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夢の中の少女は俺を主様と呼び仕える  作者: 龍夢
第一章 転移・タリナ編
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異世界初夜③

 エルジェはなんとなく月明りが気になり、開け放たれた窓の方へと寄ると外を見てみる。

 すると月と呼べばいいのか分からないが、大き目の月と小さ目の月、満月と言ってもいい二つの光源が夜空に存在している事に気づく。その小さな方は大きなほうと違い色に少し青みがあり、この世の物とは思えないほどに幻想的であった。

 そんな幻想的な光景に感動していると、ナユがエルジェに話しかけてきた。


「主様、お体を拭く物をお持ちしましょうか?」


 落ち着いて少し考えてみると、この世界の風習等をまったく把握出来ていない事を思い出し、ナユの方を向いて「よろしく」と頷く。そして、部屋に一人になるとまた考えに耽った。

 なるほど、確かに右も左も分からないこの世界で暮らすとすれば、元の世界のような生活はおそらく望めないだろう。まだ自分の置かれている状況すら真面に確認出来ていないのだし、おそらく明日はそういった事の確認に時間を費やすことになるだろう。

 ここまで来ると、エルジェも夢だなどと言って現実逃避してはいられない。自分の元居た世界へと戻れるかも分からないのだから。


(それにしても暑い。イズルーシはもう少し涼しい季節だったはずだが、こちらの世界は気温が高いな)


 と、ここでエルジェは自分がまだ仮面を付けたままであるのと、上着に少し厚めの衣装を着ている事に気づいた。まずは仮面を外してテーブルの上に置き、どうせ体を拭くのだからと上着もベッドの上に脱ぎ捨てる。そして、少しでも涼しいところに居ようと、また窓のほうへと寄った。




 ナユは水のはいった桶とタオルをカナンから受け取り、ロウホから短く何かを言いつかると頷く。そして、離れへと戻る途中で立ち止まると、少し今日の事を考えていた。


(先程、ロウホ様からは、どんな事を言われたり、求められても従うようにと申し付かった。どんな事でも…かぁ……これから仕えるのだから、もっと主様を知るという努力をしなくちゃ)


 よし、と決意とともに一つ頷くとまた歩き始める。そして部屋の入り口まで来るとゆっくり入り口を開け、エルジェへと声を掛けようとして固まってしまった。それは仮面を外して素顔を見せており、逞しい上半身も晒した状態であったからだ。

 エルジェは知らない事だが、タリナの女は、男を容姿や顔だけではなく、鍛えられた体などからも評価するのだ。そして、初めて見ることとなったエルジェの素顔、この世界でも整っている顔立ち、その中世的な顔立ちと、鍛え抜かれた体に見惚れてしまったのだ。


 ナユが入り口で立ち止まっているのに気付いたエルジェは、不思議そうに話し掛けた。


「ん? どうしたナユ?」


「あっ……も、申し訳ございません。その…」


 言いづらそうにしているナユが、自分の顔を凝視しているのに気付いたエルジェは、何を言い淀んでいるのかを察する。


「ああ、仮面か? これは飾りのようなものだよ。取れないとでも思ったかい?」


 ナユは慌てて何度も顔を左右に振る。その顔は少し赤みがかっているようにも見えるが、なぜなのかという追及はしない。その代わりにと、改めてじっくりとナユを上から下まで見てみる。

 少し恥ずかしいのかナユが顔を逸らしたが、本当に美しい少女だとエルジェは思った。

 しばしの沈黙の後、エルジェの口からは自然とこんな言葉が出ていた。


「ナユの命が失われなくてよかったよ。俺がこの世界へと来る前に、『生きたい』という声が聞こえたんだ。そして、クガンがナイフを持ってナユの横に立っていた時も、『生きたい』と心の叫びが聞こえた気がした。すると、自然に体が動いてナユを助けていたよ」


 この言葉を聞いたナユは、恥ずかしそうに逸らしていた顔を自分の主の方に向けると、目を少し大きくし驚いた顔をする。


(……主様)


 仮面を付けたままのエルジェを見た時は、これが転生した神なのかという疑問もあった。しかし、助けてもらったのは事実であり、危機を乗り越えた時のつり橋効果とまでは行かないが、助かった安心からか、エルジェをこれから仕える主と強く認識もしたのだ。そして、仮面を外したエルジェは、ナユから見ても非常に整った顔立ちに思うとともに、鍛えられた体まで見てしまった今では心が少し落ち着かない。

 それでも、失われるはずだった自分の命が今ある事を、エルジェに感謝せずにはいられなかった。


「まぁ、そろそろ寝る準備でもしよう」


 そう言うと、ナユが体を拭くというのを断り、自分で体を拭き始め、その間にベッドメイキングをしてもらう。そして準備が終わると「お休み」といいエルジェはベッドへと潜り込んだ。

 ナユはそれを確認すると燭台の光を消す。が、部屋を出ていかず、ベッドから少し離れた所まで来ると、片膝をついて控えたようだった。

 目を瞑りしばらく様子を伺っていたエルジェであったが、これには流石に堪りかねナユへと尋ねてみた。


「………ナユ? 寝ないでずっとそこに居るつもりか?」


「………。ロウホ様には主様の側にずっと居るようにと言われました。それと、どんな求めや要望にも応えるようにと」


『この娘、ロウホの言う事ならなんでも従うとかじゃないだろうな』と少し心配になったが、とりあえずは……。


「そうか、なら今日のところは俺の隣にでも一緒に寝るといい」


 もう半分やけっぱちになりながらもそう提案する。すると、ナユはどう解釈したのか、緊張の面持ちで次のように言った。


「服は……服は自分で脱いだほうが良いでしょうか?」


「………。ナユ、服はそのままでいいよ。とにかくもう寝よう。一体何を言われてきたのか知らないけど、何もしないから安心して寝るといい」


「わかりました……」


 怒られたと思ったのか、素直にベッドへと潜り込んできて横になるナユ。するとすぐに規則正しい寝息が隣りから聞こえはじめた。

 本来であれば儀式で失われていたかもしれない命、そこへエルジェが転移してきてからの今までの展開、自分でも相当な覚悟をして臨んだ儀式であり、緊張や疲れがないはずなどないのだ。


(夢の中の少女は俺を主様と呼び仕えるという。この展開も展開だが、いったい何の為に俺はこの世界へ来たんだろうな……)


 しばらくナユの美しい寝顔を眺めていたエルジェだったが、この後は少し悶々としながらも約束を守り、自分の隣なりに横たわる少女に何もする事なく眠りに就くのだった。


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