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エンドリア物語

「キーラン・スウィンデルズ」<エンドリア物語外伝44>

作者: あまみつ

「店長にお客様です」

 店内にいるシュデルに呼ばれて、食堂にいたオレは店に入る扉を抜けた。

 窓際のところに、ローブを着た青年が外を見ていた。

「お待たせいたしまし…………」

 振り向いた顔に見覚えがあった。

 青い瞳、白い長い髪。

「てめぇーー、いったい、どういうつもりだ!」

 白いローブの胸ぐらをつかんだ。

「今度は何しにきやがった!」

 忘れもしない。10年後のムーだ。

 滞在中、桃海亭をゴミだらけにして、元の世界に戻っていった。その後、オレは命がけの掃除をすることになったのだ。

 襟で首を絞められたムーが、必死にオレの手をたたいた。

「店長!」

 飛んできたシュデルがオレの手を引きはがそうとする。

「やめてください。苦しんでいます」

「いいんだよ、こいつは!」

 そこで、気がついた。

【同じ時間に同一個体は存在できない】

 30分ほど前には、食堂でスープに顔を突っ込んでいた。

「ムー……じゃない?」

「何を言っているんですか!しっかりしてください」

 シュデルがオレの腕をひっぱり、オレは慌てて手を放した。

 ゴホッゴホッとむせた。

「すみません。人違いをしました。大丈夫ですか?」

「……いきなり……首を絞める……の……」

 上品な話し方。

 着ているローブも上物の絹だ。

「もしかして、スウィンデルズ家の方ですか?」

 青年がうなずいた。

 もう一度、よく見た。

 雰囲気はどことなく似ているが、顔は全く似ていない。髪の色もムーのように真っ白ではなく、淡い黄色で麦藁色に近い。

 決定的に違うのは、態度だ。10年後のムーは好奇心丸出しでふてぶてしかったが、青年はどこかオドオドしている。

 オレが対応するのは危険だと思ったのか、シュデルがオレと青年の間に入った。

「ムー・ペトリに会いにいらしたのですか?」

 青年はうなずいた。

「私はキーラン・スウィンデルズ。賢者スウィンデルズの孫にして、現当主ジェイヒュー・スウィンデルズの息子。ムー・ペトリの従兄にあたる。在宅しているのならば、会わせてもらえるだろうか」

