東京ディズニースカイ
ぼく達はお昼から始まるメディなんとかの場所で行われるショーを観にきた。三年前、家族で来た時もこのショーを観た。観客の体がずぶ濡れになるショーである。
ジェットスキーに乗って現れたスタッフや、ディズニーのキャラクターを乗せた大きな船が現れる。そして消防隊員よろしく観客に向かって水を撒く。水を掛けられた観客はキャーと言いながらも喜んでいる。
後ろのほうに陣取った観客にはなかなか水が届かない。残念そうな顔をしている。みんなずぶ濡れになることを期待しているのだ。
いい場所を陣取ったぼくらは、案の定上から下までずぶ濡れになってしまったのだ。有紀美は水が掛かる度にぼくに抱きついてきた。
――ウォルトさん、ありがとう。
ディズニー創設者に感謝しながら、ぼくに抱きついてくる彼女を抱きしめ返した――水から彼女を守る振りをしながら。
そんな楽しいショーが終わると、周囲の人達は皆笑顔である。
「超楽しかったね」
彼女の顔の水滴は真上から降り注ぐ夏の陽ざしに反射しきらきらと輝いていた。
「うん。楽しかったね」
そう言ったぼくの目は彼女のワンピース越しにうっすら見えるピンクの下着をとらえていた。水でワンピースが彼女の体にぴたりと纏わりつき、体のラインがくっきり見えていたのだ。
なんて綺麗なラインなんだ。そう思った瞬間、ぼくは周りにいる男性達の視線に気づいた。みんな有紀美のことを見ている。ぼくは有紀美の手を引っ張り近くのベンチに座らせた。
「たっちゃん、どうしたの?」
ベンチに座った彼女はぼくの顔を見上げた。
「え、いや、その……」
体のラインやピンクの下着が見えているなんて口が裂けても言えなかった。
「ちょっと座りたかっただけだよ」
無理やり言い訳を考えた。そしてぼくも有紀美の横に座る。
すると間もなく彼女はぼくの肩に寄り添い寝息を立てた。調度いい。ワンピースが乾くまでこうしていよう。しかしぼくは彼女が寝てしまったことをいいことに、胸に目をやった。大きく膨らんだ彼女の胸は呼吸に合わせて上下している。今なら触っても気づかれないかも知れない。そんな不謹慎なことも考えたが、ぼくにはそんなことをする勇気もなかった。
親友の誠は、
「早く押し倒しちゃえよ。彼女も絶対待ってるんだからさ」
と、無責任なことを言っていた。そんなことを思い出したがぼくにはできない。
陽の当たるベンチに座っていたのであっと言う間に彼女のワンピースは乾いていった。彼女はぴくんと体を動かし、その動きで目を覚ます。彼女は慌てて背をぴんと伸ばした。
「ごめん。私、寝ちゃったんだね」
「大丈夫。お陰で可愛い寝顔、たっぷり見られたから」
「もう」
彼女はそう言ってもう一度ぼくの肩に寄り添った。
ずっとこうしていたい。このまま時間が止まればいいのに。
「じゃあ、いこっか」
彼女の言葉に少しがっかりしながらぼく達は立ち上がる。
その後も、二人でおもいっきり楽しんだ。乗り物に乗って叫んでいる時も、ポップコーンを食べている時も、列に並んでいる時も、全てが楽しかった。
夕食も終え、一通りのお土産も買った時、時計を見ると夜の八時を少し過ぎていた。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
ぼくがそう言うと彼女は寂しげにうつむいて「うん」と頷いた。
園を出て、自転車で彼女の家に向かう。
「今度はランドに行こうね」
彼女は無邪気な笑顔でぼくに微笑みかける。
「うん。約束な」
しばらくペダルを踏み続けた。するとぼくらの後ろからドーンと大きな音が聞こえてきた。
「あっ、花火だ」
彼女は足を止め、振り返っていた。ぼくも自転車から降り、花火を見上げた。
「綺麗だね」
「うん。超綺麗」
ぼくは彼女の少し前に出て、花火を眺めていた。
色とりどりの大きな大輪が輝いては消え、また輝いては消えていく。僅か二秒前後で自らの美しさを表現し、儚く消えていくのだ。ぼくはその一生懸命な姿に心打たれていた。
「花火って凄いね」
ぼくはそう言って彼女のほうへ振り向いた。
すると目からいっぱい涙を流した彼女がぼくの胸に顔を埋めた。
「どうしたの?」
彼女は何も言わず、首を左右に振っている。
少し気を取り戻したのか、彼女はぼくの胸から顔を離しす。しかしその濡れた瞳は、確実にぼくの目をとらえていた。ぼくの後ろで打ち上げられた花火が彼女の瞳の中でも輝いては消えていく。
ぼくは彼女の顔に少しずつ近づいていくと、彼女はそっと目を閉じた。ぼくに全てを託すように澄んだ表情をしていた。
そしてぼくの薄い唇は彼女のやわらかい唇と重なり合った。
柔らかい。なんて柔らかいんだ。
ところで何秒こうしていればいいんだろう。短いとそっけなく感じられるんだろうか。長いとウザがられたりするるんだろうか。そんなことを考えながら、どうすればいいか分からないぼくはすっと唇を離した。
すると彼女は再びぼくの胸に顔を埋めた。
「楽しかったね」
ぼくがそう言うと、彼女はぼくの胸の中でこくりと頷いた。
――ドドドドドーン。
けたたましい音がして、ぼく達は空を見上げる。
そこには白銀一色に染まったフィナーレと思われる光の結晶が空一面に広がっていた。
「キャー、凄ーい」
彼女は無邪気に喜び、指の先だけで小さく拍手をした。
――この光景、見たことがある。
そして僅か五分間だけ開園された東京ディズニースカイは幕を閉じた。
連載中の『つなぐ命まもる愛~少女の闘病~』を読まれた方はお気づきかと思いますが、「東京ディズニースカイ」の描写、両作品で共通しております。
引き出しの狭い作者でございます。ご容赦下さいませm(__)m(^^)vませm(__)m