ゴースト/ニューヨークの幻
映画が始まると、ものの二十分ほどで濡れ場というか、その、あれだ。エッチなシーンが映しだされた。少し気まずい雰囲気が流れた。彼女は今、どんな顔をしているんだろうか。彼女の表情が気になったが、もちろん彼女の顔を覗き込んで冗談でも言う勇気――ぼくにはない。
しばらくするとそのシーンは終わった。ぼくはほっと胸を撫で下ろす。
主人公と思われる男性、サムは、いかにも悪そうな黒人にピストルを向けられる。抵抗したサムは撃たれて死んでしまった。映画が始まってからまだ三十分ほどしか経っていない。サムの彼女は路上で泣き崩れながら叫んだ。
『SOMEBODY HELP US』
死んだサムはサム自身の亡骸を見つめ、唖然としていた。なろほど、それでゴーストってタイトルなんだと理解した。
途方に暮れた幽霊のサムは地下鉄の電車の中で同業者――幽霊――の男性と出会う。その同業者はサムに気付き、幽霊であるにも関わらず、幽霊のサムを殺そうとした。
『俺の縄張りを荒らすんじゃねえ』
そう言って恐ろしい顔をしながらサムの首を絞めた。
「死人の首を絞めても意味なくね?」
ぼくはぼそっと呟くが、有紀美には聞こえていないようだ。
サムはなんとか同業者から逃げ出した。サムを追いかけた同業者は電車の窓ガラスを素手で割り、サムを逃がしたことを悔しがる。
サムの生前、彼女は『I LOVE YOU』そう何度も口にした。
しかし口べたなのか、サムは『I LOVE YOU TOO』とは言わなかった。
サムの口から出てくる言葉はいつも『DITTO』という言葉だけだった。字幕では「同じく」と翻訳されていた。学校でその単語は「同上」と習った気がする。
街を彷徨うサムは「霊媒師」の看板を見つけ霊媒師のお店に入る。そこにいたのはインチキ霊能者だった。
父がこの前借りてきたDVD「天使にラブソングがどうのこうの」といったタイトルの映画の主人公、ウーピーなんとかという黒人の女優さんがそのインチキ霊能者を演じていた。
「このおばさん、演技上手くない?」
今度も有紀美の耳にぼくの言葉は届いていないらしく、彼女は無反応だった。
インチキだったはずの霊能者は突然サムの声が聞こえるようになる。
彼女にサムの存在を知らせる為、霊能者を引き連れ彼女のもとに向かう。
霊能者は彼女とサム以外は知り得ない、二人で旅行に行った時の思い出を口にした。
――ほんとにサムがそこにいるんだ。
彼女はそう確信し警察にいく。
しかし、その霊媒師は過去に詐欺などで何度も捕まっていた事実を突き付けられ、警察は信じてくれなかった。
その後、サムは自分を殺したのは親友の策略だったと気づく。親友がお金で黒人を雇い、サムを殺させたのだ。
彼女の命が親友と黒人に狙われている。そう気付いたサムは彼女を救う為、先日地下鉄で遭遇した先輩同業者に弟子入り志願する。
先日サムを襲ったその先輩は幽霊にも関わらず、電車の窓ガラスをいとも簡単に割っていたのを思い出したのだ。
先輩の教えを受け、「この世の物質」を動かすことができるようになる。ホームに転がっていた空き缶を蹴って動かすことに成功したのだ。
警察に霊媒師の正体を突き付けられた彼女は、再び霊媒師に疑念を抱く。
サムは霊媒師を再び彼女のアパートの前に連れていく。ドア越しの彼女はまだサムの存在を信じられないようだった。サムはドアをすり抜け彼女の隣にいく。
サムは今彼女が着ている服とイヤリングの詳細をドアの向こうの霊媒師に伝える。もちろんサムの言葉は彼女には聞こえない。霊媒師はサムから聞いた彼女の今の容姿を伝えた。
そしてサムは霊媒師にこう言った。
「1セントの硬貨をドアの下の隙間から入れてくれ」
霊媒師はコインをドアの向こうに滑り込ませた。サムはそのコインを「訓練した指」で持ち上げる。彼女の目の前でコインが浮く。サムがここにいると確信した彼女は涙を流した。再び霊媒師を信じた彼女はドアを開け、霊媒師を部屋に入れたのだ。
最後にもう一度彼女に触れたい。サムがそう言うと、霊媒師は「いいわよ。私の体に乗り移って彼女の体に触れて」と提案した。
霊媒師の体を借り、サムは彼女を抱きしめた。
ぼくは泣いた。有紀美に涙を見られるのは恥ずかしかったので、涙が頬を伝ってこないように少し上を向く。でもぼくの目の周りには涙が溢れていた。
運よく目の前のテーブルにティッシュ箱が置いてある。ぼくはすっとティッシュをと取り鼻をかむ。もちろん鼻水は出ていない。鼻をかんだ振りをして、そっと涙を拭いたのだ。横目で有紀美を見ると、ぼく以上に泣いていた。
すると、サムの親友――もはや親友ではないが――が彼女のアパートにやってきた。
サムは彼女と霊媒師を屋上に逃がし、彼女達を守る為に元親友と戦う。不可抗力であったが元親友は命を落とした。
この世への未練を断ち切ったサムに天国からのお迎えがくる。
彼女はせつなそうに去っていくサムを見送った。
映画が終わり画面にエンドロールが流れはじめた。