 キーランもオレを危険だと思ったのか、シュデルと話すことにしたようだ。

「先にご用件をうかがってもよろしいですか?」

「ムー・ペトリに直接話したい」

「わかりました。少しお待ちいただけますか」

 シュデルが、目でオレにムーの居場所を聞いてきた。

 オレは首を横に振った。

 スープを飲んだ後、部屋に戻っていった。

 今頃は、夢の世界を旅していることだろう。

「申し訳ありません。昼過ぎにいらしていただけますでしょうか」

「急いでいる。いるのならば、いま会わせてもらえないだろうか?」

 シュデルが困った顔でオレを見た。

 オレは首を横に振った。

 オレならムーを簡単に起こせると思っている奴が多いが、オレだって命がけだ。

「申し訳ありません」

 深々と頭を下げたシュデルの前を、キーランは足早で通り過ぎると、奥に続く扉を開けた。

 扉の先は廊下になっていて、真向かいは食堂、左手には2階に上る階段がある。

 その階段を駆け上がっていく。

「ダメです!」

 シュデルの制止の意味を取り違えたのか、階段を上る足音が早くなる。

 扉を開ける音がした。

「ギョゥイエーー!」

 人間の出せる悲鳴に聞こえないが、声音からすると出したのはキーランだろう。

 しかたなく、オレは2段跳びで階段を駆け上った。

 ムーの部屋の扉が開いていた。

 扉は5つもあるのに、1回で引き当てたらしい。

「店長!」

 オレに続いて上ってきたシュデルが、部屋の中のキーランを指した。

 下半身が見えない。

 蛍光イエローの巨大アメフラシに足の方から飲み込まれている。

「こんなのいたか?」

「助けないと!」

 シュデルがキーランの両腕をつかんだ。

 食われかけのキーランの意識は、朦朧としている。

「タイミングよく、引っ張れよ」

「はい」

 オレは勢いをつけて飛び上がり、アメフラシに踵から降りた。

 グニュリとした感触。

 もう一度、ジャンプして、踵から降りると、アメフラシの身体がよじれた。

「店長、出ました」

 シュデルがキーランを引きずり出していた。

 オレは床に転がっていたムーを、まだ開いているアメフラシの口の中に突っ込んだ。

 ピンクのズボンをはいた、尻と足だけがでている状態だ。

 普通なら窒息するところだが、ムーの場合はそうならない。ムー本体に大量の魔力があるので、弱いモンスターがムーを口に含むとそれだけで魔力酔いをおこすらしい。大抵のモンスターはすぐに吐き出す。色々な小型モンスターで試したが吐き出さなかったのは2体だけだった。

 甲高いガラスを引っかくような音が連続して響き、アメフラシが縮んでいく。アメフラシの口にムーが入りきらなくなり、スルリと抜けた。そのまま、廊下に転がった。まだ、爆睡中だ。

