また俺死ぬの? その一
ぼくは葉月さんと夕方六時に待ち合わせをしていた。葉月さんに会うまでの間は有紀美とデートをしたのだ。デートといっても有紀美のマンションでDVDを観ながらいちゃいちゃしていただけである。家族で予定があると嘘をつき、夕方五時前に彼女のマンションを出たぼくは、バスで浦安駅に向かった。
待ち合わせの時間まで、まだ十分以上あった。しかし葉月さんは既に到着していて、ぼくを見つけると笑顔で手を振った。
「マックでいい?」
葉月さんはそう言って、マクドナルドの自動ドアをそそくさとくぐった。
「何がいい? わたし、おごるから」
「じゃあ、テリヤキマックバーガーとアイス珈琲で」
「テリヤキのセットとフィレオフィッシュのセット。飲み物はアイス珈琲二つで」
葉月さんが淡々とした調子で注文をすると、商品が出てきた。葉月さんはトレイを持って二階に上がっていく。ぼくも葉月さんの後ろを歩きテーブルに座った。
「達志君、元気だった? あのね……」
挨拶もそこそこに、葉月さんは本題に入った。
「あのね……びっくりしないで聞いてね」
葉月さんは周囲を見渡し、誰も葉月さんの言葉を聞いていないか確認しているようだった。
「わたしね……未来から来たの」
出た。出た出た出た。また来た。有紀美と全く同じである。
ぼくはごくりと唾を飲み込んだ。ぼくの彼女もそうだよ。そう言ってしまうとぼくは心臓発作を起こし、死んでしまうのだろうか。なんて言えばよいのか見当も付かなかった。
浦安に三人もいるという夢のような体質の持ち主が目の前で神妙な面持ちをしている。確かに浦安は夢の国と言われている。だからといって、日本で二十人ほどしかいない特異体質の人間がぼくの前に二人も現れるなんて。
「ひょっとして、葉月さんの誕生日って二月二十九日ですか?」
「そう、有紀美から聞いたのね」
ぼくは言葉に詰まり、口に運びかけたポテトを右手でつまみながら下を向いた。
「あ、大丈夫よ。達志君は有紀美からこの事実を聞いた。わたしもこの事実を達志君に伝えた。だから有紀美から聞いた事実についてわたしと話しても心臓発作はおきないから。安心して。でもこのことを他人に話したり、有紀美に話したりすると発作が起きるから絶対内緒ね」
「えっ? 葉月さんとはこのことを話してもいいけど、有紀美とは話しちゃいけないんですか?」
ぼくの脳は話に付いていけていない。
「いい? よく聞いてね。達志君は有紀美から事実を聞いた。それと同じ事実をわたしからも聞いた。有紀美から聞いた事実をわたしに話したわけじゃないよね? だからわたしとその話をしても大丈夫なの。そこまでは分かる?」
「はい」
「でも有紀美は、わたしが達志君にこの事実を話したことは知らない。だからわたしの話を有紀美にしゃべってしまうと『他人にしゃべってしまった』ことになるの。だから心臓発作が起こる。そういうこと。分かった?」
「なんとなく……」
「わたしたち二月二十九日生まれの人はね……」
有紀美と同じ説明が流れていった。
四年に一度の誕生日に四の倍数年の過去に戻れること。過去には行けるが未来には行けないこと。過去に戻ったとしても、本家はその年齢のまま生き続けること。過去に戻った分家には戸籍がないこと。そして過去に戻ると四の倍数の過去の容姿を選べること。そのほとんどが有紀美の説明と一致していた。初耳だったのは、分家同士は独立した別の人格であるということだった。
「しかし、彼女も葉月さんも同じ能力っていうか……もうぼく、びっくりですよ」
「あ、ごめん。もうひとつ説明するの忘れてた。わたしと有紀美、同じ本家から別れた分家なのよ」
ぼくは目が飛び出そうだった。
「だ……だから、同じ場所にほくろがあったんですね」
「おっぱいの下のほくろのこと? 達志君エッチー」
「エッチって。自分から服を脱いだのは葉月さんなんですからね」
葉月さんもぼくも、つい大きな声を出してしまっていた。
隣の席にはおかあさんとその息子らしき五歳くらいの男の子が座っていた。
「ねえ、ねえ、ママー。このお兄ちゃんエッチなんだってえ」
悪気のない子どもがぼくをそう評した。
「もう! 裕斗! やめなさい!」
母親はばつ悪そうに苦笑しながらぼくへ頭を下げた。
「そう、それでね。わたしのお父さん……」
葉月さんは本題へ戻ろうとしたのだが、ぼくにはひとつ引っかかることがあった。
「有紀美と葉月さんが同一人物ってことは、ぼくと葉月さんがその……えっと……」
「エッチしそうになったことを有紀美は知っているってことですか? そう言いたいんだよね?」
「このお兄ちゃんとお姉ちゃんエッチしそうになったんだって」
隣の席で男の子が大きな声を出す。
「もう! 裕斗!」
母親はそそくさとトレイを持ち、子供の手を引いて出で行った。
「あ、はい」
「大丈夫。さっきも言ったように分家同士は独立した人格だから、有紀美にはばれないよ」
ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
「で、葉月さんのお父さん、どうしたんですか?」
「あ、そう、そう。お父さんね、二〇一九年に肝臓癌だって診察結果が出て……余命三ヶ月だってお医者さんに言われたの。だからわたし二〇一六年に戻って人間ドックを受けるように仕向けたの。もちろん分家のわたしはお父さんや本家のわたしと会話することは禁じられているから、彼氏に協力してもらってたのね。でも頑固な父は『酒で死ぬなら本望だ』って彼の言葉を聞かないらしくて、結局死んじゃうの。もうこれで三回目のタイムトリップなのよ。まあお父さんのことに関しては、彼と作戦練ってなんとかするつもりなんだけどね」
別人格とはいえ、有紀美と同じ本家から分岐した葉月さんに彼氏がいる。ぼくではなく別の男性である。ぼくはなんだか有紀美に浮気されているような感覚に陥った。少し悔しい思いが頭をよぎったのだ――実際に浮気をしてしまった自分のことは棚に上げて。
「そうだったんですか」
ぼくは力なくそう言った。
「それより、あなたと有紀美、二人して死んじゃうの。それを防ぎたい」
「ま、また、俺死ぬの?」
ぼくは愕然とした。何度死ねば気が済むんだろう。どれだけ人に迷惑を掛ければぼくの人生は……。




