クリスマスイブ
大学生活にも少し慣れ、冬休みに入った。有紀美と付き合い始めてから二回目のクリスマスイブを迎えたのだ。と、言っても今日は自宅に有紀美を呼び、我が家でパーティをすることになった。そしてそのままぼくの家にお泊りすることになっている。
去年のイブも今年の叶夢の誕生日も、ぼくは有紀美と一緒に過ごしていた。そのことで慢性的な不満が募っていたのだろう。妹はイブの外出を許してくれなかったのだ。
「お邪魔しまあす。あ、叶夢さん、こんばんは」
「有紀美さん、こんばんは」
叶夢のそっけない挨拶が空気を少し冷たくさせた。学校では同級生であるが、話はしたことがないらしい。だからお互いさん付けで呼んでいるようだ。
「いらっしゃい、有紀美さん。ゆっくりしてってね」
「はい。お母さん、ありがとうございます」
――お母さん――その言葉で妹の目尻がピクンと動いた。
父も母も気づいていないようだが、叶夢は明らかに有紀美に敵対心を持っている。
「お兄ちゃん、ケーキわたしが作ったのよ。食べてみて。はい、アーン」
「何やってんだよ。自分で食うよ」
そう言ってフォークを取り上げると妹は機嫌を損ねた。
「叶夢、彼女さんの前でそんなことしないの。ごめんなさいね、有紀美さん。叶夢は小さいころからお兄ちゃんのことが大好きで……」
母は慌てて有紀美に言い訳をしていた。
「いえ。わたし、一人っ子だからなんだか羨ましいです。お家の中も賑やかでいいな」
有紀美は昔一緒に暮らしていた家族を思い出しているのだろう。
「そうだったんだ。わたし達も元々一人っ子なんだけどね」
叶夢が言わなくてもいいことを口走った。
「え? そうなんですか?」
有紀美はどうもく瞠目し、驚いている。
「あ……そうなんだよ。別に隠すつもりもなかったんだけど、俺のお父さんと叶夢のお母さんが結婚したんだ」
「そうだったんだ」
「そうなんよ。俺が叶夢のお母さんに一目惚れして、猛烈アタックしてん」
「キャー、お父さん、素敵ー」
「せやろ?」
一目惚れ体質も遺伝するのだろうか。ぼくがそんなことを考えていると、
「もう、嫌だ。パパったら」
母が顔を真っ赤にして父の肩をぽんと叩いた。ここにもバカップルがいたようだ。
「さあさあ、食べて。叶夢が作ったケーキ、ごっつい美味しいねんで」
「はい。じゃあいただきます」
有紀美は笑顔になりフォークでケーキをすくう。
「美味しい。なんでこんなにふわっとした生地ができるんですか? わたし、いつも生地が膨らまないんです。叶夢さん、凄い」
テレビ番組でやっている「食レポ」ではない。有紀美は本当に美味しかったようで目を丸くし、叶夢に話しかけたのだ。
「でしょ? あのね……」
叶夢は嬉しそうにふわふわにするコツを話し始めた。料理の腕は発展途上であるけれど、ケーキは本当に美味しいのだ。
「あのね、玉子って冷蔵庫から出してそのまま使ってない?」
「うん。使ってる」
「ああ、まずそこから駄目ね。冷たい玉子だとふんわりと焼けないのよ。玉子を湯せんして人肌か、お風呂のお湯の温度くらいになるまで温めるの。それでね……」
どうやら叶夢は自分が作ったケーキを褒められて、有紀美との間の冷たい空気は取り除かれたようである。おそらくこの後も、ケーキ作りに関するうんちくが続くだろう。ぼくはその間を利用してお風呂に入ることにした。
「俺、風呂入ってくるね」
いつもはパンツ一枚でお風呂から出てくるのだけれど、有紀美がいる手前、パンツとパジャマを持って脱衣所に向かった。
お風呂から上がると、叶夢のうんちくはまだ続いていた。有紀美も興味津々な様子でうんちくを聞き入っている。
「あとね、お砂糖の量は減らさないこと。減らしちゃうとふんわりしないの。レシピに書いてある分量を守ればOK。もしも甘さを控えめに作りたいなら、デコレーションに使う生クリームに入れるお砂糖を減らせばいいの」
「なるほどー。叶夢ちゃん凄い。勉強になる」
「有紀美ちゃんて、米粉使ってる?」
「ううん。使わない」
ぼくがお風呂に入っていた僅か二十分ほどの間に「叶夢ちゃん」「有紀美ちゃん」とちゃん付けで呼び合うようになっていたのだ。女という生き物は良く理解できないものである。
「それがね、薄力粉八割、米粉二割くらいで使うとふんわりいくの」
「えー? そうなんだ。今度やってみる。叶夢ちゃん、ありがとう」
女子トークが一段落したのを見計らって、父が有紀美に声を掛けた。
「達志も上がったことやし、有紀美ちゃん、お風呂入ったら?」
「あ、わたし最後でいいです。叶夢ちゃん入ったら?」
「有紀美ちゃん、遠慮しないで入ってきなよ。わたし、今日二日目だから最後に入る」
父も母も有紀美に入るよう促した。
「それじゃあ、お先に失礼します」
叶夢が押し入れの衣装ケースからバスタオルを取り出した。
「有紀美ちゃん、これ使って」
「あ、ありがとう」
なんなんだ、この急接近は。山の天気と女心とは良く言うが……。でもぼくは二人の急接近が嬉しかった。
有紀美がお風呂から上がると、叶夢が有紀美に駆け寄った。
「有紀美ちゃん、今日一緒に寝よ」
「わあ、いいの? 楽しそう」
元々有紀美はリビングに来客用の布団を敷いて寝る予定だったのだ。叶夢はせっせと布団を自分の部屋に運んでいた。
父も母もお風呂から上がり、最後に叶夢が入った。
ぼくは叶夢の部屋に入り、有紀美に問いかける。
「有紀美、大丈夫? 叶夢あんな性格だからさあ。気疲れとかしてない?」
「大丈夫よ。叶夢ちゃん優しいし、もっと前から友達になってれば良かったな」
「そっか。ならいいけど」
しばらく叶夢の部屋で話をしていると、叶夢がバスタオルを巻きお風呂から上がってきた。
さすがに有紀美がいる為、上も下もちゃんと隠していた。
「はい、はい。男子禁制ですよ。お兄ちゃんは自分の部屋に戻ってねー」
ぼくは部屋から追い出された。二人で何を話しているのだろう。
なんだか楽しそうに話をしている。ぼくも仲間に入りたかったのだけれど、おとなしく寝ることにした。
住宅街のイブ。静寂の中、二人の笑い声だけが響いていた。




