柔らかな陽射し
あの目、ラリってないか? 薬だなありゃ。そんなことを考えているうちに二組の暴走族さん達は同じ方向に去っていった。スキンヘッドは赤い車に乗り込んで偉い人の後ろを付いていく。そしてエンジン音が次第に小さくなっていった。
「あ、あのスキンヘッド。玲央奈を助けた後に俺達を轢きそうになったやつじゃない?」
「そうだ。思い出した。玲央奈の自転車ペチャンコにした人だね」
有紀美も思い出したようで、目を丸くしている。
警官達はあたかも自分達が騒ぎを治めてやったと言わんばかりに、ドヤ顔で去って行った。
しばらくすると、ぼくのスマートフォンが振動した。
――誠さん、凄いね。かっこいい。
続いてお約束のようにスタンプが送られてきた。でっかいハートマークだった。さっきぼくに送ってきたハートマークより遥かに大きいハートマークだった。
「ちっ」
有紀美もほっとしたらしく、またぼくに甘えてきた。
「たこ焼き食べたーい」
こんなに可愛い彼女のおねだりを断るわけにはいかない。ぼくは列を離れ、「大ダコ」と書かれたたこ焼きの出店の列に並んだ。するとスマートフォンが揺れる。
――いいなあ。わたしも食べたい。
――誠に買ってもらえばいいじゃないですか。
ぼくは意地悪な返事をした。
――そうする。
ぼくは慌てて返事を返す。
――しょうがないなあ。買って持って行きますからそこにいて下さい。
するとキスマークのスタンプが送られてきた。
「はい。ご注文のお品でございます」
ぼくはたこ焼きを葉月さんに渡した。
「ありがと、たっちゃん」
「たっちゃんとか、辞めて下さいよ」
「有紀美、ほんとに達志君のこと好きなんだね。見ててそう思った。有紀美とわたしは別人格だけど、好みは一緒だからね。わたしが達志君に本気で告ったらどうする?」
「葉月さんて、ほんとに悪女ですよね。有紀美のことが好きなら葉月さんのことも好きになるに決まってるじゃないですか」
「え?」
葉月さんの頬が桜色に染まった。つぼみを出しかけた可愛らしい桜の色と同じ色だった。
「またあ、そんなこと言って。いっぱい女の子口説いてるんでしょ?」
ぼくは「そんなことしてないですよ」そう返事をしようとした。
すると、族車の一台がUターンをしたらしく、けたたましい音を立てこっちに近付いてきた。赤い車だった。
三歳くらいの女の子が道路によちよちと出ている。その親と思われる二人は手にしたスマートフォンに夢中である。
「危なーい」
有紀美は道路に飛び出しその子を助けようとしていた。赤い車が有紀美に向かって爆走していた。ぼくは手にしたたこ焼きを放り投げ、有紀美に駆け寄る。
周囲の人達も悲鳴に近い声を上げていた。
「危ない!」
ぼくは右手で女の子が着ているジャンパーの襟を掴んで引き寄せる。
左手で有紀美を抱き寄せ、くるりと赤い車を避けた。
隣で有紀美がほっとしたようにぼくを見ていた。
「危なかったね。たっちゃん、ありがとう。怪我はない?」
「うん。大丈夫。あ、女の子も助かったんだね。良かったあ。轢かれるかと思ったよ」
ぼくは女の子に話しかける。
「お姉ちゃん、良かったね。もう飛び出しちゃ駄目だよ」
女の子の頭に手を置き、撫でようとした。
しかし、ぼくの手は女の子の頭をすうっと通り抜けた。
「え? なんでさわ触れないんだ」
有紀美も隣で不思議そうにぼくを見ていた。
「なんで? たっちゃん!」
十メートルほど向こうで人々が輪を作り、大騒ぎになっている。ぼくは有紀美と一緒に輪の中に入っていった。
「救急車! 誰か早く!」
誰かがそう叫んだ。
なんとそこには、ぼくと有紀美が血を流し倒れていた。ゴーストでサムが死んでしまった時と同じ光景だった。
自分たちの亡骸を呆然と眺め、ぼくは有紀美と目を合わせた。
「たっちゃん、わたし達……」
「ごめん、有紀美。助けてあげられなくて」
「たっちゃんと一緒に天国にいけるなら、わたし……」
有紀美は大粒の涙を流していた。
そして葉月さんが輪の中に入ってきた。
「達志君、有紀美、なんで死んじゃうのよー」
葉月さんはぼくと有紀美を抱きしめ叫んでいた。
有紀美も死んでしまった今、ぼくはもう戻ることができない。唯一の救いは玲央奈を助けることができたことだった。
「あ、あの女の人……わたしよね」
「うん。今日ぼくと有紀美はここで死んでしまう運命だった。あの人…/葉月さんがぼくに教えてくれたんだけど、結局助けられなかった。有紀美、ほんとにごめん」
「大丈夫。こうして今もたっちゃんと一緒にいるんだし」
「有紀美、ごめんね。ホントにごめん。愛してるよ」
「わたしも。たっちゃんのこと、愛してる」
これが運命なのかもしれない。ぼくはどうやっても死んでしまう運命だったのだ。
人の手により綺麗にこしらえられた明治神宮の草木は、冬の柔らかな陽射しに優しく包まれていた。