「あ、あ、あっ………」

 キーランが、意識を取り戻した。

「大丈夫ですか?」

「ナメ、ナメクジが………」

「いえ、キーランさんが食べられかけたのは、アメフラシだと思います。同じ貝殻を持たない貝の種類ですが、形態が違います。違いをお知りになりたいですか?」

 床にはいつくばっているキーランが呆然とした顔でシュデルを見た。

「お知りになりたいですか?」

 もう一度シュデルが聞いた。

 キーランの腰から下は透明な粘液でベトベトだ。

「あ、あっ………」

 キーランが首をひねって、オレを見た。

「だから、とめたんだ。ほら、つかまれよ」

 オレが手を出すと、両手ですがるようにつかんだ。

 引き起こして立たせる。

「せっかくの高価なローブが汚れちまったな」

「………変…だ」

「はぁ?」

「…普通は……ローブより先に相手を気遣うものではないのか?」

「なるほど。で、大丈夫ですか?」

「私のことを心配しているように聞こえない」

「心配していませんから」

 キーランが目を開いた。

 信じられないものを見ている目だ。

「生きているんだからいいだろ。食われたのも、自業自得だ」

「これが桃海亭か」

「桃海亭だからじゃないだろ。オレ達はとめたぞ。それなのに勝手にムーに会いに行って、助けてやれば、心配しろだと。あんた、いくつだよ」

「28歳」

「えっ!」

 見えない。

 オレはオレと同じか、上でも2、3歳上だと思っていた。

「私は、若く見えるらしい」

 自嘲気味にキーランが言った。

「昨年、コーディア魔力研究所を卒業して、ラルレッツ王国の祭事課に勤務するようになったのだが、よく学生と間違われる」

 うつむいた。

 掛ける言葉を探していたオレは、ムーが起きあがったのに気が付いた。

「おい、アメフラシがいるぞ」

「ちょい、いじったしゅ」

「いつやったんだ?」

「昨日の夜しゅ」

「ちゃんと片づけて寝ろよ」

「片づけたしゅ」

「蛍光ピンクが残っているぞ」

「蛍光イエローしゅ」

 オレはムーの尻を蹴飛ばした。

「イタいしゅ!」

「わざと残したな!」

「綺麗だったから、町のみんなに見せてあげようと思ったしゅ!ボクしゃんからのプレゼントしゅ!」

「こいつが食われたぞ」

 キーランを指した。

「ゾンビ使い、顔が壊れたしゅ」

「僕はこちらにいます」

「ほよっしゅ?」

 ムーがオレを見た。

「おまえの従兄のキーラン・スウィンデルズだ」

「誰しゅ?」

「おまえの従兄の…………もしかして、知らないのか?」

「知らないしゅ」

 キーランがため息をついた。

「私を知らないのですか」

「知らないしゅ」

 そう言うと部屋の中央に転がっている、蛍光イエローのアメフラシのところに行った。

「ちっちゃくなったしゅ」

 30センチほどだ。

「こいつ、何か出来るのか?」

「水を吸うとおっきくなれるしゅ」

「水………井戸!」

 シュデルが階段を駆け下りていく。

「他には?」

「ないしゅ」

「どうするんだ?」

「もうちょっとで、溶けるしゅ」

 ムーがすこし悲しそうだ。

「魔法生物なら、また作ればいいだろ」

「違うしゅ」

「違う?」

「ちょい、いじったしゅ」

「何を?」

「隣のミーたんしゅ」

 オレの顔から血が引いた。

 ミーは桃海亭の隣の店、靴屋デメドさんの飼い猫だ。

「元に戻せ!」

「大丈夫しゅ」

「バカ野郎!デメドさんがミーをどれだけ可愛がっているか知らないのか!」

「溶けたら、戻るしゅ」

「へっ?」

「昨日、ボクしゃんの部屋に勝手に入って、勝手にお薬飲んだしゅ。茶色いでっかいアメフラシになっていたから、ボクしゃん、ちょっといじって黄色にしてあげたしゅ」

 ムーを怒鳴ろうとしたオレは、キーランが粘液にまみれて立っていることに気が付いた。

「店を出て左に20メートルくらい行くと大衆浴場があります。隣の洋品店では安物ですが白いシャツとズボンと下着を買えますから、一風呂浴びて着替えてきたらどうでしょう?」

「私はムー・ペトリに話があってきたのだ」

 オレは顔を近づけた。

 目を細めて威嚇するように言った。

「こいつには、これから色々と話を付けなければならないんですよ。キーランさんの話は、その後にしてくれませんか?」

 キーランは肩を落とすとスゴスゴと階段を降りていった。

 入れかわりに上ってきたのはシュデル。

「店長、井戸の水が半分以上なくなっています!」

「ムー、どういうことか話してくれるよな?」

 ムーが両手で頭を押さえて、「てへへっ」と笑った。

 オレは力を込めて、尻を蹴飛ばした。





 ミーが猫に戻った。ムーが使った水の分を、ムーに魔法で出させたかったが、ニダウが洪水に見舞われるので、シュデルの魔法道具で元の水位まで戻した。

 部屋にこぼれた粘液をムーに雑巾で掃除させ、風呂で身体を綺麗にさせたところで、キーランが戻ってきた。入浴したらしく、こざっぱりしている。どこで調達したのか、麻でできた白いローブを着ていた。

 店にある商品の椅子を勧めると腰を下ろした。

「単刀直入に言います。ムー・ペトリに助けていただきたいのです」

「ほよっしゅ?」

「ラルレッツ王国では、毎年、高位魔術師による研究の披露が行われます。研究をしているものは研究発表を、魔法の技術を磨いているものは、その魔法を披露することになっています。順番で行っていますが、今年はスウィンデルズ家も披露する年なのです。予定では祖父ケロヴォス・スウィンデルズが現世召喚を披露することになっていたのですが、先日階段で足をくじいてしまったのです」

「まさか、ムーさんに研究発表をさせるのですか?」

 シュデルが端正な顔をひきつらせた。

「いえ、披露する内容は提出しているので変更は出来ません。現世召喚を王族及び貴族たちの前で披露するしかないのです」

 ムーが手を挙げた。

「ボクしゃん、やるしゅ!」

「ムー、本当に現世召喚ができるのか。オレは見たことないぞ」

「出来るしゅ!」と言った後、小さな声で「たぶんだしゅ」と付け加えた。

「店長、危険です」

「オレもそう思う。せっかく、遠くまで来ていただいて悪いんですけれど、他を当たってください」

「そうしたいのですが、他に出来る者がいないのです」

「いない?スウィンデルズの爺さんには子供が5人いて、ムーの父親以外の4人は元気で、孫も9人いると聞いていますけど」

「その通りです。しかし、ムー・ペトリ以外、誰も召喚の能力を持っていないのです」

「爺さんとムーだけ?」

 キーランがうなずいた。

「召喚の力は5人の子供のうち、バリー殿にしか現れなかったのです」

 召喚魔術師は珍しいと聞いていたが、血族15人のうち、ムーの父親とムーのわずか2人。

「他の方に頼むわけにはいかないのですか?ムーさんがやるのは危険すぎます」

「ボクしゃん、できるしゅ!」

「オレも反対です。下手すると、ラルレッツ王国の王族及び貴族が全員仲良く、お花畑で暮らすことになりますよ」

「それでも、構いません」

「へっ?」

「それでも、構わないと言ったのです」

 キーランの目が据わっていた。

「ラルレッツ王国の名門スウィンデルズ家に生まれ、賢者ケロヴォス・スウィンデルズ孫であり、スウィンデルズ家現当主ジェイヒュー・スウィンデルズの嫡子、キーラン・スウィンデルズ。それが私です」

