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そして運命は繰り返される

 ぼくはおしゃべりな方ではない。どちらかと言うと口数は少ない方だ。友達と一緒にいる時も、自分から話題を切りだす方ではない。予告なく訪れる沈黙。何度もそんな空気に触れてきた。

 そんな時、ぼくはどうするべきか分からず、周りの人が話題を提供してくれるのを待っていた。


 親友の誠を始め、エースの佐久間など、野球部仲間とは「野球」に関する話題が尽きることはなかった。やつらといる時に会話が途切れることはなかった。


 そんなぼくではあるけれど、有紀美と一緒にいる時に流れる「沈黙の瞬間」は嫌いではなかった。二人で黙って過ごす瞬間も、ぼくにとってはかけがえのない時間だった。しかし今訪れた沈黙はそれとは違ったものだった。


「死んじゃう? えっ?」


 彼女は何かをふっきったように、ぼくの目を見つめた。

「そう。たっちゃんは今日死んじゃうの」


「今日、ぼくは死ぬ」未来からきた彼女の言葉である。疑いようのない事実。意識がすうっと遠のいた。ぼくはそのまま意識を失い椅子から落ちたようだ。


「お兄さん、大丈夫?」

 おばさんのビンタ――じゃなく婦人の愛の鞭――でぼくは目を覚ます。


「有紀美」

 そう力なく呟いたと思う。ぼくは目を開けた瞬間、全ての景色がぼやけて見えていた。徐々に目の前にある世界にピントが合ってくる。ぼくの視界に有紀美が写っている。ぼくは有紀美に抱きついた。


「有紀美ー!」


「……お、お兄さん!」

 はっきり目を開けた瞬間、目の前には母と同じくらい皺を蓄えたおばさんが心配そうにぼくを見つめていた。

 抱きしめたのは有紀美ではなかった。


「わっ!」

 仰天したぼくは後ずさりする。


「おばさん、すみません」


「いいのよ。気がついて良かったわね」

 周囲のお客さんや店員さんも、安堵した表情をしていた。ぼくは椅子に座り有紀美の顔をみた。


「ごめんね。驚かせちゃって。だからね、今日たっちゃんが死なないように作戦立てようと思うの」


 彼女は隣の席に聞こえないように小さな声で話している。ぼくも彼女に合わせるように小声で返す。


「作戦てどうするの? 病気なの? 俺。もし病気で死ぬならどうしようもないよ」


「違う。大きなトラックに()かれて頭を打って即死。しかも顔は原型を留めてないの」


「痛そう」

 ぼくは他人事のように感想を述べた。


「あまりにもひどかったから葬式でも顔は見せてくれなかったのよ」


 ぼくは改めてさぶいぼが立った。思わず大きな声で叫んでしまう。

「うわっ! 見て。俺の腕。超さぶいぼ立ってんだけど」


「さぶいぼ?」


 どうやら隣のおばさ……婦人に聞こえていたらしく、こっちを向いて口を挟んできた。


「懐かしいわ、さぶいぼって言葉。鳥肌のことよ。わたし関西の大学に行ってたんだけどね、わたしも初めて聞いた時は彼女と全く同じ反応したのを覚えてるわ」


 婦人は目を細めながら遠くに目をやった。遠い学生時代のことでも思いだしているのだろう。


 そしてぼくに向かって話しかけてくる。

「その言葉、関西地方の言葉なんだけどお兄さん標準語よね。なんで知ってるのかしら」


 婦人は不思議そうに首を傾げた。ぼくは小さなころからその言葉を標準語だと疑うことなく育ってきた。今初めて父の影響だったことに気づいたのだ。


「あ、父の実家が神戸なんです。たぶんそれで小さなころから普通にさぶいぼって言葉を使ってたんだと思います」


「なるほど、そうなんだ。納得したわ」

 婦人は短編ミステリー小説の後半でも読んでいるかのようにすっかり納得している。そして婦人達のテーブルにもデザートが置かれた。


 ぼくは有紀美の目を見て本題に戻る。

「でも事故ならさ、作戦もなにも俺がその事故現場に行かなきゃいいだけの話じゃないの?」


 彼女はうつむいて首を振る。

「お願い。その現場に行って。そして前世と同じように少女を助けて」


「少女? 助ける?」


「うん。たっちゃんはトラックに轢かれそうな少女を助けようとして、トラックに轢かれちゃったの。少女の信号無視だった」


「そうなのか」

 そう言ってぼくはうつむいた。


「また助けてほしいの……わたしを……」


 ぼくはまた、さぶいぼが立った。「わたしを?」


「まさかその少女って……」

 ティーカップを口に近づけようとしていたが、口の前でカップを止めた。


「うん。わたし。わたしの本家の玲央奈」


 ぼくは飲みかけた紅茶をソーサに戻す。その手は心なしか震えていた。驚いた。ぶったまげた。ぼくが有紀美を助けたんだ――命がけで。


「本家ってことは、その少女を助けなければ今の有紀美はいないってこと……だよね?」


「うん。本家が死んでしまうとわたしは消える。そしてたっちゃんの記憶からもわたしとの思い出は消えちゃうの。天からお迎えが来るの」


 ぼくはゴーストでサムが消えていくシーンを思い出した。キラキラ光を放ち、天国からサムを迎えに来ていた。あんな風に有紀美は消えてしまうんだろうか。


「ま……任せろ。有紀美を失ってたまるか!」


「ありがとう。わたしはわたしに話しかけちゃいけないの。触れてもいけない。だからわたしはわたしを助けられないの。お願いたっちゃん。わたしを助けて」


「おう! 安心しろ。俺がついてるからな」


 お店を出た後、ぼくは彼女の誕生日プレゼントを買う為、石屋さんに入った。そこには色とりどりの石が置いてあった。世界でひとつだけのブレスレットが作れるらしい。彼女の提案でぼくのブレスレットも作ることになる。そしてお互いの誕生石をひとつずつ輪の中に入れた。そろそろ帰らないとぼくと彼女を救う時間に遅刻してしまう。


 ぼく達は二ケツで自転車を飛ばす。しばらく走ると右手に鉄鋼団地の入口が見える。


「たっちゃん、ここよ。この交差点」


「どうすればいい? とにかく少女……あ、玲央奈を止めればいいんだよな」


 来た! 玲央奈が猛スピードで自転車を飛ばしている。ぼくは満を持して少女に駆け寄る。


 死んでたまるか! 有紀美も絶対助ける! 


「危ない!」


 ぼくはそう叫びながら少女に駆け寄る。大丈夫だ。間に合う!


 ――ドテッ。


 ぼくは交差点で転んだ。転んだぼくを見て少女は急ブレーキを掛けた。


 そして――

 トラックに轢かれた。

 

 あっという間に意識が遠のく。

 少女は助かったのだろうか?


 ぼくは――。

 死んだ――頭を打ち、即死であった。


 夢ではない。

 本当に死んでしまったのだ。

 

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