異世界初夜②
そして、ロウホから聞いたのは次のような事だった。
まず、今までにも何度か創造神(おそらくはエルジェのような異世界転移者であろう)が降臨しているということ。そして、降臨した神は、必ずタリナの民に何か新しい知識なりを与えてくれたこと。
その降臨の間隔は、およそ年に一度の儀式が五百を数えた時であること。
今回がその五百という節目であり、伝承の通り降臨があったという事などだ。
ただ、その内容の中でも、儀式に関してはエルジェも少し眉をひそめるものだった。
いつ降臨した者かは分からないが、毎年一人の女を神に仕えるお役目とし、神の元へと送る【仕え人送り】という儀式が定められた。それが今日まで続けられてきたという事だが、肉体があるままでは神の元へと行く事は出来ず、魂だけの存在にならなければ駄目だという内容だ。
つまり、言ってしまえば我々の知識で言う生贄という事であり、神を信仰させる為に行わせたのだろうと想像できる。そして、エルジェの助けたナユは、そのお役目に選ばれ送られるところであったのだ。
伝承に残る内容では、神が降臨した場合でも、お役目の命を捧げる事で神に力を与えたと記されていた為、まさにナユの命が断たれようとした所、絶妙のタイミングでエルジェは降臨し、命を救ったとも言える。
「なるほど…。おおよその内容は分かったけど、送られたお役目が俺のいた所へと来ることは出来ていない。この儀式を定めたという者が、どういった考えで儀式をやらせたのかは知らないけど、それはただの生贄と変わらないな。例え魂だけの存在になったとしても来る事はできないよ」
『………』
エルジェに今までやってきた事を全否定をされた為か、それとも自分の元へお役目の者は誰も来ていないというのを聞いたからか、この場にいるエルジェ以外の者は唖然とした顔をしている。さらにエルジェは話しを続ける。
「今まで娘をお役目とやらで失った者は、辛い思いをしたんじゃないのか?」
「それは…、それが名誉な事だと、ずっと昔より続いてきた事でありまして、タリナの民の掟として続けられてきたものです。確かに中には辛い思いをした者がいないとは言えませんが…」
そう言って、ロウホはチラリとナユの方を一度見ると黙ってしまった。エルジェから言われた事が余程ショックだったのだ。それはそうだろう。今までやっていた事は無駄な事だったのだと言われたのだから。
「そうだな…。俺だったら年に一度祭りを執り行うとかそういう方がいいけどな。獣の類も捧げていたようだし、俺なら楽しく収穫祭でもするほうがいい」
重苦しい場の空気に、エルジェはポジティブな意見を出す。
「エルジェ様が、そうしろと言うのであれば、何も言うことはありません。むしろ、私は毎年お役目を決めなければならぬという重責から開放されますので…」
「この世界へ来たばかりの俺が言うのもなんだけど、砦の為に変えていける所は変えるのがいいだろうな」
「そう……ですな…」
「俺の憶測だけど、おそらく今まで降臨したという者は、こことは別世界から来た者達だろう。それは俺も含めてだけど」
「な、なるほど……今まで降臨する度にいろいろな事を我々に伝えてくださった事といい、そうかもしれませんな」
「もう一度言うが、俺の憶測だからな」
と、最後に釘を刺しておく事も忘れない。
今はエルジェを降臨した者とし、自分より上位の存在と思っているだろうロウホ、しかし、こんな問答を延々と続けていては、時間がいくらあっても足りないだろう。
今すべてを話しきることはできない為、続きを明日以降と提案するのがよいかと決断する。それに、急な展開による精神疲労の為か、自分自身が眠いというのもあった。
「まあ、俺も訳がわからずこの世界へ来たから疲れている。出来れば今日の話しはこれくらいにしてほしいんだけど?」
「は、はぁ……分かりました。では砦の中の案内諸々は明日に致しましょう。それと、神の降臨が成った場合には主だった所へ知らせる事となっていますので、知らせる為の使いを出しました。エルジェ様が少し落ち着いた頃合いを見て挨拶へ行くことになりますがご了承ください。まず、今日のところはこの館の離れを使っていただくということでどうでしょう?」
エルジェとしても、勝手に話しが進んでしまうのは好ましくないが、決まりであれば仕方がない。
「そこらへんの話しも後日詳しく教えてほしい」
「畏まりました。カナン、エルジェ様の案内を」
「はい」
そしてカナンの案内で離れに向かうと、また後ろをナユが当たり前のように付いてくる。
エルジェは別に女に対して免疫がない訳ではない。付き合ってから短いが彼女だっているし、なかなかモテる方ではあるのだ。
但しナユのような美少女に対しての免疫はどうかと言えば否である。夢で見慣れているとはいえ、美少女のナユがずっと後ろに付き従うというのが、エルジェにとってもまだ半信半疑なのだ。
そして、離れに着くとカナンは入り口のドアを開け中に入っていく。
中へと入ると、離れとはいっても十帖ほどの広さがあり、一人で使うには十分すぎる広さを有していた。更には二人が一緒に寝れるようなベッドが一台、豪華な燭台が四脚ほど置いてある。
先程まで居た場所もそうだが、なんとなく部屋の中は少し暑苦しい感じがし、それを察したのか、ナユは部屋に一つしかない大きめの窓を開けてくれた。そして、カナンの方は、どういった仕組みになっているかは分からないが、燭台へと光を灯し終わると『何かあればお呼び下さい』と言い部屋を出て行った。