「はあ」

「生まれにふさわしい人間になるため、小さい頃から勉強に励みました。コーディア魔力研究所を昨年首席で卒業。将来の為に出世コースの祭事課に入りました。それなのに………」

 キーランは両手をギュッと握りしめた。

「…………誰も私のことを知りません。毎日通っている祭事課の魔術師にも見学の学生と間違われる有様です」

「若く見えるからだと思います。すぐに認められますよ」

 シュデルが優しく言った。

「祖父はムー・ペトリのことばかり話します。天才を家に戻して、スウィンデルズ家の地位を押し上げるつもりです」

「ボクしゃん、天才……」

 オレはムーの口を手でふさいだ。

 この状況で、キーランを刺激するのはまずい。

「ムー・ペトリの名は、魔術師ならば誰も知っています。地位もない。財もない。それなのに、ムー・ペトリは天才であり、私は誰にも知られない魔術師なのです」

 キーランが両手で顔を覆った。

「消えてしまえばいい。ラルレッツ王国も、ケロヴォス・スウィンデルズも、ムー・ペトリも、私を知らない魔術師達は、すべて、この世から消えてしまえばいい」

 オレはムーの口から手を離した。足音をたてないようにして、店の奥に入る扉に向かった。ムーもオレのあとに足を忍ばせてついてくる。あと少しで扉につくというところで、シュデルにつかまった。

