 この群衆の後ろの方にいる者は、よく顔を見ることが出来ていないだろうが、いつまでも仮面で隠しておくよりはよいと判断しての事だった。


 ロウホやクガン、カナンといった者も、エルジェが仮面を外して素顔を見せるとまで思っていなかったのだろう。ひどく驚いた顔をしているのが分かる。

 そのまま少しの間壇上に立ったままでいたエルジェだったが、もう十分に顔を見せたと判断すると、最後に一言こう告げる。


「俺からの言葉は以上だ。では、これでこの集会は解散としよう」


 エルジェが壇上から降りるのを見た後、広場は暫し騒めいていたが、一人帰り始めると他の者達も解散しはじめた。


 今の自分の言葉にタリナの民達はどう思っただろうか。

 何かを成してくれるという期待だろうか。

 それとも神ではないという事で期待を裏切られたという幻滅だろうか。

 そうなれば自分はもはやこの砦に居ることすら出来ないかもしれない。

 少し早まったかと思わなくもないが、砦のほとんどの住民が集まっているこの場だからこそ、言っておかなければならないと思ったのだ。エルジェは最初が肝心と自分を無理やり納得させ、もう悩むのはやめる。

 タリナの民達も、今の言葉にはいろいろと考えるだろうし、それによっては自分の現在の立場が変わってしまうかもしれない。それほどの事を言ったのだという自覚が自分でもあるのだ。そして、仕えると言ったナユの事も気になり、自然とナユのほうへと顔を向けた。すると『あなたが何者でもかまいません』と言わんばかりに普通の態度だった。


 それに安堵の表情を浮かべると、ナユは不安を払拭するよにやさしく微笑み返してくれた。


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