埼玉vs千葉
「たっちゃん」
振り向くと真っ白なロングコートを身に纏った有紀美が立っていた。指が四本入るタイプのベージュの手袋をしたまま、笑顔でぼくに手を振った。手袋に飾られた白いファーが元旦の澄んだ空気の中で揺れている。綺麗に編み込みされた髪の毛は新年仕様なのだろうか。初めて見る髪型に新鮮さを覚えた。
「明けましておめでとうございます」
彼女は改まったように丁寧に頭を下げた。
「おめでとう。今年もよろしくね」
そう言いながらも不安がよぎ過った。明日という日はやってくるのだろうか。そう思うと足がすく竦んだ。
ぼく達は電車に乗り、二回乗り換えた。地下鉄千代田線の明治神宮前駅までは四十五分ほどの道のりである。明治神宮前駅に到着するど、電車はどっと人の波を吐きだした。その波の大部分は同じ方向へ流れていく。人が多く、なかなか前に進まない。外人さんの姿もたくさんあった。
既に到着していた葉月さんはぼくを見つけたらしく、携帯に連絡が入った。
――わたし、達志君の右後ろにある電柱の陰にいる。
――玲央奈が来たわよ。あなたの十メートルくらい後ろ。
後ろを向くと玲央奈が両親らしき人と歩いていた。葉月さんは懐かしそうに目を細め、両親を見つめていた。
「どうしたの?」
有紀美はぼくと同じ方向を向きかけた。ぼくは慌てて彼女の頭を抱え、ごまかすようにキスをした。危うく玲央奈の存在に気づかれるところだった。
「もう、こんな人前で」
はにかんだ有紀美はぼくの肩に寄り添った。可愛過ぎるんですけど……。
――ごちそうさま。
そのコメントに続いて、頬を真っ赤に染めた女の子のスタンプが送られてきた。
「あちゃ」
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
――五十メートルくらい前に交差点見えるでしょ? その交差点で信号待ちしてる時に赤い車が突っ込んでくるの。どうする?
ぼくはいつものゲームをやってる振りをしながら返信することにした。
「イエーイ、レアキャラゲットー」
――なりふ形振り構ってられないので、そこに行ったら大声出して信号待ちしてる人達を後ろに避難させます。
――がんばって。
続いてハートマークのスタンプが送られてきた。
「うわっ!」
「どうしたの?」
「え? あ、やられちゃったあ」
ゲームで死んだ設定にしてみた。とっさに考え付いた言い訳だったのだけれど、我ながら上手いことごまかせたと感心した。
すると遠くの方から異様なエンジン音が聞こえてきた。小さく聞こえていたその音は次第に音量を増していく。ついには爆音を響かせながら集団が道路を行ったり来たりしている。色とりどりの改造車やバイクが旗を立て蛇行しているのだ。
徐々に「現場」が近寄ってくる。そろそろなんとかしなきゃ。
ぼくは両手を広げ叫んだ。
「みなさん、ここから先には……」
すると、爆音が二倍になった。いや、二倍なんて音量ではなかっただろう。暴走族さん達の数が一気に増えたのだ。今までは埼玉県のナンバープレートを付けた車やバイクだけだった。しかし、袖ヶ浦ナンバーの車両が交ざっていることに気付いた。しかもバイクに乗っている少年の特攻服には「木更津」の刺繍がしてある。
車の中の族さん達の服は良く見えないが、バイクの族さん達ははっきり見える。紫色の特攻服を着てバイクを運転しているいかつい人がいた。その後ろに座っている半キャップの男性は場違いなダウンを着ていた。ユニクロかしまむらで買ったと思われるような普通のダウンを着た男性がいたのだ。
「誠?」
木更津で生まれた誠は、中学のころ野球部の中ではずば抜けたセンスの持ち主で後輩達からも慕われていたようだ。喧嘩もめっぽう強かったらしい。柔道経験者や空手経験者でさえも恐れず立ち向かった野球道家は喧嘩で負けたことがないと言っていた。そんな誠の同級生も後輩も中学を卒業すると同時に木更津の有名な族に入ったとか。誠だけは甲子園を目指しぼくと同じ千葉英和高校に進んだのだ。
おそらく誠が後輩達に声を掛けて、駆けつけてくれたのだろう。数でも圧倒的に埼玉ナンバーを大きく上回っていた。
「達志ー! みんなを安全な場所に誘導しろー!」
ぼくがどこにいるのか分かっていない様子の誠は大きな声でそう叫んだ。
そのころ警察も何台かのパトカーを出動させ鎮圧に動いていた。しかし、くその役にも立っていない。
ぼくは警官の一人に、
「とにかくこの交差点から人を非難させて下さい。この交差点が危ないんです」
そう何度もお願いした。しかし、ぼくの話など信じてくれるわけもなく、暴走族の鎮圧にあたっていた――役に立っていないのに。
誠は埼玉のトップらしき人と話を始めていた。総長っていうのだろうか。まあ、向こうの偉い人なんだろう。
すると埼玉の偉い人は「引き上げろ」あご顎を動かしそんな仕草をした。
音便に話が付いたのだろう。誠と埼玉の偉い人は握手を交わした。しかし、偉い人の後ろでスキンヘッドのお兄さんは面白くなさそうな顔をしていた。なんだか目も普通ではないように思えた。あの人きっと、埼玉のナンバー2なんだろうな。
でもあの顔、見たことがある。これもデジャヴなのか?