「わかりました。店長、今日は臨時休業にしてもよろしいでしょうか?」

 オレは首を横に振った。

 理由は簡単だ。

 金がない。

「わかりました。それでは店長、少しだけ店番をお願いできますか?」

「どこかに行くのか?」

「アーロン隊長にお願いして、城門外の広場を使えるように頼んできます」

「ムーの現世召喚をやろうっていうのか?」

「はい」

 考えた。

 だが、現状、最良の策はそれしかないように思えた。

「わかった」

 オレがうなずくと、シュデルはすぐに店の外に出て行った。

「ムーは現世召喚の準備をしろ。キーランさんは遺書を書いてください」

「遺書ですか?」

「うっかり花畑に行く可能性がありますから」

「冥府の花畑ですか。どうせ、一度は死ぬのです。いいでしょう。紙とペンを貸してください。遺書を書きます」

 自嘲の笑みを浮かべ、キーランはオレに手を差し出した。






「王から町を囲む城壁の外の広場の使用許可は取った。取ったのは使用許可で破壊許可じゃないからな。そこのところを間違えるな」

 腕組みをしたアーロン隊長が、額に青筋をたててオレをにらんでいる。

「使用時間は正午から1時間で間違いありませんか?」

「その通りだ。守らせろよ、シュデル」

 オレとムーとキーランだけでなく、シュデルも広場にやってきていた。

 アーロン隊長に相談に行ったシュデルが、帰りにガガさんに会い、事情を知ったガガさんが店番を申し出てくれたのだ。

「ムーさん、準備はよろしいですか?」

「バッチリしゅ!」

「待て、その手に持っている本はなんだ?」

 題名が魔法用の文字ではなくルブクス公用語で書かれているのでオレにも読める。

『現世召喚入門』

「手引書しゅ」

「まさか、読みながらやるっていうんじゃないだろうな」

「もちろん、そうしゅ」

 オレは門に向かってダッシュした。が、いつの間にか門が閉じていた。

「アーロン隊長!大変だ、門が閉じている」

「被害を最小限にくい止めるために閉じた」

「オレだけ、あっちに戻してくれ」

「冗談は顔だけにしておけ」

「ムーの奴、現世召喚は初めてかもしれない」

「それがどうした。いつも失敗しているだろう。異次元モンスターより困るのはゴールデンドラゴンくらいだ」

 言われてみると、いつも失敗しているのだから、いまさら脅えるのも変だ。

「わかった。でも、オレだけは、向こうに行かせてくれ」

「首と身体が別々でもいいなら、行かせてやる」

 アーロン隊長の目が本気だ。

 オレは渋々、ムー達のところに戻った。

 キーランがオレの隣に来た。

「あれは、応援の人たちですか?」

 壁の上にずらりと並んだニダウの住人。

 オレは面倒くさいので、簡単に説明した。

「すぐにわかります」

 ムーが本を開いた。

 ブツブツつぶやきながら、読んでいる。

「失敗するなよ!」

 壁の上から誰かが怒鳴った。

「人気があるのですね」

 キーランが苦しそうな顔をした。

「お前らのせいで、何度壁が壊れたと思ってるんだ!」

「召喚なんて、やめちまえ」

「そうだ、そうだ」

「ゴールデンドラゴン引き当てたら、お前らで責任とれるのかよ!」

 罵声が雨霰と降ってくる。

 甲高い女の声が響いた。

「どうして、こんなに町に近いところでやるのよ!やるなら、どっかの無人島か、砂漠の真ん中でやりなさいよ!」

 ようやく、キーランも状況が飲み込めたようだ。

「もしかして、ムー・ペトリは人気がないのでしょうか?」

「ないというより、マイナス値だと思います」

 笑顔のシュデルが答えた。

 シュデルの目論見は成功したようだ。

 ムーがトテトテ歩いてきた。

「何、呼ぶしゅ?」

「ブルードラゴンを召喚する予定でした」

 ムーの短い指がページをめくった。

「ブルードラゴン、ブルードラゴン、あったしゅ」

 読みながら、フンフンとうなずいている。

「店長、僕は店に戻ります。そろそろ、ガガさんが必要になると思いますので」

「門は閉まっているぞ」

「大丈夫です」

 アーロン隊長と既に話はついているようだ。

「キーランさん、僕と一緒にここから出られますか?」

「私が頼んだことです。見届ける責任があります」

「それでは、これで失礼します」

「オレもそろそろ店に帰らないと」

「店長は門を通してもらえません。ムーさんのことをよろしくお願いします」

 優雅に一礼をすると、広場から出て行った。

「くそぉー、オレも出たかった」

 足下の石を蹴り飛ばしたオレに、キーランが近づいてきた。

「ムー・ペトリは召喚できるのでしょうか?」

「できるとは思います」

 何がくるのかまではわからないが。

「そうですか」

 羨ましそうな顔でムーを見た。

「わかったしゅ」

 オレのところにくると「預かってしゅ」と本を押しつけて、広場の真ん中に行った。

 ブツブツいいながら、指が高速で印を結んでいく。

 朗々たる声が響いた。

「我はムー、我が声にこたえよ、ブルードラゴン」

 空が裂けた。

 裂け目から、見慣れた青い姿が現れた。

「成功しゅ」

 ムーがVサインをした。

「ブルードラゴンが………」

 キーランが空を悠然と飛ぶドラゴンを見て、呆然としている。

 壁の上にいた人々は、ホッとしたようで、内側に降りていく。

「今回は影響なさそうでよかったわ」

「無事に終わってよかった」

「大丈夫なことを、知らせないと」

 そんな声が聞こえる。

「おい、帰るぞ」

 まだ、Vサインをしているムーに声をかけた。

「はいしゅ」

 トテトテと近寄ってきたムーの前にアーロン隊長が立ちはだかった。

「コントロールはどうなっている?」

「解放しゅ」

「わかった」

 緊張した顔で部下に指示を飛ばしている。

 キーランは空をまだ見上げている。

 警備隊の若い隊員が心配になったのか、キーランに近寄っていった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。大丈夫のはずがないだろう?なぜ、そのように平然としている?」

