エピローグ
ぼくと有紀美はまだ成仏できずにいた。
そして今日はぼくと有紀美の合同葬儀である。有紀美には家族がいない。しかし、有紀美の親戚と名乗り、葉月さんは葬儀に駆け付けた。葉月さんの彼氏も一緒だった。
葉月さんの彼氏はぼくより背が高く、短髪、色黒、がっちり。おそらくラグビーか柔道でもしていたのだろう。ぼくも胸板の厚さには自信があったのだけれど、遥かにぼくの胸より厚い。しかもイケメンときている。
――くそっ。
死んだ今でさえ、嫉妬するくらいパーフェクトないでたちをしている。
「たっちゃん、何怒ってるの?」
隣で幽霊さんがぼくに問いかけた。
「別に。なんでもない」
決してぼくは葉月さんの方が好きなわけではない。好きなのは隣の幽霊さんである。でも何故か、有紀美と同じ遺伝子を持つ葉月さんにぼく以外の彼氏がいるという事実を受け入れられないぼくがいた。
「あ、玲央奈」
有紀美がそうつぶやくと、中学の制服を着た本家はぼくの父に向かって頭を下げていた。
玲央奈を見つけた葉月さんは、そそくさとトイレに隠れていく。
叶夢は泣きじゃくっている。父も母も叶夢に抱きついて泣いている。
「おとうさん、おかあさん、叶夢、ごめんんなさい。でも俺、有紀美と一緒だから。安心してね。俺……幸せだから」
「あの人、誰?」
有紀美が指差したのは鈴木君だった。
「あ、鈴木君だ。彼も二月二十九日生まれで、有紀美と同じ能力を持ってるんだよ」
「へー。そうなんだ」
「過去に戻って、俺達を助けてくんないかな」
「でもわたし……たっちゃんと一緒だからこのままで充分幸せだよ」
「そっか。一生一緒にいようね」
「うん」
有紀美は満面の笑みをこぼした。
トイレからこっそり出てきた葉月さんを見つけた鈴木君は、葉月さんの肩をぽんと叩く。
「あの。2‐2‐9の能力者さんですよね? ぼくもそうなんです」
葉月さんは驚いたように鈴木君を見た。
「え? あ、はい。あなたも?」
「はい。でもぼくは分家ではなく、本家なんです。だから、あなたがあの少女の分家だと分かるんです」
鈴木君は玲央奈を指差していた。
「過去に帰って達志君と有紀美を助けてもらえませんか? お願いします」
「大丈夫です。ぼくが助けなくても……。それより、成願さんと有紀美さんは今ここにいます。二人に体を貸してあげませんか? 成願さんがぼくに、有紀美さんが葉月さんに乗り移れば二人は触れあうことができるんです」
「そうね。分かった」
鈴木くんと葉月さんは誰もいない焼却炉のある建物の裏へ行った。
鈴木君はぼくのことが見えるのか、ぼくに向かって「いいですよ」そう言った。
しかし葉月さんには有紀美の姿が見えない。目を閉じて、「有紀美、いいよ」そうつぶやいた。
ぼくは鈴木君の体を借り、この世に戻ってきた。そして有紀美も葉月さんの体を借りた。
「有紀美!」
「たっちゃん!」
ぼくは有紀美の体を引き寄せ抱きしめた。はっきりと有紀美の笑顔が見える。有紀美の唇はいつものようにやわらかく、ぼくの薄い唇を優しく受け入れてくれた。
「有紀美。愛してるよ」
「たっちゃん、わたしも愛してる」
周りには誰もいないが、傍から見ると葉月さんと鈴木君が抱き合いキスをしているように見えるのだろう。
ぼく達は鈴木君と葉月さんの体から出ていった。体を貸す行為で体力を消耗した二人は息を切らしている。
ぼくはぼくの亡骸を見た。有紀美も有紀美の亡骸を見ている。
そしてぼくも有紀美も焼却炉に入っていった。
係員に促され、焼却のスイッチは父が押したのだ。押した瞬間、父の頬に大粒の涙が流れ落ちた。
「なんでやねん。なんでお前やねん」
父の言葉を聞くと、母は崩れ落ちた。
叶夢は父と母の肩を抱きながら言う。
「わたしに任せて」
叶夢は一人、外へ出ていった。
「お兄ちゃん、あと二年待ってね。わたし、お兄ちゃんを助けるから。ついでに有紀美さんも助けてあげる。でも今度は引かないわよ。有紀美さん、お兄ちゃんを掛けて勝負よ」
叶夢は建物の外に出て、雲ひとつない空を見つめていた。
「叶夢は三月一日生まれだよ。俺達のこと助けらんないよね」
「二月二十九日生まれだと、誕生日が四年に一度になっちゃうでしょ? だから叶夢ちゃんのお母さんは三月一日生まれとして出生届けを出したんじゃないかな」
「そういうことだったんだ」
「叶夢ちゃん、たっちゃんのことが好きだったんだね」
「うん。俺、鈍感だから、叶夢の気持ちに気付いてやれなかったのかも」
きらきらと光を放ちながら、天の川のような星の大群が空から舞い降りてくる。ぼく達を迎えにきたのだろう。
ぼくと有紀美はすうっと空に引きこまれていく。
そしてぼくは有紀美と手を繋ぎ、ゆっくり天へと昇って行った。
――了――




