ホームラン量産の真実(わけ)
「わたしね、二〇一六年にたっちゃんに助けられたでしょ? 十二歳の時ね。その時たっちゃんは十八歳で死んじゃうの。わたし、救急車を呼んでたっちゃんと一緒に病院に行ったのね。でもたっちゃんはもう死んでいた。たっちゃんの葬式にも行ったよ。祭壇に飾られたたっちゃんの笑顔、かっこ良かった。小学生のわたしにとって、六歳年上なんて普通なら恋愛対象外だよね。でもね……ふふっ」
彼女はいわくありげな笑みを浮かべた。
「で? そのあとは?」
ぼくはその後に続くだろう彼女の言葉に期待を寄せながら、平静を装いそう訊ねた。
「わたし、この写真の人……たっちゃんのこと……好きかも。そう思ったの」
ぼくは照れながら頭を掻く。
「やめろよ、こそばいいだろ」
「こそばいいって、なに?」
「えっ? まさかこれも関西の言葉なのかな」
ぼくはスマートホンを取り出し「こそばいい」と入力した。
検索すると「兵庫県、但馬地方の方言。くすぐったいの意味」そう書いてあった。確かに父は但馬の城崎という温泉街に数年間単身で赴任していた。あの志賀直哉さんの名作「城崎にて」の舞台である。
「さぶいぼ」も「こそばいい」も標準語ではなかったのだ。ぼくは軽いショックを受けた。
「面白いね、関西弁って。あ、そう。それでね、わたし、将来この人の彼女になるって決めたの。おませでしょ?」
確かに十二歳が十八歳に恋するなんておませにも程がある。
『えーっと、今が二〇一七年でしょ。次のわたしの誕生日は三年後の二〇二〇年かあ。そこで二〇一六に戻って十六歳の容姿を選べばこの人は十八歳。わたしは早生まれだからこの人の一学年下ってことか。良し、これで行こう。わたしの犠牲になったこの人の命……絶対助ける』
「お葬式の時、わたしはそう決めて、二〇二〇の誕生日を待ってから四年前の二〇一六年に戻ることにしたの。そしてたっちゃんと同じ高校に転入して、転入早々たっちゃんの前を色気たっぷりに歩いたり、手帳落としてわざと胸の谷間を見せたりしながらアピールしたのよ。そしたらわたしの色気にハマったたっちゃんは、」
『もしも、甲子園に行けたら、ぼ、ぼ、ぼくと……つ、付き合って下さい』
「直立不動でそう告白してくれたのよ」
「俺、そんなにどもって言ってないだろうが。大袈裟に話を作んなよな」
「いいや、がっつりどもってたね。わたし、覚えてるもん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あ、話がそれちゃったね。たっちゃんの最初の人生はね、甲子園の千葉県予選の初戦で成田高校に負けちゃうの。最終回、チャンスでたっちゃんに打席がまわってきたんだけど、二球ボール球……なんだっけ、するどく曲がる高速……」
「高速スライダーね。やつのスライダーはほんとに厄介だったよ」
「あ、それ、それ。そのスライダーに手を出して2ストライク。三球目に甘い球がきたんだけど、追い込まれていたたっちゃんは肩に力が入ったのか、簡単に打ち上げてショートフライ。で、甲子園が断たれ……たっちゃん、大泣きしてたなあ」
有紀美は遠い目をして「昔と呼ぶには近過ぎる去年」を思い出しているようだった。
「そうか。それで次の人生で有紀美のお父さんが『二球見逃せ』って教えてくれたんだね」
「もう! 鈍感ていうかなんていうか。その時わたしにはパパはいないの! 『前世でわたしが見た二球の空振り』さえなければって思って、たっちゃんに『二球見逃して』って言ったの」
「そういう……ことか」
「ここまでは理解できた?」
「うん。多分」
「二回目の人生で成田に勝ったたっちゃん達は甲子園に出たの。甲子園でベスト8まで進んで負けたの」
「ベスト8? 俺達、ベスト4までいったよ」