 どこか気の抜けた様子で警備隊員に聞き返した。

「ブルードラゴンの習性をご存じないのですか?召喚の縛りから既に解放されていますから、放っておけば帰巣本能で自分の巣に帰ります」

「それくらいは、知っている。だが、これは…………」

 キーランが再び空を見上げた。

 ニダウの空を数百頭のブルードラゴンが埋め尽くしていた。




「ラルレッツ王国で毎年行っている研究の披露だが、今年はなくなったそうだ」

 何も買わない常連客アレン皇太子が言った。

 魔法協会エンドリア支部の支部長のガガさんに頼まれて、代理で状況を教えに来てくれた。

 いつもなら、椅子に座って、茶を飲んで、のんびりしていくのだが、忙しいからすぐに帰らなければならないとカウンターをはさんでの立ち話だ。

「ひょしゅ!」

 行く気満々だったムーが、床に転がった。

「スウィンデルズ家の研究披露がなくなったんですか?」

「いや、研究披露が丸ごとなくなった。他の式典と重なったので来年にずらしたそうだ」

「ムーのせいですか?」

「否定は出来ない。ニダウの住人にはあれくらい日常だが、観光客の中には驚いてパニックになったり、腰を抜かしたりした者もいたらしい。ニダウの住人達が『あ、ブルードラゴンの群だ』という感じで驚いてもいなかったから、大事にはならなかったがな」

「そういえば、今回、魔法協会から叱られなかったんですけれど理由を聞いていますか?」

「聞いている。叱られない、ではなく、叱られるのが遅れている、だ」

「もしかして、魔法協会で何かあったんですか?」

 アレン皇太子がカウンターに頬杖をついて、オレを下からねめつけるような目で見た。

「私が忙しいのは誰のせいだと思っているんだ」

「話の流れを考えると、ムーのせいということなります」

「ルブクス大陸の各地からの多数のブルードラゴンを集めた国は、他国からどう見られるかわかるか?」

 オレの【とぼける】のスキルは最近急激に上昇している。

「わかりません」

「敵視されるに決まっているだろ」

「すみませんでした」

 素直に頭を下げた。

「各国も、今回の暴挙はムー・ペトリが勝手にやったことだというのわかっている。場所も我がエンドリア王国。世界の覇権を狙うには弱小すぎて謀略を疑われることもない。ゆえに、紛争の火種になることはない。だが、我が国としては各国に【謝罪】しないわけには行かないのだ。使者を送ったり、手紙を書いたり、大忙しなのだ」

「ムーが、ご迷惑をおかけします」

「我が国など手紙と使者ですんでいるから、まだいい。魔法協会など各地から、集められるだけの魔術師をエンドリアに集めている対処している状況だ」

「ブルードラゴンは召喚の縛りを解けば、勝手に巣に帰ると聞いています。そろそろ、巣に戻っているんじゃないんですか?」

「今はブルードラゴンの繁殖の時期だそうだ。ムーが広範囲のドラゴンを一カ所に集めたことにより、新しいカップルが数多く誕生したらしい。新たな縄張りの争いやベビーラッシュが考えられるので、ブルードラゴンの研究者が入って、うまくことを納めようと頑張っているようだ。絶滅のおそれがあるブルードラゴンが増えるのは歓迎すべきことだからな」

 アレン皇太子が立ち上がった。

「それから、お前たちと一緒にいたスウィンデルズ家の若者だが元気に仕事に励んでいるようだ」

「ほよっしゅ」

「本当ですか?あの様子では、てっきり、仕事を辞めた、とか、自分探しの旅に出た、とか、になるかと思ったんですけれど」

 夕方に、スウィンデルズ家から桃海亭に迎えが来たが、それまでずっと放心していた。

「希代の天才、輝かしい功績、そして、祖父の賞賛。偉大な魔術師ムー・ペトリは彼が生きていく上で重い存在だったようだ。今回、大勢の人々に罵倒されているムー・ペトリを見て、自分が偶像視していたことに気がついたらしい」

「ボクしゃん、天才しゅ!」

「その通りだ、ムー。お前は【天才で嫌われ者で問題児で短足のピンクのチビ】だ」

「そうしゅ!」

「それでいいのか?」

 アレン皇太子が複雑そうな顔でムーを見た。

「いいんです。こいつは【天才】が入っていれば、チビでも、短足でも、糖分過多でも納得するんです」

「まあいい。ここからが本題だ」

 忙しいといいながら、本題に入るまでにかなりの時間を要した気がする。

「樹状式召喚は届けが必要になるそうだ」

「じゅじょうしき?なんです、それ?」

「そこにいる化け物、いや天才が、今回やった召喚の方式だ。大陸各地に召喚するモンスターが入る穴を開き、ニダウの広場に出る穴を開けたわけだ。入る穴が無数にあって、出る穴が1つ。大樹の細かい枝と幹にイメージが近いことからつけられた方式だ」

