異世界初夜①
俺、エルジェ・イスカーチェは、リアルに近しい夢でも見ているのだろうか。
なぜならこんなのは非現実的過ぎるからだ。しかも体がいつもより軽く、動きとキレが普通ではない。
というか、そもそもが夢に見る美しい少女が側にいるのだから、これが夢ではないというのなら……。
(ど、ど、ど、どうしよう……。とにかく展開に身をゆだねつつ考えねば。ちなみに先程自分のほっぺをつねってみたら痛かったので感覚的に夢ではない。明日も【バトゥーリャ】があるというのに、無断欠場になるじゃないか)
と、明日の心配もしておく。
そして、儀式で少女を助けてからの展開なのだが、そこらへんの物語か何かなら、俺は降臨した神らしいし歓迎の宴といった展開になるのだろうが、そうはならず、儀式は途中で中止して即解散、詳細は後日この砦中に知らしめるという事になった。
で、今はこの砦の長、名はロウホと言っていたか、の家に半強制的に招かれ、茶を出されて飲んでいる訳なのだが…。
なんだかまだ頭が付いていけてない感が満載だ。まあ、茶のお陰で少しは落ち着くことが出来ているけれど。
それにしてもだ、助けた少女は俺の後を付いてくると、当たり前のように一歩引いた後ろの位置に控えている。それが先程から気になっている。
鍛錬の賜物か、儀式の展開から自然と少女を助けてしまったが、『やっぱり自分が降臨した神なのか?』もしれない。本当だったらこれからどうしよう。これはマジで後で確認せねばなるまい。などといろいろ考えていると、落ち着いたと見たのかロウホが話しかけてきた。
「まずは、ロウホの屋敷へようこそお出でくださいました。改めて自己紹介をいたします。私がここタリナ砦の長ロウホでございます。そして左隣りが倅のクガンとその娘カナンです」
そう紹介されると、二人は頭をゆっくり深く下げ、それをエルジェへの挨拶とする。
それにしても、クガンがエルジェを見る目は、少し怯えているようにも見える。身長はおそらくニメートル近いだろう。体も鍛えられて筋骨逞しいというのにだ。
対して、カナンはなかなかに美しい顔立ちをした娘だ。栗色の長い髪に少し赤みがかった瞳をしており、髪と瞳の色が三人とも共通している為、並んでいれば家族だとすぐに分かる。そして、好奇心旺盛なのか、ここで顔を合わせてからは、ずっとエルジェを観察しているように感じられる。
「創造神様にも名があれば、どうお呼びすればよろしいかお教え願えますか?」
名を教えろと言うが、エルジェでは芸がないなと思い、少しだけ闘技場で使う源氏名を決めるように考えてみるが、あまりよい名前が浮かばなかった。
(まあ、このままでいいか)
安易に変な名前を名乗るよりはいいと思いとどまり、ここはとりあえず正直に名乗る事にする。それに、現在の自分の状況がはっきりするまで、下手な事は控えるべきだろう。
「俺の名前はエルジェだ」
「ではこれからはエルジェ様と呼ばせていただきます」
「ああ、というか様とか要らないんだけどなあ」
エルジェが砕けたようにそう言うと、ロウホは「とんでもない」と驚いた後に顔を左右に振る。
「では、こちらからも聞きたい事があるんだけど、ここは何処なんだい?」
「何処…。大陸の名であればアース大陸でございます。そしてここはタリナの民が住まう砦でタリナ砦といいまして、大陸の中央より少し北に位置しておりますな」
(アースだと? アース…確かオールドスフィアにある大陸の名だったっけ? 古くから伝わる物語なんかによく出てくる大陸の一つだったよな……やはり…)
存在だけは在るとされる幻の世界、何度か読んだ事がある有名な物語や英雄譚等にも出てくる大陸の名だ。それが単語として出てきた事に少し反応しつつ、一度頷くと話しを進める。
「アース大陸か……では次に……」
そう言って後ろを向くと、ピクリと少女が緊張したのが分かったが、気にせず控えている少女に名を訊ねる。
「君の名前は?」
「ナユです。主様」
「主様?」
「私の身命は主様、エルジェ様に仕える為に儀式で捧げられるべきものでした。それであれば、降臨されたエルジェ様が、私を生かす選択をしたのですから、今日より主様と呼びお仕え致します」
と、ナユは言った。『なるほど、だからか』と、少女が後をついてきてここにいる理由がやっと理解できた。だが、その顔はあまり明るくはない。
緊張とも違うし、あからさまに嫌だというのとも違う。しかし、何やらまだ迷いや疑問のある様な顔だ。
エルジェは忘れてしまっていたが、まだ仮面を外さず付けたままであり、仕えるとはいったが、得体の知れない雰囲気を放つエルジェに、ナユは接し方に迷うとともに、少し警戒しているのだった。
それを察することができないエルジェは、まずは物語等でお決まりの事を聞いてみる事にする。
「随分と立派な覚悟だとは思うけど、俺の為に死んでくれとか言われても『はい、わかりました』みたいな感じではないだろう?」
「主様が、それをお望みであれば……」
と言うと、ナユは悲しい顔をした。
(ぬがっ 変な事言うんじゃなかった……調子ぶっこいて美少女を悲しませてしまったあ)
と、哀しい顔をさせた事に胸が傷んだ。
『俺の馬鹿、調子に乗りすぎ』と深く反省する。
自分に少女が仕えるという嬉しさはあるが、『扱いをどうしよう』という、不安も混じった声で心の中で叫ぶ。しかし、現実にせよ夢にせよ先ずは現状把握優先だ。それに、右も左も分からない自分には、当然ながらサポート役が必要だった。
「すまない。君に、ナユにそんな事を命じるなんて事は絶対にしないよ。それにやっと会えたのだから」
「やっと会えた?」
「いや、こちらの話しだから気にしないでほしい」
「はい。主様」
そう、ナユの事は夢で見続け一方的に知っているだけなのだ。
なんとか場を取り繕う事が出来た事にエルジェは安堵するが、とにかく頭の中はいろいろな疑問で一杯だ。
「次にだ……最初が肝心だから一つだけ訂正しておこう。俺は神などではない。こことは別な世界の住人だ。何かしらの力が働いてこの世界へと来たというだけで、中身は普通の人間だよ」
「御冗談を……いや、しかし……」
ロウホは古い文献にあったある内容を思い出す。
その文献には、『降臨せし神も年老い、最後は病にて死に至った』という事が書いてあったが、それが本当であれば、エルジェの言っている事を完全否定する事はできない。
「まあ、信じる信じないは自由だが、とりあえず今は心の片隅にでも置いておいてほしい。次にだけど、あの儀式はどういったものなのか教えてほしい」
「それは…」