「ベスト4に入ったのは三回目と四回目の人生なの」
「あ……そう……なんだ」
ぼくは頭の回路の配線が正常に接続されていないような気分だった。しかもたこ足配線バリバリである。
「ベスト8まで進んだたっちゃん達は順々決勝、1対0で、九回を迎えたの」
「そうだね。1点差で負けてた。で、最後に俺が豪快なサヨナラホームラン。だろ?」
「だからそれは三回目と四回目の人生の話。二回目の人生では誠さんが初球の甘い球を見逃して、次の厳しい球を打ってダブルプレイ。四番のたっちゃんは、次のバッターが入る丸い白線の中で項垂れてわんわん泣いてたの」
「ネクストバッターズサークルのこと?」
「うん。そのネクストなんとかの白い輪の中」
「そうだったんだ。あっ!」
ぼくは思い出した。ベスト4を掛けた順々決勝の直前、有紀美はぼくに近寄りこう言った。
「もし最終回とかで誠さんに打席がまわってきたら、初球の甘いストレートを狙いなさいって、パパが言ってた。誠さんの次はたっちゃんでしょ? たっちゃんも初球の球をストレート一本に絞って打ちに行けって、パパ言ってた」
この助言のおかげで誠はツーベースを放ち、絶好のチャンスを演出してくれた。そしてぼくの目の前に真ん中高めの「大好物」が飛んできた。振り抜くとレフトスタンドの上段に突き刺さり、今大会二本目のサヨナラホームランを打った。千葉県予選を含め、四本目のホームランだった。
「三回目の人生もベスト4だったんだよね?」
四回目の人生しか覚えていないぼくは少し引っかかるところがあったので、有紀美にそう問いかけた。
「うん。そうだよ」
「二回目の人生で誠が初球の甘い球を見逃して、二球目の厳しい球に手を出しゲッツーに倒れたんだよね? そこで二回目の人生の甲子園は終わっている。よね? その時四番の俺に打席はこなかった。なんで三回目の人生でぼくの初球、甘いストレートがくるのを知ってたの?」
「そこ、やっぱり気づいちゃった? 実はね、初球に甘い球がくるなんてわたしも知らなかったよ。たっちゃん、前に言ってたよね。『俺の高校通算打率、5割2分8厘なんだぜ』って」
「うん。春先まではそれくらい打ってたな」
「でもわたしに告った後、四打席に一本くらいしかヒット打てなくなってて……わたしにいいところを見せようとしてたのかも知れないから、わたしの責任なのかなってちょっと悩んだこともあったの」
「有紀美、ごめん。俺のことで悩ませちゃったんだ」
「ううん。気にしないで。たっちゃんの初球はわたしの『かけ』だったの。わたしの前で成績の出せなかったたっちゃんは『パパの助言』の時はたっちゃんらしい豪快なフォームでホームランを量産したでしょ? だから、空振りだろうがボテボテの内野ゴロだろうが、たっちゃんには思いっきりバットを振って欲しかった……だから」
「そうだったんだ。有紀美、ありがとね。俺、有紀美がいなければ全国ベスト4どころか、甲子園にすらでることができなかったんだね。俺の力で勝ち取った栄光じゃなかったんだ」
ぼくはベッドに寝ころびながら力なくそう言った。
彼女は体を起こし、裸のままぼくを抱きしめた。
「確かに配球っていうの? そういうのは教えたけど、それを打ったのはたっちゃんなんだよ。ストレートがくるって分かってれば、誰でもホームランが打てるっていうものじゃないよね。そう、打ったのはたっちゃんなの。たっちゃんは凄いの」
「うん。ありがとう。自信持つよ。新しい友達とかができたらさあ、俺胸を張って自慢するよ『俺、甲子園に出たんだぜ』って」
「うん」
彼女は笑顔で頷いた。しばらくすると寝息が聞こえてきた。彼女の左腕がぼくの胸に置かれている。ブレスレットのところだけ少し冷たく感じた。