「届け出方式となると毎回書類を書くんですか。召喚魔術師の方々から面倒だと文句がでるのではないですか?」

「理論的には確立していたが、実行する魔術師がいるとは魔法協会は思っていなかったため、制限がかかっていなかったらしい」

 どうやら、女神召喚の時と似た状況らしい。

「ただし、ムー・ペトリは限っては届け出をしても認めない。現世召喚そのものも届け出制とする。とのことだ。やる前に必ず、届け出するようとのようにと魔術師協会から通達があった」

「わかりました」

「やけに素直だな。こう『えー、出すんですか~』と文句をいうと思っていたが」

「アレン皇太子、もしかして知らないのですか?」

「何の話だ?」

「異次元召喚にも魔法協会から規制がかかっていることです?」

「異次元召喚も届け出が必要なのか?」

「いえ、禁止です」

 驚いている。

 本当に知らなかったらしい。

「禁止?異次元召喚が、か?」

「はい。ムーがこの世界に戻ってきて、桃海亭に住み着いてすぐに魔法協会から命令書が届き、そこは【異次元召喚禁止命令】が書かれていました」

「魔法協会の命令を無視しているのか?」

「オレは善良で真面目な古魔法道具店の主人です。協会の命令を無視などしていません」

「いま、あそこにいるモンスターはなんだ?」

 アレン皇太子が窓の向こうを歩いている、虹色の甲羅をした3メートルほどの亀を目でさした。

 昨日、シュデルと喧嘩したときに召喚したのだが、失敗召喚で戻せない。キケール商店街をうろついているだけで危害は及ぼさないし、昨夜は甲羅が光って綺麗だった。

「無視しているのは【天才で良識がなく人の迷惑を顧みない自己中心のチビ魔術師ムー・ペトリ】です」

「ボクしゃん、天才しゅ」

 アレン皇太子は、床に転がっているムーから目をそらした。

「なるほど」

「わかっていただけましたか?」

「魔法協会からしたら、命令を無視されると立場がないのではないか?」

「魔法協会も命令の出し過ぎなんですよ。ムーに掛けられた規制がいくつあるのかオレも全部は覚え切れていないんです。全部守っていたら、ムーが日常生活すらまともにできません」

「異次元召喚していいというのは別だろう」

「始末書は書いています」

 魔法協会にバレたのだけだが。

「それでムー・ペトリはどうするつもりなのだ?」

「魔法協会、脱退申請書をせっせと書いています」

「まだ、書いているのか」

「受け取ってもらえないので」

 魔法協会も苦しいところだろう。

 脱退させれば、野放しにしたと各国から責められるだろう。

 魔法協会の魔術師としてとどめておけば、ムーの尻拭いをしなければならない。

「ウィルはどう思っている?」

「脱退して欲しいです」

「なぜだ?」

「ムーが魔法協会から抜ければ、本部に呼び出されることもありません。ピンクチビの片割れという忌まわしいニックネームで呼ばれることもなくなります」

 アレン皇太子は苦笑した。

「申請書、受け取ってもらえると良いな」

「はい」

「では、私はムー・ペトリの後始末に行くとしよう」

 床に転がっているムーを、ワザとまたいで、出ていった。

 ムーの申請書が受け取ってもらえたら、次はシュデルを魔法協会から脱退させて、のんびりと店で商品を磨きながら、野菜スープをすすって生きていきたい。

 モンスターだらけの洞窟も、魔法が飛び交う戦場も、トラップだらけの遺跡も、永遠にさようならだ。

 オレは心から願った。

「早く申請書を受け取ってくれないかなあ」




 3日後、手紙が2通届いた。

 1通は療養中のスウィンデルズの爺さんからだった。

 キーランが立ち直ったことの感謝の手紙だった。キーランのことをかなり心配していたらしい。2歳のムーに魔力がないとわかったとき、ムーが幸せになれるようにとエンドリア王国のペトリの家に養子に出したと言っていた。

 権力に妄執する悪徳爺みたいな言動で、実際そういう爺だが、孫は可愛いのかもしれない。

 手紙の宛名は、なぜかシュデルだった。

 2通目は魔法協会からだった。

 中には入っていた書類には、こう書かれていた。


『ムー・ペトリの魔法協会脱退申請書の提出を禁ずる』




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