トラックに轢かれてしまいました
食事を終えたころ、ぼくのスマートフォンには九時三十二分と表示されていた。
「あ、有紀美! 門限過ぎてる。どうしよう。今から急いで帰ろう。俺、一緒に有紀美んちに行ってお父さんに謝るから」
有紀美は笑っていた。ぼくの動揺がおかしかったのだろうか。
「大丈夫。今日はたっちゃんと食事して帰るから門限過ぎるけどいいかな。ってパパの肩揉んだら許してくれたの」
「焦ったあ。それ早く言えよ。お父さんに殴られる覚悟したよ」
ぼくは彼女に何かプレゼントをしたかった。高級ブランド店が並んでいる。もちろんそんな高いお店には入れない。
少し奥に入ると「石屋さん」があった。そのお店の周辺は古いヨーロッパをイメージさせる造りになっている。少し奥まっているせいか、人はまばらである。彼女はぼくの手を引っ張りその石屋さんに入った。
色とりどりの石が店内を飾っていた。どうやら好きな石を選んで世界で一つだけのブレスレットを作ってくれるようだ。
「これ可愛い。あ、こっちの石も可愛い」
彼女は楽しそうだった。彼女のそんな顔を眺めているだけで、ぼくのテンションも上がっていった。
「誕生日プレゼント、この店でブレスレット作ろうよ」
ぼくがそう言うと彼女は飛び跳ねて喜んだ。
「やったー。ほんとにいいの?」
「うん。いいよ」
そんなぼくの返事を待つとこなく、彼女は石を選びだしていた。
「私のだけじゃなく、たっちゃんのも作ろうよ」
「お、いいね」
彼女は淡いピンクや白、そして透明に透き通った石をベースに選んだ。ぼくは茶色や黒の石をベースにした。
「お互いの誕生石を一つずつ入れてみない?」
ぼくが彼女に提案すると、
「それ、素敵。そうしよっ」
彼女はそう言って喜んでくれた。
ぼくのブレスレットの中には彼女の誕生石であるひとつぶのアメシストが紫色の光を放っている。そして彼女のブレスレットにはぼくの誕生石であるペリドットが薄い黄緑色をして輝いていた。
「ありがとうございました。万が一、石を繋いでいるゴムが切れてしまったら、無料でお直しいたしますので当店までお持ち下さい」
店員の綺麗なお姉さんがぼくたちに向かって頭を下げた。
店をでると、彼女の門限から二時間ほど過ぎていた。さすがにそろそろ送らなければ。
「そろそろ帰ろうか」
「うん。たっちゃん、今日はありがとう」
ぼくは彼女を自転車の後ろに座らせ、ペダルを踏んだ。いわゆる二ケツである。鉄鋼団地を通り過ぎると左手に富岡交番が見えてくる。お巡りさんに怒られないように、交番の手前で彼女を降ろし、ぼくは自転車を引いて歩いた。
交番を過ぎると彼女はまた自転車の後ろに座り、ぼくに体を押し付ける。彼女の豊満な胸がぼくの背中にぴたっとくっついていた。「生殺し」とはこういうことか。ぼくは股間からのクレームを感じたが、今日は時間がない。「すまん。諦めてくれ」そうクレーマーに謝った。
ほどなく有紀美のマンションの下に到着した。
「たっちゃん、今日はほんとにありがと」
彼女は再びお礼を言って、ぼくのほっぺに軽いキスをした。彼女と体を重ねてからはキスも濃厚なものになっていた。今彼女がぼくにした軽いキスがなぜだか新鮮に思われたのだ。
「おやすみ。じゃあ明日学校で」
「うん」
ぼくは有紀美を送り届けた後、自転車に乗り家に向かった。富岡交番の前を過ぎると鉄鋼団地が左に見える。
ぼくは道路の右側の歩道を自転車で走っている。交差点の手前で止まった。目の前の歩行者用の信号が赤だったからだ。ポケットからスマートフォンを取り出し時間を見た。十一時二十二分。
鉄鋼団地の方から勢いよく大きなトラックが、右に曲がる黄色いサインを出して走ってくる。信号は黄色から赤になりそうなタイミングであったが、トラックは減速するどころか加速しながら交差点に進入し、大きく曲がろうとしている。
歩行者用の信号は既に赤い光を放っていたが、ぼくと反対車線の歩道で自転車を飛ばしている少女がいる。その急ぎようは必至な姿に見えた。彼女の正面はぼくと同じ方向なのでもちろんかなり前から赤信号である。なのにあんなに急いでペダルをこいでいるということは……。
「まさか、こっちに曲がってくるのか?」
頭に不安がよぎった。そんなことをすると間違いなくあの大きなトラックとぶつかってしまう。
少女はスピードを落とさず右後ろを見た。右後ろから車が来ないかどうかを確認したのだろう。
トラックの運転手と少女の間には大きな木が堂々とそびえ立っている。
運転手も少女も相手が見えていない。ぼくは乗っていた自転車を放り投げ、無我夢中で少女に声を掛けながら走りだした。
ポケットの中でスマートフォンが音を立て振動している。携帯など構ってる場合ではない。
「危なーい!」
こちらに向かって右折してきた少女を押し返すように、ぼくは少女を自転車ごと跳ね返す。
そしてぼくも少女と同じ方向に倒れこみ、トラックを避ける――予定だった。
少女の自転車の勢いは予測より速く、ぼくは押し返された。
そして――。
トラックに轢かれてしまった。
買ったばかりのブレスレットは四方八方へ飛んでいく。彼女の誕生石であるアメシストも何かに引き付けられるように宙に舞った。
あっという間に意識が遠のく。
少女は助かったのだろうか?
ぼくは――。
死んだ――頭を打ち、即死であった。
夢ではない。
本当に死んでしまった。